国王様
「……ん……」
目が覚めた私の目に最初に飛び込んできたのは、見たことの無い天井だった。
「ここは……?」
周りを見渡してみて、自分のいる部屋が凄く豪華なことに気付く。床には絨毯。壁には絵画。自分が寝ているベッドは天蓋付き。うん、どう考えても私が泊まってる宿じゃない。記憶を辿る限り、ここはお城のどこかだと思う。
「っと……何か、体が怠い」
とりあえず体を起こそうとしたけど、頭がグラグラ揺れているような感覚がして、ぼふっと再びベッドに倒れる。額に手を当ててみると、少し熱っぽい。雨が降ってる中を強引に飛んできたから、風邪でもひいたのかもしれない。
「エナちゃん?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。たった今部屋に入ってきたのか、エリスちゃんが扉を開けたままの姿勢で固まっていた。ベッドに寝ていた時とは違って、視線の先にいるエリスちゃんの顔色は健康的だ。立って歩けているし、呪いはちゃんと解けたみたいだ。
「エリスちゃん。元気になったんだ――」
「エナちゃん!」
突然、エリスちゃんが猛ダッシュで私の方に向かってくる。
あれ、待って。この光景、最近見た気が……
「ちょ、ちょっと、エリスちゃん落ち着ぐぇ」
私が止めようとする前に、エリスちゃんがベッドに突っ込む勢いでしがみ付いてきた。
いや、確かに心配かけるような事をした私が悪いんだろうけど……病み上がりどころか風邪気味なんだから、もう少し労わってほしいとは思う。それに、そんなにくっつかれると風邪うつっちゃうよ?
「良かった……なかなか目を覚まさないものですから、このまま死んでしまうのではないかと……」
「大袈裟だなぁ……そう簡単に死なないよ」
私が倒れたのは、単なる魔力切れによるもの。それが原因で死ぬことなんてあり得ない。もしそれで死ぬことがあれば、修行をしてた頃に一、二回は死んでる。
『起キタノ?』
「うわっ!? 水華!?」
突然、逆さまの水華の顔が目の前に現れた。空中にふわふわと漂いながら器用にひっくり返って、私の顔を覗き込んでいる。
悪気はないんだろうけど、心臓に悪過ぎる。さっきから身体的にも精神的にも驚かされっぱなしだ。二人とも、そんな寝起きドッキリみたいなことしなくていいんだよ?
「ああ、やはり名前があるのですね」
「え? あ、うん。一応、私が名付け親なんだけど……じゃなくて」
何でエリスちゃん、驚かないんだろう。私は普段から見ているけど、一般人からすれば滅多に会えない大精霊が目の前に出てきたのに。
「ミズカちゃんは、エナちゃんを護っていたのですよ」
私の疑問がそのまま顔に出ていたのか、エリスちゃんが説明してくれる。
「あの時、扉をこじ開けて入ってきた方々にお母様が事情を説明して、エナちゃんを介抱するようお願いしました。ですが、別の部屋へ運ぼうとした時に、いきなりミズカちゃんが窓から入ってきて、自分もろともエナちゃんを水の膜で覆って触れられなくしたのです。兵士の方達がどうやっても破れませんでした」
気を失っている間に何か凄い事になってたみたいだ。誰も水華のことを知らないから、大騒ぎになったことだろう。
それにしても、水華は一体どんな防御を使ったんだろうか。誰も破れなかったとか、凄い気になる。聞いたら教えてくれるかな? もし魔法でできそうならやってみよう。
「水華も私を助けようとしてくれてたんだね」
『約束、シタカラ』
「ありがとう。特に、誰も傷つけなかったのは偉いよ」
『人、傷ツケチャ、ダメ。エナ、ソウ言ッタ』
そういえば、そんな事を言った気もする。
いや、誰も怪我してなくて本当に良かった。水華はちょっとの力で簡単に人を傷つけられるからね。あの時、念押ししておいて正解だった。
「本当にありがとう、水華。今度、いっぱいお話してあげるから」
『ヤッタ』
何故か、水華は物を欲しがろうとしない。代わりに、私と話をすることが好きだ。それがお礼っていうのはちょっと申し訳ないけど、水華もそれに満足しているようだからそうしている。
「もしかして、エナちゃんはミズカちゃんと話せるのですか?」
水華と意思疎通できている私を見て疑問に思ったのか、エリスちゃんがそう尋ねてくる。今のを見て「話せない」と言われても信じられないだろう。今更隠す必要もないかな。
「話せるよ。そうじゃないと、名前なんて付けてあげられないよ」
「う、羨ましいです。私も、エナちゃんが倒れた時だけでも話せれば良かったのに……」
「どうして?」
そんなピンポイントなタイミングで話したいと思った理由は何だろう。気になったから尋ねてみる。
「水華ちゃんがなかなか水の膜を解いてくれなかったのです。私たちが悪さをする人だと思っていたのでしょう。こちらに害意はないということを伝えたかったのですが、言葉が通じないものですから、説得するまでが非常に長かったです……」
「あ~、それは大変だったね……」
私は普通に話してるけど、他の人は水華と話せない。言葉が通じないとなると、もはやジェスチャーしか意思疎通の手段がない。エリスちゃんが身振り手振りで頑張ってる姿が目に浮かぶ。
「あ、エナちゃんが起きたら教えてほしいと言われていたのでした。呼んできますから、少し待っていてください」
そう言ってエリスちゃんが部屋から出て行く。
私が起きるのを待ってる人? 誰だろう。
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「お待たせしました」
しばらくすると、エリスちゃんが戻ってきた。ただ、出て行った時よりも二人増えている。
「この可愛らしい娘が本当にそうなのか?」
「ええ。この街だけじゃなく、エリステリア王女を救った魔術師様本人よ」
「ふむ……最初に話を聞いた時は冗談でも言っているのかと思ったが、聞いていたよりも幼く見えるな」
目の前で話し始める二人。一人はシステシアさんだけど、もう一人の人は全く見覚えが無い。
「えっと、あなたは……?」
「ああ、すまない。私はフリフォニア=ルーガンス。エリスの父親だ」
エリスちゃんの父親? それって、つまり……
「こ、国王様!?」
「あら、今頃気付いたの?」
私の反応が面白かったのか、笑いを浮かべているシステシアさん。今頃気付いたのって、私、国王様に会うの初めてなんですけど……
って、今はそれどころじゃない。
「すみません! こんな寝ながらなんて……っと」
危うくベッドから転げ落ちそうになったところを、システシアさんに支えられる。やっぱり体調は万全じゃないらしく、自分の意志通りに体が動かなかった。
「いや、そのままで大丈夫だ。こっちから会いに来たのだからな。それで処罰を与える程、私の心は狭くない」
「え、ですが……」
「さっきまで気を失っていたのだろう? 病み上がりなら無理をしない方がいい」
病み上がりどころか、今も少し風邪っぽいです。風邪がうつるから、ここにいない方が良いと思うんです。
でも、流石に国王様に出て行ってくださいなんて言えるわけがない。用事があるから来たんだろうし、早めに済むことを祈ろう。
「あの……国王様はどの様な御用でこちらに?」
「ああ、別に畏まらなくてもいいぞ。君は娘の恩人だ。公の場ならともかく、この様な私的な場でそんなものは必要ない」
必要ないって言われても困る。何せ、相手はこの国の王様だ。私的な場であったとしても無礼な事は許されない。この国の常識を知らない私に、いったいどうしろというんだろうか……
「大丈夫よ。私みたいに、ざっくばらんに話したとしても、この人は怒らないわ」
「お前はもう少し遠慮というものを覚えたらどうだ」
「あら、さっき自分で、私的な場では畏まらなくていいって言ったじゃない」
システシアさんがすっごい命知らずな事をしてるように見えるのは気のせいだろうか。
でも、国王様も怒ってなさそう。流石にシステシアさんみたいな真似はできないけど、私がシステシアさんと話すみたいな感じでいいのかも。
「それで、国王様はどうしてここへ?」
「ああ、君に礼を言いたくてな。娘を、そして、この国を救ってくれたこと、とても感謝している」
そう言って、国王様がいきなり頭を下げてきた。
「え? あのっ、そんな、何も頭を下げなくても」
「確かに、国の王がそう簡単に頭を下げてはならないと言う者はいる。だが、私は王である以前に、子を持つ父なのだ。その恩人に対して感謝はすべきであり、そこに王の威厳など関係ない」
私の頭の中では、国王様というのは「自分は偉いんだぞ」って威張り散らすっていうイメージだった。どうしてそんなイメージがついたのかは分からないけど、昔に読んだ本の影響を受け過ぎたのかもしれない。ただ、目の前の国王様は私のイメージと随分違っていた。
「私は友達が困っていたから助けただけですよ。ところで、国を救ったっていうのは……?」
「む? 魔物の脅威から街を救ったのは君だと聞いたのだが」
魔物の脅威? そんなことしてな……あっ。
「もしかして、街の近くにいたトカゲの群れのことですか?」
「トカゲって……エナちゃん、あれはレッサードラゴンと言って、一応は金ランクの冒険者が狩る魔物なのだけど?」
「はい?」
システシアさんが冗談みたいな事を言ってきた。
レッサードラゴンって、確か、リアナさん達が金ランクへ昇格する時に倒したっていうあれだよね? 意図せず群れに襲われて死にかけたとか言ってたあれだよね?
「いやいや、そんな強そうな魔物があんな場所にいるわけないじゃないですか」
「普通はいないわ。だけど、ある事が原因で突然出現したのよ。だから、街の危機だったってわけで、それを全部倒したエナちゃんは救世主ってこと」
きゅ、救世主? 私が? 全然、そんな柄じゃないんですけど。
いつの間にか、私が知らないところですっごい持ち上げられちゃってる気がする。どうしよう……このままだと、また変な目で見られる。
ただ、これ完全に私のせいだって思われてるよね。予想とかじゃなくて、断定。システシアさんの目がそう言っている。これはシステシアさんに追及されて、変な失言をしちゃって、そこから更に追及されてを繰り返すやつだ。絶対に誤魔化しきれない気がする。
「や、やだなぁ、システシアさん。レッサードラゴンなんて、私が倒せるわけないじゃないですか。誰か別の人がやったに決まって――」
「そうね。あれ程までに大量の水を呼び出して、それを一息で凍らせるのは難しいわ。水の大精霊の力でも借りない限りね」
前半は推測通りですけど、後半は私なんです、ごめんなさい。
ダメ元で誤魔化してみようとしたけど無理だった。あぁ……もう認めるしかないかなぁ……
「……はい、私がやりました」
「素直でよろしい。そっちの方がエナちゃんには似合っているわ」
嘘を吐いてもバレバレだからやめておけってことかな。自分の嘘を吐く技術のなさに泣けてくる。必要のないことに思えるけど、こういう時はすごく欲しくなってくる。
「でも、エナちゃん。ここまで大きな事をしたのだから、もう諦めはついてるわよね?」
「諦め?」
「エナちゃんに注目が集まるってこと。これだけの事をしたんだから、流石に隠し切るのは無理よ。大精霊の存在も知られてしまってるしね」
そういえば、水華の存在や私が水華と話せるって事がバレると、色々と面倒な事になるって、システシアさんは言っていた。
水華は私を護るために、皆の前に飛び込んで行った。存在が公になるならまだしも、私と何らかの関係があるっていうことも知られたはず。精霊語を話せるっていうのも、さっきエリスちゃんに話してしまった。
システシアさんが言っていた通りになるなら、今後の身の回りの環境は大きく変わってしまう。正直言って、注目を浴びるのも変な人に絡まれるのも嫌だけど、受け入れるしかない。
でも、後悔してるかといえば、全然そんなことはない。だって、エリスちゃんを助ける事ができたんだよ? 大切な友達を失わずに済んだんだよ? この嬉しさに比べれば、その程度は些細な事にしか感じられない。
そもそも、エリスちゃんを助けるって決めた時から、大事になるかもしれないとは思ってた。誰にも見つからずに、コッソリとエリスちゃんを助けるなんて無理だっただろうし。
「分かってます。そうなるかもしれないと分かって戻ってきたんですから。悪い人に絡まれるのも覚悟の上です」
「ああ、その辺は問題ないわよ。多分だけど、エナちゃんに変な輩は近寄ってこないわ」
「え、何でですか?」
私の覚悟も空しく、システシアさんから大丈夫だと言われてしまった。でも、システシアさんがそう言える理由が分からない。この前言っていたことと、今言っていることがまるで逆だ。
「私達がそうするからよ。ね、国王様?」
「ああ。この国の救世主に、この国で嫌な思いなどさせんさ」
そう言って、国王様が一歩前に出てきた。
何が貰えるのかな(ワクワク)。




