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復讐の理由

 たて付けの悪い扉がギィーっという音を立てながら開く。


「ったく……またこんな辛気臭え所に来ることになるとは思わなかったぜ。なぁ? ワストーク」


 ステンが頭を掻きながら呼びかけるのは、恵菜……いや、水華が破壊した檻とは別の檻。その中にいたのは、片方の顔を大きく腫らし、両手に例の枷をかけられ、壁と鎖で繋がれているワストークだった。


「おやおや、ステン団長。この非常時に、こんな場所へ来てよかったのかな?」


 見た目のボロボロ具合とは裏腹に、愉快そうなワストークの声。


「ああ。てめぇに言わなきゃいけねえ事ができたんでな」


「ほう? まさか、レッサードラゴンの群れを消せとでも言うつもりかな? 残念ながら不可能だ。魔法陣で生み出したとはいえ、あのレッサードラゴン達は紛れもなく本物。魔法陣を消しても奴らは残るし、私一人が戦ったところで何もならない。まぁ、何かができたとしても、私は何も手伝うつもりなどないがな」


 ステンを追い払うように、ワストークがシッシと手を払う動作をする。


「それとも、王女にかけた呪いの方か? そっちも解く気は無いが……そうだな、国王がこの場にやってきて、地に頭を付けて泣きながら懇願でもしたら考えてやらなくもないぞ。それができないなら、何もできない無力な自分を恨みながら、もがき苦しむ王女の姿を見ているがいい。くっくっく……」


 国の王が犯罪者に頭を下げることなど、まずあり得ない。それが分かっているからこそ提案したのだろう。愉快そうに笑うワストークは、国に仕えていた者とは思えない程、協力する気がなかった。


「ふっ、とんだ勘違い野郎だな」


「……何だと?」


 だが、その姿を見たステンは、ワストークのことを鼻で笑う。ワストークも思わず笑うのをやめ、ステンに訝しげな眼差しをぶつける。


「事態はかなり進んでるぜ。それも、てめぇが想像してねえ良い方向へな」


「どういうことだ」


「だから、レッサードラゴンの始末も、王女にかけられた呪いの解呪も、既に終わったことだっつってんだよ」


「なっ!?」


 思ってもいなかったことを告げられたワストークは、驚愕のあまり、一切身動きが出来なくなる。だが、それも一瞬のことで、繋がれた鎖を大きく揺らしながら大声で喚きだした。


「そんな馬鹿な!? 百を超えるレッサードラゴンだぞ!? この街に残された兵力だけで殺せるはずがない! 呪いの方もだ! あれを解く魔法を使える高名な魔術師など、この街はおろか、近辺の街にすらいない! それだけは入念に調べた、間違いない!」


「なら、調べが足りなかったんだろうなぁ?」


「嘘だ! そんなにも簡単に私も計画が壊されるなどあり得ん!」


「てめぇがいくら喚いたところで、事実、どっちの問題も片づいてる。ま、あの嬢ちゃんがいなけりゃヤバかったんだがな」


 暴れていたワストークだったが、ステンの口からふと漏れた一つの言葉が、不思議と耳に残った。


「嬢ちゃんだと? ……まさかっ、あの小娘か!?」


「てめぇが思ってる人物と同じがどうかは知らねえが、多分そうだぜ」


「そんなわけがあるか! レッサードラゴンの群れだぞ!? 私が使える最大級の呪いだぞ!? それを解決しただと!? たかが銅ランクごときの冒険者、それもあんな小娘に、そこまでの実力があるわけがない!」


「いや、そこのぶっ壊された檻見て気づけよ。あの嬢ちゃんがヤバい実力を持ってることぐらい」


「うるさい! 黙れ!」


 何もかもを全否定し、ステンに向かって飛びかかろうとするワストーク。しかし、頑丈な枷と鎖がそれを許さない。


「まあ、信じられねえって気持ちは分かるぜ。俺も最初はそうだったからな」


 ステンが可哀そうなものを見る目でワストークを眺める。周到に準備したであろう計画が、たった一人の少女の手で水泡に帰されたのだ。これを哀れと言わずに何と言おうか。


「あの、小娘っ……! 一度や二度ならず、またしても、私の邪魔を……くそっ!」


 ワストークが怒りと屈辱に顔を歪める。


 彼の失敗は、恵菜を捕らえておきながら処刑できなかったことだ。彼女の力を侮りすぎた結果、大丈夫だろうと思って即座に殺さなかった。捕らえてすぐに処刑していたのなら、この様な形で計画が失敗することもなかっただろう。小さく見えるようで、実は取り返しがつかない大きなミスだった。


「少しは警戒してたみてぇだが、結局、てめぇはあの嬢ちゃんを見逃しちまったんだ。それが致命的な失態になるとも知らずにな。さて、ワストーク。てめぇを処刑する許可は、とっくの間に降りてる。さっさとそのむかつく(つら)からサヨナラしたいところだが、その前に聞かせろ。今回の計画を企んだのは何故だ?」


「……言っただろう、この国を滅亡――」


「そんなことは前に聞いたから知ってんだよ。俺が聞きてぇのは、どうして国を滅亡させるって馬鹿げた発想に至ったのかだ」


 この時、ステンはワストークが他国からの工作員なのではないかと疑っていた。


 軍に身を置く者、まして団長クラスの人間が工作員であるとは誰も思わない。多少のことでは疑惑の目を向けられず、安心して計画を進めることができる。実行までかなりの年月を要した理由は、信頼を得て自身を疑われなくするための準備期間を含んでいたと考えれば納得できる。

 ワストーク一人で計画を行っていたというのも同じ理由だろう。少ない人数で準備すれば気配を察知されにくい。不意を突く計画であるのなら、大人数の協力者はかえって邪魔になる。


 そういった理由からの推測。だが、長い沈黙の後、ワストークの口から語られたのは、全く予想していなかったものだった。


「…………復讐だ、この国への」


「あ? 復讐だと?」


「ああ、そうだ」


「わけが分からねえ。国がてめぇに対して何をしたってんだ」


 国が個人を虐げる事などするわけがない。だが、確かに今回の件は、個人間の争いによって生まれたにしては大き過ぎる。


「タポル、という村を知っているな?」


 突然、脈絡もないことを言い出したことに、ステンが訝しむ。だが、今回のことに何か関係があるのだろうと思い、素直に答える。


「当たりめぇだ。突然、大量発生した魔物に襲われ、一夜にして何もかもが消えた村。軍に所属してる人間でそれを知らねえ奴なんざいるか」


「私はその村の出身だった。そして……その村には家族がいた」


 驚きのカミングアウトに、さすがのステンも言葉に詰まった。


 稀に起こる魔物の大量発生。魔物が生息している地域ならどこでも起こり得るそれは、時には運悪く、人々が暮らす村や街の近くで発生し、今までに多大な被害を巻き起こしてきた。

 タポルはその魔物の大量発生が原因で失われた、十年程前にフリフォニアに存在した村である。歴史的にはまだ最近のことであり、軍に所属しているかは関係なしに、フリフォニアにいる人間であれば、小さな子供でもない限り誰でも知っている。


「当時、軍に所属したばかりだった私は、家族全員がフリフォニアで暮らせるほどの金を持っていなかった。私は家族を村に残し、一人この街に来るしかなかった。そんな時に、あの事件だ……」


 ワストークが何かを想い出すかのように視線を宙に向け、さらに言葉を続ける。


「何度もタポルに行かせてくれと、ここにいる軍を動かしてくれと、上に頼んだ。だが、認められることはなかった……お前が行っても無駄だの、この街の近くにも魔物が大量発生するかもしれないだの……そういった理由が私を阻んだ。そして、祈る事しかできなかった私に届いたのは、村の全滅を告げる知らせだったよ。何かをできるわけでもなく、愛する妻を、子を、両親を、たった一夜で失った」


「…………」


「タポルの近くにいた騎士団が討伐に当たったが、間に合わなかった。そう国王は言っていたが、それの信ぴょう性すら怪しいところだ。尻尾はつかめなかったが、国や軍が威光を保つために口裏を合わせていたに違いない。私はこの国を恨んだ……私が行っていれば何とかなったかもしれないのに、何もさせてくれず、私の家族を見殺しにさせたこの国を!」


「……なるほど、そいつがてめぇを動かす理由だったってわけだな」


「ああ、そうだ! 王女に呪いをかけてじわじわと殺し、魔物にこの街を破壊させ、あの国王に私と同じ絶望と悲しみを与えてやろうとしたのだ! 何もできない自分の無力さを分からせてやるつもりだったのだ! それなのにっ……!」


 ワストークがギリッと歯を食いしばり、拳を握りしめる。恨みを晴らすための復讐が、一人の少女によって失敗に追い込まれ、無念と怒りを感じているのだろう。


「一つ言ってやる。その時の上官が言ってた通り、てめぇが行ったとこで何にもならなかっただろうよ」


 そんな哀れな姿を見て、ステンが無慈悲に言い放つ。大罪人相手に同情など必要ないのは当然だが、ワストークは納得がいかないのか、憎々しげにステンを睨みつける。


「きさ――」


「何故なら、あの時タポルに行ったのは、遠征で近くにいた俺が所属する団だったからな」


 だが、次のステンの言葉を聞き、ワストークの両目が大きく見開かれた。


「異変に気付いた瞬間、俺らはタポルに向かった。考えられる中でも最速でタポルに着いたはずだ。だが、街に着いた頃には、何もかもが潰された後だった。俺達ですら手遅れだったっていうのに、王都にいるてめぇが間に合うはずねえだろ」


 王都からタポルがあった場所までは、いくら急いでも一日では着けない。ステンがどれ程早く現地に到着したのかは不明だが、話からしてそれより早いのは確実だろう。

 一瞬で遠くまで移動できる転移の魔法陣があれば、王都からでも即座に駆けつけられるだろう。しかし、あれは主に重要な拠点間を行き来するためのものだ。そこに行くまでの道のりが険しく危険だというのなら話は別だが、タポルは至って普通の村であったため、転移の魔法陣など配置されていなかった。ステンの言う通り、ワストークがいくら頑張っても間に合う可能性はなかったのだ。


「魔物の大量発生は、事前に予測できるものじゃねえ。人里の近くで起きるなんて稀だが、どこの国も過去には同じ様な事例がある。避けようのねえ事故なんだよ」


「事故だろうが何だろうが……それで納得することなどっ……!」


「大事な人を失ったのが辛いのは分かる。だがな、それで国をぶち壊そうという発想に行きつく馬鹿はてめぇだけだ」


 どんな理由があれ、国を危険に陥れる行為など許されるわけがない。ましてや、ワストークのそれは、自分勝手な想像に基づいた八つ当たりに等しい。


 ステンがワストークの方へと移動する。その真横まで来たところで足を止め、正面にワストークを見据えた。


「個人的に聞きたかったことはそれだけだ。国家反逆罪により、ワストーク、てめぇを処刑する。何か言い残したいことはあるか」


「……残したところで惨めなだけだ。さっさとこの愚か者を殺すがいい」


 遺言を残す気も、命乞いをする気もない。言外にそう告げた後、ワストークは黙りこんでしまった。


「分かった。――さらばだ、ワストーク」


 ステンが剣を抜き、ワストークの首元に構える。

 そして、振り上げられた剣は、そのまま真っ直ぐ振り下ろされた。


恵菜という名のイレギュラー。


何だかんだで今日で投稿からちょうど一年だったりします。感慨深いですね。

これからも頑張っていきます。

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