帰宅
街の中心地区は、恵菜が一番気になっていながらも、入ることを諦めていた場所だった。中心地区に入るには特別な許可がないと駄目だからである。
だが、今はそんな中心地区へ入ることができている。さぞ目を輝かせてあちこち見ているに違いない。
……かと思いきや、恵菜の頭の中はそれどころではなかった。
「まさかエリスちゃんが王女様だったなんて……ビックリしたよ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいけど、そういう事は先に言って欲しかったなぁ。できれば会った時に」
「……言えば絶対にお城へ連れ戻されると思ったので、つい……」
事実、エリスが貴族、それも王族であると分かっていたのなら、夜中であろうとさっさと彼女を連れて中心地区へと向かっていただろう。余計なところで悪知恵が働くものだ。
「ところで、エリスちゃんの本名って、確かエリステリアって言ってたよね? こんな馴れ馴れしくあだ名で呼んでてもいいの? それとも、言葉遣いも含めて直した方がいい?」
恵菜はエリスと友達でいたいと考えている。だからこそ今まで普通に接してきた。
だが、こうも立場が違うとなれば事情も変わる。一度本人の考えを知っておく必要があるのではないか。そう思えて仕方ない。
「い、いえ! そのままで大丈夫です!」
「そう? でも、私が普通にしゃべっててエリスちゃんが敬語って、何か立場が逆転してるような気がするんだけど……私、いきなり首飛んだりしないよね?」
さっきの兵士の前ではほとんどしゃべらなかったからこそ問題なかった。もし今の様な話し方をしていれば、どうなっていたか分からない。その場で捕まっていたという可能性も捨てきれない。
「しませんよ! ……恐らくですが」
何故か最後に自信を無くしてしまったエリス。もはや不安しかない。
「……エリステリア王女様。早くお城の方へ向かいましょう」
「どうしていきなり敬語になるのですか!? 言ったじゃないですか! そのままで大丈夫ですと!」
「王女様が不安になるような事を申しましたので」
恵菜が淡々と敬語で答える。誰も自分の寿命を早めることはしたくない。
「で、でも、友達ではいてくれますよね!? さっきそう言ってくれましたよね!?」
「…………」
「どうして黙るのですか!?」
エリスが震える手で恵菜の両肩を掴む。友達を失うまいと必死だ。
しかし、恵菜が堪えきれずに吹き出したのを見て、やっと恵菜の真意を悟る。
「あっ! エナちゃん、騙しましたね!」
「ふふ~ん、色々やられたお返しだよ~」
先程からエリスには驚かされたり不安にさせられたりだ。すこしぐらい仕返しをしたくもなる。仕返しにしては少し大きい気もするが……
「……確かに言わなかった私が悪いですけれども、今のはひどいです。物凄く心配になりましたよ」
「ごめん、ごめん。それより、ほら、お城はもうそこだよ」
流石にやり過ぎた事を反省しつつ、恵菜が前方にある門――城への入口を指差す。
「もう少し、エナちゃんと街を見たかったです」
「それはまた今度ね。さ、行くよ」
未練がましく呟くエリスの背中を恵菜が押す。
そのまま門へと近づいていく二人。その姿に気づいた兵士達が、中心地区の入口にいた者と同じ様に、エリスの顔を見て目を丸くする。
「お、王女様!?」
「何故お城の外に!?」
兵士が慌てて門を離れてエリスのもとへと走ってくる。一時的に門に誰もいない状況ができあがってしまったが、兵士達はそんなことお構いなしだ。
「少し、お城の外がどうなっているか気になったので、隙を見てコッソリと……」
エリスが申し訳なさそうに説明する。そんな説明で兵士達が納得するわけがない。
「コ、コッソリとではありません! 王女様にもしものことがあったらどうするつもりですか!」
「お戯れが過ぎます! 国王様や王妃様に知られれば王女様がお叱りを受けるだけでなく、我々の首も飛びかねません! 早く中へお戻りください!」
「は、はい。迷惑をかけました」
王女の脱走を防げなかったのは門の見張りに責任がある。解雇程度で済めばいいが、最悪の場合は死刑だ。どちらにせよ首が飛ぶことに変わりはなく、だからこそ兵士もここまで焦っている。
しかし、その様子を見ていた恵菜はおかしなことに気が付いた。
(一日いなかったにしては、あまり慌ててない気が……)
兵士達は確かに慌ててはいる。しかし、王女が一日もいなくなったのなら、城中が大騒ぎになっていてもおかしくない。
いや、なっていないとおかしいのだ。その辺の子供がいなくなった(それはそれで問題だが)のとはわけが違う。エリスは今後、国を支えていく一人と成り得る存在なのだから。
しかし、そう考えると目の前の兵士の慌てようは、あまりにも小さ過ぎる。
それに、先程の兵士の発言から察するに、まだ国王や王妃にエリスがいなくなっていたことは伝わっていない。城の中には相当な数の人がいるはずであり、それら全てをやり過ごすことは容易ではない。
他にもおかしなところはいくつもある。それら全てをエリス一人で解決するのはほぼ不可能に近い。
だが、この世界では不可能を可能にできるものがある。
(もしかして、そういうのにピッタリな魔法でもあるのかな?)
恵菜の魔法に関する知識は完璧ではない。ユーリエの家には魔法に関する本がいくつもあったが、それらには最下級級魔法から最上級魔法の一部までしか載っていなかった。
ちなみに、最上級魔法のサイクロンはユーリエから直々に教えてもらったものである。見せた次の日にできるようになるという恵菜の驚異の習得スピードに、ユーリエも愕然としていた。
閑話休題。
そのため、この世界には恵菜の知らない魔法がまだまだたくさんある。その中のいくつかをエリスが知っていて、城を抜け出す際に使ったならば、エリス一人でも脱出は可能かもしれない。
「それでは、エナちゃん。ここでお別れですね」
「え? あ、そうだね」
考え事に夢中になっていた恵菜が現実に戻ってくる。
何はともあれ、こうしてエリスを無事送り届けられたのだ。エリスがどうやって脱走したのかは、恵菜にとって重要な事ではない。恵菜はエリスを見張る兵士ではないのだ。
「エナちゃんにはお世話になりました。本当に、ありがとうございました」
「どういたしまして。ほら、兵士さんが不安そうにしてるから、早く戻ってあげて」
「はい。では、またいつか会いましょう」
約束していた言葉を交わし、エリスが兵士達と共に城へと戻っていく。一度振り返って手を振ってきたので、恵菜も手を振り返してそれに答えた。
「さて、私ももう帰ろうかな」
自分の役目を果たした恵菜が帰途につくために体の向きを反転させる。
明日からはいよいよ依頼受注の解禁日だ。体を万全の状態に保つためにも、今日は早めに帰って休むべきである。
しかし、事はそう簡単にはいかなかった。
「待て。ここで帰ってもらっては困る」
一歩踏み出そうとした瞬間、兵士に進路を塞がれる。それも一人だけではない。
最初は見張りの二人しかいなかったはずだが、今は何人もの兵士が恵菜を取り囲んでいた。
「あの~、別に私はエリスちゃ……エリステリア王女には何もしてないんですけど……」
「ああ。王女に怪我がないことは分かっている。だが、恐らく貴様は魔術師だろう? 呪い魔法の類をもってすれば、外傷なく王女を傷つけることも可能だ」
兵士の言う通り、魔法には呪い魔法というものが存在する。相手の自由を奪うもの、衰弱させるもの、最終的に死をもたらすもの、その効果は様々だが、ほとんどが闇属性の魔法だ。
恵菜もいくつか呪い魔法を習得してはいる。しかし、人に対して使ったことは一度もなく、魔物に対して使ったのも数える程度しかない。魔法で相手を倒そうとした場合、呪いをかけるよりも普通に攻撃した方が圧倒的に早いからだ。
だが、兵士達はそんなことを知らないし、恵菜が言ったところで信じはしないだろう。
「重要参考人だからな。王女様と一緒にいた理由を話してもらおう」
「えぇー……」
露骨に嫌そうな顔をする恵菜。それでも、兵士達は問答無用で恵菜を城へと連行していった。
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「ありがとうございました。ここまでで結構ですので、もう警備に戻ってもらって大丈夫ですよ」
「「はっ!」」
兵士が姿勢を正して一礼する。しかし、彼らはその場を動かない。
「あの、流石にもう逃げ出したりしませんよ?」
「……そのお言葉、信じておりますよ」
エリスが念を押すことで、やっと兵士が門の警備へと戻っていく。兵士から随分と疑われるようになってしまったものだ。当然といえば当然なのだが。
「……戻ってきて、しまいましたね」
自分の部屋へと戻る道すがら、エリスが呟く。
僅か二日間の自由。長く望んでいたにしては短すぎた時間。一人だけという不安もあった。途中で変な連中に襲われもした。
それでも、エリスにとってその二日間はとても楽しいものだった。誰にも止められることなく、自分の好きなところに自分の意思で行けた。見たことが無いものを見る事ができた。
そして何より、恵菜という年の近い友達ができた。自由は一時のものだが、恵菜はずっと友達でいると言ってくれた。
(いつになるかは分かりませんが、絶対にまたエナちゃんに会ってみせます)
心の中でそう決心するエリス。だが、自分の両親である国王と王妃の許可が出ない以上、ある意味二度目の脱走を決めたに近い。先程の兵士に対しての念押しは何だったのか。
「王女様、お戻りになられたのですね」
そんな脱走の誓いをしているエリスに、後ろから一人の男が声をかける。年は三十代後半から四十代前半だろうか。鎧は装備していないが、身に付けているのはフリフォニア王国の紋章が刺繍されたローブ――宮廷魔術師の証だ。
「ワストーク様。はい、つい先程帰ってきました」
「随分と自由な時間を堪能してこられたようですね。お手伝いさせていただいた甲斐がありました」
ワストークと呼ばれた男性がにこやかにエリスに笑いかける。だが、すぐさま顔つきが変わった。
「しかし、話が違いますよ。昨日の中に帰ってくる。そういう約束だったではありませんか」
「えっと……少し、外の世界に夢中になってしまったようです」
「夢中になるのは仕方ないかもしれませんが、正直、肝が冷えましたよ。あと一日遅ければ確実にバレていましたね、国王様と王妃様に」
「ご、ごめんなさい」
最後の言葉にエリスの顔が青ざめる。優しい父親である国王からは軽い注意で済むかもしれないが、もう一人はそれで済ましてくれないだろうからだ。
「それにしても、よく誤魔化しきれましたね」
「おや、王女様は私の作った魔道具を疑っておいでで?」
「いえ、そういうわけではないのですが……ただ、あの幻影を作り出す魔道具の効果が切れていたらと思うと不安でした」
「ふふふ、確かに効果は一日と申し上げておりましたが、実は事前に魔力を多めに込め、今日の夜までは動くようにしておいたのですよ。こんなことが起きた時のための保険として」
得意げにワストークが語る。
そう。エリスが脱走したという事がバレていなかった理由――それはワストークの力を借りて、エリスが部屋に自分の幻影を作り出しておいたからだったのだ。
「そんなことまで対処していたのですか。ワストーク様は凄いですね」
「伊達に宮廷魔術師を何年もしてはおりませんよ。むしろ私としましては、王女様が魔道具の使い方を誤らないかという方が不安でした」
「な、何度も練習したのです。流石に間違えません」
「それはそれは、疑って申し訳ありませんでした」
ワストークが軽く頭を下げる。
「それで、お戻りが遅くなったのは、それだけの理由だったのでしょうか?」
「え? それはどういう……」
「いえ、王女様が戻ってこないのは、もしかすると王女様に何かあったのではないかと不安で不安で。何かあれば私の首が飛ぶのは避けられませんからね」
幻影を作ったとしても、エリス本人に何かあっては意味がない。門を警備していた兵士もそうだが、一番重罪となるのは脱走の手引きをしたワストークだろう。そうなっていれば、死刑だけで済めばいいというレベルの制裁が下される可能性が高かった。
「確かに、何かあったのは事実です。ですが、些細な事ですし、私も無事でしたから大丈夫ですよ」
「……そうですか。王女様がそう仰るのであれば、些細な事なのでしょう。気にしないことにいたします」
あっさりと引き下がるワストーク。無事であればそれでいいということだろうか。
「おっと、王女様。お顔に何か付いておいでですよ」
「え? ど、どこですか?」
「ああ、動かないでください。私が取ってさしあげます」
エリスの目線と同じ高さまで屈んで、ワストークがエリスの顔についていた小さなゴミを取る。
「ありがとうご、ざ……?」
エリスがワストークの目を見て感謝しようとする。しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
「そう、そのまま私の目をずっと見るのです」
ワストークの目が暗く光ったかと思うと、徐々にエリスの目から光が失われていく。
そして、ついには何もしゃべらなくなってしまう。その姿はまるで感情を失った人形のようだった。
「さて――では王女様、街で何があったのかお聞かせ願いますか?」
2021/08/22 : 誤字を修正しました。




