お説教
システシアから許可証を受けとった恵菜は、あれから一日たりとも休むことなく冒険者の仕事を頑張っていた。
毎朝、何らかの依頼を受けて街を出て行っては、遅くても二日、早ければその日に街へ帰ってきて報告しに来る。早さを重視するあまり、仕事が雑になっているのではないかと疑う者もいたが、幸いなことにそういった話もなく、恵菜に対するギルド職員や依頼主からの評価は高い(本人はその事を全然知らないが)。
しかし、その異常とも言える働きぶりから、恵菜がいつか過労で倒れるのではないかと心配する者もちらほらと見かけられるようになった。
ここがトランナであれば、暴走ストッパー(某ギルド長が勝手に命名)として名高いヒルデがそこそこのタイミングで止めに入っていたことだろう。だが、ここには未だに恵菜の暴走を止める者はいない。
むしろそれは恵菜にとってむしろ好都合な事ではある。それでも、それも長くは続かなかった。
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「呼出し、ですか?」
いつも通り、朝早くからギルドへと赴いた恵菜は、ギルドに入った直後に職員から呼び止められていた。
「はい。黒髪の女の子の冒険者を見つけ次第、来るように伝えてほしいと。ギルド長からそう聞いております」
「それって本当に私のことですか? 私以外にも女性の冒険者はいますし、黒髪の人も他にいるんじゃないですか?」
「ここ最近でこのギルドを利用する黒髪の女性冒険者はあなただけですよ。もう一つ根拠があるとすれば、その冒険者は「自分の体を労わらずに暴走して依頼を受けている」と、ギルド長が」
「…………」
ついに引っ掛かった。やはりどこのギルドにも暴走を止めてくれる存在はいるのである。冒険者が無茶をしないようにするのもギルドの仕事であるのだから、当然と言えば当然なのだが。
「そういうわけですので、ギルド長室の方へお願いします」
「行く前に依頼を受けていくことはできますか?」
「申し訳ありませんが、絶対に依頼を受ける前に呼び止めるよう指示されていますので」
先に依頼を受けてしまって逃げ道を作っておこうという恵菜の目論みも呆気なく潰える。まるで恵菜が考えるであろうことを予知していたかのように、システシアの指示は的確だった。
この分だと、恐らくどんな回避策を考えても全て無意味に終わるだろう。恵菜はここで無駄に足掻くのを止めることにした。
(でも、まだ依頼を受けるのを禁止されるって決まったわけじゃないし……)
もしかすると、何か別のことで呼び出されたのかもしれない。そんな淡い期待を抱きつつ、恵菜はギルド長室へと向かう。
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「エナちゃん。今日から三日間は依頼を受けるの禁止ね」
期待は期待でしかなかった。
最初に予想した通り、システシアから受けたのは一時的な依頼受注禁止命令だった。
「……今日だけじゃなくて三日もですか?」
「当然よ。今まで受けてきた依頼の数の多さと、それを達成するのに要した日数の少なさを考えれば、エナちゃんに休息が足りてないのは明白。不思議と今は大丈夫そうに見えるけど、ずっとそんな事を続けていたら体を壊すわよ」
システシアの忠告は恵菜を思ってのことだ。小さな疲労であったとしても、回復する前に新たな疲労が溜まっていけば、いずれ大きな疲労となっていく。それが身体的疲労なら体に異常を来し、精神的疲労なら集中力や注意力を鈍らせる要因となる。
常に危険と隣り合わせな街の外での依頼において、それらは命を落とすような事故へと繋がりかねない。
(そんなに疲れてないんだけどなぁ……)
しかし実際の所、恵菜は全くと言っていい程、自らの体に疲れを感じていなかった。
街から目的地までの移動では、大急ぎでもない限り全力疾走することを避けており、魔物との戦闘も遠距離からの魔法一発で終わる。そのため、そもそも身体的疲労は溜まりにくく、一晩眠れば魔力も回復する。
また、恵菜にとっては街の外へ行くこと自体が一つの目的となっている。自分の知らないものを実際に見て感じる事が楽しいのだ。お金を稼がなければいけないという使命感に駆られてはいるが、軽い旅行気分で街の外へ行っている以上、精神的な疲労もほとんどない。
「あ、一応言っておくけど、これ破ったら許可証取り上げね」
「は、はい。分かりました」
システシアの脅迫めいた忠告に、少し不満げな表情をしていた恵菜は即座に頷く。
許可証没収も一時的なものだと思われるが、絶対とは言い切れない。返してもらえるにしても、罰として科せられたのなら二日以上は取り上げられたままだろう。いくら不満があっても、せっかく手に入れた街の外へ行ける唯一の手段を取り上げられてしまうのは避けなければならない。
それに、恵菜はこういうことがあるのを見越して、休息期間中に何をするのか予め決めてある。
「じゃあ、三日間は街の観光でもしてます」
「ふふ、エナちゃんは素直で良いわね。リアナちゃんも見習ってほしいわ」
「そういえば、ずっと気になってたんですけど……リアナさんはどうしてあんな状態に?」
恵菜が部屋の隅っこに視線を移す。
そこには少し涙目になりながら膝を抱えて小さくなっているリアナの姿があった。ずっとシステシアのことを睨みつけており、一度たりとも目を離そうとしない。
恵菜がこの部屋に来た時から既にあの状態である。何故、最初に訊かなかったのかというと、システシアのスルーっぷりに尋ねるタイミングを掴めなかっただけだ。
「ちょっとお説教をね。これで他の冒険者と喧嘩するのは何度目だったかしら」
「リアナさんってそんなに喧嘩してるんですか?」
「そりゃもう。自分が気に入らない相手がいると躊躇いなく突っ掛かっていくし、怒るとすぐ火を出すわ」
その行動はもはや狂犬を通り越して魔物である。リアナが何も反論しないところを見るに、案外今の説明も的外れではないのだろう。そんな事をしていれば、頭のネジが外れた炎上娘と言われるのも仕方ない。
「冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事なのだけど、ギルドの物を燃やすのは勘弁してもらいたいわ。何度言っても聞いてくれないから、今日はちょっと厳しめに叱ったのよ」
「それであんな感じになっちゃったんですね」
「そう。でも、少しやり過ぎちゃった感はあるわね」
システシアが立ち上がって、リアナの方へと近づいていく。
「ほ~ら、リアナちゃん。もう怒らないし怖くしないわよ~?」
「寄るな触るな子ども扱いするなああああああああああ!」
……一体、何をどうすればこうなるのだろう。リアナは声を荒げながら、背後が壁であるにもかかわらず後ずさりし、手を差し出して近づくシステシアから逃げようとしていた。
その様子は、まるで警戒心むき出しの子猫が怯えながら「フシャー!」と威嚇しているかのようだ。それ以上近づけば本当に噛みついてきかねない。
「あらら、随分嫌われちゃったわね」
「……どんなお説教をしたんですか」
「うふふ、聞きたい?」
「け、結構です」
本能的にそれがヤバいものだと悟った恵菜がブンブンと首を横に振る。リアナの豹変ぶりを見るだけでも、お説教の内容が恐ろしいことぐらいは簡単に分かる。
依頼受注を禁止された時、恵菜はコッソリ依頼を受けてしまおうかと一瞬考えた。今ならそれが如何に愚かでやってはいけない行為なのか理解できる。
「けど、困ったわ。リアナちゃんにまだ少し話したいことがあるのに、全然話を聞いてくれるような状態じゃなさそうね」
リアナは明らかにシステシアのことを警戒している。今、システシアが何か言ったところで、リアナからは威嚇が返ってくるだけだろう。話をする前に、一旦落ち着かせる必要がありそうだ。
「エナちゃん。リアナちゃんを落ち着かせられない?」
「何で私に振るんですか」
「だって、私の言葉は聞いてくれそうにないし、私以外となるともうエナちゃんしかいないもの。ケインス君から聞いたけど、エナちゃんとリアナちゃんって仲良しなんでしょう? 威嚇もしてこないと思うわ」
この部屋には三人しかいないのだから、システシアが駄目となると消去法で恵菜しか残らない。
「まぁ……別にいいですけど」
システシアの自業自得である以上、恵菜は別にそれを引き受ける必要はない。だが、一応友達であるリアナを見捨ててこのままにしておくのも心苦しいところではある。ケインスに頼むことができれば良かったのだが、ここにいないということはガンザがまた何かやらかしたのだろう。
もはや自分が引き受けるしかない。恵菜は頷く以外のことができなかった。
意外とヒルデより厳しいシステシア。




