バレる隠し事
ランドベルサに到着した恵菜は、そのまま真っ直ぐギルドへ向かい、システシアに依頼の報告をしていた。
「確かにビッグボアの牙ね」
システシアが討伐を証明するために恵菜が取り出した物――二本のビッグボアの牙を見て頷く。
「討伐は成功したみたいだけど、湖の安全確認の方はどうだったかしら?」
「湖とその周りは確認しましたけど、この一頭以外にビッグボアは見つからなかったです」
「ふふふ、安全確認もバッチリみたいね」
報告を聞いたシステシアが微笑む。
「ご苦労様。依頼はこれで達成よ。報酬を渡しておくわね」
システシアが恵菜の前に二つの報酬を置く。
一つは依頼自体の達成報酬であるお金が入った袋。
もう一つは、冒険者カードと似たようなカードだった。ただ一つだけ冒険者カードと違うところがあり、このカードには右下にシステシアのサインが入っていた。
「これは?」
「そっちは依頼の前にエナちゃんと約束したものよ。一度、手に取ってみて」
そう言われて恵菜は目の前のカードを手に取る。すると、自分の冒険者カードと同じ様に文字が浮かび上がってきた。
「えっと……“このカードを所持する者に、一時的な限定状態にある銅ランクの依頼を受ける権利を与える”?」
「読んで字の通りよ。銀ランクに格上げされてしまった銅ランクの依頼に限って、エナちゃんはいつも通り受注できるわ。その依頼を受ける毎にそれを見せないといけないけどね」
システシアは申し訳なさそうな表情をしているが、元はと言えば恵菜が我儘染みた要求をしたのだ。多少の不便さはあっても仕方がない。感謝はすれども文句を言う気は全くなかった。
「こんな依頼の受注を許可するためのカードがあるなんて全然知りませんでした」
「知らなくて当然よ。さっき初めて作ったんだもの」
「え? 元からギルドにこういうのがあったんじゃないんですか?」
「あるわけないじゃない。だって、そんなあまりにも限定的な用途しかないカードを用意しても使わない事の方が多いもの。私が適当に作っただけのカードだから、このギルドでしか使えないわ。注意してね」
もはや職権乱用に近いのではないか。そう思う恵菜だったが、誰かに迷惑がかかるわけでもないため、何も言わないことにした。
(紙の許可証よりも楽だしね)
許可をするだけなら紙製の許可証でも充分だが、紙の許可証は破れたり文字が滲んで読めなったりする可能性がある。しかし、カードは簡単に破れたり文字が滲んだりせず、持ち運びも楽である。
もっとも、恵菜には収納袋があるのだから、持ち運びに関してはそれ程大差ないが。
「あ、無くすと再発行に金貨一枚が必要になるから、それにも注意してね」
付け加える様にシステシアがさらっと説明する。冒険者カードのように、受注許可カードも大切に扱う必要がありそうである。収納袋に入れたからといって、油断は禁物だ。
「そういえば、ちょっとだけ確認したいことがあるのだけど」
恵菜が大事装に報酬を収納へ入れたのを確認したシステシアが、ふと今思い出したかのように恵菜に尋ねる。
「何ですか?」
「湖にはビッグボアの他にも何かあったのかしら? グラ爺からの書状には、エナちゃんが一般的な冒険者よりもかなり早く依頼を終わらせてくるって書いてあったけど、今回は普通の冒険者とそれ程変わらなかったから、ちょっと気になってね」
一般的な冒険者の場合、依頼で湖まで行って帰るのに約三日かかる。恵菜が帰ってきたのは三日目の朝だったが、極端に早いというわけでもない。
グランからの書状の内容と、ケインスからの報告。それらを見聞きしたシステシアは頭の中で、恵菜の実力は相当なものであると踏んでいた。そのため、実際に恵菜の実力を測るために今回の依頼を頼み、どれくらいの早さで終えてくるのか期待していたのだ。それ故に、平均よりも少し早い程度の結果に疑問を感じたのである。
その疑問に対し、恵菜は自然体で答える。
「ビッグボアの討伐自体はあまり時間がかからなかったんですけど、初めて行く場所でしたから、行きはゆっくり歩いてたんです。あと、久々に街の外へ出たんで魔法の練習をしてたら、少し夢中になっちゃいまして」
「ふぅん……魔法の練習、ねぇ」
恵菜が説明した内容に不自然な箇所は無く、彼女の様子も特におかしな所は見当たらない。
だが、システシアは何かを感じ取ったようだ。
「……エナちゃん。何か隠してるわね?」
「へ!?」
システシアが疑うように、しかし、今度は何か自信があるかのように問いかける。予想とは違う結果に、恵菜は思わず驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべる。
「ほら、やっぱり何か隠してる」
「あっ……うぅ」
恵菜の言ったことは、真実ではあるが全てではない。初めての場所へはゆっくり移動して風景を楽しむようにしており、飛行魔法の練習に数時間費やしたのも事実である。
だが、時間がかかったもう一つの原因――ウンディーネの水華のことは話していない。
恵菜がそれを話さなかったのは、変に騒がれたり目立ったりするのを避けるためだ。
もっとも、ガーゴイル襲撃時の活躍を見ていた冒険者がいるため、一部の冒険者の間では恵菜の存在は知られている。
しかし、それはあの時、恵菜が自らのことよりも冒険者や商隊を護ることを優先し、実力を隠そうとせず存分に発揮した結果である。それに、見ていた冒険者の数はランドベルサにいる冒険者全員に比べれば少なく、噂も「銅ランクの冒険者が活躍できるわけがない」と一蹴されて広がっていなかった。そのため、恵菜の実力(しかも、あれでほんの一部)を知っている者はまだ少ない。
とはいえ、やはり変な噂が多くなると注目されるのは時間の問題だ。恵菜の水華との関係は充分目立つ要因になり得る。何とか隠せないものかと悩んだ結果、恵菜は今回の様に真実だけを話して重要な部分を隠したのだ。
全く何もないところから嘘を作り出すのは容易な事ではなく、それを真実に見せかけるのも難しい。簡単な嘘ではどこかに綻びが生じかねないからだ。
だが、言いたくない事を言わなくてもいい事と解釈し、その他の真実を話すようにするだけならば、真っ赤な嘘を吐くよりも疑われにくい。
悪知恵が働いたのか、はたまた自然とそうなったのかは不明だが、恵菜の行動は隠し事をするにはもってこいの方法だった。しかしながら、今回ばかりは相手が悪い。
恵菜の目の前にいるのは、多くのお偉い様との読み合い化かし合いを経験してきた百戦錬磨のギルド長。子供の悪知恵を働かせたところで、何か嘘や隠し事をしていることなど簡単に見破れる。
それでも、恵菜にも隠し通せるチャンスはあった。システシアが確認するように問いかけてきた際、説明の時と同じ様に自然体で「何もない」と答えれば良かったのだ。それだけでシステシアから疑いの目を逸らさせることはできなくとも、追及しても無駄だと悟らせることはできたかもしれない。
残念なことに、恵菜は嘘を吐く行為以前に、そもそも何か隠し事をすること自体慣れていなかった。「まさかバレるわけがない」と思っていたところに確信したかのような目で問われた恵菜は、予想外の事に思わず素の反応をしてしまったのだ。
「話して、くれるわよね?」
「も、黙秘権とかは……」
「聞いたことの無い権利ね。認められないわ」
駄目元で主張してみるが、その権利はシステシアに無慈悲に却下される。
「個人的な私生活云々を無理に問い質しは私もしないわ。だけど今回、エナちゃんは依頼として湖の安全確認のために現地へ赴いている。何かあったのならちゃんと報告してもらわないと、私達も困っちゃうのよ」
システシアの言う通り、恵菜が湖に行ったのは、ギルドの依頼であるビッグボアの討伐と安全確認を行うためだ。湖、もしくはその周辺に何らかの異変があったのであれば、恵菜にはそれをギルドへ報告する義務がある。新たな脅威や危険が見つかったとなれば、ギルド側は国や軍にその事を知らせ、何らかの対応策も取らなければならないからだ。
恵菜本人は今回の水華の件が基本的に無害であると思っている。しかし、それはあくまで主観的な感想に過ぎず、それを話さずに証明できるものは今この場にない。
今がプライベートな場であったなら、恵菜がはぐらかしてもシステシアは深く追求しなかっただろう。しかし、今はまだ依頼報告の最中である。
システシアはランドベルサのギルドの責任を負う立場にして最高権力者。私情を捨てて接しなければならないことが多々あるのだ。
「もし、それがエナちゃんにとって話しづらいことであったとしても、ここには私しかいないわ。エナちゃんから聞いた話が国やギルドにとって無害な内容であるのなら、一切誰にも口外しない。どうかしら?」
「本当に、個人的なことなら黙っていてくれるんですか?」
「ええ。ギルド長の立場に誓って、ね」
「……分かりました」
システシアの優しい気遣いに、ついに恵菜が折れる。
立ち上がった恵菜はゆっくり歩きだし、そのまま部屋の隅に飾られた花……ではなく、花瓶に近づいていく。
「水華、聞こえる?」
花瓶の中を覗き込んだ恵菜は、中に入っているものを確認して少し頷き、緊張するような面持ちで小さく語りかけた。
「何を――」
『聞コエルヨ、エナ』
その様子を見ていたシステシアが疑問の声を上げようとする。だが、その声は途中で止まり、突然響いてきた音の出所を探る様に首を振ってあちこちを確認する。
「い、今のは?」
「すぐ分かりますよ。じゃあ水華、ちょっと出てきてくれる?」
『ウン』
恵菜の呼びかけに応えて花瓶がカタカタと揺れ始める。何の変哲もない花瓶が突然揺れる様はまるでホラー現象だ。
そして次の瞬間、花瓶の口からポンっと水華が飛び出してきた。
(どうやってこんな所から出てこられたんだろ……?)
明らかに花瓶の口よりも水華の方が大きい。今はあまり雑談している余裕はないが、機会があれば聞いてみようと心に決める。
『ソレデ、エナ、何カ、用事?』
「用事といえば用事かな。ちょっとだけ一緒にいてくれると助かるんだけど、いい?」
『イイヨ』
水華は恵菜の頼みに嫌な顔をするどころか、むしろ笑顔で了承する。忙しそうなら別に帰ってもらっても構わないと恵菜は思っていたのだが、どうやらその心配もないらしい。
「ごめんね。あまり迷惑かけない程度に呼ぶって昨日言ったばっかりなのに。それに、他の人もいる前で……」
湖で何があったのか。その事をシステシアに言葉で説明するのは簡単だ。しかし、湖で大精霊に会ったなどと説明しても簡単には信じてもらえない。頭のおかしな娘扱いされるのがオチだろう。
そのため、、こうして実際に水華に登場してもらったというわけなのだが、恵菜はあまりそうしたくなかった。まるでサーカスの見世物の如く、水華を他の人の前に呼び出して見せびらかすような真似をしたくなかったからだ。
しかし、どう説明しても水華の存在を証明できなければ信じてもらうことはできない。存在を証明するには、システシアの目の前に証人……もとい証精霊を連れてくるしかない。水華はいつでもどこでも呼び出して構わないと言っていたが、恵菜はこんな理由でそうしてしまったことに罪悪感を抱いていた。
『気ニシナイ。ムシロ、呼バレテ、嬉シイ』
「……そう言ってくれると少し心も軽くなるよ」
無邪気に笑いながら恵菜の周りをクルクル飛びまわる水華。その言葉と笑顔に偽りの影は一切見えない。
それを見た恵菜の心にあった小さな曇りが晴れていく。水華の心の広さに「ありがとう」と感謝した恵菜はその場で振り返った。
「……システシアさん?」
その視線の先には、唖然とした表情で固まっているシステシアの姿があった。
「え? ああ、ごめんなさい」
恵菜に声をかけられたことでシステシアが我に返る。だが、表情は相変わらず驚いたままだ。
「エナちゃん……もしかしてだけど、その横にいるのは、大精霊?」
「はい。昨日この子、大精霊の水華に会って一緒に話をしていたのが、依頼の報告が遅れた理由です」
「それじゃあ、エナちゃんがさっきから話しているのは……」
「もちろん、精霊語ですよ」
平然とそう答える恵菜。だが、まるで信じられないようなことを聞いたかのように、システシアの目は見開かれていた。
彼女を見慣れているケインスがこの場に居たら目を疑っていたことだろう。何せ、普段から落ち着いた物腰で冷静さを失わない彼女が、明らかに取り乱しているのだから。
「そんな、大精霊と話せる人間なんて……でも、それなら大精霊が出てきたことに説明が……」
世界中の精霊を管理する大精霊。そんな存在が何の理由もなくこの部屋に現れるなどあり得ない。そして、この部屋には元々システシアと恵菜の二人だけしかいない。
システシア自身に身に覚えがないとなれば、原因と成り得るのはただ一人――花瓶の前で聞いたことのない言葉を発していた恵菜だけだ。
「一体、どこで精霊語なんて……」
「それは言えません。今回の依頼とは無関係ですし、それこそ個人的なことですから」
「……そうね。確かに、その通りだわ」
システシアが今一番知らなければいけない事は、恵菜が依頼達成を報告するのに遅れた理由であり、それが国やギルドに悪影響を与えかねない何らかの異変によるものなのかどうかということだ。恵菜がいつどこで、そして誰から精霊語を習得したのかは重要ではない。
「だけど、これだけは教えて。ミズカちゃん、だったかしら? その子がこの街に危害を加える可能性は?」
システシアの質問を聞いた恵菜は「あり得ません」と即答しそうになったが、それが自らの主観のみで判断していることに気づく。
「水華。今まで街を襲おうとか人に怪我をさせようとかって思ったことある?」
『ナイ。ケド、ソウシテ、ホシイ?』
「いやいや、全然。お願いだから、そのまま変わらないでね」
『分カッタ』
恵菜の言葉に素直に頷く水華。それが名付け親の言葉だからなのか、それとも契約を交わした者の言葉だからなのか、あるいはその両方なのかは不明だ。
それでも、恵菜は水華が誤った道へ進む可能性を潰せたことに安堵する。
「水華に聞いてみましたけど、今までそんな事をするどころか、考えた事すらないみたいです。ついでにそうしないように言っておきましたから、今後そうする可能性もないと思います」
「それなら安心ね。これ以上はエナちゃんとミズカちゃんの個人的な事だろうから詮索はしないし、今話してくれたことも口外しないわ」
「あ、ありがとうございます!」
システシアに信じてもらうことができ、緊張の糸がほぐれた恵菜に笑顔が浮かんだ。
「それにしても、エナちゃんが精霊語を話せるなんてね……こんなに驚いたのはいつ以来かしら」
「やっぱり珍しいんですか? 精霊語が話せる人っていうのは」
「今となっては珍しいどころか聞いたことすらないわ。過去を遡って数えたとしても、そんなに多くはないでしょうね」
「そ、そんなに?」
少ないにしても何人かはいるだろう。恵菜はそう考えていたのだが、予想以上に精霊語を話せる人間というのは珍しかった。
「だって、精霊語は話せる人間がいなくなった、つまりは一度失われてしまった言語なのよ? 世界中の国に研究や調査をしている人はいるでしょうけど、あまり詳しいことは分かっていないはず。だから、世界中の研究者はエナちゃんが知っていることが欲しくてたまらないでしょうね。大金叩いてでも惜しくないぐらいに」
「…………」
システシアの言葉を聞いて、サーっと血の気が引いていく恵菜。システシアに裏切られるようなことがあれば、恵菜は世界中から追われる身となってしまう。不特定多数の人から逃げる鬼ごっこをしながらの旅など楽しめるものではなく、心が安らぐ暇もない。
「そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫よ。口外はしないって言ったじゃない。私はギルド長なんだから、エナちゃんのことを守りはしても売りはしないわ」
幸いなことに、システシアには微塵もそんな気はない。安心した恵菜はホッと息を吐く。だが、安堵する恵菜を見たシステシアは「だけどね」と口を開く。
「エナちゃん。一つだけ忠告させてもらうけど、大精霊のことや精霊語のことは出来るだけ秘密にしておくことをお勧めするわ。ミズカちゃんやエナちゃんのことを利用しようと考えるのが研究者だけとは限らないし、無理やり言う事を聞かせようとする輩が出てきてもおかしくない。そんな連中が寄って来るのを防ぐためにも、ね」
「分かってます。そんな誰かに自慢したり言いふらしたりはしないですよ」
あくまで今回の場合は、言わなければならなかったからこそ説明しただけだ。態々自らの身を危険に晒すことに繋がる行為をする必要はない。
日々刺激を求め、波乱万丈な生活を送りたいと考えているような人間なら話は別だが、恵菜はいたって普通な女の子(本人はそう思っている)である。
「それならよろしい。さて、少し長く引き留めすぎちゃったわね。湖に異変が無いって分かったことだし、これ以上エナちゃんから聞かなきゃいけないこともないから、今日はこれで帰ってもらっても大丈夫よ」
「はい。それじゃあ、これで失礼します」
水華がいたことは一種の異変と言えなくもないのだが、とりあえず無害であることが分かったため、システシアもあまり気にしないことにしたようだ。
その辺をクルクル回りながら飛んでいた水華(会話中、気になって仕方がなかった)にお礼を言ってから帰した恵菜は、自分も疲れを癒すために真っ直ぐ宿へと戻っていった。
隠し事は一日も続きませんでした。
本文の内容を一部修正しました。(2019/11/24)




