名付け親
またまた、恵菜視点です。
何かとんでもない事を言われた気がする。聞き間違いじゃないなら、名前を付けてって言ったような……
つまり、名付け親になれってこと?
『ヨロシク』
いやいやいや、よろしくって言われましても。
絶対それってここだけの名前じゃないよね? どう考えてもこれから先ずっとそう名乗り続けるよね?
確かに、どう呼んで良いのか分からないのは不便だって言ったのは私だ。そう考えると、責任は私にあるのかもしれない。
もしこれがペットに名前を付けるみたいに、自分だけが呼ぶ名前ならどうってことはない。でも、ウンディーネは私のペットじゃないし、ポチとかタマとかいうペットにありがちな名前は付けられない。というより、そんな名前だと可哀そすぎる。
そういえば、元の世界だと地域や人種によって名前に特徴が出ることが多かった気がする。日本人は日本人っぽい名前、イタリア人はイタリア人っぽい名前、みたいな感じで。
こっちの世界にそれがあるのかは分からないけど、もしかしたら精霊も特徴的な名前を持っているかもしれない。
それを参考にできれば少しは考えやすくなるかな。それに、名前の付け方にタブーなんか有ったら困るし、聞いておくに越したことはないね。
「えっと、他の大精霊の名前にどんなのがあるかって分かる?」
『分カラナイ』
参考になるものは無しですか。まぁ、大精霊になったばかりだから仕方ないことではあるんだけど……
「何か、こう呼ばれたいっていう希望は……?」
『エナニ、オマカセ』
そう言って笑顔になるウンディーネ。その笑顔が逆にプレッシャーになっているって事には気づいてくれてなさそうだった。
こうなると、もう私自身のネーミングセンスとやらに賭けるしかない。今までそんな経験はないからセンスが良いか悪いか全然分からないけど、相手も自分も不幸になりそうな名前だけは回避したい。
とりあえず、性別は分からないけど、見た目から女の子って仮定。だから、名前も女の子に付けるような名前にしよう。水の大精霊なんだし、水に関連した名前がいいかな。
それなら――
「……水華、とかどうかな?」
『ミズカ……?』
「そう。水辺に咲く花って意味を込めて、水華。さっき、この湖で綺麗な花を見かけたから、それから取ってきた感じかな」
『ミズカ……ミズカ……』
私の考えた名前を小さく繰り返すウンディーネ。
もしかして、気に入らなかった? これでも真剣に考えたつもりなんだけど……少し安直過ぎたかな。それとも、日本人っぽい名前に違和感でも感じてるのかな。
もし嫌だって言われたらちょっと凹みそう。でも、気に入ってもらえないようなら考え直すしかない。
『ミズカ……イイ、名前』
「お、気に入ってくれた?」
『ウン。トッテモ』
そう言ってウンディーネはその場で嬉しそうにクルクルと回りだした。そんなに喜んでもらえると、考えた方もつい嬉しくなる。私のネーミングセンスは悪くなかったみたいだ。
『エナ』
「ん? どうしたの?」
『ワタシ、ミズカ。ヨロシクネ』
ウンディーネ改め、水華が笑顔を私に向けてくる。
何だろう、その仕草も相まって凄く可愛く見える。
「うん、よろしくね」
抱きしめたくなる欲求を抑えて、握手のために手を差し出す。
『?』
だけど、水華は不思議そうな顔をしながら私の手と顔を交互に見ている。
あ、精霊同士じゃ握手をする風習がないのかな。
「これは握手って言ってね。他の人と挨拶する時とか仲良くする時とかに、お互いの手を握り合うの」
『シキタリ?』
「うーん、似たようなものかな」
『ソレナラ、ミズカ、ヤル。仲良ク、ナリタイ、カラ』
恐る恐る水華がゆっくりと手を伸ばして、そのまま私の手を握ってくれた。
『コレデ、仲良シ?』
「うん、これで私と水華は友達だよ」
『ミズカ、人間ノ、友達、初メテ』
よっぽど嬉しいのか、水華は笑顔でブンブンと腕を上下に振る。
生物とは違うから体温は無いと思ってたけど、私が握り返す水華の手は不思議と温かかった。
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水華と友達になった後、私達はその場で話し合っていた。
友情を深め合うには、まずお互いのことを知らなきゃいけない。水華は大精霊になったばかりで知らないことが多く、知的欲求も大きいみたいで私に色々なことを訊いてきた。
今話してるのは、私が空を飛んでいた理由についてだ。
「――そんなわけで、他にもビッグボアがいないか確認するために飛んでたの」
『ソウナンダ。テッキリ、空飛ブノ、ハヤッテル、カト』
「いやいや、流行ってはないと思うよ?」
私の飛行方法だと、属性が違う二つの魔法(しかも片方は上級の魔法)を同時に制御しないといけないから、難易度はかなり高いと思う。流石にそんな魔法は流行らないだろう。
むしろ流行るぐらいに簡単な別の飛行魔法があれば良かったんだけどね。そうすれば練習で頭を打ったり墜落したりしなくて済んだだろうし。
『ドウシテ、魔物、探シテタノ?』
「さっきも話してたけど、ギルドからの依頼でね。この湖の安全確認をできるだけ早く、って……あ」
そうだ。この指名依頼はなるべく早く報告してほしいって言われてたんだっけ。
『ドウシタノ?』
「ギルドから早めに依頼達成の報告をしてほしいって言われてた事を今思い出したの。水華との話に夢中ですっかり忘れちゃってた」
いつの間にかもう夕方になっている。今から全力で飛ぶなり走るなりしても、今日中に街に着くのは無理そうだ。
それに、夜になると辺りは真っ暗になる。夜行性の魔物に遭う可能性も高くなることを考えると夜は動きづらい。
『ミズカ、悪イコト、シチャッタ?』
「え? あ、ううん、水華は全然悪くないよ。私がちゃんと覚えてれば良かったんだから」
いきなり水華が現れた時にビックリさせられたっていうのは、依頼の事を忘れちゃった原因の一つになっているかもしれない。でも、自分がしっかりしていなかったことが一番の原因だから、結局は自分のせい――というより自業自得ってやつだ。
それに、叱られた子供みたいにしゅんとなってる水華を見て、さらに責める気にはなれなかった。いや、そんな気は元からなかったけどね。
「じゃあちょっと名残惜しいけど、私は依頼の報告をしなきゃいけないから、そろそろ街へ戻るよ。暇な時にまたここへ来るね」
暗くなるまでまだ時間がある。ここで野宿するのもアリだけど、早く依頼の報告をするのなら少しでも街に向かって移動しておいた方がいい。魔除けの魔法陣があるから、どこで野宿しようが安全性にほとんど差が無いっていうのも理由の一つだ。
『次、来テモ、ミズカ、イナイ、カモ』
「そうなの? でも、どうして?」
『ミズカ、ダイセイレイ。ダカラ、アチコチ、行カナイト』
「あ、他の場所にいる水の精霊の様子を見に行かないといけないんだっけ?」
『ソウ。大事ナ、オ仕事』
水華の話によると、精霊は世界中にいて、各地の風土によってその数が変わる。水の精霊は基本的に海や湖みたいな水がある場所に多くいて、逆に砂漠みたいな乾いた土地には少ないらしい。
精霊の数でその土地の風土が決まったのか、その土地の風土で精霊の数が決まったのかは分からない。でも、時々その土地にいる精霊の数が変わることがある。
精霊の数が土地に合った数よりも少な過ぎたり多過ぎたりすると、その土地に何らかの影響が出て来くるらしい。水の精霊の場合は水害だとか干ばつだとか、そんな感じの被害が発生する。
それを防ぐために、水華は各地の水の精霊の数を確認して管理しないといけないみたい。
つまり、今日水華に会えたのは、その仕事で偶々ここに来ていたから。そこで私が面白そうなことをしているのを見つけて話しかけてきたっていうのが事の始まり。
「それなら、もしかしてここでお別れってこと?」
『ウン。オ別レ』
「そっか……」
出会ってすぐにお別れかぁ……仕方ないことだけど、ちょっとだけ寂しいかな。
『ダイジョウブ。マタ、会エルヨ』
「……そうだよね。いつかまた、どこかで会えるよね」
旅を続けていれば、今日みたいに偶然再会するかもしれない。可能性は低いけど、生きている限りはゼロじゃな――
『呼ベバ、チャント、出テクル、カラ』
「……へ?」
『ミズ、アレバ、ダケド』
ちょっと待って。それって……
「えっと……つまり、水がある場所で水華を呼んだら出てきてくれるってこと?」
『ウン』
可能性、全然低くなかった。呼んだら出てくるんなら、ほぼ百パーセントってことだよね。
しばらく会えなくなる方の別れを想像してたけど、まさか学校の友達同士の「またねー」的な別れの方だとは思わなかったよ。さっきまでウルッときてた私の涙を返してほしい。
……いや、流れる前に引っ込んじゃったからセーフか。
「ねぇ、水華。呼んだら出てくるってことは、他の人が呼んでも水華は出てくるの?」
もしそうなら、友達である私としてはとても複雑な気持ちだ。それに、水華は子供っぽいところがあるから、悪い人に騙されて付いていきそうな気がする。流石にそれだけは未然に防いでおきたい。
『ウウン。契約シタ、人間、ダケ。ダカラ、エナ、ダケ』
「け、契約?」
全く身に覚えがない。変な契約書にサインしてもないし、契約って言葉すら今初めて聞いた。
もしかして、友達になったっていうのが契約って意味なのかな? 一番あり得そうなのはそれだけど……
『エナ、ワタシニ、名前、クレタ』
そっちだったかー。
そうだよね、友達契約なんていう新手の詐欺みたいな響きの契約じゃないよね。
いや、それよりもあの名前を付けることにそんな大きな責任があるとは思わなかったよ。話の流れで自然に頼まれたから、あまり深く考えずに承諾しちゃったけど。
あれ、そう思うとやっぱりちょっと詐欺っぽいような……?
「まあ、離れてる友達と簡単に会って話ができるのはいいことだよね」
『イツデモ、何度デモ、呼ンデネ』
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、流石に何回も呼んじゃうと迷惑だしね。寂しい思いをしない程度に抑えるよ」
水華が暇じゃないのなら無理して来なくてもいいんだけど、水華の様子からして仕事そっちのけで私の所に来そうな気がする。
少しだけなら大丈夫だろうけど、頻繁に水華を呼んで大精霊としての仕事を邪魔すると、水華だけじゃなく他の人にも間接的に迷惑がかかる。私のせいで世界が危ないなんてことになってもらっても困る。下手をすれば自分で自分の首を絞めかねない。
「さて、いつでも水華に会えるって分かったことだし、そろそろ私は行くよ。大精霊のお仕事、頑張ってね」
『ガンバル。エナモ、ガンバッテ』
「うん。それじゃあ、またね!」
『バイバイ』
手を振る水華に手を振り返しながら、私は飛行魔法でランドベルサに向かって飛んだ。
新しい友達(ただし、人じゃない)。




