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依頼消失

「え~っと……あれは買ったし、あれも買った。そこのはさっき買ったし、これはまだ充分余裕があるから問題なし。じゃあ、次は――」


 先日に引き続き、恵菜がランドベルサの東通りにある店を一つ一つ廻っていく。


 彼女は今、自分に必要な物を買いそろえている真っ最中だ。

 本来ならば昨日の間に全て終わらせ、今日の朝からランドベルサでは初となる冒険者活動を始めていたはずだった。だが、昨日恵菜は石鹸を入手できた嬉しさで頭がいっぱいになり、石鹸以外に目を付けていた品を何も買わないまま、宿へと戻ってしまったのだ。


 そして、恵菜がその事に気付いたのは今日の朝であり、朝食を食べた後、すぐに東通りへと向かったというわけだ。


「これとこれで、最後かな」


 そんな朝早くから始まった買い物も、日が真上に差し掛かろうかという時間帯になって、ようやく終わりが見えてきたようだ。


「何とか午前中に終わったけど、まだ依頼残ってるかなぁ……」


 恵菜が太陽の位置を確認しながら、ふとそう呟く。


 報酬の良い依頼や簡単な依頼のほとんどは、朝の間に他の冒険者が受けてしまっているだろう。午前中に急ぎの依頼が持ち込まれれば、その日の午後に新しく依頼が出されることもあるが、事務処理の都合上、大抵は次の日の朝にまとめて張り出されることが多い。

 故に冒険者の多くは、まず依頼を受けてから出発の準備を始める。先に依頼を確保しておけば、他の冒険者に取られる心配がないからである。


 恵菜も午後に買い物をするようにしていれば、おいしい依頼を受けられたかもしれない。だが、買い物を忘れたことに焦るあまり、依頼のことなど忘れて飛び出してきてしまったのだ。


「まぁ、何か一つぐらい受けられる依頼はあるはずだよね」


 自ら抱いた不安を払しょくするように言い聞かせて恵菜は歩きだす。明日の朝一にギルドへ向かい、報酬の良い依頼を探すという手も恵菜は考えたが、良い依頼が絶対に張り出されるという保証はない。


 それに、恵菜はランドベルサの一部を既に見て廻りはしたが、街の外(トランナ方面以外)へはまだ行ったことがない。街に到着してから既に三日目。そろそろ街の外へ出て新しい世界の景色を見てみたいという欲求も出てきている。

 まだ見ぬ世界に心を躍らせながら、恵菜はギルドへと向かうのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ギルドに到着した恵菜は、早速依頼が貼られていると思われるボードの方へと歩を進める。朝はこのボードの前に何人もの冒険者が集まり、仲間とどの依頼を受けるか相談している光景が見られるのだが、やはり昼に近いこの時間帯は誰もいなかった。


「どんな依頼が残ってるかなー?」


 ボードの前に来た恵菜は、ざっとボード全体を見渡し、残っている依頼の数を確認する。

 王都のギルドというぐらいだから、トランナよりも依頼の数が多いだろう。そう恵菜は予想していたのだが、貼られている依頼の数は思っていたよりも少なかった。


(冒険者の数も多いから、午前中には大半の依頼がなくなっちゃうのかな?)


 恵菜の予想通り、王都は依頼の数も多ければ冒険者の数も多い。もし冒険者達の依頼を受ける日が被ってしまえば、その分だけ多くの依頼が午前中になくなってしまうだろう。だが、恵菜の目の前にあるボードに今残っている依頼の数は、同じ時間帯のトランナのギルドよりも少ない。


 さらに、おかしいのはそれだけではなかった。


「あれ?」


 貼られている依頼書の内容を一つずつ確認していた恵菜が不思議そうに声を上げる。


「……銅ランクの依頼が、ない?」


 そう。ボードには恵菜が受けられる依頼がなかったのだ。簡単な依頼が残っていないというのならまだ分かるが、一つも銅ランク依頼が残っていないというのは、恵菜にとって初めての経験だった。


(皆が銅ランクの依頼だけを受けていったとか? でも、銀ランク以上の人なら、銅ランクよりも銀ランクの依頼を受けるよね……それに、ランドベルサのギルドには高ランクの冒険者が多いって誰かが言ってた気がするから、銅ランクの人がたくさん押し寄せた可能性も低そう)


 銅ランクの依頼がない原因について、あれやこれやと考え始める恵菜だったが、思い付く可能性は自らが簡単に否定できてしまうものばかりだった。


「依頼を受けずに外へは行きたくないんだけどなぁ~……」


 依頼を受けなくても街の外へ行くことはできる。だが、どんな目的があって街の外へ行くにしても、ついでに依頼を受けられるに越したことはない。その方が依頼の報酬も貰えて一石二鳥だからだ。何らかの理由で依頼を受けずに街の外へ出て行く冒険者もいるにはいるが、それも数える程の人数しかいない。


 恵菜も街の外へ行ってみたいという理由だけなら、依頼を受けずに外へ行くことはできる。しかし、今の恵菜にとってお金はあればあるほど良い。石鹸を定期購入しても懐事情を安定に保つことができ、さらに稼ぐことができれば夢の王族御用達石鹸にも手が届き得るのだから。

 そういう理由もあって、恵菜は依頼を受けて街の外へ行きたいと思っていたのだが、残念なことに目の前のボードには受けられる依頼が一切ない。


「うぅ~……」


 自らが置かれている状況を理解した恵菜がうなり声を上げる。いくらボードを眺めたところで、依頼書の数が増えることもなければ依頼のランクが下がることもないのだが。


「あ~……思った以上に暇だぜ」


 そんな恵菜の耳に、ふと後ろの方から誰かの声が聞こえてくる。振り返った恵菜の視線の先には、行儀悪くテーブルに座ってだらけている二人の冒険者の姿があった。


「しゃあねえさ。依頼があんなのばっかりだしよ」


「くっそ~、依頼に制限とか一体何なんだよ。ギルドは銅ランクの冒険者を潰しにでもきてんのか?」


「流石にそれはねえだろ。どうせ一時的な――」


「あ、あの!」


 どうやら、この冒険者達は銅ランクの依頼が一切ない理由を知っている。そう思った恵菜が二人に近づいて声を掛けた。


「ん? なんだ?」


「さっき、銅ランクの冒険者がどうって言ってましたよね!? 少し詳しい話を聞かせてくれませんか!?」


「お、おう、別に構わねえけどよ……」


 恵菜の勢いに押されるかのように、冒険者が首を縦に振る。何故恵菜がそんなに必死なのか分からない冒険者だったが、依頼が受けられないというのは彼女にとって非常に大きな問題なのだ。必死になるのも無理はない。


「今、そこで依頼を見てきたんですけど、なんだか依頼の数が少ないような――特に銅ランクの依頼が一つも見つからなくて」


 恵菜の言葉を聞いた冒険者二人が納得するかのように「あぁ……同類か」と口を揃える。


「なんだ。あんたも俺らと同じで依頼を受け損なったのか」


「受け損なった……? もしかして、もっと早い時間には依頼があったってことですか?」


「そうらしいな。聞いた限りじゃ、銅ランクの依頼は朝早くに全部なくなったらしいぜ」


 それを聞いてショックを受ける恵菜。それもそうだろう。朝から買い物に出掛けず、真っ直ぐギルドに来ていれば依頼を受けられたかもしれないのだから。後悔先に立たずとはよく言ったものである。


 だが、明らかに落ち込み始めた恵菜を見て、冒険者が慌てたように言葉を続ける。


「お、おい、そんなに落ち込まなくてもいいだろ。ギルドが銅ランクの依頼だけ削減しちまったら、俺らみたいに依頼を受けられなくなる奴の一人や二人出てくるって」


「依頼の、削減?」


 顔に手を当てて落ち込んでいた恵菜が、さらに予想していなかった言葉を聞いて戸惑う。


「ど、どういうことですか?」


「どうもこうも、言葉通りの意味だぜ。なんでも、銅ランクの冒険者が街の外へ行くのを防ぐためらしい」


「ガーゴイルが出たって事件、あんたも知ってんだろ? あれの原因が分かってねえようでな。またいつどこで湧いて出てくるか分からねえ以上、銅ランクの冒険者だけで街の外へ行くのは危険だってギルドが判断したんだとさ」


「そんで、今日の朝になってギルドが街の外へ行かなきゃいけねえ銅ランクの依頼を、ぜ~んぶ銀ランクの依頼に格上げしちまってよ。で、街の中でできる残った銅ランクの依頼を、銅ランクの冒険者が奪い合ってな」


「そしたら早々と銅ランクの依頼がなくなった、ってわけだ。銀ランクに格上げされた依頼も、噂を聞きつけた銀ランクの冒険者達がこぞって受けてったぜ」


 冒険者ランクが高ければ、世間からの評価も上がり、何かと優遇されやすい。そのため、冒険者は自分のランクを上げることを一つの目標としているのだが、冒険者ランクを上げるには、現在の自分のランクと同等の依頼を定められた数だけ達成する必要がある。


 したがって、銀ランクの冒険者も銀ランクの依頼を受けなければならないのだが、当然のことながら銀ランクの依頼を達成することは銅ランクの依頼を達成する事よりも難しい。銀ランクに上がったはいいものの思うように依頼を達成できず、それより上にいけなくなる冒険者は多数存在する。

 そこへ普段は銅ランクであるはずの依頼が銀ランクの依頼として受けられるとあれば、彼らがジッとしているはずがない。


 一方で、銅ランクの冒険者――特に銅三ランクの冒険者からすれば、今回のギルドの措置は堪ったものではない。街の中でできる依頼はどれだけランクが高くても精々が銅二。銅三ランクの依頼は街の外へ出るものがほとんどだ。つまり、銅三ランクの冒険者はランクを上げる手段がなくなったことになる。


「あ、ついでに言っておくとだな。銀ランク以上の冒険者が同伴しているか、特別な許可が無い限り、今は街の外へ行くのは無理らしいぜ。依頼を受けずに魔物狩りに行こうとしても、銅ランクの冒険者は門で止められるってよ」


「そ、そんなぁ……」


 自分がどうしようもない状況に追い込まれていることを理解した恵菜が、ガックリと項垂れる。


 街の外へ行けなければ新しい景色など見ることはできない。もう一つの目的であるお金を稼ぐことに関しては、後日改めて街中で行う依頼を受ければ良いと思うかもしれないが、そうもいかない。

 街の外へ行く依頼とそうでない依頼とでは、得られる金額の大きさが異なる。街中の依頼で得られるのは依頼の報酬のみだが、街の外へ行く依頼では報酬に加え、手に入れた魔物の素材があればギルドに買い取ってもらえる。報酬自体にも差はあるが、追加で手に入るお金があるかないかも大きい。


 報酬の安い依頼でも、数をこなせば得られるお金はそこそこ大きくなる。しかし、朝早くから依頼がなくなってしまうのであれば、その数をこなすことも難しい。次に受ける依頼がなければ、それでその日の活動は強制終了である。

 恐らく、一日に受けられる依頼は多くて二つ。最悪の場合一つだけという事もあり得るだろう。それで得られる報酬など高が知れている。

 そんな報酬と一日の生活費を考えると、下手をすれば収支はマイナスになりかねない。そうなれば、お金を稼いでいるはずなのにお金が減っていくという矛盾がましい現象が発生することになる。


 所持金を増やそうと考えた場合、収入の増加に限界があるのなら支出を減らすしかない。恵菜の現在の支出の中で最も割合が大きいのは宿代だ。一日に銅貨五十枚が消える事を考えれば、真っ先に削るべき支出であることは明らかなのだが――


(今よりも安い宿に泊まるってことは部屋の質も落ちるし、当然お風呂とシャワー付きの部屋とはお別れってことになるよね? お風呂に入れなくなるから、昨日買った石鹸は無駄ってことに……?)


 恵菜が両手で頭を抱えながら「嫌っ、それだけは絶対ナシ!」と首を左右に振る。どうやら、今の恵菜にはその支出を減らすことすら難しそうだ。この街にお風呂とシャワーがあると知っていながらそれを我慢するなど、恵菜にとっては難しいを通り越して無理に近いらしい。


「お、おい、あんた大丈夫か?」


「い、依頼受けられなくて困るのは分かるけどよ……少し落ち着けよ。な?」


 恵菜の様子を見ていた冒険者達が心配するかのように声を掛ける。必死そうに依頼の事を尋ねてきたかと思えば、事実を知った途端に落ち込みだし、仕舞いには頭を抱え始める。そんな挙動不審な恵菜を見ていれば心配にもなるのも仕方ない。


 しばらく冒険者から励まされ(?)、今日はどうすることもできないと理解した恵菜は、落胆しながらも落ち着きを取り戻す。


「……すみません。お話、ありがとうございました……」


「お、おう」


「き、気を付けてな」


 意気消沈してフラフラとその場を離れる恵菜と、それを見送る冒険者二人。


 実はこの二人、恵菜に情報を教える代わりに酒の一つでも奢ってもらおうと考えていた。だが、恵菜の落ち込み様があまりにも酷かったためそんな要求をする気になれず、恵菜が去っていくのを見ていることしかできなかった。

シャワー付きお風呂とのお別れ危機?

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