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ずっと欲しかったもの

引き続き恵菜視点です。

 朝食を食べた私は、その後宿を出て多くの店が立ち並ぶ大通りを歩いていた。


 街の人から話を聞いた感じだと、ランドベルサは東西南北で特徴が違うみたい。具体的に説明すると、南地区には冒険者向け、東地区には市民向け、西地区には商人向けのお店が多い。北地区だけは特定の人向けというわけじゃなくて、様々なお店が集まっているとのこと。ちなみに、ギルドは南地区にあって、私が泊まっている宿は東地区にある。


 今私がいるこの通りも東地区に位置している。街の東門から始まって、身分の高い貴族の人が多く住んでいる街の中心地区まで、ずっと延びているランドベルサの大動脈だそうだ。

 流石に王都というだけあって色んな物が集まってくるようで、トランナでは見かけなかった物から人生で初めて見た物まで、たくさんの商品があった。


 今の所一番印象に残っているのは、見た目がカラフル――というか毒々しい色をしたカエルみたいな何か。初めて見た時の衝撃が強過ぎて頭から離れてくれない。お店の人は食用だと言っていたけど、どう見てもあれは食材に見えなかった。

 当然のことだけどカエルは買ってない。流石にカエルを使った料理の作り方は知らないし、そもそもあれを食べる勇気が湧かない。


「あ、もしかしてあそこで終わりかな?」


 少し先の方に中心地区と東地区の境目となる壁が見えてきた。でも道は続いていて、壁のところには内側と外側を行き来するためのアーチがあって、その両側には鎧を着た二人の兵士っぽい人がいる。

 向こうへ行ってみたい気はあるけど、何の許可証も持ってないし、流石に素性の知れない人は通してもらえないよね。


 そういえば、しばらく歩いているうちに気付いたけど、どうやらこの通りは中心部に近づくにしたがって売物が高くなる傾向があるみたい。貴族に需要がありそうな高級品は貴族が住む所に近い場所で、一般人向けの物は一般人が住む所に近い場所で、ってところなんだと思う。


「うん?」


 そろそろ引き返して目星を付けておいた食材や道具を買いに行こうと思った時、ふと一つのお店が目に留まった。看板には液体の入った瓶みたいな絵が描かれているだけで、パッと見では何のお店か分からない。


「薬屋さんかなぁ……? とりあえず入ってみようっと」


 お店の前で考えるより、実際に入ってみて確認した方が早い。変なお店にも見えないし、たぶん大丈夫。

 そう思いながら扉を開けて中へ入ると、カランカランという音と共に様々な香りが私の鼻をくすぐってきた。


 色々混じってて分かりづらいけど、柑橘系や植物系などの香りがする。それに、ちょっとだけ懐かしさも感じる。


「いらっしゃい~。あら、可愛らしいお客様ね」


 来店に気付いたお店の人がこちらに歩いてきた。緑みがかった黄緑色の髪に華奢そうな体、そして女性である私ですら見惚れてしまいそうになるぐらいの美貌を持ったその女性は、まるでお(とぎ)(ばなし)に出てくる妖精みたいな容姿だった。


 だけど、私が一番気になったのは女性の耳。長くて先が尖ってるってことは、もしかして――


「エルフ族?」


「そうよ~。もしかして、エルフを見るのは初めてだった?」


「はい……って、ご、ごめんなさい」


「別にいいのよ。私を見た大体の人が同じ反応だし、むしろ見ていて楽しいわ~」


 思わず口に出してしまった言葉を女性が肯定する。気を悪くしたかと思ったけど、向こうは全然気にしてなかった。


 ユーリエさんの家にいた頃に読んだ本によると、この世界にはいくつもの人種がいるらしい。

 代表的な種族には、地球にいるような一般的な姿の人族、獣耳や尻尾を持ち身体能力に優れた獣人族、小さい身長にゴツゴツした体つきのドワーフ族、そして多種族よりも長命で尖った長耳を持つエルフ族がいる。人口の比率もこの順番で多い。


 トランナでもドワーフ族や獣人族を見かける事は偶にあった。でも、エルフ族だけは今までに見たことがない。目の前の女性が初めてだ。


「……あら?」


 ふと何かに気付いたかのように、女性が私の顔を覗き込むようにして見つめてくる。

 一体何だろう? 女性の方が美人さんだから、まさか見惚れているわけじゃないだろうし……私の顔に何か付いてるのかな?


「どうかしましたか?」


「う~ん……ちょっと確認したいのだけど、あなたって人族?」


 またしても堪えきれずに女性に声をかけてみた結果、返ってきたのは私が人かどうか確認する言葉だった。これで人じゃないのではないかと疑われたのは、フェンリルのフルン以来二度目だ。

 ……もしかして私に見えないだけで、私の見た目っておかしかったりするのかな? 頭の上に角とか生えてないよね?


「えっと、私は人族だと思ってるんですけど……どうしてそんな事を?」


「私の直感だからなんとなくしか分からないけど、あなたの持っている魔力量や魔法の適正がちょっと多い感じがしたのよ。それこそエルフ族……いや、むしろエルフ族を超えるぐらいに」


 どうやら、この人は私の魔力量や適正属性が人族にしては多い事に気が付いて疑問に思ったみたいだ。


 エルフ族は身体能力に関しては多種族に劣っているけど、魔法の扱いには長けている。あと、エルフ族の中には魔力に敏感な人がいて、他の人が持つ魔力量や適正属性もなんとなく分かるらしい。たぶん、目の前の女性もそういった人なんだろう。

 確かに自分でも適正属性六つは多いとは思ってる。全属性に適正がある人は今この世にいないってユーリエさんが言ってたしね。でも、自分の魔力量については、他の人がどうなのかという基準が良く分からないから判断できない。


「私の魔力量ってそんなに多いんですか?」


「そうね~……まるで神に愛されているんじゃないかって思えるぐらい、かな?」


 ……何だろう。この人、真実を見通すことでもできるのかな?


 女性の言葉を聞いて、私は異世界へ送ってもらう前の事を思い出す。あの時、神様は私の身体能力を強化してくれたけど、もしかしてその時に魔力も一緒に強化されたんじゃ……


 まさかね。


「あら、いけない。すっかりあなたがお客様だってことを忘れていたわ」


 ずっと、私を見ていた女性が思い出したようにハッとする。そういえば、私もこの店が何か気になって入ってきたんだった。


「ここは何のお店なんですか? それに、ずっと何かの香りがしてますけど……?」


「ここは化粧品を作って売る店よ。この香りは私が作った香水の香りなの」


 女性の説明を聞いて、ずっと気になっていた香りの懐かしさの理由が分かった。


 お母さんが付けてた香水の香りに似てるんだ。私は校則で禁止されてたから香水を使った事はなかったけど、確かこんな香りだった気がする。


「昔は趣味で作っていただけだったんだけどね。譲ってあげてた人達から好評だったから、思い切って自分の店を開いちゃったの」


「へ~……って、まさか、全部一人で?」


「そうよ~」


 女性は笑いながら頷いているけど、一人で新しくお店を開いて切り盛りし続けることはそんなに簡単なことじゃないと思う。


「大変じゃないんですか?」


「確かに何度か辛い時期はあったかな~。でも、化粧品を作るのは好きだったし、周りの人に喜んでもらえるからやめられなくって。それに、今は店を経営することも楽しくなってきたから大丈夫よ」


 趣味を仕事にするのは辛いってどこかで聞いたことがあるけど、仕事を趣味にすると辛くなくなるのかな?


 とにかく、この人は自分の作った化粧品が人を笑顔にすることが好きなのであって、無理してお店を続けているわけじゃないらしい。


「それなら良かったです。私もその化粧品を見て廻ってもいいですか?」


「もちろんよ。ゆっくり見ていって構わないからね~」


 女性がにこにこと笑いながら許可してくれたので、早速どんな商品が置いてあるのかを見始める。


 女性が説明してた通り、お店の棚にある商品の多くは香水だった。それぞれ数は少ないけど、香りの種類は豊富に揃えてある。

 私も女の子だから、こういうものに興味がないわけじゃない。だけど、香水ってどれもこれも結構高くて、一番安い香水でも銀貨一枚が必要だった。この香水が入った小瓶一つで宿に二泊できるって考えるとちょっと手を出しづらい。


 そういえば、このお店って街の中心部に近い位置にあったっけ。比較的高級な商品を扱ってる可能性に気づいておくべきだったかもしれない。


「――ん?」


 ここは冷やかしになってしまうことを謝って、さっさとお店を出てしまった方が良いのかもしれない。そう考えていた時、ふとお店の片隅にあった小さな棚に目がいく。何故かその棚だけ、香水の瓶が並んでいなかった。


 少し気になった私は、その棚に近づいて並べられている商品が何なのか確認する。その瞬間、私の頭の中から何も買わずに店を出るという選択肢は消し飛んだ。


「こ、これって……!」


「あら~? 何か良い物でも見つかっ――」


「あの! ちょっと確認してもいいですか!?」


「え、ええ。私が答えられるならだけど……」


 女性が私の様子を見て若干引いている。でも、そんなことよりも今はもっと気になることがある。

 私の目がおかしくなってないのなら、目の前の棚に陳列された商品は、私がこの世界で探していた――


「あそこの棚にある物って、もしかして石鹸ですか!?」


 そう、石鹸だ。日本では当たり前のように売られている、あの石鹸だ。


「ええ、その通りよ~。香水と同じ様に、色々な香りの石鹸があるの」


 それを聞いて、私の心が一気に弾む音がした。たぶん、その時の私は満面の笑みを浮かべていたに違いない。


 だけど、そうなるぐらい私はずっと石鹸を欲しいと思っていたのだからしょうがない。お風呂に入る時、ここに石鹸があったらと何度思ったことだろう。体は念入りに洗っているから清潔なはずだけど、やっぱり石鹸がないとどこか物足りなさを感じていた。トランナにいた時に一度、街中のお店というお店を全て探し回ったけど見つからなかった。


 そんな石鹸が今、私の目の前にある。


「買います! いや、むしろ買わせてください、お願いします!」


「か、買うのは構わないんだけど……大丈夫? ちょっと高いかもしれないわよ?」


 私の勢いに押されながらも、女性が不安そうに確認してくる。


 そういえば、石鹸の姿を見ただけで喜んでたけど、まだ石鹸の値段を見てなかった。


「えっと……って、こんなに!?」


 棚に置かれた小さな値札に書かれていた値段は、このお店の中にあるそこそこ高い香水と同じ値段だった。

 その額、なんと銀貨十枚。宿に二十日泊まったときに掛かる料金と同じだと言われれば、これがどれぐらい異常に高い値段だって分かるよね。


 日本では頻繁(?)に「つまらないものですが」と渡される石鹸。それがこの世界じゃ一般市民には手が出せない高級品へと進化していた。


「な、何でこんなに高いんですか?」


「作るのが少し難しいのよ~。髪用と体用で作り方が変わるし、香水みたいに香りを付ける工夫も凝らさないといけないし……他にも色々とあるんだけど、安くしようにもこれぐらいが限界なの」


 話を聞く限りだと、どうやら石鹸作りはかなり大変みたいだ。日本にいた時は一般家庭でも簡単に石鹸を作れるって聞いたことがあるけど、ひょっとするとこの世界ではその作り方ができないのかもしれないし、材料が希少価値のあるものなのかもしれない。それなら石鹸が高くなるのも納得できる。


「それでも、私の店の石鹸はまだ安い方じゃないかしらね。貴族や王族の人が使っている物なんて、銀貨どころか金貨が必要になるって噂よ」


 それはもはや石鹸じゃなくて宝石な気がする。すごく気になるし使ってみたくもなるけど……

 いや、今はそんな宝石石鹸のことは一旦措いといて、目の前の石鹸をどうするか考えなくちゃいけない。


 まず、買うことが可能か否かといえば可能だ。トランナを出発する前に必要な食材や道具を揃えたり、今泊まっている宿に数日分の宿泊費を前払いしたり……他にも色々なことにお金を使ってたけど、フェンリルを追い払った時にグランさんから貰った特別報酬がまだ大分残ってる。それこそ普通に生活していれば数ヶ月は余裕なぐらいに。


 だけど、石鹸を買うとなったら話は変わってくる。髪用と体用の二つだけで銀貨二十枚。しかも、石鹸は消耗品だから、なくなったらまた購入することになる。


 定期的な銀貨二十枚の出費は結構痛い。下手をすると一、二ヶ月でお金が無くなっちゃう。


「むぅ~……」


「む、無理して買わなくてもいいのよ? 別に石鹸は逃げて行かないから……」


 女性の言う通り、今は買わないというのも一つの選択肢だ。石鹸を見つけた時はそんな選択肢なんてあり得ないと思っていたけど、値段を見てしまった今となってはそれが一番賢い選択にも思えてきた。

 でも、その選択を考えた場合、少し気になることが出てくる。


 石鹸の棚は周囲の棚よりも小さくて、並べられている石鹸も種類はあるけど数は少ない。つまり、石鹸は一度に作れる数が限られている可能性が高い。それに、さっき女性がこのお店の石鹸は安い方だと言ってたから、その安さに惹かれて買いに来る人も絶対いるはず。そうなると、場合によっては石鹸が売切れってことも考えられる。


 もし石鹸が次来た時になかったら? もし次の石鹸ができるまでに何日もかかるって言われたら?


 ……たぶん、あの時買っておけばよかったと後悔する気がする。それに、他のお店よりも安い石鹸が目の前にあるってことは、逆に今が買い時っていうふうにも考えられる。


 こうして散々悩んだ末に、私が出した結論は――


「……買います。髪用と体用をそれぞれ一つずつください」


「……私は買ってもらえるのなら嬉しい限りだけど、本当に大丈夫?」


「はい。買えるだけのお金は持ってますから」


 結局のところ、石鹸はこの世界に来てからずっと欲しいって思ってたんだから、遅かれ早かれ石鹸は買うことになる。善は急げって言うぐらいだし、それなら早く買った方が良いに決まっている。うん、きっとそうに違いない。


 たとえ石鹸を買ったことでお金が減ったとしても、冒険者の仕事を頑張れば大丈夫なはず。いつも頑張ろうとするとヒルデさんに止められてたけど、ランドベルサにヒルデさんはいないから、今は心おきなく依頼が受けられる。トランナを出る前にあまり無茶をしないようにって言われた気もするけど、たぶん気のせいだ。

 頑張っていればいずれ冒険者ランクが上がって報酬も増えるし、そうなれば資金難からも脱出できる。お金の浪費癖が付きそうでちょっと心配だけど、快適なお風呂ライフのための必要経費と考えれば問題なし!


「……それなら私は止めないわ。石鹸二つで銀貨二十枚ね」


「はい」


 私の意思が変わらないと悟ったのか、女性は未だに心配そうな顔をしながらも対応してくれた。


「――うん、ピッタリよ。それじゃあ、これが石鹸ね」


 銀貨二十枚を支払って、石鹸二つを受け取る。ついに探し求めていた物が手に入ったと思うと、自然と顔が綻んできた。


「ありがとうございました!」


「またよろしくね~」


 女性に挨拶をしてからお店を出る。


 あ、女性の名前を訊いておけばよかった。たぶんこれからもお世話になるんだし、そうじゃなくても旅先での出会いは大事にしたい。

 でも、今から名前を教えてもらいに戻るのも憚られる。今度石鹸を買いに来たときは忘れないようにしよう。


 その後、足取り軽やかに真っ直ぐ宿へと戻った私は、いつも以上に気持ちの良いお風呂を満喫したのだった。

お風呂にかける想いは強かった。


誤字を修正しました。(2017/5/7)

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