料理ができる理由
恵菜視点です。
「……んみゅ」
言葉にならない声を漏らしながら、ベッドの上で体を起こす。窓の外は寝る前と違ってすっかり明るくなっていて、高い位置から日の光が差し込んでいるのが分かる。トランナでも似たような事をしでかした気がするけど、今回も間違いなく寝坊だ。
「ふわぁ……これは、ちょっと寝過ぎたかな……」
小さく欠伸をして背筋を伸ばしながら、寝坊してしまった事を少し反省する。病院に入院していた時は寝ていても問題ない――というより寝ていなくちゃいけなかったから仕方ないけど、あの時と違って今は動き回れる体がある。
睡眠時間も大事なのは分かるし、再びベッドへ倒れ込みたいという欲求もある。でも、寝ている時間よりも外を歩く時間を大事にしたいから、必要十分な時間を超えて眠るのは避けたいところだ。
それに、今日はギルドで依頼を受けずに、新しく着いた街を見て廻ろうと思っていた。ランドベルサはトランナよりも広いらしく、一日で全部を見て廻ることはできないから、早めに起きて少しでも広く街を歩きたかったんだけど……
でも、私はたぶん今日寝坊するだろうという予感もしていた。それは久しぶりにベッドで寝たからという理由だけじゃなく、単純に寝る時間帯が遅かったという理由もある。
昨日のギルドで報酬を受け取って、クレリアさんがケインスさんへの伝言を残した後、私とクレリアさんは、一緒に護衛依頼を受けていた他の冒険者が先に行った食事処――というより酒場に近いお店へと向かった。そこで待っていたのは、妙に上機嫌な冒険者の団体によるお祭り騒ぎだった。
私達が離れていた時間はあまり長くなかったはずなのに、何故かほとんどの人が既に酔っていて、私とクレリアさんが現れた瞬間に、「功労者の到着だ!」だとか「女神が来た!」と言ってさらに盛り上がった。
その後はもう色々あった。私が席に着いた瞬間、お酒が入った大きめのジョッキがドンッと目の前に置かれたり(断ったら同じ大きさのミルクがきた)、「エナとクレリアがあんなに評価されてるのに、何であたしはこんな扱いなのよー!」とリアナさんがテーブルに突っ伏して嘆き出したり(途中から合流したケインスさんが慰めてた)、ガンザさんが唐突に「お前らに俺の力がどれ程凄いか見せてやる!」と言い出して、大きいテーブルを片手で持ち上げ始めたり(手を滑らせて落として破壊。クレリアさんからお説教を受けてた)と、それはもう色々あった。
そういえば、どうやらこの世界では十五歳からお酒を飲んで良いらしい。だから私の所にお酒を持ってきてくれたんだと思うけど、私は育ちが日本だからね。将来お酒を飲むかは分からないけど、せめてお酒は二十歳になってからにしよう。
うん、閑話休題。
そんな騒がしくも楽しいひと時だったけど、中々解放してもらえずに、結局夜遅くまで皆と一緒にいることになっちゃったわけで……就寝がかなり遅くなってしまった結果がこの寝坊だ。
目覚まし時計でもあれば良かったんだけど、生憎とそんな高級品は持ってない。そもそも、この世界に時計があっても目覚まし時計があるとは限らない。でも、魔道具の中にはそういうものがあってもおかしくはないのかな?
……駄目だ。考えても分かんないや。
「……顔洗おうっと」
とりあえず、寝起きで未だにボーっとしている頭のスイッチを入れないといけない。もう少しベッドの上でゴロゴロしていたい気持ちを抑えて、洗面所の方へと向かう。
この宿は昨日解放された後、クレリアさんから教えてもらった宿だ。ギルドからはちょっと離れた場所にあって、値段も一泊で銅貨五十枚と結構高いけど、私は迷わずここに決めた。部屋が綺麗で広いし、周りに大通りがなくて静かだし。
でも、私がここを選んだ一番の理由は――
「ふふふ~、まさかシャワー付きのお風呂があるなんて」
顔を洗って眠気が吹き飛んだ私の目に映るのは、お風呂の天井に備え付けられたシャワー。そう、これがあるからこそ、私はこの宿を選んだ。例え宿の食事が夜だけだとしても、値段がトランナの時の五倍だったとしても、これがあるというだけで決めるには充分な理由だ。「銅ランクの冒険者が泊まるにはかなり割高な宿ですが……」ってクレリアさんは言ってたけど、お金はまだ充分ある。それに、シャワー付きのお風呂があると知って無視することは私にできなかった。
「でも、お風呂は街を見て廻ってからにしようっと。それよりも、まずは朝食の準備かな」
寝坊したとはいえ、太陽の高さから考えてまだギリギリ朝食と言える時間帯のはずだ。
朝食は頭の回転を速くしてくれるらしいから、毎日欠かさず食べている。だけど、この宿はトランナで泊まっていたナセルさんの宿とは違って、夕食しか出してくれない。
つまり、朝食と昼食は自分で準備するかどこかへ食べに行くしかない。だけど、昨日着いたばかりのこの街にどんなお店があって、それがどこに位置しているのか全く分かってない以上、今日は自分で朝食を用意しないといけない。
幸いなことに、護衛依頼の道中の食事用に買っておいた食材がまだ余っているから、それで簡単に何か作ることにした。こう見えて料理は多少自信がある。日本で私がまだ入院する前に、料理好きなお母さんが教えてくれた――というよりお母さんから教えられたおかげだ。
一度お母さんに料理を学ぶ理由を尋ねたところ、「料理が上手な方がモテるから」らしい。お父さんもそれで射止めたと自慢してた。
私は別にモテモテになりたいわけじゃなかったんだけど、将来役に立つかもしれないと思って小学生の頃からずっと教わり続けた。最初は失敗ばかりで、時々得体の知れない何かを作り出したこともあったものの、ほとんど毎日お母さんの手伝いをしたり、時には自分だけで作ってみたりし続けた結果、一般的な料理なら大体作れるようになっていた。
ちなみに、私が作った料理はいつもお父さんが残さず食べてくれた。失敗しちゃった料理でも文句一つ言わずに食べてくれたのは、まだ小学生だった私を傷つけないようにするためだったに違いない。得体の知れない何かを食べていた時は、涙を流してた気がするけど。
あと料理だけじゃなくて、材料さえ揃えばこの前のマヨネーズみたいな調味料もそこそこ作れる。これもまたお母さんから教えてもらったことだ。調味料が無くて私が困ってた時に、当たり前のように「無いなら作ればいい」って言ってのけたお母さんの顔は、今でも鮮明に記憶に残っている。
結局、今までに恋愛絡みで料理をしたことは一度もなかったけど、この前のマヨネーズや今の朝食など、こうして一人異世界で生きていくために役立っている。
ありがとう、お母さん。
「――さて、早いとこ作って食べちゃいますか」
でもって、その後は街の中を歩いて廻ろう。どこへ行くか決めてないけど、そもそも街の地形を知らないから決めようがない。
まあ、計画を立てなくても特に問題はないはず。周りの人に道を尋ねるというのも旅の醍醐味の一つだと思うし、のんびり適当に街を見て廻るだけでも新しい発見がきっとあるはずだ。
お父さんは実験台。
少し短めですが更新いたしました。




