ギルド長と騎士団団長
ギルドまでの道を尋ねられた時のモスターンは、一瞬ポカンとして表情になりつつも、丁寧にギルドまでの道のりを恵菜に教えてくれた。恵菜としては、それだけでも充分お礼の内容としても良かったのだが、モスターンは「道を教えたぐらいではお礼になりませんぞ!」と言って譲らなかった。
「ここかな?」
モスターンから教えられた記憶を頼りにしながら、見慣れぬ道を進んでいく恵菜の前に、トランナで見たギルドと似たような見た目の建物が現れる。ギルドというのは基本的にどの街でもあまり変わらないので、正しくこの建物こそがギルドなのだが、トランナのギルドよりも明らかに大きい。ランドベルサの王都というだけあって、人の利用も多いのだろう。必然的に建物も大きくなっていったに違いない。
トランナで初めてギルドを訪れた際、恵菜はその雰囲気に戸惑い、回れ右をして帰りたい思いに駆られていた。しかし、今は冒険者になってから既にかなりの日数が経過しており、恵菜はトランナのギルドの雰囲気にも慣れている。
「初めての場所に入るのはちょっと緊張するけど……同じギルドだから何の問題もない、よね?」
恵菜は不安げにそんな事を言いながら、ギルドの入口へと近づく。中では冒険者同士が騒いでいるらしく、その喧騒が恵菜の耳にも届いてくるが、これもトランナのギルドでは日常茶飯事だった。時間帯が夜であることも考えると、恐らく仕事を終えた冒険者達が賑やかに飲み食いしているだけだろう。
そう思い、恵菜は迷わず扉を開けた。
「だーかーら! ガーゴイルが出たんだって! 俺ら全員が襲われたんだから、嘘じゃねえって!」
「ほら、依頼達成の印が押してあるじゃないか! 早く報酬を渡してくれよ!」
「おいおい。報酬よりも先に、僕らが襲撃を受けたことを伝えるのが先じゃないのか?」
「はっはー! 俺達はもうあんなヤベェ事は忘れて、今日は飲むことに決めてんだよ! 生きてるって素晴らしい!」
「そんなことより、この武器を修理できる職人がどこにいるか教えてくれ! 母ちゃんから貰った大事なもんなんだ!」
扉を開けた瞬間、恵菜の目に飛び込んできたのは、大の男達がギルドのカウンターに殺到し、我先にと己の主張をギルドに伝えようとしている光景だった。よく見ると、全員が先程まで恵菜と同じ商隊を護衛していた冒険者達だ。だが、彼らの主張はバラバラで、カウンターに座る職員も何をしてよいのか分からず目を回している。
依頼を終えたばかりの冒険者が押し合いへし合いして熱気が漂うカウンターは、もはや地獄絵図だ。
「……帰ろうかな」
いくらギルドの雰囲気に慣れつつあった恵菜でも、冒険者が殺到するあのカウンターへ向かう気は起きない。ガーゴイルの事を伝えなければいけないのは恵菜も分かっているのだが、あの状況では恵菜が何かを伝えに行っても悪化するだけだ。しかし、このまま近くにいれば、恵菜も巻き込まれてしまう可能性がある。
ここは気づかれずに一旦出直すのがベスト。そう考えた恵菜は入ってきた扉からそのまま出て行こうとする。
「……何してんの、エナ?」
だが、ギルドの外へ出るよりも早く、恵菜は横から声をかけられる。恵菜がその方向に顔を向けると、リアナが不思議そうな顔をして恵菜を見ていた。どうやら、リアナはあの押し競饅頭に参加していなかったらしい。
また、リアナの隣にはケインス、クレリア、ガンザの順で並んでおり、彼らもリアナと同じ様に恵菜の方を見ている。扉から入ってくるまでの様子を巻き戻すかのように、恵菜が外へ出て行こうとした姿は、さぞ滑稽に見えたことだろう。
声をかけられてしまった以上、無視してこの場から立ち去ることはできない。恵菜はギルドから逃げるのを諦め、再びギルドの中へと戻る。
「……何でもないです。それより、これってどうしたんですか?」
「見ての通り、あたし達と一緒だった冒険者が一斉にカウンターに押し掛けたのよ」
「これじゃ説明しようにもできないからな。さて、どうしたものか……」
リアナがやれやれと首を振り、ケインスが人混みを見て肩を竦める。護衛依頼時の全体の取りまとめ役をしていたはケインスであり、ケインスも今回の事は自分から報告する気だったのだが、ギルドに着いた瞬間、他の冒険者達がカウンターを取り囲んでしまったのである。
「だから、俺があいつらをぶん投げて黙らせてだな――」
「ギルドでの暴力行為は、ギルドで禁止されているからダメですよ、ガンザさん。それに、皆さん疲れているのですから、ここで体力を使って後々に疲労を残すのは冒険者として失格ですよ?」
「うっ……わ、わりぃ」
人混みへと歩き出そうとするガンザを、クレリアが襟首を引っ張って阻止する。「やーい、怒られた」とリアナがガンザをからかうが、クレリアに笑顔を向けられると一瞬で視線を逸らした。
「でも、早くギルドに正確な情報を伝えないとマズイんじゃ?」
「ああ。もうこうなったら上へ行って直接――」
「一体何の騒ぎかしら?」
ケインスがギルドの上階へ向かおうと動き出した瞬間、凛とした声が辺りに響き渡る。
恵菜がその声のした方向――階段の上へ顔を向けると、そこには一人の女性が立っていた。女性にしては高い身長とスラリとしたスタイル、そしてセミロングの濃い緑髪が特徴的で、眼鏡の奥に光る瞳は真っ直ぐ冒険者達の方を見据えている。
「ギ、ギルド長!」
カウンターで目を回していた職員が、その場から逃げ出すように女性がいる階段へと駆け寄る。職員の言葉から察するに、どうやら彼女がランドベルサのギルド長のようだ。
「申し訳ありません! 私がちゃんとしていればこの様なことには――」
「別にあなたを責めてるわけじゃないのだけど……それより、そこ危ないわよ?」
「え? うわっ!?」
職員が振り返ると、ついさっきまでカウンターにいたはずの冒険者達がこっちに突っ込んできていた。職員が慌ててその場から離れた直後、その位置を冒険者達が通過していく。そして、冒険者達は階段の一歩手前で立ち止まると、先程と同じ様に自分の言いたいことを伝えるため、我先にと声を上げ始めた。
聖徳太子ですら聞き取ることが難しく思えてくるぐらいの声の嵐。そんな様子を見ていたギルド長は彼らの言っていることを全て無視して、スッと自分の両手を胸の前まで持ってくる。
(あれ……なんで魔力が?)
ギルド長の様子を眺めていた恵菜は、ギルド長の両手に薄らと魔力の気配を感じ取る。
何故ギルド長が両手に魔力を込めているのか。恵菜もその理由が全然分からないでいたが、ギルド長が両手の掌を向き合わせた途端に、何かが起きる事を直感して反射的に体を魔力で覆う。
そして、恵菜が魔力で体を覆うとほぼ同時に、ギルド長はそのまま思いっきり手の平同士を叩きつけた。
その瞬間、手を叩きつけたにしては大き過ぎる衝撃が辺りを駆け巡った。その衝撃は離れた位置にいる恵菜の所まで届いたが、魔力で衝撃から身を護ることができた恵菜は何事もなく済む。その一方で、空気が振動しているかのような感覚に襲われた冒険者達は一瞬で自らの体を強張らせ、騒ぐのを止めた。
静けさを取り戻したギルド。それを確認したところでギルド長が声を出す。
「あなた達の様子からして、何かがあったことは分かる。けど、そんなに全員で声を張り上げたら、逆に何があったのか伝わらないわよ? 少し落ち着きなさいな」
ギルド長の言う通り、先程までの状態は話を伝えるどころではなかった。状況を把握するために、全体を一旦黙らせるのは良い選択である。だが、他の職員が収拾を付けられない程の騒ぎを、こうも簡単に収めてしまうとは只者ではない。
「とりあえず、全員何か同じ依頼を受けてたんでしょう? 見た目と装備、そして人数から察するに……そうね、今日か明日に到着予定だった、トランナからの商隊の護衛依頼かしら?」
さらに、ギルド長は冒険者達の姿を一通り見回しただけで、全員が受けていた依頼を言い当ててみせた。ギルドに来る膨大な依頼を把握しておける程の記憶力と、相手の見た目から冒険者ランクを見抜ける洞察力が備わっていなければできない芸当だ。
(あれ、私が知ってるギルド長と全然違う……)
ギルド長という言葉で恵菜の頭に浮かんできたのは、つい最近まで世話になっていた(?)某ギルドのトップの顔。ランドベルサ以外ではそこのギルドにしか行ったことがないのだから、当然と言えば当然なのだが、如何せん比較対象のギルド長としての能力差が違い過ぎる。
「護衛依頼なら、全体を指揮してた冒険者がいるはずよ。一体誰かしら?」
まるで知らないかのように、ギルド長が冒険者達へ尋ねる。だが、その瞳は既に正解の人物――ケインスの方を見つめていた。
「はぁ……俺だ」
「あら、ケインス君だったの? 確か、ついこの前トランナへ行ったばかりじゃなかった?」
ため息を吐きながら手を挙げるケインス。それを見たギルド長は、ケインスが護衛の代表者であった事を今知ったかのような口振りで話しかけてきた。
すっ呆けた様なその行動に、ケインスは再度ため息を吐きながらも口を開く。
「色々あって戻ってきた。そのついでに今回の護衛依頼を受けて来たんだが……」
「ふぅん……何か厄介なことが起きたみたいね。私の部屋で話を聞かせてくれるかしら?」
「構わない。が、これは軍の人にも話を聞いてもらいたいから、少しだけ待って――」
「おっと、その必要はねえな」
ケインスの言葉を遮るように、今度は野太い声がギルドの入口の方から聞こえてきた。
その場にいた全員がギルドの入口へと目を向ける。そこにいたのは、金属質な鎧をまとった偉丈夫だった。唯一防具をつけていない顔も今は普通の表情だが、厳つくガッシリとしており、一睨みすればその辺の魔物も逃げていくぐらい迫力があるだろう。そして、その姿の中でも一番印象的なのは、彼が背負っている大剣だ。人の背に迫ろうかという大剣は、見ている者全てに何とも言えないプレッシャーを放っている。
あまりの存在感故に、周りの視線がその男性に集中するが、彼はそんな事どうでもいいと言わんばかりにケインスの方へと歩いていく。
「門の守衛から、至急ギルドに向かってくれって言われたんでな。俺的には急いで来たつもりだったが、遅かったか?」
「いや、丁度今から話をしようとしていた」
「そうか、そいつは良かったぜ。おっと、まだ名乗ってなかったな。俺は――」
「フリフォニア王国軍、第一騎士団団長のソクニオ=ステンね?」
男性が名乗ろうとしたところで、その様子を見ていたギルド長の口から男性の名前が出てきた。
「なんだ、知ってたか。そういうあんたはランドベルサのギルド長で、確か名前は……システシア、だったか?」
「ええ、そうよ」
名前を言い当てられたステンが、今度はギルド長の名前を言い当てる。恵菜はどちらも聞いたことがない名前だったが、肩書きからしても、両者はこの街では相当有名人なのだ。
「ところで、どうして態々、第一騎士団団長であるあなたがギルドまで?」
「ふっふっふ。いやなに、今回は少し国に関わる様な事件が起きそうだと思ってな。部下に向かわせて報告させるよりも、俺が直接向かった方がいいと判断しただけのことよ」
「あら、そう思った理由は?」
「勘だ!」
胸を張って答えるステン。その言葉を聞いて、もっと根拠があるのかと思っていた恵菜だけでなく、周りにいたほぼ全員がズッコケた。
「自信満々ね」
「はっはっは! こういう時の俺の勘は良く当たるんだぜ?」
「そう……でも、女の勘は鋭いって言うし、男でもそんな人はいるかもしれないわね」
そんな根拠らしい根拠がないステンの言葉に、ギルド長のシステシアは何故か納得している。こういう何でも受け入れることができる度量の広さが、巨大な街のギルドで長を務める者には必要なのかもしれない。
「まあいいわ。それじゃ、ケインス君。団長様もいらっしゃったことだし、話を聞かせてくれるかしら?」
「ああ。ところで、話すのは俺だけでいいだろうか? 他の冒険者も俺のパーティの仲間も、ついさっき依頼が終わったばかりで疲れているはずだから、無理に付き合わせたくない」
依頼が終わっても尚、全体の代表者としての責務を果たそうとするケインス。彼も疲れているに違いないのだが、他者を思いやりながら後処理まで引き受けるその姿勢は、冒険者ランクに関係なく、彼が人として優れていることを証明している。騒いでいた冒険者達も自然と尊敬の眼差しを向けてしまうほどに。
「そうね……本当なら何人かから話を聞いて信憑性を確かめないといけないんだけど、いいわよ」
システシアはあっさりとケインスの要求を承諾する。ケインスの言うように、冒険者達に早く疲労を回復させたいというのもあるのだろうが、一番の要因はケインスが信頼できる人物だからということに違いない。金ランクの冒険者ともなれば、ギルドからの信頼はかなり厚いのだ。
「じゃあ、ケインス君と団長様は私と一緒に上に来て。それと、あなたは冒険者達に依頼の報酬を渡す手続きをお願いね?」
「は、はい!」
システシアは近くにいた職員に後を任せ、そのままケインスとステンを連れて上階へと向かっていった。
※ギルド長の実力には個人差があります。
脱字を修正しました。(2017/5/7)




