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感謝と謝罪

「いや~、本当に助かりました! あなた方冒険者がいなければ、今頃はどうなっていたことやら! 感謝の極みですぞ!」


 周囲に大きく響くモスターンの声。モスターンは冒険者一人一人の手を両手で握りしめ、ブンブンと縦に大きく振りながら、感謝の意を告げまくっていた。過剰とも取れる感情表現に、冒険者達は皆少し困ったような表情を浮かべている。


 道行く人々もその奇妙な光景に何事かと目を向けているが、その状況を作り出している本人はそんな事お構いなしだ。


(わたくし)自身、今回ばかりは生きて帰れぬ事を覚悟しました……ですが! あなた方のおかげで、またこうしてランドベルサの土を踏むことができた! このモスターン、感激のあまりに涙が……!」


 モスターンはそう言って、ついには袖口を目に当てて震えだす。芝居がかったを通り越して、もはや芝居そのものではないかと疑いたくなるぐらいの感情表現だが、本人は本気で泣いていた。


 モスターンは死ぬことを覚悟したと言っているが、ガーゴイルに襲われた際にモスターンが乗っていた馬車は、商隊の先頭を走っていた馬車である。商隊が立ち往生する原因となった泥沼に囚われていた馬車は先頭から二番目の馬車だったため、モスターンはガーゴイル襲撃時、商隊の中で唯一動く事が出来る馬車に乗っていたことになる。

 つまり、モスターンはあの時、逃げようと思えば一人だけ逃げる事ができたのだ。


 だが、モスターンはその場に留まった。護衛なしでランドベルサに辿り着くのは難しいというのも理由の一つだろうが、それ以上に彼をその場に留まらせたのは、商隊の代表者としての責任感だ。


 商隊全体がどうするのかを決めるのは、代表者であるモスターンの仕事だ。護衛に関してはケインスが行っていたが、ケインスも商隊がどう動くのかを指揮することはできない。

 もしそんな重要な役割を担っている人間が突然いなくなっていたら、商隊はどうすれば良いのか分からずに混乱してしまい、ほぼ確実に犠牲者が出ていただろう。そうなるのだけは、モスターンは何としても避けたかったのだ。


 また、商隊の仲間を見捨てて自分が生き残った場合、モスターンは命が助かる代わりに、商隊の代表者としての責任を放棄することになる。それによって生じるのは、周りからの“信頼”の喪失だ。商売をする人間にとって一番大切なモノはこの“信頼”であり、それを失うということは商人としての人生が終わるに等しい。


 なぜなら、一度失った信頼を取り戻すのは簡単なことではないからだ。嘘を吐く人間が誰からも信用されなくなるのと同じように、信頼を失った商人は他の商人から商売相手として見られなくなる。街の外へ仕入れに行こうとしても、今回のような商隊に入ることを許される可能性はゼロに近く、一人で護衛を雇おうにも、ギルドや冒険者は依頼を受け付けてくれないだろう。

 そんな商人が他者との信頼関係を再度構築することは困難であり、商品を仕入れることも売ることもできない以上、商人としての生活は諦めるしかない。


 確かに命を失えば人生はそれまでである。だが、長年商人を続けてきたモスターンには、自分が商人でない生活など考えられなかった。


 それでもやはり、戦いとは無縁の一般人であるモスターンにとって、魔物に襲撃されている中ずっととどまり続けるというのは、今までにない経験だった。それ故に、今回ばかりは死を覚悟したのである。


 モスターンのその気持ちを、恵菜は何となくだが理解できていた。それはモスターンと同じように、死ぬことを覚悟しておきながら助けられた経験があるからかもしれない。もっとも、恵菜も流石にここまで大きく感情を露にすることはしなかったが……


「あー、その、モスターンさん? 念のため確認なんだが、護衛依頼はこれで達成という事で良いんだろうか?」


 このままだと永遠にモスターンの感謝に付き合わされることになりかねないし、早くギルドへ向かわないといけないことを考えると、ここで無駄に時間を使うわけにはいかない。そう判断したケインスは依頼が達成したのか確認を取る。


「もちろんですぞ! 依頼書にも、護衛は街に着くまでだと書きましたからな!」


「良かった。それじゃあ、依頼書に達成の証明になるものをお願いできるだろうか? 少し(せわ)しないかもしれないが、あのガーゴイルの事を早くギルドに知らせないといけない」


「おお、それは確かに! あの異形の者共を野放しにしておくわけにはいきませんからな! では、一度全員分の依頼書をもらえますかな?」


 モスターンに言われた通り、ケインスは全員から集めた依頼書をモスターンへと渡す。モスターンはそれを受け取ると、懐から印を取り出し、全ての依頼書に承認の証を押していく。


 依頼の達成を示すものとして用いられるのは、基本的には依頼主のサインである。これは、依頼主の多くがサイン以外の手段を持っていないという理由によるものなのだが、そもそも絶対にサインでなければならないというわけではなく、依頼者本人だと確認できるものであれば何でも良い。

 そのため、モスターンのように自らの印を持っている者は、一々全ての依頼書にサインする手間を省くために、それをサインの代わりとして用いることが多い。


「これで大丈夫ですな! それではお返しいたしますぞ!」


「ありがとう」


「本当はお礼の一つぐらいはしておきたいところですが、先程の件も速やかに解決せねばならんのでしょう? どうぞギルドへと向かって下され!」


 大袈裟に腕を広げ、ギルドの方を指差すモスターン。いつまでも続くモスターンのオーバーリアクションに呆れ顔になりながらも、冒険者全員がその場から離れていく。


「ああ、そうだ。ちょっと君、いいですかな?」


 皆に付いていくように、恵菜もその場を離れようとするが、ふとモスターンから声をかけられる。


「? 私ですか?」


 突然呼び止められた恵菜は、踏み出そうとした足を止めて、その場に立ち止まる。一体何故自分だけ呼び止められたのか、全然分かっていない恵菜の頭には疑問符が浮かんでいた。


「いや、ただ君に感謝と謝罪を伝えたかったのですぞ」


「感謝と、謝罪?」


「感謝というのは、馬車を救出してもらったことに対してですぞ。あの時、もしも君がいなければ、まだ我々はランドベルサに辿り着いておらんでしょう。当然、冒険者の方々全員で力を合わせたことが、今回の危機を脱出できたことに大きく関わっているとは思っていますが、今私共がこの場にいるのは、君が馬車を救出し、他の馬車が道を通れるようにもしてくれたからこそなのです。商隊を代表して、感謝いたしますぞ」


 モスターンが腰を折り、お辞儀をして感謝の意を表す。だが、恵菜にしてみれば護衛として当たり前の仕事をしただけであり、改めてお礼の言葉を貰う程のことだとは思っていなかった。


「私は当然の事をしただけですよ。それで、謝罪っていうのは……?」


「謝罪は……トランナで私が軽率な対応をしてしまったことに対してですぞ」


 その言葉を聞いて、恵菜はトランナでの出来事を思い出す。それは恵菜がリアナと共に、初めてモスターンに会った時のこと。あの時、モスターンはリアナに対して媚を売る様な対応をしておきながら、恵菜に対しては実力を期待していないあまり、冷たい態度を取っていた。


 だが、護衛が終わった今となっては、如何に恵菜の存在が大きかったかを理解できないはずがない。


「我々商人を無事にランドベルサまで送ってくれた恩人に対して、何と迂闊な発言をしてしまったことか……本当に、申し訳ない!」


「大丈夫ですよ。全然気にしてませんから」


 先程の感謝の時よりも深々と頭を下げるモスターン。だが、トランナでモスターンが態度を変えていたことを、恵菜はちっとも怒っていなかった。少し思うところはあったものの、客観的に実力を示せるものが冒険者ランクしかなかったのだから、恵菜の実力がリアナよりも劣ると見られてもしょうがないのだ。


「見事な実力だけでなく、そのような寛大な心まで持っているとは……君の様な冒険者は初めて見ましたぞ。ですが、この様な言葉だけで許してもらうのも都合が良すぎるというもの。何か必要な物があるようなら、このモスターン、最大限協力いたしますぞ!」


 最近、何かと物を貰う機会が多い恵菜。モスターンの口振り的に考えれば、お金は取らずに無料で渡そうとするだろう。恵菜はタダで物を貰うということに遠慮を感じているが、謝罪の気持ちという意味では受け取るべきなのかもしれない。


 しかし、自分でそれを決められるというのも困りものである。高価な物を要求するのは厚かまし過ぎる気がして躊躇われ、安価な物を要求するのは相手に遠慮を感じさせてしまうかもしれない。むしろ相手が適当な物を渡してくれることが一番良いのだが、仕事以上の高級品を渡される可能性を考えると、恵菜は「何でも良い」とは言えなかった。

 さらに、価値がどうだという以前に、恵菜は前提条件である自分に必要な物が何も思いつかない。


「う~ん……今は特に必要なものがないので。将来的には何か必要になるかもしれませんけど……」


 この場で何かを希望する事が難しいと判断した恵菜は、今回は後回しにすることに決める。また、もしこの場で決める様に言われた場合、恵菜は物を受け取ること自体を断るつもりだ。


「では、今後何かが必要になれば、いつでも遠慮なく私の商店にお越し下され! 君が望む通りのものを用意しますぞ! ただ、二つ目以降は代金を払ってもらいますぞ。店にある物全部、と言われれば私の商店が潰れてしまいますからな。はっはっは」


 だが、当然そんなことはなく、モスターンは笑みを絶やさず、冗談交じりに恵菜の言葉を受け入れる。自分の商店を宣伝するあたりが実に商人らしい。


「あはは……と、とりあえず、その時はよろしくお願いします。それじゃあ、私もそろそろギルドに行かなくちゃいけないんで」


 依頼が完了したため、恵菜も他の冒険者達と同じように、ギルドへ向かって達成報告をしなければならない。それに、今回はガーゴイルの件もある。


「おぉ、引き留めてしまって申し訳ありませんでしたな」


「いえいえ……あっ」


 だが、その場から一歩踏み出そうとした瞬間、恵菜はふと重要なことに気が付く。


「? どうかしましたかな?」


「えっと、今必要になったというか、教えてほしいことがあるんですけど……」


「おお! 何でも言ってくだされ!」


 いくらでも聞いてくれと言わんばかりに、モスターンが大きく胸を張る。例えそれがどんなことであろうと、そしてどれ程重要なことであろうと、自分が知っている範囲(且つ答えられる範囲)であれば、本当に何でも答えるといった様子だ。


 そんなモスターンに対して、恵菜が教えてほしかったことは……


「……この街のギルドって、どこにありますか?」


気づいたら他の冒険者達は先に行ってましたとさ。

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