打開策と説得
商隊の最後尾から先頭までは少し離れているが、恵菜からすれば目と鼻の先と言ってもいい。リアナが奮闘しているおかげで、走っている間にガーゴイルの邪魔が入ることもなく、恵菜はすぐに問題の馬車がいるところまでたどり着く。
(これがぬかるみ? 泥沼って言っても良いような気が……)
恵菜の目に飛び込んできたのは、円状に広がる泥の中に馬車の車輪が半分以上隠れてしまい、車体が地面すれすれにまで沈み込んでしまっている光景だった。てっきり、ぬかるみで車輪が空回りして動けなくなっているものだとばかり考えていた恵菜だったが、目の前の状況の悪さは、それを遥かに上回っていた。
「ほら、頑張れ! 頑張ってくれ!」
「おらおら! もっと力入れて押せやぁ!」
「「「うおおおおお!」」」
何とか馬車を動かそうと、御者が馬を励ましながら鞭を入れ、膝下辺りまで泥に沈んだ冒険者達が顔を真っ赤にしながら馬車を後ろから押し上げている。しかし、それでも馬車はほんの少し動く程度で、その場から逃れられそうにない。
「私も手伝います!」
自分の想像を超える現状を前にして、しばらく恵菜は唖然としていたが、冒険者達の姿を見て自分がここに来た理由を思い出し、汚れることなど無視して泥の中へと入っていく。
冒険者達は何故こんな女の子が手伝いに来たのかと一瞬呆けていたが、魔力で体全体を強化した恵菜が全力で馬車を押し上げると、馬車が大きく揺れ動く。
「おおお!?」
「あんた、見かけによらず力持ちじゃねぇか!」
「おら! 俺達も負けてられねえぞ!」
恵菜の力に触発され、冒険者達もさらに力を籠めて馬車を押し上げる。その甲斐あって、馬車も今まで以上に押しあがっていく。だが、馬車と積荷の総重量がかなり重いのだろうか。恵菜が加わっても車輪全体が泥の上まで上がることはなかった。
「駄目だ、これ以上は上がらねえ!」
「くそっ、もう少し人数がいるな。少なくとも四……いや、五人は必要だ」
「でもよ、五人もどこから引っ張ってくるんだ?」
冒険者達が言う様に、今いるだけの人数で押し上げても駄目となると、新たに応援が必要になる。しかし、ここにいる以外の冒険者は、大半がガーゴイルの対処に向かっており、残りは万が一に備えての商隊護衛に就いている。商隊の護衛を減らすわけにはいかないため、馬車の方に人数を増やすということになれば、必然的にガーゴイルの対処をする人数が減ることになる。
最初は恵菜も含めた五人だけでガーゴイルの対処を行えていたが、あれはガーゴイルが出現し始めてすぐだったため、相手の数がまだ少なかったからできたことだ。五人全員が実力者だったというのもあるだろう。
しかし、今ではガーゴイルも最初の頃より数を増しており、恵菜も戦いから離れている。他の冒険者が手伝いに来たこともあり、現状のところ何とか戦線を拮抗させることはできている。だが、そこから馬車の脱出を手伝うために五人も抜けてしまっては、その分だけ他の冒険者達の負担が増し、ガーゴイルの対処ができなくなる恐れがあった。
恵菜も当然その事は察しており、人数の補充には賛成できなかった。それに、恵菜は自分が何とかしてみせると言って、馬車の脱出を手伝いにきたのだ。クレリアは無理そうならば戻ってきて必要な人数を教えてくれと言っていたが、恵菜は自分で志願しておきながら一人ではやはり駄目だったと戻りたくはなかった。
それに、まだ無理と決まったわけではない。
(何か……何か使えそうな魔法は……)
人の力で駄目ならば魔法で何とかならないのかと、恵菜はこの状況を打破できる魔法がないかと必死に考える。だが、恵菜が属性毎に役立ちそうな魔法とその利用法を考えていっても、これといったものは中々出てこなかった。一度、火属性魔法で泥の水分を消し飛ばす方法を考えついたものの、馬車と積荷が燃えてしまう危険性が非常に高いので恵菜自ら廃案にした。
(火は駄目、風も水も今は役に立たない。そうなると土属性……あっ!)
残った属性の中で、土属性の魔法に何か良いものはないかと考えていた恵菜に、応用すれば使えそうな魔法が思い浮かぶ。恵菜はその魔法を普通に発動するだけならば簡単にできるのだが、問題はその応用ができるかどうかだった。
(大丈夫、この前の勝負の時にも似たような事はできてる。それに少し新しいイメージを追加するだけ)
恵菜は自分にそう言い聞かせて、心に溜まった失敗するかもしれないという不安を取り除いていく。
「……すみません、ちょっと試してみたい事があるので、皆さん馬車から離れてもらえませんか?」
「お? 一体何すんだ?」
「魔法を使います。成功すれば馬車がここから抜け出せるかもしれません」
「本当か!? それなら早速――」
「ま、待ってくれ!」
八方塞だった状況から抜け出せるかもしれないと聞き、冒険者達は何の躊躇いもなくその場を離れようとするが、御者である若い商人から待ったがかかった。
「そ、その魔法を使って馬車に、積荷に被害は出ないのか!?」
「成功すれば大丈夫ですが……失敗して被害が出る可能性はゼロではないです」
仮に失敗すれば馬車に被害が出る可能性はある。だが、馬車を燃やさないように火属性魔法を使うことに比べれば、イメージも魔法の制御も簡単であり、失敗する可能性は低い。
「だ、駄目だ! 被害が出るかもしれないのなら、それを許可することなんてできない!」
それでも、可能性があると聞いた商人は、恵菜が魔法を使う事を認めようとはしなかった。馬車と積荷は商人として生きていく上で非常に大切なものであるため、それを傷つけられる可能性を拒否したくなるのも無理はない。
その時、それを聞いていた冒険者の一人が口を開く。
「それじゃあ、もっといい別の方法があるのか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる商人。恵菜の案を拒否はしたものの、それより安全で確実な方法が何も思いつかないのだろう。そもそも、そんな方法があるのならば恵菜が来る前に実践しているはずだ。
「……ねえだろ、代替案なんか。それなら、可能性の高い方法に賭けてみてもいいんじゃねぇか?」
「…………」
唯一実践していた、この場にいる全員で馬車を押し上げる脱出方法は駄目だった。そうなると、もはや恵菜の提案した方法に賭けてみるしかないのだが、商人は目を閉じて歯を食いしばり、尚も迷う素振りを見せている。
その様子を見ていた恵菜は、ゆっくりと商人の方へと歩み寄る。
「馬車と積荷を傷つけたくないという気持ちは分かります。でも、こうして何もせずに立ち往生したままだと、商隊全体に危険が及びます。それでもいいんですか?」
恵菜の言う通り、ここに留まり続けた場合、その間ずっと商隊がガーゴイルに襲われ続けることになる。そうなれば商人だけでなく、全員に命の保証はない。
自らの我儘のせいで、他の人が死んでしまうことになるかもしれない。そう悟った商人の目が徐々に開かれていく。
そこへ後押しするかのように、他の冒険者達からも商人を説得する声が上がる。
「……商売道具が大事なことぐらい、馬鹿な俺にも分かる。だけどよ、あんたら商人にとって大切な馬車や積荷ってのは、俺らにとっての大切な冒険者と同じなんだ」
「俺達以外の冒険者は傷つくどころか死ぬ可能性すらある戦いを今してんだ。あんたと、この商隊を護るためにな」
「でも、それだっていつまで続けられるか分からねえ……だから、俺らはあいつらを助けるためにも、早く商隊を動けるようにしないといけねえんだよ! 馬車が傷つく危険性ぐらい、目を瞑ってくれ!」
普段は喧嘩したり依頼を争奪したりと、同じパーティのメンバーでない限りそれ程仲良くは見えない冒険者達。ここにいる彼らは、護衛の時に商隊の前方を護ることになった二つのパーティのメンバーなのだが、彼らもお互い特別仲が良いというわけではない。そんな彼らが馬車を動かそうと協力し合い、今は他の冒険者達のことを思って声を張り上げていた。
そんな彼らの姿に、悩んでいた商人もついに覚悟を決める。
「……分かった。その方法で馬車を脱出させてほしい、頼む!」
恵菜に頭を下げて頼み込む商人に、恵菜はこくりと頷く。
「はい、絶対成功させます」
最終的には商人から頼まれたかたちになったが、元は最初に恵菜が提案したことなのだ。失敗は許されない。
今なお戦い続ける冒険者達を早く助けたいと逸る気持ちを抑えつつ、確実に魔法を成功させるために、恵菜は問題の泥沼がどうなっているのか詳しく観察し始めた。
魔法の可能性と自分の腕を信じて。
次話は三日後に更新予定です。




