望んでいた再会
恵菜の適正判別から十数日後、恵菜はユーリエの家の前にある砂浜で、目を閉じながら静かに佇んでいた。
「…………」
傍から見れば、何もせずにボーっとしているように見えるが、本人は至って真面目に修行中だ。
「……ん~、何も掴めない……」
恵菜が現在行っている修行、それは魔力の制御である。
魔法を使うためには、魔力が必要となる。
魔力は世界中に存在し、人もある程度の魔力を持っているが、その保有する魔力量は人によって異なり、適正があっても魔力が少ないという人もいる。
その事を知った時、恵菜は自分の魔力は大丈夫なのかと不安になったが、ユーリエは問題ないと言っていた。
少し慌てたような表情で、恵菜の目を見ようとしなかったことが気になりはしたが。
実は、恵菜の魔法の適正を調べるために使用した水晶玉は、適正を光の色で教えてくれる以外に、触れた人の魔力量を光の強さで教えてくれる機能があった。
しかし、保有する魔力量の少ない人が魔法を絶対に使えないというわけではなく、消費する魔力の少ない魔法ならば使用できなくはない。
また、使えるようになるための方法もいくつ存在する。
したがって、魔法を使うために最も重要なのは、属性の適正の有無であり、ユーリエは恵菜の結果を見てから魔力量の説明をしようかと考えていた。
が、恵菜のぶっ飛んだ判断結果に思わず呆気にとられてしまい、魔力量に関して説明すべきか悩んでいるうちに機会を逃してしまった。
とりあえず、恵菜の魔力量が大丈夫な事が分かったため、恵菜自身の魔力量については一旦保留。
恵菜が魔法を使えるようになることを優先したユーリエは、まず体内の魔力を感じ取り、それを自在に操れるようになることを、恵菜に対する課題としたのだった。
魔法が使えるようになる第一歩として、最初の方こそ気合十分で取り組んでいた恵菜だったが、この十数日間、魔力を操るどころか、魔力の魔の字も感じ取れない程何も進んでいなかった。
人の体内に魔力があると言われても、魔力がどこに、どのようなカタチで存在しているのか、人生のほとんどを科学の世界で過ごした恵菜にとっては全く分からない。
へこたれずに何度も集中して魔力を感じ取ろうとするが、全然上手くいかないのである。
一度ユーリエに魔力制御のコツを教えてもらおうとしたのだが、ユーリエ曰く、魔法を使える人の中には、すぐ魔力を操れるようになった人もいれば一年以上かかった人もいるらしく、個人によって魔力の感じ方に差異があるらしい。
こればかりは自分にあった方法を探すしかないのだそうだ。
因みに、ユーリエの説明は非常に感覚的――体の内側からバーっと溢れる魔力をガーっと持ってきて、という感じ――で、恵菜には理解できなかった。
恵菜がこの説明を聞いた瞬間、確かに厳しい修行になりそうだと思いはしたが、決して口に出すことはしなかった。
「何かきっかけがあればなぁ……」
そう言いながらも、恵菜は再び自分の体内の魔力を探ろうと集中する。
反復練習をしていれば何かきっかけ掴めるかもしれないと考え、暇を見つけてはずっとこの様に繰り返しているが、今日も進展しないまま、時間だけが過ぎていく。
「はぁ~……」
そうしているうちに集中力が切れてきたのか、恵菜は大きくため息をつき、スカートに砂が付くことも気にせず、力を抜いて砂浜の上に座り込む。
「何でダメなんだろうなぁ……」
周囲に誰もいないのは分かっていても、恵菜はそう呟かずにはいられなかった。
実は、適正を持っていても魔法が使えない人というのは少なくない。
その理由の一つが恵菜も現在躓いている問題だ。魔力の扱い方が上手くいかずに諦めてしまう人が多いのだ。
天才的な才能があれば簡単に使えるようになるだろうが、生憎と恵菜にそんなものは備わっていない。
それに、魔法が存在しない世界の人間に、すぐ魔力を操れるようになれと言っても無茶である。
(今のイメージじゃダメなのかな? それなら――)
しかし、恵菜は諦めていない。
ユーリエの目の前で魔法が使えるようになってみせると宣言した恵菜の心は、そう簡単に折れるものではないようだ。
「ん?」
あれこれと頭の中で考えていた恵菜の耳に、ふと何かの鳴き声みたいな音が届く。
どうやら海の方から聞こえたようだ。
恵菜が海の方を向くと、どこかで見たことのあるピンク色の背ビレが見えた。
「もしかして!」
すぐに何かを確信した恵菜は、靴とソックスを脱ぎすてて海に駆け寄る。
膝の下近くまで水に浸かった恵菜の目の前には、恵菜を助けたイルカの姿があった。
「やっぱり、あの時のイルカさんだ!」
さっきまでため息をついていたとは思えない程、恵菜のテンションは急上昇している。
それ程までに、イルカと再会できたことが嬉しいようだ。
恵菜は真っ先に、再会したら言おうと思っていたことを告げる。
「あの時助けてくれて本当にありがとう! あなたがいなかったら、私今頃海の底だったかも」
そう言われたイルカは、恵菜を見ながらキューキューと鳴く。
どうやら感謝の気持ちは伝わったようだ。
そして、イルカは恵菜の近くを行ったり来たりし始めた。
「どうしたの?」
その行動の意味が分からなかった恵菜だったが、しばらくして遊んでほしいのではないかと考えた。
「もしかして、遊んでほしいの?」
そう言われたイルカは、一声鳴いて頷く。恵菜の考えは合っていたようだ。
しかし、休憩していたとはいえ、恵菜は絶賛修行中だ。
命の恩人ならぬ恩イルカと遊んでやりたいのは山々だが、未だに魔力を感じ取ることができていない恵菜にとって、イルカと遊ぶことに躊躇いを感じていた。
少し悩んでいた恵菜だったが、せめて魔力を感じ取れるようになるまではと考え、薄情だと思いつつもイルカに説明する。
「あのね、あなたと遊んであげたいとは思ってるんだけど、私やらなくちゃいけないことがあってまだ遊べないのよ」
そう言われたイルカは、不思議そうに首を傾げる。
「私ね、魔法の練習をしてるの。でも、まだ魔力を感じ取ることすらできないから頑張らないといけなくて」
そう自分で言っておきながら、自分の現状を改めて認識することになり、少し悲しくなってくる恵菜。
心なしか表情も曇るが、そんな恵菜の顔に水が飛んできた。イルカが恵菜に水を吹きかけたのである。
イルカからの不意打ちに、まさか遊んであげられないことに怒ったのかと思い、恵菜は水を手で拭いながらイルカを見るが、特に抗議しているわけではないようだ。
どうやら恵菜の表情を見て、元気を出すようにと励ましてくれたらしい。
「ふふっ、励ましてくれてありがとう。修行に区切りが付いたら一緒に遊ぼうね」
そう言って修行を再開しようかと思った恵菜だが、どうやらイルカはまだ何か伝えたいことがある様で、キューっと鳴く。
「まだ何か言いたいことがあるの?」
そう恵菜が尋ねるとイルカが頷き、イルカの体を淡い光が覆いだした。
目の前の光景に驚く恵菜だが、イルカはヒレを手のように使って、自らの体を示している。
「触ってみろ、ってこと?」
その言葉に再び頷くイルカ。
触っても大丈夫なのかと少し不安だったが、恵菜はイルカを信じて、イルカに両手で触れてみる。
その瞬間、恵菜の両手からは何か暖かい感覚が伝わってきた。
イルカの体温とは明らかに違う不思議な感覚に恵菜は戸惑っていたが、しばらくそうしていると、恵菜自身の体の内側でも、何やら暖かなものが活性化しているのを感じ取る。
「もしかして、これが魔力……?」
そう思った恵菜は、この感覚を覚えようと慌てて集中する。
その暖かなものは、恵菜の胸の中心から体中へと廻っているようだった。
恵菜がしっかりと自分の内側にある魔力の感覚を認識すると、イルカを包んでいた光が消え始め、それに応じて両手から伝わっていた感覚も消えていく。
恵菜の体を廻っていた暖かなものも消えてしまうが、先程の感覚を思い出して恵菜が少し意識を集中してみると、胸の中心に暖かい何かを感じ取ることができた。
恐らく、ここにあるのが魔力だろうと思った恵菜は、それを右手に持ってくるように意識する。
先程の魔力が活性化していた時とは違って、移動する魔力の速度は遅く、量も少なく感じる。
それでも、恵菜が根気強く魔力の制御を行っていると、魔力がゆっくりと右手に流れてきたのか、右手に暖かな感覚がしてきた。
「これ、たぶん成功よね」
その言葉に対し、イルカはキューキュー鳴きながら、左右のヒレを拍手するように叩く。
まるで人間のような仕草に、恵菜は呆気にとられるが、時間が経つにつれ、自分が魔力を初めて操ることができたと実感し、喜びが溢れてきた。
「やった、やったよ! イルカさんのおかげで、やっと魔法が使えるための第一歩を踏み出せたよ! ありがとう! イルカさんは私の救世主ね!」
自在に操るとまではいかないが、何とか操れるようになったことを恵菜は喜び、イルカはそれを見て口を開いて鳴き声を上げる。
その仕草はまるで笑っているようだった。そして、これで遊べると言わんばかりに、イルカは先程と同じように遊んでほしそうな動きをする。
「修行の手助けまでしてもらったんだもんね。じゃあ遊ぼうか!」
そう言って、恵菜はイルカとしばらく遊び続けるのだった。
余談だが、この後思いっきり水を被るなどしてずぶ濡れになった恵菜はユーリエに呆れられることになった。
イルカさん再登場。
区切りが良かったので、短めですが更新いたしました。
次話は明日更新予定です。
サブタイトルを修正いたしました。
行間を調整しました。(2023/7/2)