ランクに対する価値観
ギルドを出た恵菜は護衛依頼の集合場所となっている北門へと向かっていた。
出発の時間はお昼前とのことだったが、厳密な集合時間は決められていない。そこで、一度集合場所へ行って、依頼主からどれくらいまでに集合できていればいいのかを聞いてみようと考えた恵菜は、恵菜は寄り道せずに集合場所へと移動していた。
「……ん? ん~?」
しばらく歩いていると、恵菜は正面に今回の護衛対象と思われる馬車を発見する。集合場所に着いたというのに恵菜が変な声を出しているのは、思っていたよりもその数がかなり多いからだ。
「もしかして、これ、全部?」
信じられないといった表情の恵菜が見つめる先には、八台の馬車が集まっていた。他の馬車が通れるように、道の片側一列に止まっている。
依頼書には馬車がいくらか集まった商隊の護衛という内容が書かれていたが、恵菜はせいぜい三、四台だろうと予想しており、その二倍もいるとは思っていなかった。
「おーい、ちょっとそこどいてくれー」
後ろから声をかけられ、呆然としていた恵菜が振り返る。そこには列の最後尾に並ぼうとしている新たな馬車がいた。
どうやら、既にここにいる馬車だけで全部というわけではなかったらしい。
「す、すみません」
自分が邪魔になっていることを認識した恵菜は急いでその場から離れる。
ここには護衛の対象となる馬車がいるだけで、依頼主と思われる人の姿は見当たらない。どこにいるのかは分からないが、きっと近くにいるのだろうと当たりを付け、恵菜は列の後ろから前へ向かって歩き出そうとする。
「あれ? もしかして、エナ?」
だが、恵菜が歩みを進める前に、後ろから聞いたことのある声が飛んでくる。
恵菜が振り返ると、そこには先日恵菜と一緒にギルドで問題を起こしたリアナの姿があった。
「おはようございます」
「おはよ。こんな場所でどうしたのよ?」
「えっと、護衛依頼の集合場所がこの辺だと聞いたんですけど、どの人の所に行けばいいのか分からなくて……」
素直にそう答える恵菜。それを聞いたリアナが意外そうな顔をする。
「あら、恵菜もこの依頼受けてたのね」
「え、ということはリアナさんも?」
「あたしだけじゃなくて、パーティ全員でね。トランナに来た意味もなくなっちゃったし、ランドベルサに戻ることになったんだけど、そのついでに今回の出費分をちょっとでも稼いでおこうってことになったの」
今回恵菜達が受ける事になった護衛依頼は、見ての通り通常よりも護衛対象の規模が大きい。当然、護らねばならない馬車や人の数が増える程、護衛の負担は大きくなるため、護衛の数や依頼の報酬も増える。
また、依頼書に書かれている依頼主の名前は代表者一人だけだが、依頼の報酬は商隊に加わる商人全員から集められており、報酬は護衛全員で分けてもかなりの額になる程だった。
「ところで、あたしも今から代表者の所に行こうとしてたんだけど、エナも一緒に行く?」
「いいんですか?」
「いいわよ。二人いれば代表者を見つけるのも早そうだし」
「あれ? リアナさん、代表者の人が誰か知ってるんじゃ……」
「え、知ってるわけないでしょ?」
「…………」
何を当たり前の事を言っているのか、という顔をするリアナを見て、恵菜は開いた口が塞がらない。口振りからして、リアナが代表者の事を知っていると期待したのだ。
「ちょ、ちょっと、そんな顔であたしを見ないでよ」
「……すみません、リアナさんは代表者の人が誰か知っていると思ってたので……」
「し、仕方ないじゃない! 依頼書に書いてある名前だって知らない名前だし、トランナに来たことなんてなかったし……依頼書に似顔絵でも書いといてくれればいいのに!」
何故か依頼書に文句をつけ始めるリアナ。その言い分は分からなくもないが、人目につくギルドのボードに、指名手配の如く似顔絵の書かれた紙が貼られるのは依頼主としても好ましくないだろう。
「とにかく、さっさと探しましょ。大体こういう商隊の護衛は、先頭の馬車にいる人が代表者なことが多いわ。 分からなきゃ誰かに聞けばいいし!」
恥ずかしさを誤魔化すように、そう言ってさっさと歩いていくリアナ。恵菜も慌ててその後を追う。
「そ、そういえば、リアナさんはパーティの人達全員で受けるんですよね? それって……」
「ん? ああ、エナも見たと思うけど、この前勝負する時にギルドであたしと話してた三人がそうよ」
「その人達はどうしたんですか? 近くにいないようですけど」
恵菜が周囲を見渡してみても、先日ギルドで見かけた三人の姿はない。依頼をパーティ全員で受けたのならば、当然集合場所には全員来るはずなのだが、ここにいるのはリアナ一人だ。
「あー……えっと、昨日ちょっと色々とあってね……」
若干言葉に詰まるリアナの姿に、もしやまたしても何かリアナがやらかしたのではないかと思う恵菜。自然と哀れみがこもったような表情となるが、それを見たリアナが思いっきり手を振って否定する。
「いやいやいや、今回のはあたしは悪くないわよ? 今回はガンザが原因なんだから」
「がんざ?」
「パーティの仲間の一人よ。あたしと話してた三人のうちのでっかい筋肉馬鹿」
そう言われて、恵菜はかなり身長が高い人物がいたことを思い出すが、何故そこまで酷い言われようなのかは敢えて聞かない。
「あいつが昨日の夜に酒を飲みすぎて、宿のテーブルとか椅子を壊しちゃったのよ。それで、一人が宿の主人に謝罪と弁償の話をつけてて、もう一人はガンザを説教中。それがしばらくかかりそうだから、あたしだけでも先に依頼の代表者の所で詳細を聞きに行っておけってことになったの」
「…………」
要するに、集合が若干遅れそうだと説明する役をリアナが任されたらしい。パーティに問題児が二人いることを少し気の毒に思う恵菜だったが、リアナを前にしてそれを言葉にする勇気はない。
「ふん、あたしをからかっておいて自分が問題を起こすなんて……これだから脳みそまで筋肉の馬鹿は困るわ。大体――」
「あ! あの人が代表者じゃないですか!?」
何かを思い出したように、リアナが次々とガンザに対する愚痴を言い始める。このままでは長々と悪口にも似た愚痴を聞き続ける羽目になると判断した恵菜は、無理やり話題を変える。
「ん? あー、たしかにそれっぽいわね」
二人の目線の先に居たのは、仕立ての良い衣服を身にまとった小太りの男性。馬車の列の先頭で何人かと話しながら指示を出している様子から見て、この商隊の責任者であることは間違いない。
リアナは彼らの話が終わったのを見計らって話しかける。
「ちょっといいかしら?」
「ん? 何だね?」
「この商隊の代表者ってあなた?」
「いかにも! 私こそが今回この商隊の代表者となったモスターンですぞ!」
そう言って代表者のモスターンが大きく胸を張る。それで突き出たお腹によって、張り裂けそうな程に服がピチピチになっているが、恵菜もリアナもそれを指摘するような事はしない。
「それで、あなた方は誰ですかな?」
「あたしはリアナ。商隊の護衛依頼の依頼主、つまりは代表者と先に話しておこうと思ってね」
「ほぅ! それでは、あなた方が今回の護衛を担当される冒険者ですかな?」
「そういうこと。これ、依頼書と冒険者カードね」
護衛依頼を受注したことを証明するために、リアナが依頼書と冒険者カードをモスターンに見せる。それを見たモスターンの表情が、一気に驚愕へと染まる。
「金ランクですと!? こんな護衛依頼に金ランクの冒険者が来てくれるとは――」
「あ、それと伝えたいことがあるんだけど、あたし以外にパーティの仲間が三人いて、パーティ全員が集まるのにちょっと時間がかかるかもしれないわ」
「まさか、その三人というのも金ランクの冒険者ですかな……?」
「そうよ」
そう当たり前の事のようにリアナが答える。だが、トランナとランドベルサの間の護衛に上位ランクの冒険者が加わるなど、依頼のランク的に考えて普通はあり得ない事なのだ。今回の依頼は報酬も多いため、少々上のランクの冒険者であれば参加してもおかしくはないが、それでも銀ランクまでが妥当なラインである。
そう考えると、モスターンの驚きようも納得できるというものだ。
「いやはや、まさか金ランクの冒険者の方々に護衛してもらえるとは! これで旅の安全は保障されたも当然ですな! 集まるのが遅れるとのことでしたが、我々商隊の方も遅れて来る者がいるということだったので大丈夫ですぞ!」
そう言って大声で笑うモスターン。当然のことながら、護衛される側からしてみれば、ランクが上の冒険者が来てくれた方が安心できる。モスターンは金ランクの冒険者が来てくれたことにご満悦だった。
「それで、君の方は?」
モスターンがリアナと一緒にいた恵菜の方を見て尋ねる。少し期待に満ちた顔をしているところから察するに、恵菜も高ランクの冒険者なのではないかと思っているらしい。
「霜月恵菜といいます。私も護衛依頼を受けてここに来ました」
恵菜はそう言って、リアナと同じように依頼書と冒険者カードを見せる。だが、恵菜の冒険者カードを見た瞬間、モスターンの顔が少し残念そうな表情になる。
「そうか。まぁだが、今回はこのように金ランクの冒険者パーティが護衛してくれる。君はいてもいなくてもそんなに変わらんと思いますが、頑張ってくれたまえ」
さっきまでのリアナに対するものとは打って変わり、モスターンの態度も素っ気ないものへと変化していた。
「それでは、私は少し別の商人との話がありますので。商隊の出発準備が整うのは昼前になりそうですから、それまでに集合しておいてもらえると助かりますぞ」
モスターンはリアナの方を向きながらそう説明し、一礼して二人の前から去っていく。
「……何よアイツ。態度がコロコロと変わりすぎじゃない?」
モスターンが見えなくなった途端、リアナが不満をぶちまけ始めた。
「まるで冒険者ランクが上の方が偉いみたいな感じだったわ。アイツの頭の中じゃ金ランクの冒険者は貴族か何かかっての」
「ま、まぁ、私とリアナさんの冒険者ランクは全然違いますし、実力がないように見られてしまうのも無理はないんじゃ……」
「でも、実際はエナの方が魔術師の腕は上でしょ。ランクだけで実力の全てが分かるわけじゃないのに」
「…………」
モスターンの事を批判するリアナだったが、その言葉を聞いていた恵菜がポカンとした表情でリアナを見つめる。
「どうしたの?」
「いえ、リアナさんもギルドで私のランクが銅ランクだと分かった時はフェンリルの事を信じようとしなかったのに、今はランクだけで判断するのはおかしいって思っているのが意外すぎて……」
あの時のリアナは、銅ランクがフェンリルを追い払えるだけの実力を持っているはずがないと、さっきのモスターンの様にランクで実力を判断していた。だが、今のリアナの考えはそれとは全く逆であった。
その事を恵菜に指摘され、リアナは若干赤くなりつつも弁明し始める。
「た、たしかに、あの時はあたしも浅はかだったというか、なんというか……け、けど、あれから考えが変わったのよ? どれだけ優秀な戦士や魔術師であろうと、冒険者になりたての頃は銅ランクから始まるのは同じだし。だから、ランクが低いからって実力がないということにはならないんだって分かったのよ」
焦っているのか、リアナの話し方が少し早口になっている。しかし、言っている内容から察するに、リアナは冒険者ランクに対する認識が変わったらしい。
「ま、エナと勝負したからこそ、それが理解できたんだけどね」
そう言って頬を掻きながら苦笑いになるリアナ。
あの時リアナが勝負を行った理由は、恵菜の実力を知ることだけだった。だが、あの勝負を通して、リアナは何かもっと大切なものを見つけたようである。
「と、とにかく、そんなあたしの事とかモスターンとかいうおっさんの事は措いといて、あたしは戻って皆に出発の予定も遅れてることを伝えてくるわ」
「分かりました。では、また後で」
「うん。それじゃあね」
リアナはパーティの仲間達のいる宿へ戻るため来た道を引き返していく。
出発までにはまだ余裕があると分かったため、一人になった恵菜は何か時間を潰す方法がないかを考える。だが、宿を引き払った今、恵菜にできることはかなり限られてくる。
「最後に街の中を歩いてこようかな」
もうトランナの街並みは何度も見てきた恵菜だが、もう少しでこの街を離れると思うと感慨深くもなる。再びその街並みを目に焼き付けるため、恵菜は街中を歩き始めるのだった。
クレリアの笑顔が絶えないパーティ。(※目は笑わない)
次話は三日後に更新予定です。




