トランナでの最後の依頼受注
「ヒルデさん、おはようございます」
ギルドに着いた恵菜が当たり前の様にカウンターへと向かい、いつもの様にヒルデへ挨拶をする。
「おはようございます、エナさん。この時間にいらっしゃったということは――」
「はい。護衛依頼の受注登録をお願いします」
護衛依頼の出発日というのは、基本的に依頼主側に依存して決められることがほとんどであり、依頼が張り出されてから出発するまでに間が空くことも多い。
そのため、冒険者が事前に依頼を受注しても、出発前に都合が悪くなるということが起きやすい。だが、正式に受注した依頼を取り止めると、依頼に失敗したという扱いになってしまう。
すると、必然的に冒険者達は当日に護衛依頼を受けるようになるのだが、そうなると今度は依頼主側が護衛の人数が足りているのか分からなくなり、出発が可能かどうか判断しづらくなる。
そこで、ギルドは護衛依頼などの人数が必要となる依頼の場合、大体の護衛人数を把握するために予約受注という制度を設けている。予約受注の正式な受注は出発当日であり、それまでの間に都合が悪くなれば、冒険者はノーリスクで受注を取り消すことができる。
恵菜が出発日を決めた時、すぐにその日をヒルデに話し、出発日が被っている護衛依頼がないかを探してもらった。その結果、運よく条件に合った護衛依頼が一つだけあった。
当然、恵菜はその場で依頼を受ける意思を示したが、その場ではとりあえず予約受注という事になり、ヒルデから今日この時間に来ることで正式に受注となる旨を伝えられていたのだ。
「畏まりました。しばらくお待ちください」
ヒルデも恵菜がどの依頼を受けるつもりなのかは既に把握している。テキパキと受注手続きを進めていき、時間にして一分も経たないうちに、ヒルデが依頼書をカウンター越しの恵菜へと手渡す。
「お待たせしました。こちらの依頼書を持って、お昼前までには街の北門へと向かってください。他の護衛の方も全員そちらで合流することになっています」
「分かりました」
「それと、エナさんに対してギルド長から預かり物があります。こちらをどうぞ」
そう言ってヒルデは二つの封筒を恵菜に渡す。片方は恵菜宛ての普通の手紙に見えるのだが、もう一つは正式な書状に使われるギルドの封蝋が施されたものだった。
二つの封筒を受け取った恵菜は、ふと最近グランの姿を見かけていない事に気づく。
「そういえば、最近グランさんを見かけませんけど、どうしたんですか?」
「ギルド長は先日の訓練場の修復作業で腰を痛めて療養中です」
「そ、そうですか……」
もしや何か悪い病気にでもかかったのかと心配した恵菜だったが、なんてことはない理由を聞いて拍子抜けする。今頃はベッドの上で呻き声を上げている事だろう。
(グランさんにも出発前に挨拶しておきたかったけど、いないんじゃ仕方ないかな)
一応世話になったギルドの長であるグランに、出発前に何か一言言っておくべきだろうと考えていた恵菜だったが、本人がいなければどうしようもない。療養中の所に押し掛けるわけにもいかないため、恵菜は直接本人に挨拶することを諦めることにして、自分宛ての手紙を開く。
――エナよ。これを読んでいるということは、今儂はお前さんの前にはおらんだろう――
(何でこんな死んだような文章になってるんだろう……)
まるでこの世にいない人物からの手紙にツッコミつつも、恵菜は続きを読む。
――フェンリルの騒動では本当に世話になった。一応、エナには既に報酬を渡してあったが、やはりそれだけでは物足りないと思っている。そこで、ヒルデにこの手紙と共にもう一つのものを預けておく。もし、エナが旅先のギルドで何か面倒事に巻き込まれそうになった時、もしくは自らの実力が疑われて困った時、それをギルドの職員に見せるといい。少しばかりは力になるはずだ――
――お前さんの旅路が良いものであることを願っている。 グランより――
(お礼はいいって言ったのに……)
やれやれと少し困ったように笑いながら、もう一つの封筒を眺める恵菜。どうやら、グランは旅先でも恵菜が問題を起こすのではないかと心配したらしく、保険としてこれを渡すことにしたようだ。
グランが目の前にいれば返していたかもしれないが、残念ながら(狙ってやっているのかもしれないが)今は不在である。それに持っていても問題になるようなものではないため、恵菜はグランの手紙ともう一つの封筒を受け取っておくことにした。
「ついに、ランドベルサへ出発ですね」
恵菜がそれらを収納袋に入れたのを見計らって、ヒルデが話しかけてくる。
「はい。ヒルデさんには何度もお世話になってばかりで……」
「いえいえ。それが私達、ギルド職員の仕事ですから」
ギルド内外を問わず、ヒルデに世話になりっぱなしだった恵菜は申し訳そうな顔で頬を掻いているが、職員として当然の事をしたまでだと思っているヒルデからすれば、それぐらいどうということはないのだろう。
だが、もしヒルデがこの街にいなければ、今頃どうなっていたかは想像がつかない。恵菜が冒険者になるための手続きや、依頼の受注と達成報告の処理などといったギルド職員としての仕事から、恵菜のためを思っての忠告や助言といった個人的なものまで、恵菜は幅広く世話になっていたのだから。
恐らく、ヒルデはこの世界で恵菜が世話になった人物の中では、上から二番目に位置するだろう。ちなみに、一番目は恵菜に生きる術を教えてくれたユーリエだ。
「エナさんはよく厄介事に巻き込まれがちですので、変な問題を起こすような行動は少し自重してくださいね?」
「……努力します」
出発前の最後の挨拶だというのに、いつもの様にヒルデから釘を刺されてしまう恵菜。グランだけでなく、ヒルデからも心配されているらしい。だが、今まで恵菜がやってきたことを考えれば、それも自業自得と言えなくもない。
「それじゃあ、行ってきます。短い間でしたけど、ありがとうございました」
これ以上ここにいると、ヒルデから釘を刺され過ぎることになりかねないと判断した恵菜は、名残惜しく思いつつもカウンターから一歩離れる。
「行ってらっしゃいませ。エナさんの今後のご活躍を期待しております」
そう言ってヒルデが礼をする。それに対して恵菜も同じように返し、ギルドを後にするのだった。
イルカさんはお世話になったけど人じゃないので対象外。
短めですが、更新いたしました。
次話は三日後に更新予定です。(しばらくは忙しくないと思ってたのに……)




