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決着と後始末

 サラマンダーブレスをまともに食らえば、意識を失うどころか、二度と目が覚めないようになってもおかしくはない。

 いくら全力を出すとはいっても人の命を奪う気などない恵菜は、リアナが炎に飲まれ、自分の魔法が押し切ったと認識した直後、サラマンダーブレスを中断する。

 すぐに炎は消えていき、その中から両手と両膝を床に着けて座り込むリアナの姿が現れる。リアナは肩を大きく上下させる程に息が乱れてはいるものの、意識を失ってはいなかった。


 魔法がぶつかりあった時、力が拮抗せずに片方が押し勝ったとしても、その威力はいくらか軽減されたものになる。今回の場合も同じように、押し勝った恵菜のサラマンダーブレスは、本来の威力と比べるとかなり弱くなっていた。また、リアナのフレイムアーマーによってさらに威力が和らげられていたため、リアナは死に至るような致命傷を受けずに済んだのだ。

 それでも無傷というわけにはいかない。リアナの肌の所々には火傷を負った箇所が確認できる。


『ハイヒール』


 そんなリアナの怪我に気付いた恵菜は、リアナに近づいて治癒の魔法を施し始める。何をするのかと恵菜の方を見ていたリアナは、自分を癒す光に気づいて驚くように目を見開く。


(あ、これ使えば勝負の仕切り直しもできたんじゃ……)


 たしかに、魔法でダメージを回復させてから再度勝負を行えば、ハンデなしの勝負ができたかもしれない。だが、あの時の恵菜は別の勝負方法がないかだけを考えていたため、その事に気が付かなかった。


「あ、あなた……火と水だけじゃなく、光属性まで使えるの?」


「はい。そうじゃなかったら、こんな勝負はしないですよ」


 恵菜は何も考えずに全力の勝負を提案したわけではない。


 魔法のぶつかり合いで威力が軽減されること。万が一怪我をしても治癒魔法で傷の治療が可能なこと。最低でもこの二つが恵菜の頭の中にあったからこそ、高威力の魔法のぶつけあいという勝負を提案できたのだ。


「三つも適正があって、全部使いこなせるなんて……まさか、その見た目でかなり年食ってるってわけじゃないわよね……?」


「十五歳ですけど……」


「……はぁ!? あたしと一つしか違わないの!?」


 余程ビックリしたのか、治癒が終わったばかりの体で素早く立ち上がるリアナ。恵菜のこの見た目で四十代などと言えばそれはそれで仰天ものだが、年がそれ程離れていないこともリアナにとっては驚きだったらしい。


「……あたしの一個下でその実力……反則でしょ」


「え?」


「あ、ううん、何でもないわ」


 ブツブツと呟くリアナが気になった恵菜だったが、リアナが何でもないといっているので忘れることにした。


「それにしても、一番自信のあったサラマンダーブレスでも負けるなんて……」


 余程自分の腕に自信があったのか、リアナは先程の勝負内容を思い出し、大きく肩を落とす。


 あの時、リアナはいくら魔力の消費量を増やしても、恵菜の魔法に押される速度を遅くするのが精一杯で、力が拮抗するには至らなかった。最終的にはフレイムアーマーに魔力を割いてしまったため、一気に押し込まれる形になったが、あのままサラマンダーブレスに全力を注ぎこんでいたとしても、恐らく結果は変わらなかっただろう。


「どうして、あそこまではっきりと差が出たのかしら……」


「たぶん、詠唱のせいです」


「詠唱……?」


「リアナさんのサラマンダーブレスの詠唱は、発音が少しおかしかったと思います」


 詠唱を行って魔法を発動する際、詠唱の完成度は魔法の効果に大きく影響してくる。詠唱の文章そのものが間違っていれば、大概その魔法は発動しない。例え発動したとしても、少しでも単語の発音が違えば魔力の変換効率や魔法の威力に悪影響が出やすい。


 先程のリアナの場合も、古代語による詠唱の発音が少し間違っていたため、魔力の変換効率が悪くなってしまい、魔力を多く消費しても威力が大きく上がらなかったのだ。


「はぁー……簡単に後ろを取られて、仕切り直しの力比べで負けて、詠唱の間違いを指摘されて……まいった、完敗よ」


「それじゃあ、私の実力は認めてくれるんですか?」


「当然でしょ。ここであなたの実力を認めないなんて言ったら、あたしの方が惨めじゃない?」


 リアナが自分の負けを素直に認めたことを意外に思う恵菜。リアナが気の強い性格だと思っていたため、断固としてリアナが自分の負けを認めない(初めてギルドに来た時突っ掛かってきたどこかの冒険者(オーラン)の様に)ことも考慮していたからである。


 だが、ここまで圧倒されておいて負けを認めないのは、もはや子供の我儘と同じだ。リアナもそれを分かっているのだろう。彼女にこれ以上恥の上塗りをする気はなかった。


「正直に言うと、あなた程の実力があってフェンリルを追い払う止まりだっていうのは信じにくいんだけどね。それでも、あなたに勝てなかったあたしがとやかく言うのも変だし、あなたがそう言うのならそれを信じるわ」


「あ、ありがとうございます!」


 実際は追い払うだけでなく討伐することもできたのだが、それを説明しようとすると、またしても面倒なことになりかねない。むしろ信じてくれるというのだから、これ以上ややこしくする必要もないだろうと、恵菜はそれを訂正しようとはしなかった。


「感謝なんてしなくていいわ。むしろ、あたしの方が感謝すべきなんだから」


「どうしてですか?」


「あなたと勝負してみて、あたしは魔術師としてはまだまだって理解できたからよ」


 今回の目的だったフェンリル討伐は、そこまで苦労せずにできるだろうとリアナは楽観視していた。

 しかし、フルンはフェンリルの中でも一際戦闘に慣れており、普通のフェンリルよりも強敵である。それこそ下手をすれば、誰かが命を落としかねない程に。

 もしそのフルン相手に挑むことになっていた場合、リアナやケインス達が全員でかかったとしても、実際は勝てるかどうか微妙なところだった。


「トランナに来る前はフェンリルを狩るなんて簡単だと思ってた……でも、それは仲間がいればの話。あなたでやっとだった相手に、あたし一人で戦ったら絶対に勝てない」


 今までのリアナの人生は、成功の連続だった。


 魔法の適正は火属性だけだったが、魔術師の両親に育てられたことで魔法の才能が開花。若干十歳にして火属性の中級魔法をいくつか習得できていたリアナは、周囲から天才と持てはやされ、両親も昔やっていた冒険者となった。冒険者となってからも魔術師としての実力をつけ、仲間にも恵まれたことで数年後に冒険者ランクが金となった。


 だが、その成功の連続で多少舞い上がってしまったのだろう。その結果、リアナは自分の実力以上の事でさえ、自分ならば簡単だと思ってしまうようになっていた。


 一歩間違えば取り返しのつかない事態へと繋がりかねない愚かな思考。しかし、今回の恵菜との勝負でなす術なく敗北を喫したおかげで、リアナは自らの間違った考えと未熟さに気づくことができたのだ。


「ありがとう、エナ。あたしに大事な事を教えてくれて」


 そう言ってリアナが手を差し出し、一瞬何かと思った恵菜もその手をしっかりと握る。


「こちらこそ、ありがとうございました」


「感謝はいいって言ったじゃない……ま、いっか」


 恵菜のにこやかな笑顔につられ、リアナも笑みを返す。


 これで勝負に決着がつき、揉め事も無事解決したかに見えた。


「こほんっ――お二人とも、少々よろしいでしょうか?」


 いつの間にか近くまで来ていたヒルデが、こめかみをピクピクさせながら二人に話しかける。本当はすぐにでも話したかったのだろうが、恵菜とリアナのやり取りが終わるのを待っていたらしい。


「お二人が勝負をする前に、私が何と申し上げたか覚えていらっしゃいますか?」


 そう言われても、勝負に夢中だった二人はヒルデが言った事を思い出せない。


「……頑張ってください、とか?」


「違います」


「……そうだ! 存分にやっていい、とかじゃない!?」


「そんな事は申し上げていません」


 恵菜とリアナが的外れな回答を続け、ヒルデがワナワナと震えだす。


「それでは、お二人とも、足元と周囲を、よーくご覧になってください」


「足元と……」


「周囲……」


 二人がそれぞれ言われた通りに確認する。


 そこには、足元に描かれていたはずの魔法陣が部分的に消え失せ、周囲の地面も所々が抉れた、勝負を始める前とは打って変わった見るも無残な光景があった。


 原因は、当然恵菜とリアナの最後の勝負。恵菜とリアナがサラマンダーブレスをぶつけ合った時、その余波を受ける事になった障壁も最初は何とか頑張っていたのだが、耐えきれなくなって崩壊し、周囲に勝負の爪痕を残す結果となっていたのだ。


「私は申し上げましたよね? 訓練場は壊さないでください、と」


「「…………」」


 そんなことを言っていた気がしないでもない二人だが、明らかに弁解の余地がない状況に無言を貫く。


「まぁまぁ、ヒルデよ。そんなに怒らんでも、二人の素晴らしい戦いを見れただけで――」


「邪魔ですのでギルド長は黙ってください」


 何やら不穏な気配を感じたのか、今まで空気状態だったグランが近づいてきて宥めようとしたが、ピシャリと言われて項垂れる。そこにギルド長の威厳は微塵も感じられない。


「さて、ギルドの規則では、冒険者がギルドに損害を与えた場合、それを補償する義務があります。当然、冒険者のお二人はご存知ですよね?」


「「はい……」」


 ギルド側に何らかの非があり、それに対処するために引き起こされた損害に関しては、冒険者に損害を賠償する責任は問われない。だが、今回のように冒険者同士の勝負、言い方を変えれば揉め事や決闘による損害は、ギルドから冒険者に対して賠償請求が行われる。


 冒険者になったばかりで、ついこの前ギルドの注意事項を聞かされた恵菜は当然まだ記憶に残っており、リアナも何度も賠償を経験しているので知っていることだ。


「お二人とも知っているようなので、規則の詳細な説明は不要ですね。では、金銭による補償か、自らの手による損害箇所の修復かをお選びいただけますか?」


「……ちなみに、金銭だといくらぐらいに……?」


 恐る恐るといった様に、恵菜がヒルデへと尋ねる。


「そうですね……魔法陣と訓練場の地面のあちこちに損傷が見られるので、簡単に見積もって金貨六枚程度でしょうか」


「ろっ……!」


 予想以上に高額だった賠償額に、リアナから変な声が漏れる。


 だが、高額になるのも無理はない。地面だけならまだしも、魔法陣を壊したのが大きいのだ。

 この街には障壁の魔法陣を作成できる人物が住んでおらず、修復しようとすれば最寄りの街から魔法陣を作成できる人物を呼び寄せる必要がある。修復の依頼料に加え、街間の往復にかかる費用、何より人材の貴重性を考えれば賠償額が上がるのは必然である。


「……修復でお願いします」


「ちょっ、エナ!?」


 損害に複数の冒険者が関わっている場合、冒険者毎に損害の補償を金銭と修復で分けることはできない。あくまでどちらか一方にする必要がある。

 金銭による賠償はクレリアからの説教が増える原因になりかねないので、リアナにとって修復の選択は願ってもない事なのだが、恵菜に魔法陣の修復ができるのか不安らしい。


「エナさん、修復というのは魔法陣も含まれますよ?」


「分かってます。でも、これぐらいならまだ直せます」


 欠損している魔法陣だが、まだ魔法陣としての原型は残っており、制御の術式も半分以上は読める。完全に消え失せているのなら望み薄だったが、消えた場所を補填するだけなら簡単なのだ。少なくとも恵菜にとっては。


「ほ、本気なの? あたし魔法陣は作れないから、地面を直していくことしかできないけど……」


「はい、魔法陣は私に任せてください。こう見えて得意分野ですから」


 訓練場を壊してしまうような勝負方法を提案した責任から、本当は地面の方も一人でやろうとしていた恵菜だったが、リアナにも手伝う気はあるらしい。恵菜も態々(わざわざ)それを断ることはしなかった。


「それでは、早速修復の方をお願いいたしますね?」


「「……はい」」


 二人は返事をすると共に、早速自らがやるべきことを行い始める。


 そんな中――


「ギルド長。どこへ行かれるのですか?」


 こっそりと訓練場から抜け出そうとするグランを、ヒルデが呼び止める。自らの存在感の無さを逆に利用して立ち去ろうとしたのだろうが、ヒルデの目は誤魔化せなかった。


「訓練場を壊したのはエナさんとリアナさんですが、ここで勝負を行う原因となったギルド長にも、責任はございますよね?」


「…………」


「止められなかった私も同罪ですから、私も修復のお手伝いはします。当然、ギルド長も参加なされますよね?」


 笑顔でそう宣告するヒルデに、グランはノーと言う事が出来なかった。


 四人で当たった修復作業だが、魔法陣の修復を驚異的なスピードで終わらせた恵菜が地面の修復も手伝ったことで、今日中に終わらせることができた。


 この後、作業を終わらせた恵菜とリアナは釈放されることになったが、グランはヒルデの監視の下、始末書の作成に追われることになる。


 また、勝負直後の肉体労働ということもあり、魔力も体力も大きく消耗して疲れ切ったリアナだったが、戻った宿でクレリアから地獄のお説教フルコースを味わうことになったのは言うまでもない。


頑張り過ぎてませんか、ヒルデさん?


次話は三日後に更新予定です。

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