恵菜VSリアナ ~パート2~
「ぐっ……」
恵菜の魔法を直撃されて地面に倒れていたリアナから、痛みを堪えるような声が上がる。
恵菜の作戦に嵌まったとはいえ、リアナはあらかじめ自分の体を魔力で覆っていたため、恵菜の魔法の威力を和らげることができ、一発で戦闘不能になるのを避けていた。
腕を地面に着き、少しフラフラしながらもリアナは立ち上がろうとする。
「納得……いかないっ……!」
「……え?」
「何で……何で、一撃で決められる魔法を撃たなかったの?」
立ち上がったリアナは、恵菜を憎々しげに睨みつけながらさらに続ける。
「あなたが撃ったのがアクアランスだったなら……いえ、たとえアクアバレットでも、不意を突いた時点であなたの勝ちは確定的だった……なのに、どうして……?」
「アクアランスは威力が強過ぎますし、アクアバレットも不意打ちだと危険です。魔物が相手ならともかく、人に対して使うのは……」
恵菜はユーリエの下で修業をしていた時、何度もユーリエと模擬戦を行ったことがある。当然、スパルタなユーリエは中級魔法をバンバン使っていたが、模擬戦では中級魔法まで使っていいとユーリエから言われていたため、恵菜もユーリエに対して中級魔法を使ったことがある。
しかし、それはユーリエ程の実力があれば中級魔法をまともに食らうはずがないという一種の信頼があったからできたことだ。フェンリルを狩りに来たと宣言したリアナの実力も相当であることは推測できるが、恵菜はリアナの事をほとんど知らない。ましてや信頼関係など皆無だ。
その様な相手に対して威力の高い中級魔法など、殺し合いでもない勝負で恵菜が撃てるはずがなかった。
「……たしかに、訓練や模擬戦で致命傷を与えるような攻撃をするのはおかしいと思うわよ……でも、最後に撃ったアクアボールの威力を抑えたのは何故なの……?」
恵菜が最後にアクアボールを放った時、実は若干威力を抑えていた。これも威力を高めたアクアボールを不意打ちでぶつけると、リアナが危ないのではないかという恵菜の考えが働いたが故の行動である。
「それも、リアナさんが危ないかと思――」
「ふざけんじゃないわよ!」
だが、その事を説明しようとした恵菜の言葉を途中で遮るようにリアナが声を荒げ、驚いた恵菜が肩を窄める。
「これは研鑽のための訓練じゃないわ! お互いの実力をぶつけ合う真剣勝負でしょ! 怪我の一つや二つぐらいできて当たり前なのよ!」
リアナは恵菜を睨みつけながら、自分の感情を爆発させて一気に捲し立てていく。
「それに、これが何のための勝負か忘れたの!? あなたがフェンリルを追い払ったことが真実かどうかを、あなたがそれだけの実力を持っているのかを示すための勝負でしょ! 相手を傷つけるのが怖くて威力の高い魔法を撃てないからって手を抜かれたんじゃ、あなたがフェンリルを倒したっていう本当の実力なんて分かるわけないじゃない!」
その言葉を聞き、恵菜が何かに気付いたかのようにハッとなる。
真剣勝負だからこそ、リアナは手加減せずに先程から威力を高めた魔法を連発していたのだ。その息もつかせぬ連続攻撃を凌ぎ切り、一瞬の隙を突いて見事に裏を取ることに成功した恵菜の実力は紛れもなく本物だろう。最後の魔法が確実に一撃で勝負を決められる威力のものだったなら、リアナも恵菜の実力を認められたかもしれない。
だからこそ、リアナは最後に放たれたアクアボールの威力が抑えられていたことだけは、恵菜に真剣勝負で手加減されたことだけは許せなかったのだ。
「……すみません、私が間違ってました」
自らの行為がどれくらいリアナを失望させる行為だったのか、今のリアナの様子や会話から理解できない程、恵菜は鈍くない。とにかく謝らなければいけないと判断した恵菜は自らの非を詫びるが、謝っただけで許してもらえるとは思えなかった。
しかし、今から仕切りなおして真剣勝負をするにしても、リアナは既に恵菜の魔法で少しダメージを負っている。魔法を撃つことに問題はなさそうだが、回避行動には少し支障が出てしまうだろう。そうなれば事実上のハンデ戦となってしまう。
何か償う方法はないかと考える恵菜。そんな時、ふと一つの方法が恵菜の頭の中に浮かぶ。
「……リアナさんは、私の実力が知りたいんですよね?」
「何度もそう言ってるでしょ! だからこうやって――」
「それなら、もっと分かりやすい方法で勝負しませんか?」
またしてもリアナの怒りが爆発しそうになるが、それを遮って恵菜が新たな勝負を提案する。
「分かりやすい……方法?」
「はい。ところで、リアナさんが使える魔法で一番強い魔法は何ですか?」
唐突に勝負と関係なさそうな事を聞かれたリアナは目をパチクリとさせるが、気を取り直して質問に答える。
「えっと……威力だけで考えるなら、サラマンダーブレスかしら」
サラマンダーブレスは上級の火属性魔法だ。放たれる火炎の威力は凄まじく強力であり、上級魔法の中でも屈指のものである。術者の正面にしか攻撃できないという欠点はあるものの、魔力を消費し続ければ効果も継続し、術者が向きを変えれば攻撃方向も変わるため致命的な欠点というわけではない。
術者から放たれる火炎が、昔存在したとされる精霊サラマンダーの攻撃手段に似ていたことから、この名前が付けられたとされている。
「だけど、何でそんなことを?」
恵菜の質問の意図が分からないリアナは、首を傾げながら恵菜にその真意を尋ねる。
「お互いが同じ魔法を撃ってぶつけあえば、魔術師としての実力の分だけ差がつくと思いませんか?」
魔法同士がぶつかりあった場合、相殺されるかどちらか片方が押し勝つことになるのだが、そこには様々な要因が関係してくる。魔法のランクが違えばランクの高い方が有利であり、属性が違えば相性の良い方が有利となる。ランクが同じで属性が同じ魔法を撃ったとしても、やはり魔法の種類が異なれば威力も微妙に異なるため、やはり有利不利が存在する。
――では、全く同じ魔法を撃った場合どうなるのか?
ランクも属性も魔法自体の威力も同じ。使う魔法による有利不利が存在しない状況において魔法の威力に差が出るとすれば、魔術師の実力に差がある以外の要因は考えられない。
「……なるほど。二人ともサラマンダーブレスを撃って、押し勝った方の実力が上だということね」
「そういうことです」
リアナも恵菜の考えていることを理解したらしい。最初の真剣勝負とは方法が違うものの、恵菜の実力を知るには充分な勝負方法だった。
「……いいわ、その提案に乗ってあげる。でも、あなたさっき水属性の魔法使ってたでしょ。火属性の魔法は使えるの?」
恵菜が提案した勝負方法は、リアナと恵菜が同じ魔法を使えることが大前提である。それも下級や最下級魔法では威力に大きく差が出ないため、明確に実力差を判断するには威力の高い魔法が必要だ。
ちなみに、リアナは火属性にしか適正がないため、火属性魔法しか使えない。
「大丈夫です。さっきは相性がいい魔法を使ってただけですから。サラマンダーブレスも問題ないですよ」
「……そう、ならいいわ」
リアナは恵菜が二種類の属性を使えることに若干驚きつつも、サラマンダーブレスを使えることが確認できて安心する。そして、無事に真剣勝負の前提条件を満たすことができたところで、リアナは全力で魔法を撃つために魔法の詠唱準備に入る。
「一応聞いておくけれど、詠唱はしてもいいのよね?」
「いいですよ。むしろ全力でお願いします。私も全力でいきますから」
そう言って恵菜もリアナと同様に準備体勢に入る。改めて真剣勝負をする以上、全力を出すことに躊躇いはなかった。
「言うじゃない……後悔しても知らないわよ!」
直後、恵菜とリアナは同時に魔法の詠唱を開始する。
『『太古の火の精霊よ 我が望みを叶えたまえ』』
音色の異なる二つの声が、同じ古代語の文章を詠む二つの声が辺りに響く。
『『我が望みは炎 消える事なき強き炎』』
周囲に響き渡る恵菜とリアナの詠唱は、まるで歌の合唱のようだった。
『『その炎を以て 我に仇なす敵を焼き尽くす』』
同じ詠唱を続けていた二人だったが、リアナの詠唱を聞いていた恵菜の目が僅かに細められる。だが、恵菜は詠唱を止めることなく、二人は最後の文章を詠みあげ――
『『燃え盛れ サラマンダーブレス』』
詠唱が完了すると同時に、人の背丈を軽く超える火炎が両者から放たれ、恵菜とリアナが立っているその中間付近でぶつかり合う。ぶつかり合った火炎の一部は横へと流れていき、周囲を覆う障壁にも影響が及ぶ。
二人の魔法はしばらく押し合いを続けていたが、徐々にリアナの魔法が押され始めた。
「ぐううぅ……!」
声を絞り出しながら何とか堪えて押し返そうと、魔法に費やす魔力量を増やすリアナ。しかし、押し返すどころか押されるのを止める事すらできない。対する恵菜の方は、魔法を撃ってから何一つ変わったことはしていない。
この時点で両者の間に魔法の実力差があるのは歴然であり、恵菜の魔法がリアナを襲うのは時間の問題だった。
「……っ! 『フレイムアーマー!』」
リアナもそう判断したのか、押し切られた時の対処として中級の火属性魔法フレイムアーマーを発動する。術者の周囲に炎を纏わせることで魔法の威力を下げる防御魔法だが、フレイムアーマーに魔力を費やしたせいで、リアナが同時に発動しているサラマンダーブレスの威力が目に見えて落ちる。その結果、一気に恵菜の魔法に押し切られてしまい、そのまま火炎がリアナへと迫る。
もはやこれまでかとリアナが身構えた直後、恵菜のサラマンダーブレスがリアナを飲み込んだ。
改めてユーリエさんのスパルタっぷりが凄かったと思えてくる。
次話は明日、もしくは明後日更新予定です。




