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魔法の適正検査

「……落ち着いたかい?」


「……はい、ご心配おかけしました」


 精神的ダメージから立ち直るのに暫く時間を要したが、恵菜は何とか復活したらしい。

 もう二度と異世界人だと名乗ることはしないと堅く心に誓う。


「しかし、別の世界から来たとはねぇ……、」


「信じてくれるんですか?」


「普通なら信じられないけど、恵菜は異世界人でないと説明が付かないようなところが多いからねぇ……」


 ごめんなさいユーリエさん、異世界人が皆、狼と追いかけっこしたり、崖から飛び降りたりするわけじゃないんです。


 そう恵菜は思いながらも、ユーリエが信じてくれたことが嬉しかったようだ。


 一時的に心に深い傷を負いはしたが、恵菜の思い切った行動も無駄ではなかったらしい。


 ――くうぅ


 安堵して気が抜けたのか、恵菜のお腹から可愛らしい音が鳴る。


 顔が少し赤くなる恵菜だが、思えばこちらの世界に来てから何も食べていない。


 それに、どれ程の時間眠っていたのかも分からないのだ。

 お腹が空いてもおかしくはない。


「そういえば、そろそろ昼食の頃合いかね。何か作るから、下で待っておいで」


 笑いながらそう言って、ユーリエは部屋から出て行った。


 命を助けてもらっただけでなく、食事まで用意してもらうことに気が引ける恵菜だったが、生憎と食べるものは何一つ持っていない。


 申し訳なく思いながらも、恵菜は部屋の外に出て階段を下りる。


 どうやらこの家は二階建てで、一階にはリビングとキッチンがあるようだ。


 キッチンではユーリエが料理の準備をしている。


 待っている間、ユーリエが料理をしている所を眺めていた恵菜だが、ユーリエが指先から火を飛ばし、鍋に火をかけるところを見て目を丸くする。


「あ、あのっ! もしかして今のが魔法ですか!?」


「ん? あぁ、そうだよ。もしかして魔法を見たことがないのかい?」


「私の世界では、魔法なんて存在しなかったので……」


「魔法がない世界ねぇ……想像もつかないよ」


 そう言いながらも、ユーリエは調理を続ける。


 時折使うユーリエの魔法に、恵菜は驚きっぱなしであった。


 しばらくすると、ユーリエが料理を完成させる。


「よし、完成だ」


 ユーリエはそう言って、鍋をリビングのテーブルまで運ぶ。


 どうやら作っていたのはシチューのようなもので、シチュー以外にも丸いパンがいくつか用意されており、二人分のお皿に盛り付ける。


 美味しそうな料理を前にして、恵菜のお腹が早く寄越せと言わんばかりに、再び抗議の音を上げる。


「さぁ、どうぞお食べ」


「いただきます」


 手を合わせながら食事の前の挨拶をして、恵菜は目の前に用意された料理を食べ始める。


 日本ではパンよりお米を食べることの方が多かった恵菜であるが、シチューと共に食べるパンは非常に美味であり、空腹だった恵菜はいくらでも食べられそうだった。


「そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があったってもんだよ。まだあるから、足りないようならおかわりしてもいいからね」


「ありがとうございます!」


 ユーリエの優しさに感謝しながら、恵菜はしばらく料理を堪能するのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ごちそうさまでした」


 料理を満喫した恵菜は、再び手を合わせて食後の挨拶をする。


 本当は、もう少し食べられそうだったが、食べ過ぎは良くないと思って自重することにした。


 決して、体重が気になったわけではない。


「すみません、助けていただいた上に、食事までご馳走になって……」


「なぁに、一人で食事するより、二人で食事をした方が楽しいってもんさ」


 ユーリエは笑いながらそう言うが、お世話になってばかりで恵菜は感謝の気持ちでいっぱいだ。


「ところで、さっきの話の続きになるけど、エナは何故この世界に?」


 ユーリエの質問に、昼食前の会話が自分のお腹の音でぶった切られていたことを恵菜は思い出す。


「元の世界で生きていけなくなったので、こちらの世界で生きていくことになったんです」


「た、大変だねぇ……」


 どうやらユーリエは、恵菜が壮絶な人生を歩んできたのだと解釈したようだ。


 その解釈もそれ程間違ってはいないのだが。


「それで、恵菜はこれからどうするんだい?」


 その言葉に、恵菜はこの世界に来た目的を思い出す。


「私は、この世界を旅して色んなところを見て回りたいです」


 恵菜がそう言うと、ユーリエは少し心配そうな顔をする。


「旅をするって……エナは戦えるのかい?」


「戦う……ですか?」


「そうさ。旅先で何かに襲われた時、それに対処できるかい?」


「え、えっと……」


 ユーリエにそう言われて、思わず恵菜は言葉に詰まる。


 恵菜が神様にもらったのは、身体能力と異世界言語の能力だけだ。

 また何かに襲われた時、確実に身を守れると言えるようなものは何も持っていない。


 つい最近死にかけたというのに、何も準備せずにここから出て行ったのでは、また先日のようなことになりかねない。


「どうやら、何も有効な手段は持っていないようだね」


 そんな恵菜の様子を見て、少し説教をするような口調でユーリエは続ける。


「いくらエナの体が丈夫だからって、それで身を守れるという保証はないよ。今回は何とかなったようだけど、いつもそうなるとは限らない。ここから近くの街までそれ程遠くはないが、道中には人を襲う魔物もいる。身を守る手段を持たないエナが、ここから近くの街を目指すだけでも自殺行為みたいなものさ」


 厳しく聞こえるが、ユーリエの言っていることは正しい。


 旅をしていれば、また危険な目に遭う可能性が高いのだ。


 神様に救ってもらった命を一度失いそうになったにもかかわらず、折角救ってもらった命を再び粗末に扱っては、それこそ神様やユーリエに申し訳が立たない。


 そう思った恵菜は、何とか対策を考えようとする。


(武術を教えてもらおうにも、近くにいるのは目の前のユーリエさんだけだし、失礼かもしれないけど、ユーリエさんが武術を教えられるようには見えないからなぁ……)


 恵菜はいくら考えても、良い案が思いつかなかった。


 身体能力が高いとはいえ、武術の心得なぞ持たない恵菜にとって、魔物に襲われた時に取れる選択肢は、逃げるの一択だけしかない。

 それに、必ずしも毎回逃げられる状況となるわけではないのだ。


 神様にもらったもう一つの能力に関しては、言葉が通じる相手でないと役に立たない。


 しかし、ここで恵菜の頭の中に疑問が浮かぶ。


(この辺りは魔物が出るって言ってたのに、どうしてユーリエさんは一人で暮らしてるのかな?)


 ユーリエは自分が一人暮らしだと、そして、この周辺は魔物がいると言っていたが、態々(わざわざ)危険な場所に一人で住まなくても、安全な街の中に住めばいいはずである。


 何かしらの理由があって街で暮らせないにしても、こんな危険な場所に住んでいるという事は、ユーリエ自身が身を守る程の実力を持っているのではないか、と思った恵菜は、さらに考える。


(一人で暮らしてる理由も気になるけど、それよりユーリエさんがここで生きていける理由よね。何か戦う力を持っているとすると……)


 そうやって暫く考えていた恵菜は、一つの可能性を思いつく。これが無理ならお手上げだと思いながら、恵菜はユーリエに頭を下げながら頼み込む。


「……ユーリエさん、厚かましいとは思いますが、私に魔法を教えてくれませんか?」


 突然そう言われたユーリエは、少々戸惑った表情をしながらも疑問を口にする。


「何で魔法を?」


「初めは武術を習おうかと思いましたが、ユーリエさんに武術の心得がある様には見えませんでした。でも、魔法なら教えられるんじゃないかと思ったからです」


「確かに、あたしに武術を教えるのは無理だね。でも、あたしが魔法を教えられると思った理由は何だい?」


「ユーリエさんは、この辺りが危険な場所だと言っていました。そんな場所に住んでいるユーリエさんも、何かしらの戦う術を持っているはずです。それに、さっき料理をしている時に、ユーリエさんは魔法を使っていましたよね? 武術がダメなら、魔法しかないと思いました」


「なるほどねぇ……」


 この時、ユーリエはどうするべきか悩んでいた。


 恵菜の安全を考えるならば、魔法は教えることができないなどと言って誤魔化し、旅をすることを諦めさせるのが良いのではと最初は考えた。


 しかし、頭を上げた恵菜の目は真剣で、真っ直ぐユーリエを見ており、恵菜の想いが非常に強いことが伝わってきたユーリエには、簡単に誤魔化して諦めさせることなどできなかった。


(若者の後押しをしてやるのも、大人達の役割かもしれないねぇ……)


 そう思いながらも、ユーリエは一つ心配なことがあった。


「エナの言う通り、あたしは魔法が使える。ある程度なら教えることもできるだろうさ」


 その言葉を聞き、恵菜は自らの推測が当たっていて、ユーリエが魔法を教えてくれると思い、期待を込めた表情になる。


「それならっ――」


「でも、エナが魔法を使えるかどうかは別だ」


 だが、そう簡単にはいかないらしく、恵菜が何かを言おうとする前に、ユーリエが自ら不安にしていることを口にする。


「魔法を扱うには、適正がなけりゃだめなのさ」


「適正?」


「そうさ。ほとんどの魔法にはいくつか属性があってね、火、水、土、風、光、闇といったものがそれだ。でもって、適正がない属性の魔法は極められないのさ」


「極められない……ですか?」


「例えば、小さな火を出すくらいなら、適正のない人でもやろうと思えばできる。けどね、大きな火で敵を撃退するような魔法となると、適正のある人じゃないと無理なのさ」


 そう言われた恵菜は、才能の一種みたいなものかと納得する。


「適正のない人が物凄く努力しても、強い魔法は使えないんですか?」


「あぁ、無理だね。だから、どの適正も持たない人はいくら努力しても最下級の魔法が限界さ。魔法を使って戦おうとするなら、適正のある属性が最低でも一つは必要となるね」


 その言葉を聞き、恵菜は軽くショックを受ける。


 話を聞く限り、恵菜に適正がなかった場合、恵菜は魔法で戦えないということになる。


 もしそうなら、旅をするどころか、一人でここから近くの街へ行くことすらできない。


「その、適正ってどうやって判断できるんですか?」


「こいつを使う」


 そう言って、ユーリエは近くの棚から、布に包まれた小さく透明な玉を取り出してきた。


「この水晶はね、触れている者の魔法適正を判別してくれる魔道具さ」


「普通の水晶と何が違うんですか?」


「魔道具ってのは、道具に魔法が付与されたもののことさ。例えば、あたしがこれに触れると――」


 ユーリエが水晶に触れて少しすると、水晶の中から青、緑、黄、紫の四色の光が溢れ出す。


「――こんな感じに、適正のある魔法を、光の色で教えてくれる。適正のない人の場合、こいつはウンともスンとも言わない」


 そう説明したユーリエは、恵菜の目の前に水晶玉を置く。


 ユーリエが手を離すと、さっきまで光っていた光が消えていった。


「先に言っておくけど、もしエナに適正がなかったら、魔法は教えないからね。近くの街まで送っていくことぐらいはしてあげるけど、その後は街でおとなしくしているんだね」


 恵菜は緊張しながら、目の前の水晶玉を見つめる。


 どうやら適正がなくても、近くの街まで連れて行ってくれるようだが、戦えない恵菜はその街に引き籠るしかない。


 その街に武術を教えてくれる人がいれば何とかなるかもしれないが、そうでなければ万事休すだ。


(うぅ……何で私、神様に戦う術をくれるように願わなかったんだろう……)


 後悔のあまり、あの時の自分の頭を叩きたくなる恵菜。


 しかし、あまりにも自然すぎて恵菜は気づいていないが、ユーリエと会話できているのは、恵菜が神様からもらった能力のおかげである。


 少なくとも、恵菜の能力が無駄だったわけではないのだが、当の本人はその事を実感できていない。


「さ、水晶玉に触れてみな」


 ユーリエに促され、恵菜は覚悟を決める。


 何か適正がありますように! と願いながら恵菜は水晶玉に触れた。


 触れた瞬間は何も変化がなく、もしや適正がないのかとひどく焦り始めた恵菜であったが、少しして水晶玉に変化が現れる。


「……なんと」


「これって……!」


 ユーリエと恵菜が二人揃って驚きの声を上げる。


 水晶玉からは先程よりも強い光が溢れ出し、色の種類も先程より多く、六色の光が輝いていた。


「――っ! やったーーーー!」


 自分に適正があったことが嬉しかったのか、恵菜は水晶玉から手を離し、飛び跳ねて喜んでいる。


 一方で、ユーリエは自分が見た光景が信じられないといった表情でポカンとしていた。


 対称的な行動をとる二人だったが、しばらくして頭が再起動したユーリエが声を上げる。


「お、落ち着きなさいエナ、適正があったことは確かに嬉しいとは思うが……」


 そう言われて恵菜は喜ぶのをやめるが、顔は嬉しそうなままだ。


「ユーリエさんっ! 今のは私に適正があるってことですよね!? そうですよね!?」


「落ち着けと言うとろうに……確かにエナには適性があるようだけど……」


「? 何か問題があるんですか?」


 何やらユーリエが少し困惑したような表情をしていたため、もしかして今の水晶玉の反応に、何かまずいことがあったのかと少し心配になる恵菜だったが、ユーリエは首を振る。


「いや、問題はないけどね、ただエナの適正が信じられないような結果だったからねぇ……」


 どういうことだろう? と恵菜は首を傾げる。


「適正を持つ人ってのは、別に少ないわけじゃない。むしろ多いぐらいさ。だから、エナが適正を持っていてもおかしくない。けど、複数の属性に適正があると話は別さ」


「いくつも適正を持ってる人は少ないんですか?」


「二種類ぐらいなら、まだそれなりの人数がいる。でもね、三種類以上となると、その人数は一気に減るんだよ」


 ユーリエの言う通り、この世界では適正があったとしても、一つか二つの適正しか持たない人が圧倒的に多い。

 三種類以上の適正を持つ者であれば、魔法が使える限り、働き口には困ることがない。


「え? でもユーリエさんは――」


「自慢じゃないけど、あたしも昔は名前の知れた魔術師だったのさ。今は隠居暮らしだけどね。それより、エナは自分の適正の数を憶えているかい?」


 そう言われて、恵菜は先程の光景を思い浮かべる。


「――六種類ですか?」


「……やっぱり、あたしの目がおかしくなったわけじゃなさそうだ。水晶玉が光った時、六つの光が見えたからねぇ」


「適正が六種類あることは珍しいんですか?」


「珍しいどころか、あたしは見たことがないねぇ。どの国の宮廷魔術師にも、そんな人材はいないだろうさ。過去には何人かいたようだけど、今生きてる人じゃあエナだけかもしれない」


 その言葉を聞いて、恵菜は信じられないといった顔をする。

 日本で生活していた頃は、魔法なんて使うどころか見たこともなかったからである。


 そんな自分に魔法の才能があったとは思いもしなかったようだ。


「エナが魔法を使えるようになったら、どんな魔術師になるのか想像もつかないねぇ……」


「! それって……!」


「あぁ、エナ、お前さんに魔法を教えてあげよう。ただし、あたしが使える属性以外に関しては、直接教えるのは無理だけどね」


「あ、ありがとうございます、ユーリエさん!」


 恵菜は嬉しそうに感謝しているが、ユーリエも少し楽しそうな表情をしている。


 恵菜の将来がどうなっているのか興味が湧いてきたようだ。


「先に言っとくけどね、修行は厳しいよ?」


「大丈夫です! どれだけ厳しくても、絶対に魔法が使えるようになってみせます!」


 こうして、恵菜が魔術師になるための修行が始まったのだった――


ユーリエさんは親切。


次話は明日投稿予定です。


ルビを振りなおしました。(2016/01/24)

行間を調整しました。(2023/7/2)

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[良い点] 面白い! [気になる点] ふと思ったのですが 魔法の属性って多くても火力が上がるわけじゃないし 結局のところ1属性だろうと6属性だろうと戦闘力変わらなくない( ・`д・´)?
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