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異世界へ

 包み込んでいた光が消え、恵菜は目を開けてみると、そこは多くの植物が生い茂る森の中だった。


 街中に転送するとパニックになりかねないので、街中ではなくその外側へと転移させると神様は言っていたため、恵菜はてっきり街の近くに飛ばされるのだと思っていた。


しかし、周囲を見渡してみても、辺りは木々で囲まれており、恵菜の立っている場所から前後に道が延びているだけで、どちらへ行けば良いのか見当もつかない。


「異世界での新しい人生のスタートが、こんな森の中なんてね……」


 恵菜はそう言って、自らの運のなさを嘆く。


 神様に折角もらった異世界言語の能力も、話が通じる人がいなければ役に立たない。


「でも、こういうハプニングに挫けてるようじゃ、世界を旅するなんて言ってられないわね。ピクニック気分でポジティブにいこうかな」


 それでも、恵菜が落ち込むことはなかった。


 結局のところ、異世界のどこに飛ばされても見知らぬ土地なのだ。道に迷ったと考えれば、小さなことのように思えてくる。


 だがこの時、恵菜はすっかり忘れていた。


 この世界では、人の脅威となる存在がいることを。


 ――ガサッ


「? 誰かいるんですか?」


 突然、何かの音が鳴ったのを恵菜の耳が微かに捉える。


 もしかして人が近くにいるのかと思った恵菜は、音がした茂みの方向に声を掛ける。


 しかし、しばらくして現れたのは人ではなく、狼のような姿をした魔物であった。


 その魔物を見て、恵菜は反射的に後ろに下がる。


「っ! まさかこれが!?」


 魔物がいる世界である、と神様から説明されてはいたが、すぐに襲われるようなことにはならないだろうと、恵菜はどこかで勝手に決めつけていた。


 異世界に到着して、こんなに早く襲われることになるなどと思っていなかった恵菜は驚きを隠せない。


 さらに、恵菜は目の前にいる一匹以外に、複数の魔物が周囲にいる気配を僅かに感じた。


 元の世界にいた頃は、恵菜は誰かの気配を感じ取ることなどほとんどできなかったが、神様に強化してもらったのは、単純な身体能力だけではなかったらしい。


 そして、恵菜は周囲の魔物が自分を包囲するように動いていることに気付く。


(逃げなきゃマズイ気がするっ!)


 そう思った恵菜は、道から外れて逃げる。


 見通しの良い道を走るより、周囲の木々に紛れた方が逃げ切りやすいと考えたからである。


 しかし、その考えは間違いであった。


 現代人であった恵菜にとって、自然の地面というのは、歩きなれたアスファルトの上と比べて非常に走りづらく、思った程早く走れなかったのだ。


 少し考えれば当然のことであるが、軽いパニック状態だった恵菜は逃げることを優先するあまり、このような判断ミスをしてしまった。


 道に戻ろうにも、既に後ろからは魔物達が追いかけてきている。


 だが、恵菜にも幸運だったことがある。


 通常ならば、この様な場所で走ってもあまり早く走れず、すぐに魔物達に捕まっていただろう。

 それでも、恵菜は神様にもらった身体能力強化によって、逃げ切ることはできなくとも、追いつかれない程の速度で走ることができていた。


 しかし魔物達も知能が高いのか、恵菜に追いつくのではなく、逃がさないように誘導して追いかけることで、恵菜を追い込もうと考えたようだ。


 恵菜を道に戻らせないように連携し、一定の距離を保って様子を窺っていた。


 その結果、恵菜は出口ではなく、海に突き出た崖の上へと追い込まれることになった。


 逃げ道がなくなった恵菜は振り返ると、追い詰めた獲物を逃がさないように包囲する魔物達が目に入る。


「あの~……狼さん達、できれば見逃してほしいなぁ~って」


「バウッ!」


「……無理よね」


 異世界言語マスターであるなら、もしかして魔物とも話ができるのではないかと若干期待して、恵菜は試しに話しかけてみたが、帰ってきたのは殺気立った鳴き声であった。

 流石にこの魔物達相手では話せないらしい。


 徐々に魔物達が距離を詰める。


(ごめんなさい神様、異世界での人生を楽しむ前に、人生が終わっちゃいそうです……)


 死ぬはずだった恵菜を、異世界へと連れて行ってくれ、新たな生きる楽しみを与えてくれたのに、一時間も経たずに死んでしまうかもしれない。


 そう思うと、この異世界へと送ってくれた神様に申し訳なく思えてきた。


 そして、ついに恵菜は崖際まで追い詰められる。


 この魔物達のご飯になるくらいなら、と考えた恵菜は、崖から飛び降りることを決意する。


「こんなことなら、神様にどこかの街へ送ってもらえるように頼んでおくべきだったのかなぁ……」


 そう呟いた恵菜は次の瞬間、崖の上から海に向かって飛びこんだ。


 海に飛び込んだ際の体勢が悪かったのか、凄まじい衝撃が恵菜の体に襲い掛かる。


 激痛に恵菜は顔をしかめるが、何とか意識を保って溺れてしまうのを防ぐことに成功する。


 思った以上に、この体は頑丈になったようである。


 しかし、流石に二十メートル以上はあろうかという崖から飛び降りて無傷というわけにはいかないようだった。


 体のあちこちが痛み、泳ぐどころか沈まないようにするので精いっぱいだ。


(このまま浮かんでいれば……どこかに流れ着かないかな……)


 恵菜はそう考えながら海面に浮かんでいたが、そんな恵菜の目の端に、何やら奇妙なものが映った。


 その方向に目を向けると、ピンク色のヒレのようなものがこちらに向かってきていた。


 今度は海の魔物か、と恵菜は思う。


 陸の上で生活する恵菜にとって、海というアウェイな状況下で逃げ切るのは至難の業だ。

 ましてや、今の恵菜は満足に泳げる状態でもない。


(一難去ってまた一難……ってやつかしらね……ホント、呪われてるんじゃないかしら……)


 もう逃げる力もない恵菜は、そんなことを考えていた。


 異世界に来てから不運な出来事にしか出くわしていないのだから無理もない。


 しかし、人生では不運だと思っていたことが逆転することもある。


 てっきり鮫のような魔物かと思い込んでいた恵菜の目の前に来たもの――それは全身がピンク色のイルカみたいな生物だった。


 そのイルカは恵菜の周りをゆっくり泳ぎ続ける。


「? 私を……襲わないの?」


 不思議に思った恵菜は、思わずそう口にする。


 すると驚いたことに、イルカは頷くような仕草を返してきた。


 これには恵菜も驚愕である。


(イルカは賢いって聞いたことはあるけど、こっちの世界は言葉が通じるのね……)


 とりあえず、言葉が通じるのなら助かるかもしれないと思い、恵菜はさらにイルカに話しかける。


「ごめんね、身勝手なことを言うようだけど……どこか陸の上まで連れて行ってくれないかな……私、今、泳げないんだ……」


 駄目元でそう頼んでみる。


 すると、イルカは再び頷いた仕草の後、背びれで押すようにしながら、ゆっくりと恵菜を運び始めた。


 この世界に来て初めての希望に、思わず恵菜は涙が溢れてきた。


「親切だね……あり、がとう……」


 何とか感謝の言葉を伝えられたが、ついに体力の限界が来たのか、とうとう恵菜はそこで意識を手放した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(何だろう……周りがふかふかしてて、暖かい……)


 恵菜はそんなことを考えながら、自分が海にいたこと、そして重傷だったことを思い出す。


(そうだ……私、崖から海へ……じゃあここは天国……)


 神様に見送られて間もなく、再び神様に会う事になるなんてひどい冗談だと、恵菜は思った。


 これではどんな顔をして会えばいいのか分からない。そこまで考えて、恵菜はふと気が付く。


(そういえば、何で感覚があるんだろう?)


 もし死んだのであれば、感覚なんて存在しないはずである。


 だが、恵菜は自分が何かに覆われているような感覚があり、暖かさも感じている。


 不思議に思った恵菜は、少しずつ目を開く。


 恵菜の目に映ったのは、木の天井だった。

 天国にこんな場所があるのかと思いながら、恵菜は寝ていた場所から上半身だけ起こしてみる。


 どうやら、恵菜はベッドの上に寝ていたようだった。


 海に飛び込んだ時に大怪我をしていたはずだが、今はどこも痛くない。


 不思議に思いながらも周囲を軽く見渡すと、恵菜は自分がどこかの部屋の中にいることを理解する。


 だが、神様に呼び出されるまでいたような病室とは違って、壁や床も一面木造で、丸い窓から光が差し込んでいる。


「天国じゃ……ない?」


 天国に行ったことがあるわけではないが、どうやら天国ではなさそうで、恵菜はまだ自分が死んでいないことにホッとする。


 だが、海で漂っていたはずなのに、どうしてこんな場所にいるのか、恵菜は全く想像がつかなかった。


 ピンクのイルカに助けてくれるように頼みはしたが、まさかあのイルカがここまで運んできたとは思えない。


 それとも異世界のイルカは陸の上でも歩けるのかと、恵菜が勝手に混乱し始め出した時、正面にある扉が開いた。


「おや、気が付いたかい?」


 扉から入ってきたのは一人のお婆さんであった。


 小さな杖を手に持ち、紺色のローブを着たその姿を見て、恵菜はおとぎ話に出てくる悪い魔法使いを連想してしまい不安になる。


 その不安が表情に出ていたのか、お婆さんは宥めるように話しかける。


「そんなに警戒せんでも、とって食いやしないよ。まぁ、怪我をしていたってことは何かあったんだろうさ。警戒するのも無理はないかねぇ」


 その言葉を聞いた恵菜は、この人が助けてくれたのかと思い警戒するのをやめて感謝の言葉を伝えることにした。


「あの、助けてくださって、ありがとうございました」


「なぁに、あたしはお前さんが砂浜で倒れているところを保護して、怪我を治療しただけさ」


 お婆さんはそう言いながら軽く笑うが、そこまでしてもらって感謝しない方がおかしいというものだ。


「すみません、そこまでしてもらうなんて……」


「あたしよりも、礼ならあの子にしてやるんだね」


「あの子?」


「お前さんを砂浜まで運んできたイルカさ。驚いたよ、散歩をしていたらイルカの鳴き声が聞こえたもんだから、何事かと向かってみれば人が倒れているじゃないか」


 どうやらこちらの世界でもイルカはイルカのようだが、あのイルカは恵菜を砂浜まで運んできてくれただけでなく、人を呼ぶことまでしてくれたらしい。


 あの時近くにいなければ確実に死んでいたであろう恵菜にとって、イルカも命の恩人(?)である。


 それはさておき、恵菜はずっと気になっていたことを尋ねる。


「あの、ここはどこなんでしょうか?」


「ここはフリフォニア王国のトランナから少し離れたところだよ」


 そう言われても恵菜は一切分からない。


 異世界なのだから当然だが、聞いたことのないところだった。


「ところでお前さん、名は何と言う?」


 人に名前を尋ねる時は、まず自分から名を名乗るべきだと、誰かから教わった気がするが、命の恩人に対してその様なことは言っていられない。


「霜月恵菜です、恵菜で構いません」


「あたしはユーリエ、一人でここに住んで暮らしている。エナ、お前さん苗字持ちのようだが、どこかの貴族の娘なのかい?」


「いえ、そんな偉い身分ではありません」


 恵菜は自然とフルネームで名乗ったが、どうやらこの世界では苗字持ちは貴族、という認識があるようだ。


 これから名乗る時には注意すべきか少し悩む恵菜だったが、特に問題はだろうと思い、気にしないことにした。


「そうかい、お偉いさんの子供だったら面倒なことになりそうだと思ったけど、大丈夫なようだね。ところでエナ、どうしてあんな場所でボロボロになって倒れてたんだい?」


 そう言われて、恵菜はどう説明すればいいのか判断に迷う。


 ここで別の世界から来たなどと話そうものなら、頭のおかしな痛い子になってしまう。

 そう考えた恵菜は、異世界人であることを隠して、今までの経緯をざっと説明する。


「フォレストウルフから走って逃げたのに追いつかれず、高い崖の上から飛び降りたのに重傷止まり……エナ、よくそんな事して生きていられるねぇ」


 頭のおかしな子と思われるのは回避できたようだが、変な子認定される事からは逃れられなかったようだ。


 しかし、それも当然のことである。


 崖から飛び降りて生きているのも十分おかしいが、森で恵菜を襲った狼の魔物、フォレストウルフは足が速く、一般人なら徒歩では簡単に追いつかれてしまう。


 そのフォレストウルフから逃げ切ることはできずとも、追いつかれなかったというだけでも驚愕である。


「本当に魔法は使えないのかい?」


「使えないというか、使ったことがないというか……」


 魔法を使えばそんなこともないのだが、恵菜は魔法を使わずにそれらを成し遂げている。その事をユーリエは信じられないようだ。


 恵菜は本当に魔法を使っていないので、そう説明するしかない。


「ふむ、丈夫な体だねぇ……」


 ユーリエも恵菜が嘘を言っているように見えなかったのか、とりあえず信じる事にしたようで、恵菜もそれに安堵する。


「……エナ、お前さん森で襲われる前は一体どこにいたんだい?」


 しかし、恐れていた質問がユーリエから投げられ、恵菜は思わず固まってしまう。


「この辺に人が住んでいる場所はないし、人の往来が多い道もない。それに、エナの着ているような服だが、そんな仕立ての良い服はどこでも見たことがない」


 どうやら今いる場所は人里離れた所のようだ。


 恵菜は何故ユーリエもそんな場所にいるのか少し気になったが、そんなことよりも、自分の状況がマズイことになりそうなことが問題だった。


 聞かれてもおかしくないことではあるが、恵菜にとっては非常に答えづらい質問である。


 それに、ユーリエは服装にも疑問を抱いているようだった。


 恵菜は、この世界の服装がどの水準なのか分からないが、少なくとも恵菜が着ている制服は、ユーリエの知るどの服よりも質が良いらしい。


 恵菜は記憶喪失と見せかけて乗り切ろうかと考えたが、ユーリエがこちらを見透かすよう真剣な目をしており、簡単に見抜かれてしまいそうな錯覚を覚える。


 少し悩んでいた恵菜だが、親切にしてくれた命の恩人であるユーリエに対して、騙す様なことはしたくないと考え、真実を話すことにした。


「……実は、私はこの世界の人間ではなく、別の世界から来まして、気が付いたら森の中でした」


 少し躊躇した後に、恵菜はユーリエに向かってそう告げる。そしてユーリエは――


「エナ、崖から飛び降りた時にどこかぶつけたんじゃないだろうね?」


 残念な人を見るような目をしながら恵菜を心配していた。


 どうやら、頭のおかしな子認定されるのも運命だったようだ。


 恵菜は物凄い勢いでベッドに倒れ込み、布団を頭まで被る。


「……大丈夫かい?」


「うぅ……こうなることは分かってたのに……私の馬鹿ぁ……」


 想像以上のダメージを負った恵菜は、しばらくの間、布団に隠れながらすすり泣く様にぶつぶつと呟いていた。


大丈夫、傷は浅いよ。(たぶん)


次話は明後日(早ければ明日)の予定です。


恵菜の名前が絵菜になっていたのを修正しました。(2015/11/28)

~表現を少し修正いたしました。~

行間を調整しました。(2023/7/2)

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