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馬車の中で

 トランナの北側に広がる平原は、比較的人の往来が多い。


 行商目的でトランナへと向かう者、騎士になることを夢見て王都へ向かう者。目的は様々だが、この平原を人が行き来しない日はほとんどない。

 そのため、数年程前に大規模な工事を行い、石で舗装された道が作られ、王都とトランナを結ぶ乗合馬車が走るようになった。


 そんな平原を、今日も一台の乗合馬車が南下していく。


「トランナまでは後どれくらいだろうか?」


 馬車の中にいた男性が御者台で手綱を握る御者に尋ねる。


 少し高めの身長に、細身だがしっかりと筋肉がついた体格、そして整った顔立ちを持つ男は、妬みを除けば誰もがイケメンだと評するだろう。


「そうだなぁ……このままの速度で行けば夜になる前には着くと思うぞ」


「分かった、ありがとう」


 御者の発言から察するに、トランナまではあと少しといったところか。馬がこのままの速度を保ってくれるよう祈りながら、尋ねた人物は御者に礼を言って馬車の奥へと引っ込み、馬車の後ろの方へと移動する。


 馬車の後ろ側には、何やら雑談をしている三人の姿があった。そこに向かっているということは、この四人は仲間ということになるのだろう。


「皆、このまま行けば今日の夕方頃にはトランナに着くらしい」


 仲間のいる所まできたところで、御者から聞いた内容を全員に伝える。


「やっとか、今日は宿でゆっくりしたいところだぜ」


「あたしも~、馬車の揺れでお尻が痛いわ」


「早く動きたいところは山々ですけれど、到着の時間から考えて、本格的に動くのは明日になりそうですね」


 雑談をしていた三人から次々に上がる疲れの混じった声。長い間馬車に揺られていたためか、全員に若干の疲労が溜まっているようだ。


「そうだな、疲れていたら集中力も鈍る。だけど、できる限り情報は早めに集めておきたい。今日中に一度ギルドへ行ってみるのはどうだろう?」


「いいと思うぜ」


「異議なーし」


「賛成です」


 一人の意見に他が賛成し、街へ着いてからの予定が決まる。


「決まりだな。と言っても、皆でギルドに押し掛ける必要もないから、トランナに着いたら二手に分かれよう。ガンザとクレリアは宿の確保、俺とリアナはギルドへ行って情報収集だ」


「俺が全員分の荷物持ちか、まかしとけ!」


 二手に分かれるという提案に、かなりの長身である男が一つも嫌な顔をせずに立ち上がる。ゴツイ顔つきに血気盛んな表情、提案をした男よりも筋骨隆々なその体格を持つ男は、まるで熊の様な雰囲気を纏っている。


「では、私はガンザさんの監視役ってことですか。いいですね、ガンザさん?」


 そんな恵まれた体格を持つ男性、ガンザの表情が、一人の穏やかそうな女性の声を聞いて若干引き攣る。


 女性にしては高めの身長に、女性らしさが如実に現れている体型、そしてすれ違う異性が見惚れてしまうような顔。そんな美女という単語がよく似合う女性ではあるが、ガンザと比べれば身長も低く、力技など似合わないその体格からは、ガンザが怯える表情をする理由は見て取れない。

 だが、見た目からは予想できないような恐怖が身に染みているのか、ガンザは慌てた様子だ。


「ま、待てクレリア! まだ問題は起こしてないぞ!?」


「いえ、私は別にそういうつもりで言ったわけではありませんよ? ところで、「まだ」ということは、これから何かを起こすつもりですか?」


「いや、そんな気は全然持ってねぇ!」


「それなら安心ですね」


 必死に弁解するガンザに対して、クレリアという女性は微笑みを返す。


「じゃあ、あたしはケインスの見張り役ってことよね?」


 そんな二人のやり取りを見ていたもう一人の女性が、得意げに胸を張る。


 四人の中で一番背が低く、発育も決して良いとは言えない。だが、可愛らしさのある顔と強気な表情が相まって、見る人によっては惹きつけられてしまうであろう小悪魔的な魅力が醸し出されている。

 話の内容からすると、この女性がリアナ、御者と話をしていた男性がケインスということになる。


「いや、逆だろ」


「何でよ!」


 だが、クレリアと話をしていたガンザがその発言にツッコみ、それに対してリアナが突っかかる。


「この前ギルドでまた魔法ぶっ放してただろ? そんな奴が見張りなんか無理無理」


「うぐっ……」


「第一、ケインスは俺やお前のように問題起こすようなことはしないだろ」


 やれやれといった仕草でリアナを言い包めるガンザと、歯軋りしながら拳を握りしめているリアナ。ガンザの言葉に思うところがあるのか、リアナは何も言い返すことができない。


「……ガンザ、自覚はあるんだな」


 そう言ってケインスが呆れたようにガンザの方を見る。


「まぁな」


「それならもう少し自制心を持ってくれよ……」


「いや、偶につい熱くなってしまうことがあってだな」


「……これだから頭の中まで筋肉の奴は」


「んなっ!」


 リアナが先程の仕返しにといわんばかりにガンザの悪口を言い、今度はガンザがリアナに突っかかっていく。


「お前、俺に言い返せなくなったからってそんな言い方はねぇだろ!」


「ふ、ふん! 別に言い返せなくなったわけじゃないわよ! それに、頭の中が筋肉なのは事実でしょ!」


「違ぇよ! そんな頭なら今頃何も考えずにどっかほっつき歩いてるっつうの!」


「何も考えていないから問題起こすんでしょ!」


「それだとお前だって何も考えてないことになるじゃねぇか!」


「お、おい、二人とも喧嘩は――」


「「ケインスは関係ない!」」


「…………」


 二人がギャーギャーと騒ぎ始め、馬車の他の乗客が何事かと二人に視線を向ける。ケインスが止めようとしても、二人は聞く耳持たずだ。


「……いいぜ、どっちが正しいか、戦って決めようじゃねぇか」


「……いいわよ、あたしが正しいってことを証明してあげるわ」


 話の流れから何故そうなったのかは不明だが、戦って勝った方が正しいということになったらしい。二人は揃って、走り続けている馬車の後ろから出て行こうとする。


「あらら? 二人とも、他の人の事を考えずに何をしようとしているのですか?」


 ガンザとリアナが馬車から飛び降りようとした瞬間、後ろの方から声をかけられて凍りつく。


 二人がぎこちなく振り返ると、クレリアがにっこりとしながら二人のことを見ていた。


「ケインスさんが言っていましたよね? 問題は起こさないようにと」


「ク、クレリア、違うんだ、これは問題とかじゃなくてだな……」


「そ、そうよ、あたし達はただ、その、話し合いで解決しようと……」


「戦いの事を話し合いとは言いませんよ?」


 二人が見苦しく言い訳をしても、クレリアの様子は変わらない。


「いきなり馬車を飛び降りてしまったら、御者の方が困るのではないですか? それに、あなたたち二人が戦った後、誰が怪我を治すと思っているのですか?」


「「…………」」


「これ以上問題を起こすようなら――」


「「すみませんでした!」」


 クレリアが何かを言い切る前に、二人は俊敏な動作で膝を折り、手を着いて頭を下げる。その姿はもはや土下座そのものだった。


「分かってもらえたようですよ? ケインスさん」


「そ、そうだな」


 未だに頭を伏せ続ける二人を尻目に、クレリアがケインスに向き直る。先程まで自分の言う事を聞かなかった二人を見て、ケインスは乾いた笑いが零れる。


「街に着く前からこれじゃあな……」


 トランナに到着してからの事を考えると、気が滅入りそうになるケインスだった。


またしても何やら問題が起きそうな予感。


遅れましたが、あけましておめでとうございます。

今年も頑張って更新していこうと思いますので、よろしくお願いいたします。


次話は明後日更新予定です。

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