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問題解決の報酬

「失礼いたします。ギルド長、エナさんをお連れいたしました」


「失礼しまーす……」


 学校の校長室へ呼び出されるのと似た感じに少し緊張しながら、恵菜はヒルデの後に続いてゆっくりと部屋に入る。


「おぉ、無事だったのか」


 恵菜は部屋の奥にある机に座る男性、ギルド長と目が合う。


「まずは自己紹介をしておこうか。ここのギルド支部でギルド長をしているグランだ」


「は、初めまして、霜月恵菜といいます。恵菜と呼んでもらって構いません」


 相手がお偉いさんというだけあって、恵菜は緊張しながらも頭を下げてお辞儀をする。


「ならば儂のこともグランでいい。しかし、礼儀正しい子だな……下の血気盛んな連中にも見習ってほしいものだ」


「あはは……」


 グランはやれやれと首を振る。先程の光景を見たばかりの恵菜は苦笑いだ。


「立ち話をするのもあれだ、そこに座ってくれるか?」


 言われた通り、恵菜はソファに座り、グランも恵菜の向かい側に座る。


「ヒルデも、そんな場所に立っていないで座れ」


「では、失礼いたします」


 ヒルデは二人が座った後も立ちっぱなしだったが、グランに促されてその隣へと座る。


「……エナよ。ギルド側がフェンリルの存在を知らないまま、お前さんを危険な場所へと送り出してしまって申し訳なかった。危うく、優秀な冒険者を我々は失ってしまうところだった」


 グランは両膝に手のひらを付けて、頭を下げて謝罪する。


「ゆ、優秀だなんてそんな……それに、何も謝ってもらわなくても」


「だが、ギルド側がもっと素早く情報を掴むことができていれば、もっと早く依頼の受注を止めることができた。対応が後手に回ったのは、ギルド側の落ち度なのだ」


「ですけど、ギルドはフェンリルの事を知ってすぐに、依頼に制限をかけたんじゃないんですか?」


「もちろんだ。東に向かう必要のある依頼には制限をかけ、既にその依頼を受けていた冒険者は街を出る前に引き留めた。もっとも、エナは既に街を出た後だったがな」


「だったら、ギルド側は何も間違ったことはしてません。謝る必要はないと思いますよ」


「……そう言ってもらえると助かる」


 グランが今まで下げていた頭を上げ、改めて恵菜に向き直る。


「一先ず、無事に帰ってこられて何よりだ。フェンリルには出くわさなかったのか?」


「いえ、林の中で遭遇しましたし、戦いもしました」


「ん? 見た所、怪我はしていないようだが、フェンリルに襲われて無傷だったのか?」


「戦っている時の怪我は魔法で治しただけですよ。無傷で勝てる程甘くはなかったです」


「そうだったか……む、勝っただと?」


「何とか、ですけど」


「フェンリル相手にか!?」


「は、はい」


 身を乗り出して詰め寄るグランの迫力に若干引きながらも、嘘をつく必要がないので恵菜は正直に答える。


「ギルド長、エナさんが怖がっていますよ」


「す、すまん」


 ヒルデに諌められ、グランはバツが悪そうに座りなおす。


「しかし、疑って悪いが、本当にフェンリル相手に勝ったのか? 金ランクの冒険者でも、一人では手を焼く相手だぞ」


「向こうも油断しているようだったので、その隙に大きめの魔法を当てて倒しました」


 簡単そうに言う恵菜だが、フェンリルは魔法が効きづらいことで有名だ。


 それを魔法で倒してのける恵菜の底知れない実力に、グランは乾いた笑いが零れる。


「そ、そうか。なら、フェンリルの素材があれば見せてもらえないか? 討伐の証明になる」


「素材……これではダメですか?」


 恵菜はフェンリルから貰った爪を取り出し、テーブルの上に置く。


「フェンリルの爪……間違いなく本物だな」


 テーブルの上に置かれた爪の鋭さと輝きから、グランはすぐに本物だと判断する。


「良かった、これでフェンリルが死んだと確認でき――」


「フェンリルは死んでませんよ?」


「……何ぃ!?」


 フェンリルが死んだと思い込んでいたグランはソファに深く腰掛けていたが、恵菜から衝撃の事実を告げられ勢いよく立ち上がる。


「生きているだと!? トドメは刺さなかったのか!?」


「えっと、殺す必要がないと思ったので……」


 恵菜の言葉を聞いて、グランは頭を抱えながら天を仰ぐ。恵菜がフェンリルを倒していたのなら、これで東方面にかけられている制限を解除する目処が立つと思っていたのだ。


 特に、制限区域となっている東に生息する蹴りウサギは食料としての需要が高く、制限が長引くと街に悪影響を及ぼしかねない。


 だが、フェンリルがまだ生きていると聞き、グランはこれからもしばらく厳戒態勢が続くのかと思うと頭がクラクラしてくる。


「……ということは、まだあの林は立入り自粛にするしかないのか」


「あ、でもあのフェンリルはもういませんよ」


「何だと?」


 上を仰いでいた顔を元に戻し、グランは恵菜の言ったことを確認する。


「ど、どういうことだ?」


「元々住んでいた所に帰りました。人と争うことがない場所を探していたようですけど、中々良い所が見つからなかったみたいです」


「……まるで、フェンリルと話したみたいな言い方だな」


「し、仕草がそんな感じだったので」


 神聖語を話せる人があまりいないようなことをフェンリルが言っていたのを思い出し、変に目立ってしまうのを避けるために恵菜は誤魔化そうとする。


「……まぁいい、フェンリルがいなくなるのは、ギルドとして願ったり叶ったりだ」


 少々無理がある誤魔化し方だったが、グランは細かいことは気にしない性格のようだ。


 ギルドを管理する人がそんないい加減でいいのかと思いながらも、恵菜はホッと胸を撫で下ろす。


「だが、それだとまだ東側の安全が保障されたわけじゃない。発見されたフェンリルは一頭だけだと報告されているが、それ以外の個体がいる可能性も否定できんからな。依頼の制限解除は、冒険者に林の安全を確認してもらってからになるだろう」


「では、王都のギルドへ出す予定だったフェンリル討伐依頼は取り止めということにしておきます」


「そうしておいてくれ」


 ヒルデが席を立ち、部屋から出て行く。依頼を取り止めるための手続きをしに行ったのだろう。


「さて、それじゃあエナの報酬を考えてやらねばな」


「報酬?」


「フェンリルの脅威を取り払ってくれた礼だ」


「でも、私は討伐依頼を受けてないですよ?」


「依頼を受けていないにしても、報酬を貰える程の働きをしたのだ。報酬を受け取る権利はある」


 本来であれば、トランナのギルドから王都のギルドへ討伐依頼を出し、その依頼を受けた冒険者がフェンリルを討伐するまでの間、このギルドの依頼は制限され、街の損害は無視できないものになるはずだった。


 恵菜がフェンリルを追い払ったことは、充分評価されるに値する行動である。


「では、一つ目の報酬として金貨三枚を渡そう」


「そんなに!?」


 グランの言った金額のデカさに、思わず驚きの声が恵菜の口から飛び出る


「むしろフェンリル討伐依頼の報酬と比べるとかなり少ない方だ。正式な依頼を受けていないから、あまり多くは出せんのだ。ギルドの決まりでそうなっている以上、了承してほしい」


「いやいや、貰えるだけでも十分です。元々受けていた依頼は、蹴りウサギのお肉を納品する依頼でしたから」


 蹴りウサギの依頼は未だに報告していないが、その報酬額は銀貨一枚に届かないぐらいだろう。


 この依頼で金貨三枚を稼ごうと思えば、何百回と達成しなければならない。そう考えれば、今グランから提案されたものだけでも破格の報酬だ。


 しかし、報酬はそれだけではなかった。


「そうか。ではもう一つの報酬だが、エナの冒険者ランクを金まで上げようと思う」


「……え?」


 報酬と聞き、お金が貰えるところまでは予測できた恵菜だったが、流石にランクが上がる、それも銅から金への飛び級昇格は予想外だったようだ。


「通常ならば、冒険者ランクの昇格は一つずつだが、フェンリルを一人で倒せる程の実力を持っているのなら話は別だ。銀ランクどころか、金ランクにふさわ――」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 一人話を進めようとするグランを遮るように、恵菜が慌てて止めに入る。


「どうした?」


「お金の報酬は有難いですけど、ランクの昇格は無しにしてほしいです!」


 恵菜の信じられないような発言に、グランの顔は仰天した表情になる。


「な、何故だ? ランクが上がれば、それだけ受けられる依頼の幅が広がる。報酬だって、下のランクと比べれば大きく差があるのだぞ。ランクの昇格を断る意味がどこにある?」


「グランさんの言う通り、ランクが上がることは良い事だと思います」


「なら――」


「ですけど、いきなり私のランクがそんなに上がったら、周りから見れば不自然じゃないですか?」


 冒険者のランクというのは、その冒険者が持つ冒険者カードを見ればすぐに確認できる。


 その人物の実力を分かりやすくするためのギルド側の配慮だが、誰がどのランクであるかもすぐに分かってしまう。


 恵菜の現在のランクは銅二であり、冒険者になってから日も浅い。それに、原因が恵菜ではないにせよ、登録をした日にあれだけ騒ぎを起こしたのだ。恵菜の事を知っている冒険者も少なからずいる。


 そんな恵菜のランクが金ランクになったと広まれば、騒ぎになることは間違いない。


「フェンリルを倒した事を公表すればいい。そうすれば他の冒険者も納得するだろう」


「私が持っているのは爪だけです。倒した証拠にしては少なすぎると思いませんか?」


 恵菜の実力が金ランクに相応しいものであることを周りに周知させることができれば、騒ぎも大きくならないだろう。


 だが、恵菜がフェンリルを倒したという物的証拠は爪一つのみだ。


 もしフェンリルを倒したのであれば、爪だけ持って帰ってくるのは不自然である。

 フェンリルの素材はどの部位も価値があるもので、爪以外をその場に放置してくる冒険者などまずいない。


 そのため、恵菜の持つ素材が爪一つだけでは、落ちていたものを拾ってきただけだろうと考えられてもおかしくない。

 それだけでフェンリルを倒した事を信じろというのは、いくらなんでも無理があるのだ。


「だがな、それだとエナが貰えるのは金貨だけになるぞ? それでいいのか?」


「……実力が認められるのは、とても嬉しいことだと思います。でも、私は目立つのは好きじゃありません」


「……冒険者は目立ちたがりが多いのだが、エナは違うのだな」


「騒ぎに巻き込まれたくないですから」


「……そうか」


 恵菜が冒険者となった日の騒ぎの事は、当然グランも知っている。恵菜の考えも理解できるグランは、それ以上強く言うことはなかった。


「ならば、ランクの昇格は無しとしよう。これからもコツコツと実績を積んでいけば、実力相応のランクになるだろうからな。その代わりに、報奨金の上乗せでもしておこうか?」


「ランクの昇格はこちらから断ったんです。お金は最初の分だけで十分ですよ」


「くくく……はっはっは! 本当に欲が少ない冒険者だな」


 恵菜の言葉を聞いたグランは堪えきれずに笑いだし、懐から重量感のある皮袋を取り出す。


 その中から、グランは最初に指定した金貨三枚のみを恵菜へと渡した。


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらの方だ。フェンリルを追い払ってくれたのだからな」


 そう言ってグランはまたしても頭を下げる。


「そんなに何度もギルド長が一人の冒険者に頭を下げなくても……」


「冒険者が仕事をしてくれるからこそ、ギルドの運営が成り立っているのだ。ギルド長だからといって、ふんぞり返っているわけにはいかん」


「分かっていらっしゃるのなら、日頃からそれらしく仕事を行ってはいかがですか、ギルド長?」


 恵菜が後ろを振り向くと、いつの間に戻ってきたのか、ヒルデが笑顔で立っていた。


 だが、笑顔といっても目は笑っていない。


「いや、ヒルデ、儂がいつも仕事に追われているのを知っているだろう?」


「そうですね。私がギルド長の部屋に入る時は、何かしらの書類を持っていますね」


「だろう?」


「しかし、見ている書類が時々逆さまなのは何故なのでしょうか?」


「…………」


「それに、今回の王都への依頼手続きですが、ギルド長は何かお仕事をなさっていましたか? 依頼書の確認以外で、ですけれども」


「…………」


 笑顔で淡々と追及するヒルデを見て、グランは無言のまま冷や汗を流す。


「ところで、エナさん、ギルド長とのお話は終わりましたか?」


「は、はい!」


 唐突にヒルデが話を振ってきたことで、恵菜の体にも緊張が走る。


「それでしたら、蹴りウサギの依頼を報告しに行ってはどうでしょう? 私は少しギルド長とお話ししたいことがありますので、そちらに行くことはできませんけれども」


「そ、そうします、失礼しました!」


 恵菜は正面に座るグランと、後ろに立っていたヒルデの両方にお辞儀をして、脱兎のごとく部屋を出る。


 その扉を閉める寸前、恵菜はグランと目が合う。グランが助けを求めるような目をしていた気がしたが、恵菜は気のせいだと信じて一階のカウンターへと向かい、依頼の報告を終えてギルドを後にする。


 ギルドの外に出ると、既に辺りは暗くなって夜の帳が下りていた。


「うわー、もう夜かぁ」


 随分長い事ギルドにいたものだと思いながらも、恵菜は宿へと向かう。


(お風呂に入って、ご飯食べて、それから――)


 昨日と今日だけで、普段の何倍もの疲れが体に溜まっているはずなのだが、宿に戻った後の予定を考えて通りを歩く恵菜の足取りは、心なしか軽やかなものだった。


グランさん、あなたのことは忘れません。

(※死んでません)


これで第一章完結です。

次からは第二章が始まりますが、次話投稿までしばらくお時間をいただきます。

開始時期に関してですが、活動報告に詳細(?)を載せておきましたので、そちらをご確認ください。


~2015/12/24追記~

第二章の開始時期は年明けにしようと思います。

次話は2016年1月5日の予定です。


行間を調整しました。(2023/7/2)

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