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無理をしたツケ

「ぐぅっ……!」


 襲い来る痛みに恵菜の口から(うめ)き声が漏れる。


 完全に一撃をまともに受ける状況だったが、間一髪、恵菜は反射的に身を(かば)おうと左腕を体の前へ持ってきていた。


 防御魔法を発動する時間は無かったため、剣は恵菜の左腕を容易に切り裂いた。ただ、幸いにも致命傷には至っていない。


「はあっ!」


 反撃のため、恵菜は魔法で右手に岩を(まと)い、それを相手の胸目掛けて叩き込む。


 その相手は攻撃直後だったこともあり、避けることも防ぐこともできず、もろに恵菜の攻撃を受けた。


「ぐおあっ!?」


 恵菜に殴られた敵は衝撃に抗いきれず、後ろへと勢いよく吹っ飛ばされる。


 さらに、その後ろにいた他の敵達も吹っ飛んできた者に巻き込まれ、後ろへ将棋倒しとなった。流石に自分達目掛けて人が飛んでくるとは思っていなかったようだ。


 運良く相手の動きを鈍らせたことで、体勢を整える時間を得た恵菜は自分の怪我を確認する。


 左腕は肩から肘にかけて大きな切り傷ができており、左腕で(かば)いきれなかった腹部からも出血している。特に左腕は痛みが酷く、まともに動かせる状態ではなかった。


 それでも治癒は可能な程度ではある。恵菜はすぐに自らの体に治癒魔法と、念のための解毒魔法も施した。


 しかし、これで一安心とはいかない。怪我が治ったとはいえ、敵はまだ健在なのだから。


(もうそろそろ水華も着いているはずだから、ここから離脱したいんだけど……)


 そう躊躇する恵菜の脳裏に浮かぶのは、敵の中にいる魔術師の存在。


 いつでも空を飛んで逃げられると思っていた彼女にとって、同じくグラビティを使える魔術師は脅威だ。飛び立った後に重力を操作されれば墜落しかねない。


(それなら、相手を全員倒すしか……)


 見た目での判別ができないのなら、手当たり次第に相手を戦闘不能にしてしまえばいい。


 物騒ながら一番単純な解決策を選んだ恵菜は、敵の群れに突っ込むべく、身体能力を魔力で強化しようとする。


 そして、その瞬間にまたしても違和感に気付いた。


 ――強化した身体能力が、普段の強化状態よりも弱い。


 いつも通りに強化しようとしているのに、その効果が明らかに劣っていた。


(な、何で!?)


 予期せぬ状況に恵菜は焦りを隠せなかった。が、ふと原因になり得る要因が一つ思い浮かぶ。


 それは、魔力不足である。


(嘘っ、本当に魔力があまり残ってない……!)


 自分の体にある魔力に意識を向けた恵菜は、その残量に戦慄する。


 今、彼女に残っている魔力量は、中級魔法を一、二回使えるかどうかといった程度しか残っていなかったのである。


 ただ、恵菜の魔力総量は膨大なはずで、武闘会でも魔力切れを起こすことは無かった。


 それがどうして枯渇寸前まで消費されているのかと言われれば、単純に今日だけでかなりの魔力を消費したからに他ならない。


 雪崩を食い止めようとしたり、移動の際に飛んだりといった時に発動した上級魔法も去ることながら、ガンザを助ける際には最上級魔法も使った。


 それだけならまだ魔力は残っていたかもしれないが、仲間をフリフォニアに送還する際に魔法陣に注いだ魔力消費が大きかった。


 あの魔法陣は移動距離に応じて必要魔力が多くなるのだが、発動のために恵菜が注いだ魔力量は最上級魔法に迫るものだった。


 実質、最上級魔法を二回使ったことになり、それに加えて何度も上級魔法や中級魔法を使ったのだ。むしろ未だ完全に魔力が枯渇していない方が驚きである。


 とはいえ、残存魔力量が少ないことに変わりはない。飛んで逃げることはもちろん、戦うことすら難しい。


 一番助かる可能性の高い選択肢は、できる限りの身体能力強化で逃走することだ。それも確実ではないが、他に比べればまだ可能性はある。


(じゃあ、私、どうすれば……あれ?)


 だが、恵菜は考えがまとまらない。


 何かを考えようとしても、眠気がある時のように頭がぼーっとするのだ。


(おかしい、解毒はしたはずなのに……)


 真っ先に毒を疑うが、解毒魔法は使った後だ。


 そう、この不調は毒のせいではない。


 原因は――恵菜が今までに負った怪我である。


 ここ数日の間に、恵菜は怪我を負い過ぎた。特に武闘会の決勝では、常人であれば耐え切れない重傷を負っている。


 それだけの怪我を負ったのであれば、相当な量の血が体から失われたことだろう。自分の血を使った作戦のために、しばらく怪我を治さなかったのも悪化させた要因だ。


 そして、その失った血を回復するには時間が足りなかった。未だに恵菜の体は、健康な状態からは程遠い。


 早い話が、息切れが早かったのも注意力が散漫だったのも、貧血によるものだったのである。


 また、さっき何度か攻撃を受けたことで恵菜はさらに血を失ってしまっている。症状は悪化する一方だ。


 だが、恵菜は自分が危ない状態であることに気付けない。


 自らの体にある血の量など、把握のしようが無いのだから。


「かかれっ!」


 何も行動を起こせなかった恵菜は、敵が体勢を整えて向かってきているのに気付けなかった。


「かはっ!?」


 横薙ぎに振るわれた槍の()が恵菜の横腹を打ちつける。


 攻撃の勢いで、恵菜は地面に肩から倒れ込んでしまった。


「くっ……」


 襲い来る激痛から骨が折れているかもしれないと判断し、恵菜はすぐに治癒魔法で回復する。


 残り少ない貴重な魔力をまた消費することになってしまったが、怪我を負ったまま逃げるわけにもいかない。


 だが、立ち上がろうとした恵菜は、目の前に突き付けられたいくつもの武器の切っ先を見て動きが止まった。


「散々逃げ回ってくれたが、ここまでのようだな」


 恵菜が視線だけを上に向けると、そこには勝ち誇った顔でこちらを見る多数の敵がいた。


「なあ、こいつを人質にすれば王女を(おび)き出せないか?」


「その前に少し楽しんでもいいんじゃねえか? 結構見た目は良いぜ、この女」


「この雪山で服を脱ぐとか自殺行為だろ。凍傷になってもいいなら止めねえけどよ」


「お前ら、当初の目的を見失うな。王女も仕留めたいところだが、コイツを殺しても目的はほぼ達成する」


 勝ちを確信した敵達は思い思いの事を話し始めたが、リーダー格と思われる人物がブレそうな方針を軌道修正する。


「そんなに、サンドルク帝国は戦争がしたいんですか……」


 グライザードが自分達を騙したと思い、恵菜は悲しみと怒りが入り混じった声音で目の前の敵に言葉をぶつける。


 が、それを聞いた彼らは一瞬きょとんとした後、突然笑い始めた。


「な、何がおかしいんですか」


 状況の理解ができない恵菜は困惑する。


 彼らはそんな恵菜を見て更に笑う。


「あー、やっぱり気付かれてねえ。この見た目だからそう考えてもおかしくないが、ここまで上手くいくと笑いが出るぜ」


「お前、俺らがサンドルク帝国の兵士だと思ってるんだろ?」


「おい、余計なことは――」


「どうせ殺すんだから別にいいじゃねえか。それに、本当の事を教えてやった時の反応が見てみたい」


 その言葉に対し、言ってやれよと賛同の声が多数上がる。


 その悪趣味さに溜息を吐くリーダー格の人物だったが、身内を説得するのを諦めて口を開く。


「俺達はサンドルク帝国の正規兵じゃない。傭兵だ」

おかしなことには理由がある。

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