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普段と違うギルドと普段通りの恵菜

 フルンを故郷へと帰した翌日、トランナへと戻ってきた恵菜は、戻ってくる前と後で街の様子が変わっていることに気付いた。


 いつもはのんびりと見張りをしていた門の兵士達が緊張したような面持ちで周囲を警戒し、これから街を出て行こうとしている馬車には過剰ともとれる人数の護衛が付き添っている。


「何かあったのかな?」


 街の物々しい雰囲気を感じながらも、恵菜はギルドへ依頼の報告へ向かう。


「てめぇ! 俺が目を付けておいた依頼を横取りとはいい度胸じゃねぇか!」


「馬鹿言え! 俺が先に手にしたんだろうが!」


「おい誰だ、俺の手から依頼書奪った奴は!?」


「へっ、先に受けたもん勝ちだ!」


 だが、街の雰囲気がおかしかったのと同じように、ギルドの雰囲気もいつもとは違った。


 職員が(せわ)しなくあちこち動き回り、多くの冒険者が依頼掲示板の前で揉めあっている。


「……本当に何があったんだろう」


 冒険者同士の依頼の取り合いは珍しいことではないのだが、いつにも増して激しく争っているのを見た恵菜は呆気にとられている。


 体格のデカい冒険者達による乱闘染みた争いの中に混ざる勇気を恵菜は持ち合わせていない。


 恵菜はもう今日は依頼を受ける気がないので問題ないのだが、この争いが今後も続くとなると少し面倒だ。


 明日までには収まってほしいと思いつつ、恵菜は依頼達成の報告のためにカウンターへと向かい、いつもの様にヒルデの姿を探すが見当たらない。


(珍しいこともあるのね)


 ヒルデがカウンターにいないところを今までに見たことがなかった恵菜は少し心配になったが、鉄人でも休むことはあるのだろうと気にしないことにした。


「すみません、依頼の報告をしに来ました」


 恵菜はカウンターでせっせと作業をしていた女性の職員に声を掛ける。


「あ、はい。では依頼書と冒険者カードをお願いいたします」


 恵菜に話しかけられて初めて気が付いたのか、職員は作業していた手を止めて、恵菜から依頼書と冒険者カードを受け取る。


「あの、何であそこにいる冒険者の人達は、あれ程争ってるのですか?」


「ご存じないですか?」


「依頼で街を離れてたので、最近何があったか知らないんです」


「そうでしたか。実は最近依頼に制限がかけられまして、冒険者の方々が受けられる依頼の数が減っているのです。その結果、数少ない依頼を我先にと求めるようになりましてあのような事に……」


「そういうことだったんですね」


 制限という言葉に引っ掛かりを覚える恵菜だったが、とりあえず職員の説明を聞いて冒険者達が騒いでいる原因は理解できた。


 制限がかけられていない普段でさえ依頼の取り合いが起きているのだ。受けられる依頼が少なくなれば、手頃な依頼をめぐって大きな争いが勃発するのは当然だろう。


「明日には収まりそうにないですか?」


「難しいと思います。あっと、依頼の報告でしたね」


 職員は困ったような顔でそう説明した後、恵菜がここに来た理由を思い出し、受け取った依頼書を確認する。


「えっと、納品の依頼ですね。納品対象は……け、蹴りウサギ!?」


 依頼書を見た職員が驚いたように声を上げる。


 蹴りウサギで何をそんなに驚く必要があるのか分からない恵菜は首を傾げる。


「あ、ちゃんと指定された数だけ蹴りウサギは狩ってきましたよ」


 普段は収納袋の存在を知るヒルデに対応してもらっていたが、この職員は事情を知らないのではないかと推測した恵菜。


 もしや蹴りウサギの実物を持っていない事に驚いたのかと思い、恵菜は蹴りウサギを取り出して見せる。


「え、その蹴りウサギって東に生息している、あの……」


「はい、東の林に行って狩ってきた蹴りウサギです」


 蹴りウサギはトランナの東にしか生息していない。


 トランナに住むほとんどの人間が知っている事を聞いてくる職員に、恵菜は訳が分からなくなってくる。


「す、すみませんが少々お待ちください!」


 職員が依頼書と恵菜の冒険者カードを持って慌ただしく二階へと駆けていく。


 職員が次から次へと理解に苦しむ行動をとるのを見て、恵菜は何もできずにその場で棒立ちになる。


 どれだけそうしていたのか、恵菜は言われた通りカウンターの前で待っていると、さっきの職員ではなくヒルデが二階から勢いよく下りてきた。


「あ、ヒルデさ――「エナさんっ!」っ!?」


 恵菜の言葉を遮るように、ヒルデが勢いそのままに恵菜を抱きしめてきた。


 いつもの様子からは考えられないヒルデの行動に、恵菜はなすすべなく捕まってしまう。


「良かった……無事だったのですね」


「ヒルデさん、ちょっと苦しいです……」


「も、申し訳ありません」


 ヒルデが離れ、恵菜は苦しさから解放される。


「心配しましたよ。既にエナさんが東へ向かったと聞いた時は血の気が引けました」


「そんな大袈裟な……」


「大袈裟ではありません! 今の東は南よりも危険なのですから」


「何でですか?」


 南と東に普段生息している魔物を頭の中で比較した恵菜は、どうして東の方が危ないのか分からず、その理由をヒルデに尋ねる。


「フェンリルが東の林に現れたのですよ。それに、人を見かけると即座に襲ってくるらしいのです」


「あのフェンリルのせいですか……」


 ヒルデの口から出たフェンリルという言葉を聞いて恵菜は納得する。


 たしかに、フェンリルは南にいる魔物を遥かに凌ぐ強さを持っていた。


「フェンリルを見たのですか!?」


「見たも何も、いきなり襲い掛かってきましたよ。懲らしめてあげましたけど」


「……はい?」


 恵菜の言っている事が理解できなかったのか、ヒルデの目が丸くなる。


「フェンリルって強いんですね、魔法が全然効かなくて少し苦戦しました。何とか動きを止めて、そこに強めの魔法を――って、あれ?」


「……フェンリル相手に……エナさんが……」


 軽く何があったのかを説明し始めた恵菜だったが、ふとヒルデの様子がおかしい事に気づく。


 恵菜がヒルデの様子を確認すると、ヒルデは何やら考え込むように視線を彷徨わせていた。


「ヒルデさん? ヒルデさーん?」


 恵菜がヒルデの目の前で手を振って呼びかける。


「……え、あ、何でしょう?」


「いや、ちょっと呼びかけても返事がなかったので」


「申し訳ありません。少し信じがたい事を聞いたような気がしたもので……」


「一応、事実なんですけど」


 恵菜から嘘ではないと聞かされ、またしてもヒルデが固まる。


 何一つ間違ったことは言っていない恵菜だが、その内容を聞けばヒルデ以外の誰もがヒルデと同じ反応をするだろう。


「……詳しい話をお聞きしたいので、上へ来ていただけますか?」


 少し間が空いた後、ヒルデは恵菜を二階へと案内しようとする。


 まだ依頼の報告が済んでいないと思いつつも、ヒルデの有無を言わせぬ雰囲気に押され、恵菜は黙って付いていくことにした。


「あれ? この前と同じ部屋じゃないんですね」


 収納袋の事を話した時に使っていた部屋を通り過ぎるヒルデ。


 恵菜はこの部屋を使うのかと思っていたが、ヒルデはさらに奥へと進んでいく。


「重大なことなので、今回はギルド長の部屋まで来ていただきます」


「ギルド長?」


「このギルドを取り仕切っている方ですよ」


 つまり、このギルドで一番偉い人物ということだ。今からそんな人物がいる所へ向かうことに恵菜は少し驚く。


 重大なことだとヒルデは言っていたが、ギルドの現状をあまり理解していない恵菜にとっては、ギルド長の目の前で話さなければならない程のことだとは思えないようだ。


 一番奥の部屋までたどり着いたヒルデは扉をノックし、返事が聞こえてきてから扉を開けた。


冒険者の争いの中に入っていっても恵菜なら何とかなりそう。


次話は明後日更新予定です。


行間を調整しました。(2023/7/2)

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