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待ちきれない両者

「エナさん、見事な勝利でしたね」


 勝者である恵菜の名前が呼びあげられ、盛り上がる観客席の中。観戦していたクレリアが拍手で恵菜を称えると、その横にいたケインスも小さく頷きながら、恵菜の戦いぶりを振り返る。


「ああ。あの宰相、やっぱり実力を隠していたが、彼女があんな戦い方をするなんて思ってもいなかっただろうな」


「普通は思いませんよ。魔術師は後衛、というのが世の中の常識ですから。前衛に近づかれても対処できる魔術師なんて、そうそういません」


 魔闘師という存在は、まだ世間一般的な知識として広まってはいない。誕生してからまだ間もなく、まだ育った人材も少ないため、情報が拡散されにくいからだ。リルシャート国内ですら、知っている者は多くないだろう。


「昨日、彼女に聞かれたアレは、このためだったんだな」


「『ガンザさんみたいに剣を受け止めるなら、体のどこで受け止めるのが良いですか?』でしたか? 聞かれた時は正気を疑いましたね」


「てっきり、致命傷なりかねない部位を守るためなのかと思ったが、まさか本当にガンザと同じことをやるとはな……」


「危なくならないようにするため、と言っていたのに、そもそも考えていた作戦が危ないなんて……真面目に助言したのは間違いだったかもしれません」


 安堵と呆れが混じった溜息(ためいき)を零すクレリア。


 ただ、恵菜の名誉のために補足しておくと、彼女も最初からこんな作戦を取るつもりはなかった。今までのフォニマスの戦い方を見ても勝てる自信があり、仮に今まで以上の動きをフォニマスが見せてきたとしても、まだ対処が可能な範囲に留まるだろうと信じていたからだ。

 しかし、フォニマスの速さは、恵菜が想定していたそれを超えるものだった。高速の接近戦で魔法の発動を封じる、対魔術師用の戦いを強いられた恵菜は、普通にやっても勝てないと判断し、あの作戦を実行することにしたのである。


「まあ、その助言のおかげかどうかは分からないが、結果的には勝ったから良いんじゃないか。ただ、あれはもう今後、通用しないだろうな」


 この試合を見ていた者は、恵菜が初めて見せた技と戦い方が印象に残っただろう。同じ事をもう一回やろうとしても、警戒されることは間違いない。

 また、今回はフォニマスの武器が刺突向きだったこともプラスに働いた。突きによってできる穴は比較的小さくなりやすく、貫かれた防御を修復するのは早く済むため、武器を捕らえやすい。これが他系統の武器だった場合、同じことをするのは難しかっただろう。


「大丈夫ですよ。エナさんの試合は残り一試合ですし、もっと言えば次の試合でケインスさんが勝てば、エナさんの作戦が使えなくても問題ありませんから」


「簡単に言ってくれるな。相手はあの皇帝だぞ」


「あら、ケインスさんは勝つ自信が無いのですか?」


 珍しく、そんな調子で煽ってきたクレリア。おどける彼女を見て、ケインスは意外に思うも、それが緊張を(ほぐ)すためだと気付く。


「……正直に言って、勝てるかどうかは微妙だ。ただ、負けるつもりはない」


「期待しています。でも、ガンザさんみたいに大怪我はしないでくださいよ?」


「ああ。じゃあ、行ってくる」


 ケインスは観客席を立ち、次の試合の待機場所へ向かうため、その場を後にする。


「……頑張ってくださいね」


 その後ろ姿に向かって、クレリアが後押しの声援を送る。それが聞こえたケインスは振り返らずに、片手を上げて応えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……うぅ、ここは……?」


 意識を取り戻したフォニマスが目を開く。


 仰向けに転がっている彼が最初に見たのは、雪が多いこの国ならではの曇り空だった。


「目が覚めましたか。フォニマス宰相」


 そこへその景色を遮る様に、恵菜が覗き込んでくる。


「エナ公爵……そうか、私は負けたのですな……」


 フォニマスが最後に見た光景は、恵菜に掴まれてから宙を舞うまで。そこから先の記憶は無く、どれぐらい気を失っていたのかは分からない。それでも、対戦相手に見下ろされる形で自分が地面に倒れ、観客が騒いでいるとなれば、試合が決着したと考えるしかない。


「恵菜公爵、腕の傷は……?」


「もう治しましたよ」


 そう言って恵菜は、剣で刺されたはずの腕を見せる。血の跡は残っているが、傷跡は一切残っていなかった。


「やれやれ……そう何事も無かった様に見せられると、善戦すらできなかったと落胆してしまいますな……」


「そんなことはありません。正直に言って、最後のあれが上手くいっていなかったら、どうなっていたか分かりませんでした。フォニマス宰相、速過ぎますよ」


「ほっほ……お世辞でも、そう言ってもらえると多少は救われますな……」


 決してお世辞ではなかったのだが、負けたフォニマスはどう言っても、その方向に解釈することだろう。恵菜はそれ以上は何も言わなかった。


「無様だな、フォニマス」


 と、そこへもう一つの声が割り込んでくる。


 恵菜がその方向を見ると、皇帝――グライザードがこちらへ向かって歩いてきている姿が目に映った。


「久々に腕が鳴る相手と戦える、と息巻いて飛び出していきながら、呆気なく敗北とは。腕が鈍ったのではないか?」


 敗者の健闘を称えようとは思わないのか。そう若干の怒りを覚える恵菜だったが、フォニマスはそんな事は気にせずに口を開く。


「陛下……期待に応えられず、申し訳ありませぬ……」


 そう謝罪するフォニマスだったが、グライザードはその謝罪を不要だと笑い飛ばす。


「いいや、期待に応えられたぞ。お前のおかげで、今からエナ公爵との戦いが楽しみで仕方なくなったからな」


 そう言うグライザードの視線が恵菜の方へと向く。その目は、まるで子供がおもちゃを見つけたかのように輝いていた。


「こうて――」


「何か勘違いしてないか」


 恵菜が何かを言おうとした時、またしても新しく割り込んできた声が一つ。


「次の試合の相手は俺のはずだが?」


 恵菜が振り返ると、そこにはケインスが立っていた。同じくその姿を視認したグライザードが嬉しそうに声を弾ませる。


「勘違いなどしていない。貴様との戦いも、エナ公爵の次に楽しみだったからな、エナ公爵がメインディッシュなのだから、その前の前菜としてはちょうどいい」


「それは光栄だ。ただ、メインを味わえるかは保障できないな」


 次の試合開始どころか、まだ前の試合の対戦者が退場していない状態で、不穏な空気になりつつある。遠くには、状況を理解できていない救護班がおろおろとしているのが見えた。


「フッ、ならばその前菜をお預けされ続けたくはないな。――おい! この寝転がっている怪我人をさっさと連れ出せ!」


 グライザードがそう叱咤(しった)すると、慌てて救護班がフォニマスの傍へ寄り、容体を確認してすぐに競技場から運び出していく。


 恵菜も自分はもう邪魔だと思い、競技場から出るために門へと走る。その途中、すれ違うケインスの顔をチラリと見たが、彼は一切視線を恵菜の方へは向けなかった。


前菜でお腹いっぱいにならないように。

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