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プロローグ ~下~

「……え?」


 神様から思わぬことを知らされ、恵菜は頭の中が真っ白になった。


 まさか目の前の神様から、死の宣告をされるとは思っていなかったのである。


 原因不明の病とはいえ、いずれ治療法が見つかれば病気が治る可能性もあると、恵菜は生きることを諦めることはなかった。


 だが、医者からは、手術をしようにも原因が分からないと匙を投げられ、治るどころか、病気の症状は徐々に悪化していくだけだった。

 何時まで経っても改善しない状況に、一度も不安に駆られたことがなかったかと言われれば嘘になる。


「残酷かもしれませんが、冗談で言っているのではありません。恵菜さんの病気は、現代の医術では治すどころか、原因を突き止めることすら不可能だと思います」


 気づけば、神様のほわほわした雰囲気はどこにもなく、真剣な眼差しで恵菜を見ていた。


「で、でも、神様なら病気を治せるのでは?」


「確かに治すことはできます。ですが、私が無闇に世界に干渉すると、思わぬところに影響することがあるのです」


 原因不明の病で外に出かけることもできない人が、次の日になると元気になっていた、なんてことになれば不自然極まりない。


 恵菜はその言葉に項垂れるしかなかった。


 だが、そんな恵菜を慰めるかのように、神様は続ける。


「そこで、恵菜さんに異世界へ行くという方法を提案したのです」


「? 何故そこで異世界という話になるのですか?」


「治した恵菜さんを元の世界に戻した場合、死ぬはずだった恵菜さんが生きていくことになりますから、必ず何かしらの影響が周囲に及ぶことになるでしょう。一方で、別に世界に移した場合、元の世界では死んだという扱いになるので、影響がほとんどないのです」


「でも、それだと別の世界に影響が出るのでは……」


「向こうの世界で恵菜さんを知る人はいませんし、同じ世界で生き返るのに比べれば影響は微々たるものです。それに移す予定の世界では、むしろ影響を与えてほしいぐらいですので大丈夫ですよ」


 どうやら異世界側にも色々と事情があるようだ。


 ちなみに、もし恵菜が元の世界で何もしないで死んだ場合は、その世界で再び転生することになるらしいが、転生後が人間である保障はないらしい。

 というよりも、むしろ人間になる確率の方が低いようだ。


 そして、異世界に行く場合、転生ではなく転移ということになるため、人間として異世界で生きていけるとのこと。


 しかし、恵菜は不思議に思うことがあった。


「なんで、私にそこまでしてくれるのですか?」


 本来ならば、病院のベッドの上で死んでしまい、再び何かに転生して生きていくはずだった恵菜に、別の世界で再び人生を歩ませてくれようとする。


 そんな神様の行動の理由が分からなかった恵菜は、何か重大で複雑な理由があるのかと考えていた。


 そんな恵菜に、神様が語った理由は――


「私の書いた本に夢中になってくれた人の願いを叶えてあげたいからです!」


 非常に単純であった。あまりにも単純なその理由に、恵菜は絶句すると同時に、不思議とこの神様らしい理由だとも思った。


「……とりあえず、神様が私を異世界に連れて行ってくれる理由は分かりました。ところで、私が行くことになる異世界ってどんな世界なのですか?」


「おぉ~、行く気になりましたか~」


「いえ、それはその世界の情勢とかを聞いてから決めたいと思います」


 今いる世界に未練がないというわけではないが、生きていられる時間がほとんどないとなれば仕方ない。


 だが、異世界に行くとしても、どの様な場所なのか知っておきたい、と恵菜は考えていた。


 荒廃した世界や、常に命の危険に晒されるような世界などに飛ばされては、たまったものではない。


 その考えを察したのか、神様は納得したような表情で、異世界について説明する。


「恵菜さんがいる世界は、科学の力で発展してきましたが、転移先の世界では、科学よりも魔法が発展しています」


「魔法?」


「そうですよ~」


 科学で埋め尽くされた世界の住人である恵菜にとって、魔法と言われてもピンとこない。


 小さい頃に、魔法少女が悪を退治するアニメをテレビで見ていたことはあったが、どうやら神様が説明するものは、そういったものではないらしい。


「生活を楽にするために使用したり、身を守るための護衛手段に使用したり……様々な場所で活躍していますね~」


「身を守るって……何か危ないことがあるんですか?」


「基本的に街の中なら大丈夫ですが、街の外には人を襲う魔物がいますね~」


「ま、魔物!?」


 何やら物騒な単語に、恵菜は驚きを隠せない。


 街の中ならば安全と言われても、旅することを考えている恵菜は、必然的に街の外に行くことも多くなるはずであり、何らかの対処法が必要であった。


「そんな危ない世界で、街の外に行って大丈夫ですか? 私、武道の心得なんてありませんし……魔法のある世界といっても、そもそも私が使えるかどうか……」


「街の外で魔物を狩って生活している人もいれば、街から街へ行商をしながら生活している人もいますので、あちら側の世界の人全員が街に引き籠っているというわけではないのですよ。それに、一人で街の外に出なくても護衛の人や仲間と一緒に行けば、それ程危険な目に遭わないと思います。魔法に関しては、恵菜さんは大丈夫だと思いますよ~」


「? どうしてですか?」


「それは向こうの世界に行ってから分かると思います~」


 魔法については、何故かはぐらかされてしまったが、どうやら街の外に出た瞬間、魔物に襲われるといった心配はないようなのでホッとする恵菜。


 神様の言う通り、いざとなれば別の街へ行く人や護衛をしている人などと共に、次の街を目指していけば危険性は少ない。


(それなら、あまり危険な世界というわけではないのかな? 場所によっては危険っていうのは地球にもあるし……)


「そうですよ、そうですよ~」


 人の考えていることを当たり前の如く読み取ってくる神様をスルーして、さらに恵菜は考える。


(それに、地球よりも異世界の方が、私の知らない発見ができて面白そうだし……自分の足で旅をするって考えると、そっちの方が良いのかもしれないわね)


 次第に、恵菜の心は異世界へと傾いていった。そして――


「……分かりました、神様。私、異世界に行ってみたいです。そして、その世界の色んなものを見てみたいです」


 堅く決意して、恵菜は神様にそう告げた。それに対して、神様はにこやかに笑う。


「そう言ってくれると信じていました。やはり、恵菜さんを選んだ私の目は間違ってなかったようですね~」


 気のせいか、少し自慢げに神様が言う。


「では早速、異世界に行く準備をしましょう~」


「……いきなりですね」


 神様の唐突な発言に慣れてきた恵菜は、驚くというより少し呆れてくる。


「異世界に行く前に、私からプレゼントです。恵菜さんは旅がしたい、ということなので、少し身体能力を上昇させましょうか~」


 そう言って神様が指を振るうと、恵菜の周りを暖かな光が包み込んだ。


 光が消えると、見た目は変わっていないが、恵菜は自分の体が妙に軽い事に気づく。

 試しに軽く動いてみると、自分の体とは思えないほど動けるようになっていた。


 学校では運動部に所属していなかったため、恵菜は体力にそれ程自信がない。


 それに、便利な乗り物が溢れる現代日本の生活に慣れすぎた体では、自らの足で長距離を移動するのはきついと考えていたため、神様がくれたものは、恵菜にとって非常に有難かった。


「他に何か必要なものはありますか? 一つくらいであれば、恵菜さんの願いを叶えてあげますよ~」


 何それ神様すごい、と恵菜は思った。


 どうやら、身体能力を強化してくれただけでなく、さらに何かくれるようだ。

 一つだけという条件があるため、恵菜は本当に必要なものが何かを真剣に考える。


(旅をするのに必要な物……携帯やスマホ? いやいや、向こうの世界で使えるわけないし、そもそも誰に電話する必要が……ならお金かな? でも、人からもらったお金で旅をするより、自分でお金を稼いで旅をしてみたいのよね……他に何があるかしら?)


 だが、思いつきはするが今一これといったものがなく、なかなか決めることができない。


 どれだけでも叶えてくれるというのであれば、恵菜は簡単に答えていただろう。


 しかし、それでは旅の楽しみがなくなると神様は考えたらしく、一つだけにしたようだ。


 恵菜自身の意見を尊重したいのか、心が読めるにもかかわらず、神様は静かに微笑みながら、恵菜が答えるのを待っている。


(必要なものといっても、大体のものは向こうの世界で揃うと思うのよね……困ったら人に尋ねてみるのも旅の醍醐味だと思うし……ん?)


 あれこれ悩んでいた恵菜だが、ふと重要な事に気付く。


「神様、向こうの世界の人が話す言語って日本語ですか?」


「違いますよ~。統一言語はないので、話す言語は人によって異なりますが、恵菜さんの世界で使われているものと同じものはありませんね~」


 神様の答えを聞き、恵菜は旅に必要なものが頭に浮かぶ。そして神様にその必要なものを告げた。


「決めました、神様! 私、どんな言語でも扱えるようになりたいです!」


「……えっと、本当にそれで大丈夫ですか?」


 困惑した表情で神様が聞き返す。


「はい、これが必要だと思いました」


「それよりも必要なものはないのですか? 向こうの世界では手に入らないものでも、何でもいいのですよ? 言語は学べば身に付くものですし……」


「確かに、向こうの世界についてからでも、勉強すれば話せるようになるとは思います。でも、統一言語がないのなら、いくつもの言語が話せるようにならないといけません。私は多くの言語を学ぶ時間を、旅をして世界を見て回る時間に使いたいです」


 だが、恵菜の意思は変わらない。


 異世界に行っても、言語を教えてくれる人がいる保証はなく、そもそも教えてくれるように頼むことすら難しい。


 そのように考えた恵菜は、最初から話せる方が、向こうの世界に早く馴染むことができると考え、この願いにしたのだった。


 そのことを神様も悟ったのか、しばらく考えながらも納得したようだ。


「……分かりました。では、恵菜さんには異世界言語をマスターさせてあげましょう」


 そう言って、神様は先程と同じように指を振り、恵菜は再び光に包まれる。


 しかし先程と違い、特に大きな変化を恵菜は感じられなかった。


「これで異世界でも人と話せるように……?」


「はい、どのような言語でも、話すだけでなく、文字を読むことも書くこともできるようになっていますよ~」


 神様がそう言うのだから恐らく本当なのだろう。


 異世界に行けば実感できるに違いないと、恵菜は納得することにした。


「それでは、準備も済みましたし、そろそろ異世界へ行きましょうか~」


「……何か緊張してきました」


 異世界に行く準備が済んだので、後は異世界へと行くだけなのだが、その瞬間が近づくにつれて恵菜は緊張してきた。


「不安ですか?」


 神様がそう聞いてきたが、それに対して恵菜は首を横に振る。


「不安というより、楽しみなのかもしれません。遠足の前日の子供みたいな、そんな感じです」


「ふふっ、そうですか。大丈夫ですよ、どんな困難であっても、恵菜さんはきっと乗り越えられるはずです」


 神様は明るく笑いながら、何もない空間に向けて指を振るう。

 すると、何もなかった空間に強く輝く光が現れた。


 恐らく、あれが異世界に転移するためのものだろう。


「街の中に恵菜さんを出現させると、流石に周囲が混乱すると思いますから、それ以外の場所へ転移させます。心の準備ができましたら、その光の中へどうぞ」


 そう言われて、恵菜は深呼吸をした後、ゆっくりと光の中へと進む。


 その中心まで来ると、徐々に周囲が光で覆われていった。


「では恵菜さん、異世界での新たな人生が楽しいものになることを、私は願っています」


 最後に神様からそう言われながら、恵菜は周囲が見えなくなる程の光に包まれ、あまりの眩しさに目を閉じるのだった。



次回から恵菜が異世界へ。


次話は明日(もしくは明後日)更新予定です。


恵菜の名前が絵菜になっていたのを修正しました。(2015/11/28)

誤字を修正しました。(2017/5/7)

行間を調整しました。(2023/7/2)

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