身近な強者
「帰ってきてすぐに話があるって言うから何かと思えば……エリスの護衛依頼、ねぇ」
次の日、リアナは恵菜の家で例の依頼について説明を受けていた。
「うん。受けてもらえるなら嬉しいんだけど……どうしたの?」
「いや、つい最近まで同じような事してたのに、改めて仕事としてやることになるなんてなーって思って。それなら旅行も報酬貰っても良くない?」
「リアナちゃんが計画したんでしょ、そっちは……」
虫がいい話をするリアナに呆れる恵菜。
あれは旅行を無理やり視察として、自分達がやるから護衛をリアナと恵菜だけにしてとお願いしたもの。色々と無理を通しておきながら、報酬まで要求できるわけがない。
「しばらく依頼もしてなかったし、そろそろ大きな仕事を受けないとなーって思ってたところだから、指名依頼は報酬も多いし万々歳なんだろうけど……」
「けど?」
「いや、あたし達でいいのかなって。そういう護衛って国の騎士団がやるもんじゃないの?」
「山を越えるのなら少人数の方が良いんだって。ただ、それだと騎士団の人達だけじゃ不安だなって話になったの」
そう説明するが、戦争のことは言わない。この依頼が外交目的のもので、外交に関して得た情報は口外禁止であることは最初に伝えているが、戦争については依頼を受けることを承諾してからでなければ話せない。
「あー、実力が高い兵士で固めると、国内で何かあった時に不安なわけね」
「そう。一応、私と第一騎士団長のステンさんが護衛に付くことは決定してるけど」
「ブフッ!」
恵菜の言葉を聞いた瞬間、リアナが飲んでいた紅茶を噴き出す。顔面目掛けて飛んでくる紅茶に「わあ!?」と驚くも、恵菜は見事な反射で避ける。
「ご、ごめん。でも、第一騎士団長が護衛? それが本当なら、あたし達いらないんじゃないの?」
「ど、どういうこと? 私、ステンさんの実力はあまり知らないんだけど、そんなに強いの?」
「強いなんてもんじゃないわよ。第一騎士団の団長は騎士団の中で一番強い兵士がなるのが慣習で――言わばこの国で最強の称号なの。その最強の座に何年もいるのよ、彼は。」
「そ、それは凄いね」
「逆にこの国にいてそれを知らない恵菜の方が凄いわよ……って、そういえばあんまり国にいないんだったわ」
額を手で押さえるようにして頭を抱えるリアナ。最近は少しマシになってきたとはいえ、恵菜の非常識は今に始まったことではない。
「そうね、もっと分かりやすく例えるなら、一人で盗賊数十人ぐらいに囲まれても余裕で対処できるぐらいかしら。……って、どうしたの?」
「いや、つい一年ぐらい前にそれと似たようなことを聞いたような、見たような……やったような」
今度は恵菜が頭を抱えだす。リルシャート王国の学校へ向かう道中、盗賊集団を全て捕まえたのは、紛れもなく彼女だ。
問題は、せっかくリアナが分かりやすい例えをしてくれたというのに、恵菜がそれをそこまで凄いことだと思っていない事だろう。評価を自分基準で考えてしまっていることに気付いてほしいところである。
「でも、やっぱりステンさん一人で対処できる数には限界があるだろうし、もう少しいてくれた方が助かるんだよね。あ、一応だけど私もいるよ」
「人間やめた二人が守る王女を誰が襲うのよ」
「魔物とかいるでしょ!? それに、サンドルク帝国側の悪い人も私達のこと知らないだろうし、そう何度も襲われたら流石に疲れちゃうよ」
「ん~、色々と納得しづらいところがあるんだけど……まあ言いたいことは分かったわ」
この人外はいったい何を言っているんだ。そう言いたげな顔をしつつも、リアナは全てを飲み込んだ。
「それじゃあ受けてくれる!?」
「それはまだ決められないわ。知ってるだろうけど、あたしはパーティの頭じゃないの。みんなで相談してからじゃないと決められないわよ」
身を乗り出してきた恵菜に、手でストップをかけるリアナ。
リーダーではない彼女が勝手に依頼の受注を決めてしまっては、パーティの反感を招きかねない。たまに暴走して怒られることはあれど、こういうところはしっかりしているのだ。
「いくつか確認させて。依頼はサンドルク帝国に行って帰るまでの護衛と聞いたけど、具体的には何日ぐらい?」
「確か道中は片道七日かかる想定で、サンドルク帝国の滞在は十日の予定。ただ、滞在は外交の状況次第で減ったり増えたりするかも」
「うへぇ、山越えがあるからそうだと思ってたけど、やっぱり長いわね。道中必要な荷物とか滞在中の費用、手持ちで賄えるかしら……?」
基本、護衛依頼を受ける冒険者は、自分達に必要なものを自分達で揃える必要がある。もちろん依頼の報酬は、それらの費用込みで用意されることがほとんどであるが、それが支払われるのは依頼達成後だ。
長期間の護衛ともなれば、その分だけ冒険者が一時的に肩代わりする負担も増える。それだけの余裕があるかどうか、リアナは不安なのだろう。
しかし、恵菜はその不安を一蹴する。
「あ、道中の食事だとか滞在中の宿は、全部依頼者側――国で用意してくれることになってるよ。山越え用の装備もあるらしいし、リアナちゃん達が用意するのは武器とか服ぐらいかな」
「本当? それだとかなり助かるわね」
「でしょ? ちなみに道中の食事を用意するのは私です」
「それ聞いただけで依頼の魅力が跳ねあがるのはズルいわ」
一気に諸々の経費負担が無くなったことで、リアナの意思が依頼を受ける方へと傾いていく。特に最後の一言の威力は絶大だったようだ。
「あ、でもちょっとリアナちゃん達に不都合になるかもしれないことがあってね。サンドルク帝国滞在中、他の依頼は受けないでほしいの」
「要するに、ずっと護衛だけしてろってことでしょ? それは問題無いと思うわ。滞在中の金銭稼ぎが必要だったら困ってたけど、さっきの話でその心配は無さそうだし」
「それなら良かった。後は、護衛中はフリフォニア王国の騎士団の恰好してもらうことになるぐらいかな」
「何で?」
想像すらしていなかったであろう制約に、リアナが目をぱちくりさせる。
「えっとね、王女の護衛が冒険者ばっかりってことになると、冒険者に頼らないといけないぐらい兵の質が低いって、サンドルク帝国側に思われるかもしれないんだって」
「ああ、国の見栄のためってことね。冒険者としてはくだらない理由だけども」
リアナが呆れつつも理解を示す。足下を見られては不利な立場に追い込まれてしまう。相手に付け込まれかねない要素を消しておくのは、外交だけでなく交渉事でも大切なことだ。
「だけどまあ、それについても別にいいわ。騎士団の装備だから品質が悪いってこともないでしょ。恵菜もそのいつもの恰好じゃなくて、騎士団のローブを着るの?」
「私は……ドレスかな」
「……は?」
恵菜も護衛で行くのではなかったのか。言わずともそう顔に書いてあるリアナに対し、恵菜が「好き好んでドレス姿になるわけじゃないよ!」と言って続ける。
「護衛もだけど、私も外交の手伝いをすることになってて。その時、護衛としての立場だと不都合が出そうだから、公爵としての立場でエリスちゃんに付いていくことになったの」
「だから、ローブ姿だと逆におかしいってわけか。それで護衛もなんて、貴族の冒険者ってのは大変ねー」
完全に他人事だと思っているリアナ。
いっそのこと彼女にもドレスを騎士団の正式礼装と偽って着せてしまおうか。そんな馬鹿みたいなことを考えた恵菜だったが、護衛の邪魔にしかならないのでグッと堪える。
「とにかく、普通と違うところはそれぐらい! それで、リアナちゃん的には受けられそう?」
「依頼期間が長いのがちょっと傷だけど、私個人としては受けてもいいんじゃないかなって思うわ。で、最後に一番大事な確認だけど、報酬はいくらなの?」
「一人当たり金貨五十枚だから、リアナちゃんのパーティだと四人で金貨二百枚だね」
「受けるわその依頼!」
報酬額を聞いて目の色を変えたリアナが叫んだ。
「え? でも、パーティの皆に相談しないといけないんじゃ……」
「するけど、間違いなく受けるわよそんなの! パーティで五十枚ならともかく、一人頭で五十枚! しかも必要経費はそっち持ちとか、受けるって言うまであたしが説得してみせるわ!」
もうリアナは絶対にこの依頼を受ける気でいるらしい。
それもそうだ。純粋な利益だけで金貨二百枚――白金貨二枚分である。恵菜がリルシャート王国で受けた依頼ですら、一年分の生活費諸々込みで白金貨一枚が報酬だったのだ。二十日ちょっとの依頼期間にしては破格の高額報酬である。
「とりあえずパーティの皆に話してくる! 明日正式に受けるって伝えに来るから、それまで待ってなさい!」
そう言い残すと、リアナは残っていたカップの紅茶を飲み干し、嵐のように去っていった。
唖然とする恵菜だったが、とりあえず護衛が確保できそうなことに胸を撫でおろす。
「これで護衛の話は大丈夫そうだし、私も色々と揃えておこうかな。石鹸もそろそろ無くなるし」
リアナの後を追う様に、恵菜も街へと出かけていく。
翌日、パーティの説得に成功したリアナが正式に依頼を受ける旨を恵菜に伝え、サンドルク帝国へ向かうメンバーが決定。出発の準備期間の後、エリスとその護衛一行は帝国へ向けて、ランドベルサを出発した。
石鹸は必要経費として認められませんでした。




