国のために
エリスの後ろを付いていき、王城の中を移動すること数分。恵菜は国王がいる執務室へと到着する。
「お父様、いらっしゃいますか?」
「おお、エリスか。入りなさい」
部屋の中から聞こえてきたのは、紛れもない国王――ルーガンスの声だった。
二人は部屋へと入ると、膝を曲げての令嬢の挨拶をする。
「ただいま戻りました」
「お久しぶりです、国王様」
「うむ、無事戻ったようで何よりだ。恵菜も護衛の直後だというのに、よくぞ来てくれた」
「いえ、他でもない国王様のお呼びです。すぐにでも馳せ参じるのが、貴族としての役目です」
そう言いながら、恵菜は心の中で「全然貴族っぽいことしてないですけど」と一人呟く。冒険者と貴族、両方の肩書はあれど、人生における行動の九割は冒険者のそれだ。
それでもこうして自然と貴族の礼儀作法が出てくるのは、隣にいるエリスの教育が良かったからだろう。トラウマレベルの条件反射は、記憶を必要としないのだ。
「そう畏まらなくても良い。広間での謁見ならともかく、ここでそのような礼儀は不要だ」
「……分かりました。ではいつも通りにしますね」
相手が相手だけに、さすがに自然体でいるというのはマズいのでは。恵菜はやんわり断ろうと思ったが、そっちの方が無礼と思いなおり、姿勢を正す。
「それでエリスよ。初めての視察はどうであった?」
「少し緊張もありましたが、街の現状をしっかりと把握できたと思います。街が抱えていた問題事もありましたが、恵菜ちゃん達がいてくれたおかげで何とかなりました」
「問題? 何があったのだ?」
「実は――」
ルーガンスから説明を求められたエリスが、旅行であった出来事をざっと話す。最初は顔をしかめて聞いていたルーガンスだったが、彼女達が全て解決してきたことを知ると、その表情は驚きと賞賛が入り混じったものへと変わった。
「ほう……初めは三人だけで大丈夫かと不安だったが、杞憂だったみたいだな」
「ふふ、お父様はただ私の身が心配だっただけではないですか?」
「そ、そんなことは……いや、あるな、うむ……」
言いよどむルーガンス。もはや娘が心配な父親だ。
「それでお父様、緊急の用事とは?」
そんな微笑ましい光景だったが、エリスの言葉でルーガンスも厳格な表情へと戻る。
そして、彼の口から告げられたのは恵菜とエリスが予想だにしなかったものだった。
「おお、そうだった。これは少々大きな問題故に、他言無用で頼む。――近い将来、ある国と戦争になるかもしれん」
「「せ、戦争!?」」
大声で驚く恵菜とエリス。しかし、国王の他言無用という言葉を思い出し、すぐにハッとなって口を押える。
「落ち着くのだ。まだその可能性があるというだけで、戦争になると決まったわけではない」
「し、しかし、お父様。先の言い方だと、このままでは戦争になるという意味に聞こえたのですが」
「……ああ、エリスの言う通りになってしまうだろう」
「いったい、何故そんな……」
「そうだな。まずは、その背景から説明するとしよう。まず我が国と戦争になりそうな国だが、サンドルク帝国という国は知っているか?」
国王がそう言って恵菜の方を見る。王女として英才教育を受けているエリスはともかく、恵菜が世界の国々について知っているかの確認だろう。
普段から行き当たりばったりな旅をしている恵菜は、あえて旅先に何があるかを調べようとしていなかった。ただ、リルシャート王国の学校では魔法以外の授業も多少あり、周辺国家などの地理についてもそこで得ている。
「確か……フリフォニアの北にある国でしたよね。武力を重んじる国風で、軍事力は世界で一、二を争うぐらいだって聞きました」
「そうだ。その軍事力で周辺の小さな国を侵略して領土を増やし、今では北の大国として名を馳せている。ここ最近は大人しかったのだが、実はその間、フリフォニアを攻める準備を進めていたという情報を得たのだ」
「お父様、それは確かな情報なのですか?」
「今、その情報の真偽について確認を急がせているところだ。だが、我が国はサンドルク帝国とあまり国交がない故に、少々時間がかかっている」
「そんなに国同士の仲が悪いんですか?」
「悪くはないが、良いとも言えないな。国境の間にある山脈が障害となって、往来が難しいのだ」
フリフォニアの北には、雪が年中降り積もる巨大な山脈がある。人の往来もあるにはあるが、他の国との往来に比べると、その数は微々たるものだ。
「魔物も生息する、あの山脈を超えるのはそう簡単な事ではない。そのための準備に時間を要していたと考えれば、帝国が今まで大人しかったのも納得がいく」
「しかし、そうまでしてこの国を攻める理由は何なのでしょうか」
「根っからの戦闘民族という可能性もあれば、領土的野心があるのかもしれん。が、如何せん情報が少なすぎる。それでも、情報が揃うまで何もしないわけにはいかん。戦争が回避できるのであればその方法を模索せねばならぬ。――そこでエリステリアよ」
ルーガンスが立ち上がり、エリスの傍までやってくると、彼女の肩にポンと手を置いた。
「お前にサンドルク帝国へ外交に行ってもらいたい」
「わ、私が、ですか!?」
「そうだ。ここに呼んだ時にはまだ少し悩ましかったが、街の視察を無事に終えるどころか、見つけた問題まで解決したお前になら任せられる」
驚くエリスに対し、ルーガンスはそう強く言い切る。親バカの冗談で言っているわけではないようだ。
「外交……具体的に、私は何をすれば良いのでしょうか?」
「サンドルク帝国を治める皇帝と会い、友好を深めて真意を探ってきてほしい。もし戦争に入る準備を進めているのなら、それを阻止することを第一に考えて動くのだ。……できるか?」
今一度、国王から問われ、エリスが視線を落として逡巡する。
しかし、それは一瞬の事で、彼女はすぐに顔を上げた。
「正直、不安ではあります。ですが、私はこの国のために生きる身。必ずお父様の期待に応えてみせます」
「よくぞ言ってくれた。だが、戦争一歩手前で後には引けない状態になっていることも考えられる。その場合はすぐに帰ってくるように」
エリスがこくりと頷く。今まで国王としての顔つきだったルーガンスに、一瞬だけ父親の顔が見えた気がした。
「そして恵菜、君にも頼みがある」
「何でしょうか?」
「エリスの護衛と、外交の補佐をしてほしい。先の話を聞く限り、視察の成功は君の貢献があってこそだと思う。何があるか分からぬ以上、機転の利く者がエリスの傍にいてくれると心強い」
「それは冒険者としての依頼、ということでいいんでしょうか?」
「貴族への頼みでもあるが、その認識で問題ない。もし受けてもらえるのであれば、後ほどギルドを通して指名依頼を出すつもりだ」
基本的に、貴族は国王からの命に逆らうことはできない。公爵である恵菜も本来であれば、今回のような国王の頼みには従うしかない。
が、恵菜は公爵となった際、国のために貴族としての務めを果たす義務はないという条件を付けてもらっている。ギルド長――システシアが、優秀な冒険者を国に奪われまいと、裏で手を回してくれたおかげだ。
「エナちゃん、その、我儘なのは承知しているのですが、私と一緒にサンドルク帝国へ行ってくれないでしょうか。エナちゃんがいるだけでも気持ちが軽くなりますし……あっ、いえ、無理にとは言いませんよ? できればというだけで……」
まるで告白するかのように、エリスが胸の前で指をいじりながら、俯きがちに横目で恵菜を見る。彼女も理解しているのだろう。依頼ということであれば、恵菜には今回の頼みを拒否する権利があるということを。
……そう、権利はある。が、拒否するかはまた別の話だ。
「大丈夫、私も一緒に行くよ」
「え!? 本当ですか!?」
「うん。だって、エリスちゃん、凄く不安そうだもん」
どんな危険があるか分からない。そこへエリスだけを行かせて何かあれば、きっと後悔することになるだろう。もし自分がいれば彼女を守れたのではないかと、永遠に自分を責めるだろう。
そんなことになるぐらいなら、最初から自分も行けばいい。彼女は友達である自分が助けとなれるのなら、喜んで付いていこう。
それが恵菜の答えだった。
「今のは、そういう意味と捉えて良いのかね?」
「はい。その依頼を受けて、エリスちゃんと共にサンドルク帝国へ行きます」
国王の確認に、今度は恵菜が頷いた。
「あ、ありがとうございます、エナちゃん!」
「感謝する。ただ、念のためにもう少し護衛を増やしたいところだな。しかし、あまり多くの兵士を付けても山道が厳しいだろうし、帝国を刺激することにもなるか……?」
ここに来て、またしてもルーガンスの過保護が発動する。少数精鋭が望ましいようだが、彼を安心させられるほどの護衛となると要求は高そうだ。
と、そこで恵菜が何かを思いつく。
「でしたら――」
恵菜と国王が公の場で会ったことの方が少ない気がする。




