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ギリギリセーフ

「もうそろそろ閉門の時間か」


 若い兵士の一人が、ランドベルサの街並みを見ながらそんなことを呟く。


 夜になると街の門は閉じられる。昼間に比べて夜の方が人の往来が少ないというのもあるが、盗賊や魔物が侵入してくるのを防ぐためだ。いくら門の幅が限られているとはいえ、暗い中では何かを見落としやすい。

 日が沈みかけている今、徐々に兵士達の視界も悪くなっていくだろう。その前に、街の門を閉める鐘が鳴るはずだ。そうなれば、ここにいる兵士達の仕事は終わりである。


 もっとも、仕事終わりが近いからといって気を抜くわけにはいかない。そう兵士が視線を街の外へと向けようとした時、「お疲れさん」と声をかけられる。


「小隊長! お疲れ様です!」


「他の奴から聞いたぞ。大分、ここでの仕事に慣れてきたようじゃないか」


「そ、そりゃあそうですよ。もうそろそろ一年になりますから」


 たった今まで、少しだけ気持ちが浮ついていたとは言えず。小隊長から褒められた兵士は、頬を掻きながら視線を上に逸らす。


「!? しょ、小隊長! あれを!」


 兵士が逸らした視線の先――空の上を飛ぶ何かがいた。薄暗くなりつつある故、それが何かは分からないが、猛スピードでこちらに突っ込んできているのが分かった。


「ん? ああ、あれか」


「警戒態勢を――」


「あー、大丈夫だ、そのままで」


「小隊長!?」


 耳を疑う兵士。何か分からないものが迫っているというのに、何故、何も対応しようとしないのか。


 と、さらに兵士はそこで初めて、自分以外の全員が誰も慌てていない事に気付く。他の兵士達は皆、落ち着いた様子だ。


「そうか、最近兵士になったお前は知らないわな。ここ最近は現れてなかったから無理もない」


「え? もしかして、小隊長はあれが何か分かるのですか」


「ああ、一種の名物だったからな。でも、何かいつもより速そうだな……念のためちょっと離れておいた方がいいぞ」


 そう言って小隊長は周りにいる兵士を後ろに下がらせた。若い兵士も言われるがまま、今いた場所から離れる。


 段々と空を飛ぶものが近づき、その高度も下がり始める。そして、ついに明確に何か分かる距離まで迫った。


「ひ、人!?」


 飛んできたのは魔物でも鳥でもなく、ローブ姿の人間だった。地面にぶつかるスレスレでふわっと浮き上がったかと思うと、ゆっくりと門の前で着地する。


「ほら、エリスちゃん、着いたよ」


「…………」


「エ、エリスちゃん? もしもーし?」


 聞こえてきた可愛らしい声が二つ。よく見れば、ローブ姿の人間は、もう一人の人間を背負っており、どちらも女性らしい。


「な、何者――」


「やっぱり嬢ちゃんだったか! 今日も派手に来たな!」


 槍を向けようとした兵士を手で制し、小隊長がローブ姿の人間に歩み寄る。止められた兵士は「は?」と呆けた顔でそれを見ていた。


「す、すみません。どうしても今日中に街に入らないといけなくて」


「何かの急ぎの用事か? それなら、連れの者の身分証だけ見せてくれ。――うむ、通って良いぞ」


「ありがとうございます! ほら行くよ、エリスちゃん」


 そう言い残して、彼女は背負っていた女性を前に抱え直し、走って門をくぐり、そのまま地面を軽く蹴って、再び飛び上がっていった。


「しょ、小隊長! いいんですか!? あんな怪しい奴を簡単に街へ入れて!」


 街の上空へ飛び去った彼女を指差して兵士が小隊長を見る。


「いいんだよ。あれでも貴族様だからな」


「え? 貴族?」


「お前も聞いたことぐらいあるだろ。一年ぐらい前に貴族になった冒険者の少女のことを」


 この街でそれを知らない者はいない。もちろん、この兵士もだ。


「ま、まさか、さっきのが?」


「そのまさかだ。お前も良かったな、貴族様相手に槍を向けなくて」


 そう言われ、兵士は身震いする。そんなことをすれば、普通は一回で打ち首だ。


「ま、彼女は気にせんと思うがな。……っと、閉門の時間だ。お前達、最後の仕事だぞ」


 鳴り響く鐘の音を聞いて、小隊長は兵士達に指示をしながらその場を後にする。


「はあぁ~、そんな歩く罠みたいなの止めてくれよぉ~……飛んでたけど」


 若い兵士は槍にもたれかかるようにして、その場に座り込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「いや~、間に合って良かったぁ」


 ランドベルサの街の上を飛びながら安堵する恵菜。


 国王からエリスの即時帰還を求められ、温泉街ユムランを急いで発った恵菜達。普通なら三日かかる行程を一日に短縮するために、出発時には高速馬車を使っていたが、それでも二日かかる見込みだった。

 そこで恵菜はエリスだけでも早く送り届けるため、出発から二日目の今日、エリスを背負って高速で空を飛ぶという最後の手段を実行。馬のスタミナをはるかに上回る魔力量を活かし、馬車を上回る速度で進むことで、ギリギリ閉門の時間までに間に合ったというわけだ。


 ……が、常人がその高速移動に耐えられるかは別である。恵菜に背負われて移動している間に意識を手放した。お姫様抱っこをされている今も、まるで悪い夢にうなされているかのように、「う~ん……」と(うめ)いている。


「エリスちゃん、そろそろ起きて~。もうお城に着くよ~」


 さすがにこのままお城に連れて行くのはマズいと思った恵菜が呼びかける。

 意図してやったわけではないが、恵菜の絶叫アトラクションのせいで王女が気絶したというのは間違いない。処罰を回避したかったから急いだのに、結局処罰を受けてしまっては、笑い者もいいところだ。


「ぁ……エナ、ちゃん?」


「お、良かった。気が付いたみたいだね」


 無事にエリスが目を覚まし、王女気絶事件の証拠隠滅に成功する。これで処罰は、エリスが証言しない限り大丈夫だ。


「エ、エエエ、エナちゃん!? ま、まだ空を飛んでいるのですか!?」


 真下を見たエリスが、現在の状況を理解して顔を青ざめさせる。


「大丈夫、もうランドベルサには着いたから、あんな速く飛ばないよ」


「そ、それでもやはりこんな高い所を飛ぶのは抵抗があるといいますか……」


「街中を歩いていて王女だってバレたら、一瞬で人だかりができちゃうよ。急いでるんだから、飛んだ方が良いじゃない?」


「うぅ、せめてしっかりと抱えていてくださいね……ところで、リアナちゃんは一人で大丈夫でしょうか?」


 エリスが落ちないように、恵菜の首に手を回してしがみ付きながら、恵菜に問う。


「大丈夫だよ。あそこは強い魔物もいないし。むしろ、リアナちゃんが下手に馬車ごと燃やしちゃわないかどうかが心配かな」


 今ここにいるのは、恵菜とエリスの二人のみ。リアナは馬車で一人遅れて王都に到着する予定だ。恵菜が二人を運んで移動することもできたが、エリスだけが早く着けばいいので、少しでも早くするためにエリスだけ運んだのである。


 また、三人が一緒に移動すると、馬車だけが街の外に取り残されることになる。それでは馬車が魔物に襲われた時に対処できないので、リアナが一人残ったというわけだ。


「ふふふ。確かに、リアナちゃんならやりかねないですね」


「でしょ? おっと、もうお城の前だね」


 恵菜が地面に向かってゆっくりと降下し始める。その姿を見つけてか、お城から数人の兵士が出てきた。


「お帰りなさいませ、エリステリア様!」


 兵士達が地面に降り立ったエリスの前に跪く。


「ただいま戻りました。それで、お父様から緊急の用があると聞いていますが、今どちらに?」


「国王陛下は執務室です。エリステリア様一行の帰還を待っていらっしゃいます」


「分かりました。――それではエナちゃん。私はお父様に会ってきますので、ここでお別れですね」


「うん。じゃあ、また……」


 恵菜が別れの挨拶……をしようとしたところで、兵士から恵菜にも声がかかる。


「シモヅキ・エナ様も、国王陛下がお呼びです」


「え? 私もですか?」


「はい。一緒にいるようなら連れてくるようにと、国王陛下から命令されておりまして」


 まさかエリスを気絶させたのがバレたのか。もしくはリアナが主張した「一日半かかった行程はギリギリ一日」というのは通らないのか。

 そう思った恵菜は「用事ができました!」と言ってその場を去ろうかと考えたが、逃げたところで良い事は無い。


「何故、私だけでなく彼女まで?」


「申し訳ありません、そこまでは聞いておりません。直接、国王陛下から説明があるかと」


「そうですか。ではエナちゃん、お父様の所へ行きましょう」


「……はい」


「? 何か、嫌そうな顔をしてませんか?」


「き、気のせいだよ」


 お願いだから処罰とかの話じゃありませんように。そう祈りながら恵菜はエリスと共に国王の元へと向かった。

二日目のうちに帰れれば実質一日。


異世界言語マスターの少女は魔法使い

――最終章、始まります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ タイムリミットにギリギリ間に合ったっぽいようで一安心。 但し、御咎めなしとは限らない! ……ってヤツですかね(笑) 冗談は兎も角、呼び出しの理由も次回には明かさ…
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