お客さんを取り戻せ
「おっ、早速来たね。――ナーレイ! さっき言ってたお客さんが来たよ!」
恵菜達が食堂に着くと、それに気づいたミレンが厨房に向かって呼びかけた。
一瞬の間が空いて、一人の男性が顔を覗かせる。
「おお! 君たちが泥棒を捕まえてくれたお客さん達かい!?」
「達というか、捕まえたのはリアナちゃんですね」
そう言われたリアナが「楽勝よ!」と言わんばかりに、ドヤ顔で胸を張る。
そんな彼女のもとへ、ナーレイと呼ばれた男性は喜びを露にしながら駆け寄った。
「ありがとう! 今まで何度も気づかないうちに入られて、お客さんに不安な思いをさせてしまっていたんだ! 感謝してもしきれないよ!」
「え? あ、ああ、どうってことないわよ」
面と向かい合って感謝を伝えられ、戸惑うリアナ。自分が直接感謝されることに慣れていないのだろう。少し顔が赤くなっている。
「……ちょっと、何笑ってるのよ」
「え? い、いや、別に笑ってないよ?」
リアナに指摘された恵菜が慌てて否定する。実を言えば、エリスも後ろで笑っているのだが、笑顔でいることの多い彼女より、恵菜の笑顔の方に違和感を覚えたのだろう。
が、リアナの追求はナーレイの言葉によって阻まれる。
「それで朝食だったね。すぐに用意するから。――ミレン、手伝ってくれ」
「ええ。それじゃあ、三人はどこでもいいから座って待っていてもらえるかしら」
ナーレイとミレンが厨房へと戻っていく。
恵菜達が奥のテーブル席に座って待っていると、そう待たずして料理が並べられた。
サラダにベーコン、そしてパンと、一般的な宿の食事。だが、少し量は多めに見える。泥棒確保のお礼だろうか。
「さてと。用意もできたことだし、さっき言ってた話でもしようか。ああ、食べながら聞いてもらっていいよ」
朝食を用意し終えたミレンとナーレイが三人の近くへ座り、ミレンが先の約束通りに話し始める。
遠慮せずに食べるよう促された恵菜はパンを手に取って千切りながら、ミレンに問いかけた。
「ミレンさん。あの高級宿のオーナーが犯人だと思った理由は何ですか?」
「簡単さ。泥棒のやっていることが、アイツの目的に合っているからよ」
「目的?」
「そう。アイツには大きな目的があるのさ。私らの……いや、この街の宿を全て潰すっていう目的が」
「はあ!? 何よそれ!?」
思わずパンを取り落とすリアナ。エリスも目を丸くして驚いている。
「自分だけの宿にすれば、観光客はそこの宿に泊まるしかなくなる。それで利益を上げようってことですか」
「本人から聞いたわけじゃないけど、たぶん、それが理由ね」
「この街ができた時には、今より多くの宿屋があったんだ。ただ、今回みたいに信用を落とすような事件がどんどん起きたせいでお客さんが来なくなって、資金繰りが厳しくなって……今はもうほとんど残ってない」
「泥棒対策とかはどうしているのですか? それ程の大事であれば、兵士が動いてくれそうな気がしますが」
「ああ、もちろん頼んでみたよ。ただ、『店側の対策不足が原因』って全然話を聞いてくれない。ブラキンの宿には何かあるとすぐに対応に行くあたり、金で操られているんじゃないかって専らの噂だ」
「この街にはギルドも無いからね。私らだけで対策するしかないんだけど、何をしても気づいたら宿の中に侵入されて……。今日だって捕まえてもらうまで、全然気づけなかった」
「あー、それはコレのせいね」
と言って、リアナはスッと黒い布を取り出す。向こう側が少し透けて見えるぐらいの薄さのそれは、外套のように羽織れる作りになっている。
「何それ?」
「認識阻害の魔道具よ。泥棒が持ってたんだけど、こんな感じで相手に存在を気づかれにくくさせるの」
リアナがそれを羽織ると、驚くことに彼女の存在感が薄れていった。今は目の前にいた状態から使ったからこそ分かるが、もしこの状態で宿の外から入ってきても気づけるかは怪しいだろう。
「よ、よくそれで気づけましたね、リアナちゃん」
「まあ、認識しづらくさせるだけで、消えるわけじゃないしね。バレたくないなら足音ぐらい消せっての」
それを聞いて、恵菜は試しに魔力を感知してみようと試みる。
確かに、リアナがいる位置からは魔力を感じることができ、これならば誰かがいると認識することは可能だ。
「冒険者にも偶に持っている奴がいるんだけど、これ結構高いから、なんであの泥棒が持っていたのか不思議だったのよ。ただ、あのぼったくりが犯人だっていうのなら納得だわ」
「ちなみに、いくらぐらい?」
「ぼったくり宿に数泊できるぐらい」
それは高い。
恵菜はそう納得し、自分が使うとしたら自作しようと心の中で決めるが、ふと気づく。
「そういえば、どうしてリアナちゃん、それ持ってるの?」
「売ればお金になるかなって」
「……それって泥棒じゃないの?」
「大丈夫よ。ほら、盗賊の私物は捕縛者の自由にして良いってなってるじゃない」
「そうなの?」
「盗品じゃなければそうですが、それが盗品かどうかは分からないので何とも……」
盗品の届け出があれば、街の兵士の詰め所あたりに情報が行っているはずである。
が、それをリアナは拒否した。
「兵士が金で操られているかもしれないんでしょ。あのぼったくりから証拠回収のために嘘の届け出が出されていたら、これ取られちゃうんじゃない?」
「う~ん、確かにそうかも……」
そうなると、泥棒の引き渡しも躊躇われる。一応、この泥棒も一つの証拠なのだ。兵士に引き渡して捜査が進めばいいが、事件がなかったことにされてしまうかもしれない。
ちなみに、当の泥棒だが、宿屋の一室に閉じ込めてある。洗脳状態は維持されているので、逃げ出す心配は無い。
「ですが、ブラキンさんが裏で操っているというのも噂の話です。もう少し証拠になるようなものが欲しいのですが……。ナーレイさんとミレンさんは、他にブラキンさんが怪しいと思う要素はありますか?」
「……実は宿を開く前に資金が足りなくて借金をしたんだ。ただ、いつの間にか借金の利権がブラキンに移っていて、返済が滞った瞬間に宿を渡さないといけない契約に、問答無用で切り替えられていた」
「他の宿屋も同じ。経営が厳しくなって借金したら、全部ブラキンから借りたことになっていて、支払いができずに宿を奪われていったの。この宿ももうかなり追い詰められてるんだけど、お客さんが来ない事にはどうしようもないわ」
ブラキンの怪しい点を上げる二人。
だが、弱い。確かに怪しいとは思うが、やっている事自体は問題ないのだ。借金の権利の売買は普通に行われるし、支払いができない相手から何かを差し押さえることも契約によっては可能である。
表立っての活動は全て合法。裏での活動は噂止まりで証拠は無し。これでは糾弾したところで、こちら側が悪者に仕立て上げられかねない。
「……エナちゃん、リアナちゃん、少しいいですか?」
エリスはナーレイとミレンに一旦離席する旨を告げてから、恵菜とリアナを連れて少し離れた位置へ行く。
「あの、お二人に言うのはおかしいと分かっていますが、今回の件、どうにかして私達で解決できませんか?」
「今回の件って、この宿を救う方? 悪事を暴く方?」
「両方です。このままだと、この街が発展できずに衰退してしまいます。何とかそれを止めたいのですが……お二人に良い案はありませんか?」
宿屋が減って一つだけになり、そこが高額な値段設定しかしなくなれば、観光客が減る恐れがある。観光資源しかないこの街にとって、観光客の減少は死活問題。
王女であるエリスにとって、それは見過ごすことができない重大な問題である。だからこそ、何とかして被害を食い止めたかった。
「あたしがぼったくり野郎をしめに行くとか」
「できれば暴力的解決は無しにしたいです……」
半分以上私怨で占められたリアナの案が拒否される。リアナからそれ以外の答えが出て来なくなったということは、暴力的解決しか彼女は思いつかない様子だ。
残る頼みの綱は恵菜だけ。
「……悪事の方は分からないけど、宿の方は何とかなるかも」
「本当ですか!?」
「うん。要は、お客さんが来ないのが原因なんでしょ? だから、お客さんに来てもらえるようにすればいいんだよ」
「簡単に言うわね。できるの?」
「確実とは言い切れないけど――」
そう前置きしてから、恵菜は自分の考えを小声で語る。
「――どうかな?」
「……ちょっと恵菜が言っている意味が分からない箇所が多々あったけど、興味はそそられるわ」
「確かにお客さんが来てくれそうではありますね。私はエナちゃんの案に賛成したいです」
「あたしもいいわよ。ちょっとタダ働きになりそうなのはアレだけど」
「もし足りないようなら、私が支払いますよ。私からの依頼という形で」
「じゃあ、今の内容でいいよね?」
恵菜の確認に二人が頷いた。
「じゃあ、あの二人から許可を取らないといけないね。私達が親切心でやったことが、二人にとって不要なことかもしれないし」
余計なお世話というやつである。後からトラブルになる可能性がある以上、勝手なことはできない。
「では、その役目は私がやります」
「大丈夫?」
「はい。こう見えて交渉事は慣れていますし、内容はエナちゃんからさっき聞いたばかりですから」
エリスは自信満々にそう言う。
王女ともなれば、よくそういった席に着くこともあるのだろう。恵菜はエリスに任せることにして、何かあればサポートする立ち位置で様子を見ることに決めた。
「すみません、お待たせしました。それで、お二人にお話があるのですが、私達を一時的に雇っていただけないでしょうか?」
エリス達は元の席へ戻ると、ミレンとナーレイにそう持ち掛ける。
「雇う?」
「はい。お二人の宿に、お客さんを取り戻す手伝いと、泥棒などの不審者から宿を守ります。実力については既に見ていただいた通りだと思いますが……リアナちゃん、アレを見せてあげてください」
「ん? ああ、これのこと?」
そう言って、リアナは冒険者カードを取り出す。
金色に光るそれを見た二人は、椅子から転げ落ちそうになるぐらいに驚いた。
「き、金色の冒険者カード!? まさか、金ランク冒険者なのか!?」
「なんでそんな冒険者がここに……!?」
「単に友人との旅行兼護衛に来てるだけ。その辺の泥棒程度、簡単に取り押さえられるわ」
リアナが得意げにそう言い切る。金ランクの冒険者を相手にできる泥棒など、おいそれといるわけがない。
「それで、どうでしょう? 悪い話ではないと思いますが」
「確かに願ったり叶ったりだけど、うちに金ランクの冒険者を雇う程の金は……」
金ランクの冒険者へ依頼するのは、普通にギルドへ依頼するのとは話が違う。内容にもよるだろうが、最低でも銀貨数十枚は必要だ。もし金ランクにしかできない依頼となれば、報酬は金貨が必須となる。
「安心してください。報酬は後払いで良いですし、お客さんが増えなかったら払わなくて構いません」
「後払いって、その額は……?」
「そうですね……」
恐る恐る尋ねるナーレイ。
それに対し、エリスは少し悩む素振りを見せた後、笑顔で答えた。
「私達の宿泊額をタダ、でどうでしょう?」
その条件は、二人が迷わず頷くぐらいに魅力的だった。
あの認識阻害の魔道具、魔改造されそう。




