模擬戦闘会
朝――先生が来るまでの時間というのは、まるで休み時間みたいな賑やかさがある。友人同士の生徒がグループになって談笑しあう様子は、編入してから何度も見て来た光景だ。地球で学校に行ってた時もそういった光景は当たり前だったし、こっちでも毎日の事なんだろうと思ってた。
ただ、今日は少し違った。
教室に入った瞬間、空気がピリピリしていることが分かった。早くから席に着いて集中を高めていたり、何かの動作を確認していたり。普段は友人同士の生徒達も、一定の距離を保っている。
うーん、テスト前の空気に似てるかな。誰も話さないのはちょっと怖い。こんなのが五日間も続くのかな。
「ナキちゃん、おっはよー!」
……いや、一人はいつも通りだ。
「おはよう、ネンシーちゃん」
「ついに模擬戦闘会ですなー。どうかね、調子の方は?」
「何その話し方」
「ふっ、初の模擬戦闘会で緊張してたら、それをほぐしてあげようかなーっていう友達の気遣いだよ」
どうやら親切心からの言動らしい。ただ、方向性がブレ過ぎてよく分からないことになっている。誰の真似なんだろう。
「大丈夫、緊張はしてないから」
「それはつまり、誰が相手でも楽勝だってことかな? 強気だね~」
「もう、そこまで言ってないでしょ。ただ、簡単に負けたくはないかな」
学年順位に直結する模擬戦。普通なら勝つことが求められる。ただ、難しいのは、今の私は全員に勝つわけにはいかないってところだ。
全員に勝つということは、私の学年順位がトップになるということ。普通に学校生活を送るのなら問題ないけど、今は行方不明事件の解決が優先。その事件の犯人が狙いやすい生徒を演じる必要がある。最近はトップ成績の生徒が行方不明になったけど、全体的な傾向としては狙われにくい。
だから、目指すなら中の上あたり。トップクラスの生徒に負けて、他の生徒には勝つ、みたいな感じだ。当然、勝ち方も負け方も不自然に思われちゃいけない。
「えー、友人である私が相手のときは容赦してよー」
「その理屈だと、今回が模擬戦闘会初めての私にも容赦してくれるのかな?」
「私はどんな相手でも全力だよ!」
理不尽だ。
「じゃ、もうそろそろ行こうか」
「行くって、どこに?」
「演習場。模擬戦闘会の時は、教室じゃなくて演習場が集合場所なんだよ」
初めて知った。それ、知らないの結構危なかったんじゃ……。
「あれ? でも、何人か教室にいるのは……」
「こっちにいた方が落ち着くんだと思うよ。演習場は何人かが動きの確認とか練習とかしてるし。あ、ちなみにだけど、この教室にいる生徒達は学年上位ばっかりだから」
「へぇー。じゃあ、ネンシーちゃんも?」
「ふふん、どうだろー? そんなことより、早く演習場へ行こ!」
私のカマかけは軽く流される。実際、ネンシーちゃんの実力ってどんなものなんだろうか。正拳突きはかなり様になっていたように見えたけど。
……まあ、いっか。とりあえず、最初は勝つことだけ考えよう。
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「――ほんとだ、皆いるね」
演習場に移動すると、教室にはいなかった生徒が既に集まっていた。ネンシーちゃんの言う通り、何人かは自分の動きを確認するように、あちこちで練習をしている。
……おや?
「ネンシーちゃん。模擬戦闘会の担当はバルセス先生以外にもいるの?」
模擬戦闘というぐらいだから、てっきり担当する先生はバルセス先生だと思っていた。事実、演習場には既にバルセス先生がいて、練習する生徒にアドバイスをしている。
ただ、それ以外にもカーシャ先生やルーシャス先生、他にも何人かの先生が同じように生徒の様子を見ていた。
「いるよー。各模擬戦の審判は先生がやるんだけど、模擬戦は同時並行でいくつかやるからね」
「あ、だから同じ数だけ先生が必要になるんだ」
「そういうこと。ま、単純に見学している先生もいるけどね。自分の研鑽会にいる学生の順位とか気になる先生もいるみたいだよ」
「なるほどね」
よく見れば、先生がアドバイスしているのは、先生の研鑽会に所属する学生だ。自身が教えている学生に上位へ行ってほしいのは当然か。
ただ、予想通りというか、フィレクトル先生はいないね。所属したのはついこの前だし……いや、今後何日経っても、フィレクトル先生は来ない気がする。
「あ、鐘――」
「全員、注目―――――!」
鐘の音が鳴ると同時に、それをかき消さんばかりの大声量でバルセス先生が叫ぶ。突然の大声に、一瞬、心臓が跳ねあがった。
「これより、模擬戦闘会を始める! 今まで学んだこと! 今まで磨き上げてきたこと! それらを存分に発揮し、全力を出し切ってくれ! そんな長い話はさておき、今から今日の組み合わせを発表する!」
あまり長くもない話を切り上げて、バルセス先生が横に置いてあった木製の小さな円盤を手に取る。それを――
「――いくぞ! 全員、受け取れ!」
生徒一人一人に投げ始めた。投げられた円盤は寸分の狂いもなく、各生徒の正面へと飛んでいく。編入試験の時といい、先生、その技術どこで身に着けたんですか。
「おっと」
そんな私のところにも円盤。落とさずにキャッチできた(意外と受け取りやすかった)円盤には赤色の数字が描かれていた。
「書かれている番号のコートが模擬戦の場所だ! 各自、そこへ移動するように! 対戦の順番は赤、青、緑、茶の者から順に行う!」
なるほど。私の相手は同じコートの赤色の人ってことか。
「揃ったか。では午前の模擬戦を行う」
指定されたコートへ行くと、既に私以外の生徒と審判役の先生が待機していた。ただ、そこに友達と呼べる仲の生徒はいなかった。まだクラス全員の名前と顔を覚えきれてないんだよね。ついでに言うと、審判の先生も初めましてだ。
「まずは赤色の生徒同士からだ。赤色の生徒はコートに残り、その他の者はコートの外で待機するように」
そう言われて、六人の生徒がコート外へ。残ったのは私と……。
「マジ!? 初戦はナキちゃんか!」
対戦相手が私と分かって何故か大喜びする男子生徒だった。どこかで見覚えがあるなぁと思ったら、編入初日に恋人がいるか聞いてきた人だ……。
「よ、よろしく」
「ああ、よろしくな! ――よし! ちょっと俺がどれだけかっこいい男か見せないとな!」
やる気満々だ。でも、模擬戦闘なのに、見た目にこだわるのは何でだろう。ビジュアル点でもあるのかな。
「第一試合を始めるぞ。残った二人、準備位置へ。準備ができたら開始だ」
先生にそう促されたので、コートに記された丸印へ。反対側の丸には、謎の決めポーズを私に向けてくる男子生徒がいる。
「準備は良いか?」
「大丈夫です」
「はい! この模擬戦に勝って、俺の方がお相手より魅力……」
なんかブツブツ言ってる。始まる前から詠唱は許されるのかな?
「では――始め!」
「いくぜ! 『我が望むは石の槍! 頑強なる石の槍は全てを破壊する! ストーンランス!』」
詠唱して準備したかと思ったら、彼は中級の土魔法――ストーンランスをもう一回詠唱して飛ばしてきた。詠唱はかなりの早口。スピードを重視した感じかな。
でもね、詠唱がちょっと雑だよ。
『アクアウォール』
「なぁ!?」
私の張った水の壁に阻まれて、ストーンランスが一気に砕け散る。相性は私が不利だけど問題ない。発音も音の強弱も所々違うその詠唱なら、魔力を大量に込めない限り威力が低くなる。詠唱をするのなら、正しくしないと駄目なんだよ。
そう、詠唱するならね。
「も、もう一回だ!『我が望むは石の槍! 頑強なる石の槍は――』」
「遅いよ? 『アクアランス』」
「ぎゃあ!?」
また同じ魔法を同じ方法で飛ばそうとする前に、アクアランスを発動。それをぶつけたところで、相手から光が散った。
「そこまで!」
先生が試合終了の合図をして、私の方の手を挙げて勝者を示す。ミガワーリがちょうど壊れる威力のアクアランスで勝ったってことは、何もせずに受けたのかな。
うーん、勝ったんだけど、喜べない。あまりにも呆気なさ過ぎて……。
「ナ、ナキちゃん……中級魔法の詠唱も、省略できたのか……」
「え? うん、一応」
「くっ、しかも一撃……予想外、だぜ」
そう言い残して、彼は崩れ落ちた。怪我してないのに。
「中級魔法の詠唱を省略し、あれだけの威力。さすがは編入生だ」
先生がなんか感心してる。省略なんて皆やって……いや、待った。
「中級魔法の詠唱省略をする生徒ってどれぐらいいるんですか?」
「順位が上位の生徒は基本できる。ただ、威力の減衰がここまで少ない者は珍しいな」
……どうやら、順位は上の下を目指す必要がありそうだ。
目標の上方修正。
物凄く遅いですが、あけましておめでとうございます。
今年もコツコツと物語を更新していきたいと思いますが、できればもっと早いペースで更新したいです。




