ヒルデの困り事
今回はヒルデ視点です。
最近、ギルドに新人の方が冒険者登録をしにきた。
ギルドで職員としての仕事を初めてから早数年、私は今までにたくさんの人の冒険者登録を行ってきたけれども、女性、それもかなり若い女の子が来ることは今までなかったため、最初は何か依頼の申請に来たのかと思った。
彼女はギルドに初めて来たらしく、どうすればいいのか分からないようだった。
少し辺りを見回すその姿から勝手が分からないと判断して、こちらから声をかけてみると、なんと彼女は冒険者になりたいらしい。
冒険者になる条件は十歳以上で犯罪歴がないこと。
ただし、十二歳未満の場合、親の許可が必要になる。この女の子は見た目からギリギリ十二歳といったところか。
恐らく女の子もそれを知っており、最近十二歳になって登録にきたのだろうと思い、登録をするか確認する。
しかし、彼女が言葉を紡ぎ終える前に、一人の冒険者が会話に割り込んできた。銅三ランクのオーランさんだ。
最近、銀ランクへの昇格が上手くいかずに荒れていると聞く。
話を聞く限りだと、女の子が冒険者になることが気に食わないようだった。
お酒が入っているようで、少し口が悪い。宥めようにも聞く耳を持ってくれない。
しばらくオーランさんと押し問答を続けていると、今度は女の子が自分の腕に自信があると言い出した。
この口論を収めようとしたのかもしれないが、オーランさんはさらに声を荒げ、私ではなくその女の子へ向かって暴言を吐く。
すると、暴言を受けた女の子の雰囲気がガラリと変わった。
さっきまでごく普通の女の子だったのに、今は怒った目つきでオーランさんを見据えている。
言葉遣いもさっきとは打って変わり、まるで別人になったかのようだった。
だけど、この状況は非常にまずい。
女の子の方はまだ理性を保っているように見えるが、オーランさんは今にも襲い掛かりそうな雰囲気だ。
これが冒険者同士ならまだいい。
ギルド内での揉め事は日常茶飯事であり珍しくもない。
それを一々問題として取り扱っていては、ギルドの運営が滞ってしまう。
でも、今揉めている女の子はまだ冒険者ではなく一般人だ。
冒険者が一般人に襲い掛かったとなれば、その冒険者だけでなくギルド全体の信用にかかわる。
そして、ついにオーランさんが武器を構える。
最悪の事態に発展する前に止めようとしてみたが、オーランさんの怒りは収まりそうにない。
オーランさんが言う分には、実力を示してみろということらしい。
武器も持たない女の子相手に、それはいくらなんでも酷だ。
そう思っていたのだが、前触れもなくオーランさんの頭上から水が降り注ぐ。
一瞬何が起こったのか分からなかったけれども、状況的に女の子がやったとしか思えない。
魔術師らしい服装をしていることから、女の子は魔術師であり、今のは水魔法を使ったのだろうと予想できる。
この若さで補助用の杖も持たずに無詠唱で魔法を発動できるとは、女の子の魔法の才能は相当のものだろう。
不意を突いたとはいえ、女の子の実力は十分示したはずだった。
しかし、オーランさんは認めたくないのか、一気に距離を詰めて彼女へと斧を振り下ろしにかかる。
あそこまで接近されれば再度距離を取ることは難しく、魔術師が戦士相手に勝つのはかなり厳しい。
女の子が大怪我をするところを見たくないあまり、私は女の子から目を背ける。
次に聞こえてきた音は、人を切り裂くものではなく木を思いっきり砕いたような音だった。
恐る恐る音がした方向に目を向けてみると、斧が床に突き刺さっており、女の子はそこから少し離れた位置に立っていた。
女の子がどうやってあそこまで一瞬で移動できたのか分からなかったが、次の瞬間、オーランさんの頭に何かがぶつかり、オーランさんがそのまま仰向けに倒れ込んだ。
また無詠唱による魔法だろう。
魔法がほとんど見えなかったということは風魔法だろうか。
近くの冒険者の方々がオーランさんをギルドの外へ運びだし、騒動が収まったため女の子の冒険者登録を行う。
女の子の名前はシモツキ・エナというらしい。
十二歳だと思っていたが、渡された登録用紙には十五歳と書かれてあって驚く。
思わず確認してしまい、彼女を少し落ち込ませてしまった。
許してもらったが、自らの不注意は反省しないと。
彼女にギルドと冒険者に関する説明を行い、依頼を受けていくか確認したが、時間も時間なので今日はやめるらしく、この街の宿でおススメはどこか聞いてきた。
南門の調査票を持っていたということは、彼女は平原か草原を歩いて今日街に来たばかりということだろう。
先程の騒動もあって疲れているのではないかと推測した私は、小さいが部屋にお風呂がある宿を勧めた。
次の日、彼女はその事に対してわざわざ感謝を伝えに来た。
どうやら気に入ってくれた様子。勧めた甲斐があってよかった。
そして、彼女はついでに依頼も受けるらしい。
受け取った依頼書の内容を確認してみたが、建築資材の運搬とある。
建築資材ということはかなりの重量のはずだ。昨日人を見かけで判断して痛い目を見たばかりだが、どうみても彼女に力仕事ができる程の力があるようには見えなかった。
別の依頼にした方がいいのではないかと彼女を説得してみたが、本人は大丈夫だと言い張っている。
あまりの意思の固さに私は説得を諦め、依頼の受注手続きを行った。
一度失敗を味わって自分の限界を知るのも良い経験だと思う。
手続きが完了すると、彼女はすぐにギルドから出て行った。
だが、一時間ほどで戻ってきた彼女の手には、依頼達成を示す依頼者のサインが書かれた依頼書があった。
私は自分の目がおかしくなったのかと思ったが、依頼書に書かれているサインは本物だ。
まさかこんなに早く依頼を達成してくるなんて思いもしなかった。
さらに、彼女はまだ依頼を受けるつもりらしい。
冒険者が一日に受ける依頼の数は通常一つか二つで、二つ受けるにしても間に休憩を挟む。
それなのに、彼女はすぐに次の依頼を受けたいらしい。
一応休憩を挟むことを勧めてみたが、やはり聞くことはなかった。
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エナさんが依頼を受け始めて二日後、当然のようにエナさんは今日も依頼を受けに来ていた。
しかし、毎日いくつもの依頼を受けるエナさんに対して、今日ばかりは一つ言わなければいけないことがある。
「エナさん」
「何ですか?」
「一度依頼を受けるのをやめて、休息してはいかがですか?」
私はエナさんに対して何度目かの説得を始める。
「ギルド側としましても、冒険者の方が依頼をどんどん達成していってくれることは歓迎すべきことです。ですが、エナさんの依頼の消化速度は早すぎます。冒険者になってから毎日依頼をいくつも受けていますよね。無理をし過ぎては体を壊してしまいますよ?」
そう、エナさんは今まで依頼を三つ以上受けなかった日がない。
お金が必要なのかもしれないが、体の疲れを無視して無理をしているのではないかと思って、休息をするように説得する必要があると判断したのだ。
「大丈夫ですよ、全然疲れてませんし」
だが、やはりエナさんはいつも通り素直に聞いてはくれない。
うぅ……このままではいつもと同じように、説得に失敗して依頼の受注手続きをしてしまいかねない。
冒険者が過剰に働くのを防ぐこともギルド職員の仕事だ。何とか粘るんだ、私!
「で、ですが、一般的な冒険者の方々と比べて異常な程の依頼受注率ですよ。普段から無理をしているとしか思えません」
「……え、私の仕事量ってそんなにおかしいんですか?」
……おや、これは手ごたえありなのでは?
「冒険者が一日に受ける依頼は多くて二つぐらいです。それに、依頼と依頼の間には休憩を挟むのが普通で、休息日を設けている方もいるぐらいです。はっきり言って、休憩無しのエナさんはおかしいです」
「うっ……」
おかしいと言われたのが心に突き刺さったのか、エナさんの表情が少し引き攣る。ここでもうひと押しすれば……!
「依頼の達成速度にしてもそうです。毎回受注してから遅くても数時間後には達成して戻ってきますし、早い時では三十分ということもありましたよ。そんなに早く依頼を達成してくる冒険者はエナさん以外にいません」
「…………」
「エナさんが優秀な冒険者であることは間違いありませんが、依頼を達成することだけが冒険者のすべきことではありません。体を休めて、いつでも万全な調子でいることも、冒険者には必要なことです」
「でも――」
「でもじゃないです! いいから少しは体を休めてください!」
未だ納得いかないといった表情のエナさんを無理やり丸め込みにかかる。
「……分かりました」
「やっと分かってくれましたか」
エナさんがしぶしぶといった表情をしている。これは上手くいったのでは?
「じゃあ明日は休息日にするので、今日は依頼をいっぱい受けておきますね!」
「全然分かってないじゃないですか!」
俯きがちだった顔を上げて、笑顔でそう言うエナさん。
どうやら私の勘違いだったようだ。今回も説得には失敗したらしい。
結局、私は今日もエナさんがいくつもの依頼を受注することを許可してしまうのだった。
ヒルデさんの悩みの種が増えました。
次話は明後日更新予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




