初仕事
朝日が昇って鳥が鳴き出す時間帯になった頃、恵菜はまだベッドの上で眠っていた。
いつもはもう少し早起きなのだが、久しぶりに地面の上以外の場所で寝たこともあり、完全に熟睡してしまったらしい。
「……んみゅ」
だが、窓から差し込む朝日の眩しさに目が覚めたのか、恵菜は意味不明な言葉を出しながらベッドから起き上がる。
「……もう朝かぁ……」
窓の外を見た恵菜は、もう起きなければいけない時間帯であることを認識し、そのまま浴室の方へ行って顔を洗う。
「――ふぅ。随分ぐっすり眠ってたのね、私」
顔を洗ったことで完全に意識が覚醒した恵菜は、簡単に身だしなみを整えてから食堂へ向かう。
「おう! 起きたか、エナちゃん」
恵菜が食堂に入ると、テーブルを片づけていたタールが恵菜に声をかける。
「おはようございます、タールさん」
「おはようさん。すぐにここ片づけるから待ってくれな」
順番待ちをしている人はいないものの、食堂の中は昨日の夜以上に人が多く、タールが片づけているテーブル以外の席は全て埋まっていた。
「よし、片づけ終わったぞ」
「ありがとうございます」
厨房の方へと食器を運ぶタールに感謝しながら、恵菜はたった今片づけられたテーブルへと座る。
「昨日と内容が違うのね」
メニューを見た恵菜は、提供される料理が昨日の夜とは異なっていることに気が付く。
この食堂では、朝と夜で別のメニューとなっているようだ。
「エナちゃんよ、注文は決まったか?」
しばらくすると、食器を持っていったタールが戻ってきて注文を取りに来る。
「すみません、まだ決まってないんです。文字は読めても、どんな料理なのかまでは分からなくて……」
「そうか。ならどんなものが食いたいか言ってくれりゃあ俺が作ってくるぞ」
「そうですね……あまり重くないものがいいです」
「分かった! じゃあ今から作ってくるから少し待っててくれ」
恵菜の希望を聞いたタールが厨房へと引っ込んでいき、数分程で料理を運んでくる。
「ほい、お待ちどおさん!」
タールが作ってきたものは、パンの間に野菜や肉が挟まれたサンドイッチだった。
「軽めの朝食にはもってこいなんだが、他のが良かったら言ってくれ」
「いえ、これで大丈夫です。いただきます」
特に料理に不満があるわけではない恵菜はサンドイッチを食べ始める。
「どうだ?」
「おいしいですよ。簡単に作れる料理とは思えないぐらいです」
「だろ? 俺が作ったんだからな!」
恵菜の感想を聞いたタールは昨日と同じようにガハハと笑い、そのまま厨房へと戻っていく。
運ばれてきた料理を全て食べ終えた恵菜は、一旦自分の部屋へと戻り、冒険者としての初仕事をするためにギルドへと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギルドに到着した恵菜が中へ入ると、昨日と同じように恵菜へ向けて視線が注がれる。
だが、その数は昨日よりも少なく、ほとんどの視線はすぐに散っていく。
昨日の揉め事は多くの冒険者が目撃しており、目を付けられてまた何か変な人に絡まれないか心配していた恵菜だったが、どうやら杞憂の終わったようだ。
目立つのが好きではない恵菜は、また何か問題が起きる前にと、自分が受けられる依頼が貼ってあるボードへと向かう。
冒険者になったばかりの恵菜が受けられる依頼は、街の中でできて報酬の安いものがほとんどだ。
一回の依頼の報酬だけでは宿代のみで消えてしまうため、恵菜が冒険者稼業だけで生きていこうとするのなら複数の依頼をこなす必要がある。
「これにしようかな」
ボードに張り付けられたいくつかの依頼書を眺めていた恵菜は、その中の一つを選んで剥がし、三つあるカウンターのうちヒルデのいる場所へと持っていく。
「エナさん、おはようございます」
「おはようございます、依頼の受注をお願いしたいんですが」
「分かりました、では冒険者カードと依頼内容を拝見いたします」
恵菜はヒルデに冒険者カードと依頼書を渡す。
「えっと、依頼は……荷物の運搬、ですか?」
依頼内容を確認したヒルデが少し困惑したように尋ねる。
「はい、何かまずかったですか?」
「こちらの依頼は運ぶ荷物が建築資材となっています。運ぶ距離は長くないようですが、とはいってもかなりの重さがあります。エナさんは魔術師でしょうから、失礼ながら力仕事は向いていないのではないかと……」
「大丈夫ですよ。ほら、人は見かけによらないって言うじゃないですか」
得意げに恵菜はそう言うが、恵菜の見た目はどう見ても力仕事とは無縁の普通の女の子だ。
また、魔術師が体力仕事を行うことなどほぼあり得ないことから、ヒルデは恵菜が依頼に失敗する恐れが高いと判断したらしく、未だに心配するような表情をしている。
「で、ですが、依頼に失敗すれば冒険者としての信頼が落ち、依頼を満足に受注できないといった可能性が――」
「何か作れと言われれば無理かもしれませんけど、運ぶだけなら心配ないと思います」
しばらく恵菜を説得しようと試みるヒルデだったが、いくら説得しても恵菜が諦めることはなく、結局ヒルデが折れることになった。
「――分かりました……しばらくお待ちください」
ヒルデが依頼の受注手続きを行い、冒険者カードと受注の印が押された依頼書を恵菜へと渡す。
「冒険者カードと依頼書をお返しいたします。依頼者にそちらの依頼書を見せてください。依頼内容の説明をしてくれると思います」
「はい、それじゃあ行ってきます」
ヒルデは未だに不安そうだったが、それに気づきもしない恵菜は早速依頼の場所へと向かうのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギルドに建築資材の運搬を依頼した親方は、てっきり力自慢の男が来るものだと思っていたため、恵菜が受注印のある依頼書を持って現れた時に自分の目を疑った。
これがガッシリとした筋肉のついた体格の良い女性であれば、親方も心配することはなかっただろう。
だが、今親方の目の前にいるのは、魔術師の恰好をした普通の女の子である。
こんな少女が重い資材の運搬なんてできるのか。まさかギルド側がミスをしたのか。
親方はそんなことを考えていたが、恵菜が軽々と荷物を運び始めたのを見てそれらの疑問は吹き飛んだ。
何せ、たくさんの建築資材が入った箱を、屈強な男達より小さな女の子が次々に現場へと運んでいくのだから。
箱は一つだけでもかなりの重量がある。
親方がいつも頼んでいる運び役の男でさえ、背中に担ぐタイプの補助器具を用いても同時に四個が限界だ。
だが、あろうことか親方の目線の先にいる少女はそれを同時に八個も背負って運んでいる。
「マジかよ……」
目の前の光景が信じられず、親方はそう呟かずにはいられなかった。
いくら恵菜の身体能力が高いからといって、流石に八個も同時に運ぶのは不可能だ。
ならばどうしているのかというと、魔力で更なる身体能力の強化を行い、いつも以上の力を出せるようにしているのである。
恵菜は普通の状態でも三つか四つまでなら同時に運ぶことができる。
だが、運ぶ荷物の量が多かったため、早く終わらせるために恵菜は強化を使うことにしたのだ。
その結果、半日はかかるであろう作業を一時間程度で終わらせてしまった。
「全部運び終わりました!」
「すげぇな、もう終わっちまったのか」
恵菜は運搬が終わったことを報告すると、親方から驚きと喜びが入り混じった反応が帰ってくる。
「他にはもうないんですか?」
「あぁ、今ので全部だ。いやー、それにしても助かったぜ。いつも頼んでた奴が腰を痛めちまってな。最悪工事期間の延期も考えてたんだが、むしろあんたのおかげで早く終わりそうだ。ありがとよ」
「感謝なんてしなくても……私は自分の仕事をしただけですよ」
「仕事だとしても、あんたは期待以上の働きをしたんだぜ。感謝の一つや二つはして当然だ」
「そこまで言ってもらえると、私も頑張った甲斐がありました。あ、依頼完了の承認をお願いします」
「おう」
親方は恵菜から依頼書を受け取り、承認欄に自分のサインを書いて恵菜へと返す。
「しっかし、あんたみたいな女の子があれ程力持ちなんてな。冒険者ってのは皆そうなのか?」
「うーん、私は他の冒険者がどんな感じなのか分からないので……」
冒険者全体を探した場合、恵菜と同様の働きができる冒険者は何人もいるだろう。
だが、それが女性、しかも恵菜のような体格に限定するならば、恐らくその人数はゼロに近い。
「どうだ、うちで建築の仕事をしてみる気はねぇか?」
「私は冒険者ですから」
親方の勧誘に首を振る恵菜。親方も断られることを知っていたかのように、「だよなぁ」と言って笑う。
「じゃあ私は依頼の報告をしにギルドへ戻りますね」
「おう! また何かあったら頼むぜ!」
親方に見送られ、恵菜は依頼の報告しにギルドへと戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……早かったですね」
「一時間ほどかかっちゃいましたけどね」
「一時間で終わる内容ではありませんよ」
ヒルデは呆れるような声でそう言いながら、達成報酬を恵菜へと渡す。
ヒルデはギルドへ戻ってきた恵菜を見つけた時、あまりの早さに諦めて戻ってきたのかと思ったが、依頼達成のサインを見せられて信じられないといった顔になった。
達成するまでに時間がかかることはおろか、達成できるかどうかすら不安であったのに、たったの一時間で達成してきてしまったのだから無理もない。
しかも、本人はまだまだ元気いっぱいらしく、新たな依頼書をヒルデに見せてきた。
「それで、次にこれを受けたいんですが」
「あの、エナさん……先程依頼を受けたばかりですよ?」
「ダメですか?」
「ダメというわけではありませんが……荷物の運搬を終えた直後ですよ。少し休憩を挟んだほうがよろしいのでは?」
「ん~、それ程疲れてはいないんですよね。それに、依頼もたくさん達成しておきたいですから」
恵菜の言葉を聞いて、ヒルデは呆れを通り越して少し頭が痛くなってくる。
恐らく、ヒルデがこれ以上休憩するよう説得しても恵菜は聞かないだろう。
「分かりました……では、手続きが終わりましたので依頼書をお返しいたします」
「ありがとうございます」
ヒルデが恵菜に依頼書を渡すと、恵菜はまたしてもすぐにギルドから出ていった。
あまりの元気の良さに、見ている側が疲れてきそうである。
結局、恵菜はこの日のうちに五つの依頼を達成することになる。
その後もハイペースで依頼を達成していった結果、二日後には銅二ランクへと昇格した。
人を見かけで判断してはダメ。
次話は明日更新予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




