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宿での休息

今回は恵菜視点となっています。

 ギルドを出てから北に向かってしばらく歩いていると、『川のほとり』と書かれた看板を掲げた建物が見えてくる。

 ギルドで受けた説明通りなら、ここがヒルデさんが教えてくれた宿屋のはず。


「いらっしゃい」


 中に入ると、受付らしき所にいた女性が声をかけてきた。

 四十代くらいに見えるけど、女性に年齢を聞くのは失礼だから確認はしない。


「泊まりたいんですが大丈夫ですか?」


「宿泊だね、まだ部屋に空きはあるから大丈夫だよ。一泊食事なしで銅貨八枚、朝食と夕食付ならそれぞれ追加で一枚だ」


 食事付きで銅貨十枚ということは、私の今の手持ちから考えて約三ヶ月泊まれることになる。


 どれくらいこの街に滞在するのかまだ決めてないけど、とりあえず三日ぐらいでいいかな。


「二食付で三日間お願いします」


「はいよ。じゃあここに名前を書いておくれ」


 女性から宿泊者の名前が書かれた名簿を受け取り、自分の名前を書く。


 これ、他の人の名前も見えちゃってるけど大丈夫なのかな?


「書きました」


「どれどれ……名前はシモヅキ・エナちゃんだね。三日間の宿泊費は銅貨三十枚だよ」


 手持ちのお金は銀貨しかないので、銀貨一枚を女性に渡し、お釣りの銅貨七十枚を受け取る。


 銅貨は日本の一円玉より少し小さめのサイズでそんなに重くはないんだけど、やっぱり七十枚もあると結構かさばる。


 財布代わりの皮袋は一つしかないから、銅貨も銀貨と同じ袋へと入れるしかない。

 お金の種類毎に専用の財布を持った方がいいのかも。


「はい、これが部屋の鍵ね。二階へ上がって一番奥にある右側の部屋だよ。食事は必要になったら一階の食堂で食べられるから」


「分かりました。えっと……」


「ん? あぁ、自己紹介がまだだったね。あたしの名前はナセル。この宿、『川のほとり』の管理人さ」


「ナセルさんですね。しばらくの間よろしくお願いします」


「おやおや、ご丁寧にどうも。何かあったら遠慮せずに聞いておくれ」


「はい、ありがとうございます」


 ナセルさんとの会話を終え、二階へ上がって自分の部屋へ向かう。


 二階には部屋が十部屋あった。一階に部屋はなかったし、この宿の部屋数はこれで全部ということかな。


 宿屋にしては少ない気がするけど、この世界ではこれが普通なのかもしれない。


 奥へと進んで、鍵に書かれた番号と同じ番号の部屋へと入る。


 宿の外見と同じく木造の部屋で、家具はベッドが一つにテーブルと椅子が一セットと非常にシンプルだった。


 あと、部屋に入ってすぐ右側にはもう一つドアがある。

 何の部屋なのか、中がどうなっているのかが気になったので、扉を開けて中を確認してみる。


「――これ! お風呂!?」


 浴槽とお湯が出る魔道具が備え付けられたそれは、小さいが紛れもなくお風呂だった。


 私がこの世界に来てからお風呂なんて入ったことはおろか、見たことすらない。


 日本人としては毎日お風呂に入りたいところではあったけど、この世界ではお風呂があまり浸透していないのかもしれない。


 ユーリエさんの家でも水を絞った布で体を拭くことしかできなかったし、こんな場所でお風呂に出会えるなんて思ってもみなかった。


 もしかして宿の部屋数が少ないのは、部屋毎にお風呂があるからかな?


 ヒルデさんにはゆっくり体を休められる宿を希望したけど、この宿は私の期待以上の場所だった。


 こんな良い宿を教えてくれたヒルデさんには感謝しないといけない。

 今度会った時に改めてお礼を言おうっと。


 先にご飯を食べるかお風呂に入るか考えていたけど、夕食の時間にはまだ早かったから先にお風呂に入ることに決めた。


 森や草原を歩いている時は、アクアボールとファイアーボールでお湯を作って、誰かに見られないようにダークミストの中で体を拭くことしかできなかった。


 今日やっとトランナに着いたばかりだから長旅の疲れが残ってるし、早いとこ汗も流したい。


 早速浴槽にお湯を入れ、お湯が溜まってから手を入れてみる。


 うん、いい感じ。お湯加減がバッチリなのを確認して、服を脱いでからゆっくりお湯に浸かる。


「――は~、生き返る~」


 お湯の温かさが私の体を包み込み、久しぶりのお風呂に思わず声が出る。


 やっぱりお風呂は良い。疲れも取れるし、体も綺麗になるし。考えた人はきっと素晴らしい人だったに違いない。


 贅沢を言うつもりはないんだけど、やっぱり石鹸があればとは少し思う。


 シャンプーやリンスは流石にないと思うけど、石鹸ぐらいなら探せばどこかにありそう。


 一応、学校で一回作ったことはあるから作り方は分かるけど、この世界で作れるかどうかは分からない。


 でも今は無い物ねだりしても、無い物は仕方ないよね。今はこのお風呂に入れただけでも充分感謝しないと。


 体や髪の汚れを落としながら、私は久しぶりのお風呂を心行くまで堪能し続けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 しばらくしてお風呂から上がり、着替えて髪も乾かしてから一階の食堂へ向かう。

 久しぶりのお風呂だったからちょっと長風呂になっちゃったけど、今は食事に丁度良い時間だった。


 食堂は宿泊客以外にも開放しているようで、時間帯も相まってか多くの席が埋まっていた。


 どうやら空いてる席に座って注文すればいいらしいので、奥の方に空いているテーブル席を見つけてそこへ座る。


 テーブルの上に置いてあるメニューを見てみたけど、見慣れぬ料理ばかりでどれを選べばいいのか分からない。


「おう、あんたが今日ウチに泊まりに来た嬢ちゃんか?」


 メニューを見ながら悩んでいると、一人の男性が話しかけてきた。


「あ、はい、そうですけど」


「やっぱりな! カミさんから女の子が一人で泊まりに来たなんて言ってたんでな。嬢ちゃんが食堂に入ってくるのを見てもしやと思ったんだ」


 カミさんというのが誰の事か一瞬分からなかったけど、この人以外で私がこの宿で会った人はナセルさんだけだ。ということは……


「あなたは……ナセルさんの夫の方ですか?」


「あぁそうだ。俺はこの食堂で飯を作ってるタールだ」


「霜月恵菜です。恵菜でいいですよ」


「そうか。ところでエナちゃんよ、もう頼む料理は決まったか?」


 タールさんが注文を確認してきたけど、さっきまで悩んでいただけにまだ何も決まってない。


「う~ん、何か今日のおススメってありますか?」


「そうだな……今日は蹴りウサギの肉と野菜の炒めものが良いぞ。鮮度が良い蹴りウサギが手に入ったからな」


 蹴りウサギが何かは分からないけど、タールさんは自信たっぷりといった表情で勧めてきた。


「じゃあそれでお願いします」


「おうよ、少し待ってな!」


 注文を取ったタールさんは厨房へと戻っていく。


 背が高くて厳つい顔をしていたけど、営業スマイルで丁寧に接してくれているから悪い人ではなさそう。


 少し待っていると、タールさんが料理を運んでくる。


「ほい、蹴りウサギの肉と野菜の炒めものだ!」


 目の前にパンとスープのセットが付いた野菜炒めが置かれる。


 どんな料理が出てくるのかと思ってたけど、見た目は普通の野菜炒めだった。


「できたてが一番旨いからな、さぁ食った食った!」


「は、はい、いただきます」


 タールさんの勢いに押されるような形で、私はフォークを持って恐る恐る野菜炒めを一口食べてみる。


「……おいしい」


 蹴りウサギは聞いたことも食べたこともなかったけど、硬いというよりは弾力があり、とてもジューシーなお肉で周りの野菜と非常に合う。

 味付けも香辛料がいい感じに効いていた。


「だろ? 俺が作ったんだからな!」


 どうやらタールさんの料理の腕前はかなりのものらしい。


 後で聞いた話だけど、食堂の人数に余裕がないから、ウェイターとしても働くことがあるらしい。


 しばらくおいしい料理に舌鼓を打っていたけど、やっぱりこういった料理にはお米が欲しくなってくる。

 パンも嫌いというわけじゃないけど、私はどちらかというとお米派だ。


 この世界にお米があるか分からないけど、それを探すのも旅の目的の一つにしようかな。


 料理を食べ終わった後、食器はそのままでいいとのことだったので、そのまま自分の部屋へ戻る。


 特に何かやらなければいけないこともないし、そのまま寝てしまうのも良かったけど、食事を取った直後に寝るのは健康上よろしくない。

 だから、食後の運動みたいに、少し魔力制御と魔法の練習をしてからベッドに入った。

お風呂って素晴らしい。


次話は明日更新予定です。


行間を調整しました。(2023/7/2)

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