冒険者登録
ちょっとした揉め事によって一時は騒然となったギルドだが、恵菜が解決(?)したことで今は落ち着きが戻ってきていた。
因みに、恵菜の手によってノックアウトされたオーランは、他の冒険者の手によって運ばれ、ギルドの外へ放り出されている。
「あの、やった後に聞くのもなんですけど、あんなことしても大丈夫でしたか?」
相手の方から仕掛けてきたとはいえ、恵菜はヒルデに何の確認もせず相手を倒してしまった。
もしこれで登録ができないということになれば目も当てられない。
「……今回の件は、明らかにオーランさんの側に問題がありました。それに、先に攻撃の意思を見せたのもオーランさんでしたから正当防衛ということになります」
だが、そんな恵菜の心配もヒルデの説明を聞く限り杞憂に終わったらしい。
「登録も大丈夫ということですか?」
「はい、ギルドは優秀な人材をいつでも歓迎いたします。登録料に銀貨一枚かかりますが、いかがいたしますか?」
この世界における通貨は全ての国で共通だ。
ちなみに価値は下から順に、銅貨、銀貨、金貨、白金貨となっており、価値が下の貨幣百枚で一つ上の価値の貨幣一枚と同等である。
恵菜はユーリエから銀貨十枚を貰っているため登録は可能だ。
「じゃあ登録をお願いします」
そう言って恵菜は銀貨一枚をヒルデに渡す。
「分かりました。それでは、こちらに必要事項を記入していただけますか?」
登録料を受け取ったヒルデが一枚の紙とペンを取り出して恵菜の前に置く。
紙には名前や年齢などを記入する欄がある。
「代筆が必要でしたら私が代わりに記入いたしますが、どうなさいますか?」
「いえ、大丈夫です」
「まだ若いのに教養もあるのですね」
感心したような反応をするヒルデだが、その教養は恵菜が努力して得たものではなく、神様が与えてくれたものだ。
そのことに少し申し訳なく思いながらも、恵菜は必要事項を紙に記入していく。
(年齢は……この前十五になったんだった)
もし病気にならずに、あのまま日本での人生を歩んでいれば、今頃は高校生だったのかと思うと不思議な気持ちになる恵菜だったが、仮定の話をしていても仕方がない。
恵菜にとって、今はこの世界での人生を楽しむことが第一だった。
(……この職業っていうのは魔術師でいいのかな?)
最後の欄に記入を終え、紙とペンをヒルデへと返す。
「ありがとうございます。えっと、名前はエナさんですね。年齢が……」
ヒルデは受け取った紙に目を落とし、記入された項目を確認していたが、目を丸くして恵菜の顔と紙とを交互に見比べ始めた。
「な、何か記入漏れでもありました?」
もしや記入ミスがあったのかと考えた恵菜は思わずそう尋ねる。
「あの、年齢が十五というのは……」
どうやら記入ミスというより、記入した内容が信じられなかったようだ。
確認するかのようにヒルデが聞いてくる。
「本当ですが、それが何か……?」
「い、いえ、十二歳ぐらいだと思っていたものですから」
この世界における人の平均身長は同年代の日本人よりも高い。
そのため、日本では平均身長のちょっと上程度だった恵菜も、この世界の人と比べると背が低く、そのせいか少し幼く見られてしまったようだ。
「……そんなに子供に見えますか、私……」
子供っぽいという認識を実感させられ、恵菜は若干落ち込んでしまう。
老けて見られるよりはよっぽどマシだが、子供だと思われるのもそれはそれで心にくるものがあるようだ。
今にして思えば、門のところで兵士が恵菜を嬢ちゃん呼ばわりしたのも、ヒルデと同じように年齢を読み間違えたからなのだろう。
それに、先程問題を起こしたオーランも恵菜のことをガキだと言っていた。
恵菜はそのことを思い出してさらに精神的ダメージを負う。
確かに、外国人からは日本人が若く見えるというし、周りの人が全員大人だというのもあるだろう。
この世界の人からすれば、恵菜が子供に見えても不思議ではない。
「も、申し訳ありません!」
恵菜の落ち込みようを見て、ヒルデは慌てて謝る。
どうやら悪気はなかったようなので、恵菜も許すことにした。
「で、では、登録手続きを再開いたしますね。次はエナさんの犯罪歴を調査させていただきます」
登録の話から少し脱線していたが、恵菜の冒険者登録が再開される。
記入項目に問題はなかったため、続いて犯罪者であるかの確認を行うのだが、恵菜はつい先程同様の取り調べを受けてきたことを思い出し、その時にもらった紙を取り出す。
「あの、今日街へ入る時にも同じように調べてもらったんですけど」
「門での調査結果ですね。拝見いたします――はい、エナさんに犯罪歴がないことが確認できましたので、ギルドでの再調査は必要ありません」
調査が免除されたことに、恵菜は少し驚く。
門の兵士も少しは免除されるとは言っていたが、まさか全て免除だとは思わなかったようだ。
実は門で行ったものとギルドで行う調査はほとんど同じであり、調査結果があればギルドで改めて調査を行う必要はないため免除される。
「エナさんに冒険者となる資格があることが確認できましたので、冒険者カードを発行いたします」
「え? 手続きってこれだけなんですか?」
「はい。複雑な手続きにしてしまうと、冒険者の数が少なくなってしまいますから」
冒険者というのは、ギルドにとって大事な存在である。
冒険者がいなければ依頼を受ける者がおらず、ギルドの存在意義が失われてしまうからだ。
そのため、人材が不足しないように、ギルドは常時冒険者を募集している。
だが、依頼の中には命を落としかねない危険な依頼もある。
ギルドも実力相応の依頼を受けさせるようにはしているのだが、冒険者の死亡事故は絶えることがない。
そこで、ギルドは冒険者が減りすぎないように、門を広くして冒険者の数を維持しているのである。
「こちらが登録前の冒険者カードになります。触れることで登録ができますので、一度手に持ってみてください」
ヒルデが布で包まれた透明なカードを恵菜の前に置き、恵菜は言われたとおりにカードを手に取る。
すると、カードの表面に少しずつ文字が浮かび上がる。
「そちらのカードは最初に触れた人の情報を記憶し、触れている間それを表示する魔道具ですので身分証明にも使えます。他の人が持っても情報は表示されませんが、紛失すると再発行に金貨一枚が必要となりますのでご注意ください」
恵菜がカードから手を離すと、ヒルデが言った通り表示されていた文字が消えていく。
不思議な魔道具だが、無くせば金貨一枚だ。今の恵菜に再発行料を払うことはできないため、絶対になくさないようにしようと心に誓う。
「では、最後にギルドと冒険者について説明いたします」
そう言ってヒルデは説明を始める。
要約すると、ギルドはどの国にも属さない中立組織であり、どの国にも大きな街には必ずギルドの支部が存在している。
冒険者達はどこのギルドで冒険者登録をしても全てのギルドで自由に依頼を受けることができるが、何か非常事態が発生した場合は、ギルドから召集がかかることがあり、場合によってはそれに応えるのが義務になる。
次に、冒険者にはランクが存在し、貨幣と同じ色毎に一から三まででランク分けされる。
つまり、銅一が一番下のランクで、その一つ上が銅二となり、最上位が白金三である。
恵菜は登録したばかりなので一番下の銅一からだ。冒険者カードにも、恵菜が手に持った際には銅色の星が一つ表示されている。
そして、冒険者にとって重要なのが依頼だ。
ギルドの壁に掛けられているボードには、現在受注可能な依頼の内容が書かれた紙が貼られている。
受けたい依頼の紙をカウンターへ持っていけば受注できるが、依頼にもランク付けがあり、冒険者は自分のランク以下の依頼しか受けることができない。
依頼を達成した場合は報酬がギルドから貰え、自分のランクと同じ依頼を一定回数達成すれば一つ上のランクに昇格される。
ただし、ランクの色が変わる際には試験があり、その時は自分のランクより一つ上の依頼を受けることになる。
また、何度も依頼に失敗していると、ランクが降格されてしまうため注意が必要である。
あとは基本的に銀ランク以上の冒険者が対象だが、実力が認められた冒険者には指名で依頼が来ることがある。
最後に、ギルドが行う素材の買取りについてだ。
ギルドは冒険者が持ち込む鉱石や魔物の素材などを買い取っており、依頼を受けているかに関わらずいつでも買い取ってくれる。
素材を売ることは義務ではないため、冒険者が必要とするものならば売らなくてもよいが、素材によっては高額で買い取ってくれるものもあるため、冒険者にとっては重要な収入源となる。
「以上がギルドと冒険者に関する説明となります。何かご質問があれば、答えられる範囲でお答えいたします」
「いえ、大丈夫です」
特にギルドや冒険者に関して聞きたい事は何もなかったので、恵菜は首を横に振りながらそう答える。
「では、冒険者登録の手続きは以上となります。今からでも依頼を受注することは可能ですが、どういたしますか?」
ヒルデの確認に恵菜は少し考えるが、既に大分日が傾いてきている。今から依頼を受けると、終わる頃には完全に夜になるだろう。
数日間ずっと歩き続けてやっと今日街に着いた恵菜としては、今日はゆっくり体を休めたい気分だった。
「うーん、そろそろ夜だから今日はやめて明日からにします」
「分かりました」
そう言って恵菜は立ち上がり、ギルドから出ていこうとしてふと立ち止まる。
「あの、ギルドとは関係ないんですけど、この街に良い宿があれば教えてくれませんか?」
「はい、何かご希望があればそれに沿った宿をおすすめしますよ」
ヒルデはギルド以外の質問にも嫌そうな顔一つせず笑顔で対応する。
恵菜の希望に応えてくれるというのだから、トランナについても相当詳しいのだろう。
「ゆっくり体を休められる宿がいいです、料金もそんなに高くない所で」
恵菜の希望を聞き、ヒルデは少し考える素振りを見せてから一つの宿を勧める。
「それでしたら、街の北側にある『川のほとり』という宿が良いですね。ギルド正面の通りと同じ通りにあるので、北へ向かっていけばすぐ分かりますよ」
「ありがとうございます。また明日来ますね」
「はい、お待ちしております」
宿を教えてもらったことに感謝し、早く体を休めたい恵菜は足早に宿へと向かった。
一騒動あったけど、これで冒険者に。
次話は明日更新予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




