困ったちゃん
「そう、リルシャートへ行くのね」
「はい。今度の旅は長くなりそうですし、しばらく戻れないと思います」
翌日、恵菜はギルド長であるシステシアのもとを訪れていた。出発前の挨拶をしに来た、というわけではない。いや、それもあるのだが、これは長期間この国からいなくなるという報告に兼ねている。
普通の冒険者ならこのような報告はいらない。だが、高ランクの冒険者は別だ。こういった者達は有事の際の重要な戦力となるため、ギルドが所在を認知しておかねば、いざという時に困るのだ。事件が起きて頼ろうと思っていた冒険者が実はいませんでしたなど、洒落にならない。そのため、金ランク以上の冒険者は、依頼以外で街を離れる場合に報告が義務付けられている。
「また寂しくなるわね。分かったわ、国王様にはこっちから伝えておくし、その他の手続きも済ませておくから、エナちゃんは何も心配せずにいってらっしゃいな」
「ありがとうございます。あと一つ聞きたいんですけど、リルシャート方面で報告できそうな依頼って何かありませんか?」
「そうねぇ……。護衛の依頼は、この前リルシャートへ向かった商人が出していたのが最後で、しばらくは無さそうかしら。収集系の依頼もあるにはあるけど、全部銅ランクの個人依頼ね」
それを聞いた恵菜がガックリと肩を落とす。
依頼には、達成報告をどの街でもできるものとそうでないものがある。例えば、特定の魔物を討伐してほしい、などといった依頼はどこでも報告ができる。ギルドにとっては魔物が倒されたのか否かが重要であり、どこで報告されようが、あとは内々で周知すれば良いためだ。
しかし、何かしらの素材を収集してほしいという依頼で、かつそれがギルドからではなく第三者からの依頼の場合、報告できる場所は限られる。この依頼で収集した素材を求めているのはギルドではなく依頼主である。当然、素材は依頼主のもとへと渡らなければならない。
また、依頼主が住んでいるのは依頼が出されたギルドがある街、またはその近辺の村というのがほとんど。そのため、依頼主にスムーズに素材を届けるためにも、納品も兼ねた達成報告は、依頼を受けたギルドで行う必要があるのだ。
ただし、依頼を受けたギルド以外で達成報告が可能となる例もある。依頼主が直接、冒険者からの素材受渡しを望んでいるパターンだ。この場合、冒険者自らが依頼主に素材を納品しに行き、達成報告のみを他のギルドで行うことができる。
もう一つの例としては、依頼が出されていたギルドの街とは別の街に依頼主がいる場合で、これは納品も違う街のギルドで可能だ。しかし、これはめったに起こらないレアケースであり、特に今回のような低いランクの依頼ではまず起こりえない。
とどのつまり、恵菜がこの場で受けられる依頼に、他の街で達成報告ができるものはないということだ。
「その落ち込み様、さてはお金に困っているのね。旅に出る準備を急いでしたはいいけど、無計画にお金を使い過ぎたのかしら」
「うっ……」
見事に予想を的中させられた恵菜。その動揺は簡単に表情に現れてしまい、それを見たシステシアがため息を吐く。
「やっぱり……。国王様にも言われたじゃない。人生は長いんだから、そんなに急がなくてもいいって。もう少し落ち着いて、計画的に動きなさいな」
諭すようにそう説教される。心に突き刺さるそれを前に、恵菜はしゅんと俯くことしかできない。
「助けてあげたいところだけど、私からは金銭的援助を行うことはできないわ。そこは理解して頂戴」
「はい。それはもちろん分かってます」
たとえお互いが知人であろうが、冒険者ランクがいくら高かろうが、ギルド長が一冒険者に金を貸すなどあってはならない。当然、恵菜もそれを理解している。仮にそれが可能であったとしても借りようとはしなかっただろう。
「ところで、どうして急にリルシャートへ行こうって気持ちになったのかしら」
「学校に行きたいんです」
「学校?」
「はい。次の旅先をどうしようか悩んでたんですけど、リルシャートに学校があるって聞いて。それで行ってみたいなって思ったんです」
「それは結構なことだけど。でも、エナちゃんが行っても学ぶことはあまりないかもしれないわよ?」
リルシャートの学校は魔術師の育成機関。当然、学ぶことも魔法に関するものがほとんどだろう。既に冒険者の中でもトップレベルの魔術師である恵菜がそこに入ったところで、得られる知識は既知のものばかりかもしれない。
「それでも、私は行ってみたいです」
だが、恵菜の心は変わらない。自分の中にある途中で止まってしまった時間を進めること。それが今の望みであり、今回の旅の目的でもあるのだから。
それに、もしかすると自分が知らないことが学べるかもしれない。世界は広く、その道のプロであっても知らないことは山ほどある。それを知る可能性があるのなら、学校に行く価値は充分ある。
「そう。なら、私は止めないわ。ちなみに、世間知らずのエナちゃんはリルシャートへの行き方は分かっているのかしら?」
「さすがにそれぐらい分かってますよ。ここからずっと東へ行けばいいんですよね」
「そうよ。そしたら国境が見えてくるから、検問で越境許可証を見せれば通してもらえ……」
「え、越境許可? そんなのあるんですか?」
想定外の言葉に、恵菜が待ったをかける。
「そんなのあるんですかって、あるに決まっているじゃない。国境付近にはお互いの国が管理する検問が所々にあって、密入国者がいないか厳しく監視しているの。不法入国なんてしたら、即刻、牢獄行きになるわよ」
当然だろう、という顔のシステシア。彼女の説明を聞き、日本でも外国へ行くときはパスポートが必要だった事を、恵菜は今更のように思い出す。
「まさか、そんな反応をするってことは……」
「はい……検問があるなんて知りませんでしたし、許可証も持ってません……」
「そこまで来ると、世間知らずも度が過ぎるわよ。よく今まで生きてこられたものね」
「返す言葉もありません……」
あきれ果てるシステシアからの視線に耐え切れず、恵菜が視線を下へ逸らす。フリフォニア国内の旅を経て、様々なことを知り、もう世間知らずではないだろうと思っていれば、この様である。もう少し早く国外への興味を向け、計画的に行動していれば知り得ていたはずの情報なのだが……。
「ハァ……ちょっとここで待ってなさい」
そう言ってシステシアが机から立ち上がり、部屋を出ていった
言われた通り、直立したまま待つこと一時間。システシアが一枚の紙を持って戻ってくる。
「はい」
そして、そのまま手に持っていた紙を恵菜へと渡した。
「えっと、これは?」
「越境許可証よ。普通なら申請してから、その人物が危険じゃないかの身辺調査が始まるの。それで大体、一、二週間ぐらいかかってから許可証が発行されるのだけど、今回は身辺調査無しでできたから早かったわ」
彼女の説明通り、渡された紙には恵菜の身分を保証し、フリフォニアとリルシャート間の国境を渡る許可を与える旨が書かれていた。一番下にはシステシアの署名と捺印、加えてフリフォニア国王であるルーガンスのものまである。
「それはとても有難いんですけど、いいんですか?」
「今更調べなくても、エナちゃんの素性は分かってるもの。正式な手続きを通していたらギリギリ間に合わなくなるかもしれないから、さっき国王様に連絡して早馬で届けさせたの。気に入られておいて良かったわね」
どうやら、この越境許可証は必要な手続きをいくつかぶっ飛ばして作られたものらしい。まさかギルドだけでなく国の承認がいるとは思わなかった恵菜はいたたまれなくなるものの、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「あ、ありがとうございます。ところで、間に合わなくなるって、一体どういう?」
「学校の入学の申込み。確か締切まであと一か月も無かったと思うわ。ちなみに、ここからリルシャートの王都まで普通に行って四週間弱の道のりよ」
「そ、そんなに時間ないじゃないですか!」
「だから言っているじゃない。むしろ、それも知らないで、どうやって学校に入るつもりだったのかしら。行動を起こすのは自由だけど、今度からもう少し計画立てて動きなさいな」
またしても情報収集を怠ったツケが回ってきてしまう。ここまで来ると、さすがに恵菜も自分の生き方を変えなければならない事を悟る。せめて情報収集ぐらいはまともにしなければ、この先いつ赤っ恥をかくか分からない。
「まあ、多少行程が遅れてもまだ充分間に合うわ。だから、安心しなさい」
「はい。すみません、余計な手間を取らせちゃって」
「いいのよ。私にできることはこれぐらいだもの。エナちゃんなら大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」
危険な事をしに行くわけではないのだが、外へ出れば何が起きるか分からない。これぐらい、と簡単に言ってはいるが、普通ならあり得ない無茶。それを通してもらった恩返しに恵菜ができる事は、無事に帰ってくることぐらいだ。
「ちゃんと帰ってきますよ。それじゃあ、これで失礼します」
挨拶を済ませ、ギルドを後にする。
出発は明日。準備はほぼできているが、今日の事があった以上、準備漏れがないか確認する必要がありそうである。恵菜は急いで家へと戻り、収納袋の中身をひっくり返して一つ一つチェックを始めるのだった。
後先考えない系女子。
どうでもいいことかもしれませんが、今回で100話目です。
(やったー)




