初めての街と冒険者
草原を歩き続けていた恵菜は、遠くの方に街らしきものを発見する。
それが街だと断言できないのは、見えてきたのが石材を積み上げて造られた大きな壁だったからだ。
しかし、その壁へとだんだん近づくにつれて、恵菜は中へ入るための門があることに気づく。
門の内側には多くの人々が歩いているのを確認でき、恵菜はここが目指していたトランナであると確信する。
トランナはフリフォニア王国の南に位置する比較的大きな街だ。
街を取り囲む大きな壁は、近辺に生息する魔物が街へ侵入するのを防ぐために造られたものである。
街から一歩出れば魔物に襲われかねないこの世界では、このように街の周囲を壁や柵で囲う事は珍しくない。
当然、街を守る防壁を造ったからといって、絶対に安全であるというわけではない。
壁はあくまで魔物が簡単に街の中へ入ってこられないようにするだけであり、魔物が街の近くまで来ていれば、人が即座に対処しなければならない。
そのため、壁の上や門の近くには、監視のためか周囲を警戒する兵士の姿があり、恵菜が門に近づくと、一人の兵士が声をかけてきた。
「嬢ちゃん、見かけない顔だな。南の方から歩いてきたようだが、どこから来たんだ?」
兵士の言葉に恵菜は首を傾げ、後ろを振り返る。当たり前だが、恵菜の後ろには誰もいない。
「わ、私の事ですか?」
「他に誰がいる?」
兵士が当然といった表情で恵菜を見る。
自分が嬢ちゃんと呼ばれたことに軽く戸惑う恵菜だったが、深く考えることはやめにした。
それよりも兵士の質問に問題なく答えることが重要だからである。
ここで兵士に怪しい人だと思われるのは非常にまずい。
街に入れなくなるどころか、最悪捕まって牢獄行きなんてことにもなりかねない。
そう考えた恵菜は、ユーリエに異世界から来たと馬鹿正直に説明した時の教訓を踏まえ、あらかじめ用意しておいた答えを兵士に答える。
「ずっと南の方から来ました。今まで人里離れた土地に家族と住んでいたんですが、見聞を広めたいと思って街の方へ出てきたんです」
「嬢ちゃん一人でか?」
「いつまでも誰かに頼ってはいられないですから」
「ほ~、まだ若いのに大したもんだな」
兵士は特におかしな反応を見せることなく感心している。
乗り切った手応えを感じた恵菜は、準備を怠らなかった自分を褒めてあげたい気分になる。
「じゃあ何か身分を証明できるものを見せてくれ」
しかし、兵士のその言葉を聞いた恵菜は、一転して自分の準備不足を呪いたくなった。
この世界では街へ入る際に、ほぼ確実と言っていいほど身分証明が必要となる。
小さな村ではそんなものも必要ないのだが、多くの人が集まる場所では犯罪も起きやすく、街へ入っても問題ない人物かどうかを判断する必要があるのだ。
日本から外国へ行く時にパスポートが必要なのと同じである。
恵菜も海外へ行く時にパスポートが必要なのは知っている。
だが、こちらの世界でも街へ入るのに身分証明証が必要だとは思わなかったのだ。
残念ながら、恵菜は自分のパスポートも何も持って来てはおらず、例え持っていたとしても、この兵士がそれを読めるとは思えない。
(ユーリエさんも全然そんなこと言ってなかったし……)
そんな重要な事は出発前に教えておいてほしかったと思う恵菜だったが、後悔先に立たずだ。
ユーリエは魔法を教えてくれはしたが、恵菜の方から聞かない限り魔法以外に関してはほとんど話すことがなかった。
「? どうかしたか?」
恵菜があたふたとしていることに疑問を抱いたのか、兵士が不思議そうに尋ねてくる。
準備しておいた答えを使い、折角警戒されることを回避したのに、ここで怪しく思われては全てが水の泡となってしまう。
恵菜は頭のフルに回転させて、この場を乗り切れそうな答えを絞り出す。
「えっと……私が住んでいたところでは、身分を証明できるものを発行できる場所がなかったので、そういったものは何も……」
「あ~、人里離れた場所だったか? それなら確かにしょうがないな」
恵菜は少しおかしな回答だったかと思ったが、先程の会話が手助けとなり、兵士は納得してくれたようだ。
「それなら、少しこっちに来てくれ」
「えっ」
だが、恵菜が安堵して束の間、兵士が門の近くに建てられた小屋を指さしながらそう言う。
もしやさっきの納得したような表情は、安心させておいて牢獄へ放り込むための演技だったのかと半ば本気で恵菜は焦る。
「あぁ、別に捕まえようというわけじゃない。ただ、嬢ちゃんの犯罪歴を調べるだけだ。我々としても、街の中に犯罪者を入れるわけにはいかないからな」
そんな恵菜の表情から何かを察したのか、兵士は安心させるように補足説明をする。
それを聞いて恵菜はホッとし、自分の考えすぎを反省しながら、兵士の後に従って小屋へと向かう。
小屋の中には、一つの小さなテーブルと向かい合うように配置された椅子が二つ、そしてテーブルの上には、ガラスのように透明な素材できた板が置いてあった。
兵士は羽ペンとごわごわした紙を持って奥の椅子に座り、恵菜を手前の椅子へ座るように促す。
「調べるといってもすぐ終わるからな。一応聞いておくが、嬢ちゃんは今までに悪いことをしたことは?」
「ありません」
「よし、じゃあそこの板を持ってみてくれ」
兵士にそう言われた恵菜は、目の前にある板を両手で持ってみる。
壊さないよう慎重に持ち上げてみたが、どうやらガラス製ではなさそうで、これも何かの魔道具なのだろうかと考え始める。
「――うむ、もう大丈夫だ」
恵菜は両手で掴んでいた板をしばらく眺めていたが、特に何か変化が起きることもなく、そのまま兵士は調査が終わった旨を告げる。
「あの、この板は何かを調べるものなんですか?」
「そいつは持った人物の犯罪歴を調べるために用いる魔道具でな、今までに罪を犯したことのある奴がそれを持つと黒く濁っていくんだ。犯罪の回数が多ければ多い程、色はより濃く染まる仕組みだ。けど、嬢ちゃんの場合は透明なままだったから犯罪者じゃないってことになるな」
覚えている限りでは今までに罪を犯したことはない自信があった恵菜だが、結果を聞いて小さく息を吐き出す。
「疑って悪かったな、嬢ちゃん。少し面倒だと思ったかもしれんが、これも決まりなんでな」
「いえ、街を脅威から守ることは重要なことですし、見知らぬ人が犯罪者かどうかを調べるのは当然だと思います」
「そう言ってもらえると助かる」
そして、兵士は何かを書き続けていた紙を恵菜に手渡す。
「簡易的な証明証だ。街の中にも証明証を発行できる場所はあるが、その前にまた証明書が必要になったらその紙を見せるといい。少しは面倒な手続きを省けるはずだ」
「ありがとうございます」
「何か他に聞きたいことはあるか? 可能な範囲で答えるぞ」
「そうですね……」
街へ入る前に聞いておきたいことを恵菜は考える。
「この街には日雇いか短期間で働けるような場所はありますか?」
「? 何でまたそんなことを?」
「私はトランナにずっといるわけではないので、長期に亘って働くことができないんです。お金は旅をするのに必要なので、どこか良い場所があれば教えてほしいと思って」
恵菜はトランナにいる期間を明確に決めてはいないが、恐らく一ヶ月もしない間に、次の目的地を目指して旅立っているはずだ。
長期的に働くことはできないため、アルバイトのように働ける仕事がないか期待したのだ。
「う~む、ずっと働くならまだしも短期的なものとなるとな~……」
だが、兵士の反応を見る限り望みは薄そうだ。
恵菜はガックシと項垂れる。
トランナに滞在している間、一日の食事代や宿の宿泊費など、必ずお金は必要となってくる。
ユーリエから貰ったお金もあるにはあるが、贅沢に使えるほど余裕があるというわけではない。
しばらくは節約生活するのもやむなしかと恵菜は考え始める。
「ギルドという選択肢もあるにはあるが、嬢ちゃんにはなぁ……」
「ギルド、ですか?」
しかし、兵士が耳慣れない言葉を口にしたのを聞いて、顔を上げた恵菜はそれが何なのかを尋ねる。
「あぁ、日雇いとはちょっと違うかもしれんが、ギルドではいろんな依頼を受けることができてな。それを達成すれば金が貰えるんだ。でもなぁ……」
「何か問題が?」
「ギルドの依頼ってのは、そこいらの一般人でも簡単にできるようなものじゃなくてな。力仕事も多いから、嬢ちゃんのような女の子にはちょっと難しいかもしれんぞ?」
恵菜に力仕事は向いていないと思ったのか、兵士はあまりギルドを勧めようとはしない。
だが、兵士がそう判断するのも無理はない。
恵菜の見た目は普通の女の子にしか見えず、神様から力を与えられていることなど知りもしないのだから。
「大丈夫です、こう見えて体力には自信がありますし!」
「そ、そうか? 全然そうは見えないんだがなぁ……」
しかし、兵士の心配をよそに、恵菜はやる気満々だ。
一時は収入ゼロを覚悟していた恵菜だったが、自分でもできそうな仕事があると分かればやってみるしかない。
今までアルバイトなんてしたことはないが、神様に強化してもらった体があれば大丈夫だろうと恵菜は考えていた。
兵士は尚も心配するような目で恵菜を見ていたが、目がキラキラしている恵菜の姿に、説得するのを諦めたようだ。
「まぁそんなに自信があるのなら一度行ってみるといい。門から真っ直ぐ進んで、右側に見えてくる大きな建物がギルドだ」
「分かりました、ありがとうございます」
ギルドの場所を教えてくれたことに感謝し、恵菜は門を通って街の中へと入っていった。
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両側に西洋風の建物が立ち並ぶ石畳の道を歩いていると、右側に周囲の建物よりも大きめの建物が見えてくる。
兵士の言っていたことが正しければ、恐らくこれがギルドの建物だろう。
建物の前まで来た恵菜は、正面にある木製のスイングドアを押して建物へと入って周囲を見渡す。
建物の中はかなり広い酒場のような造りとなっていた。
いくつものテーブルや椅子が並んでおり、お昼時だからか食事をしている人も多い。
その人々が普通の見た目なら良かったのだが、筋骨隆々の男たちが昼間だというのにジョッキで酒を飲んでいたり、大きな斧や剣がテーブルに立てかけてあったりという光景に、恵菜は内心穏やかでない。
また、睨むかのような鋭い目線で恵菜のことを見ている者も何人かいる。
酒場の雰囲気にマッチしていると言えなくもないが、恵菜にとっては非日常的過ぎる光景だ。
自分の想像とはかけ離れたギルドの雰囲気に、恵菜は思わず「すみません、場所を間違えました」と言って回れ右をしようとする。
「何かご用件がおありでしょうか?」
しかし、恵菜が退散しようとする前に、正面のカウンターに座っていた女性が恵菜に声を掛ける。
その女性は髪型がポニーテールの若い美人で、にこやかな笑顔をしながら恵菜を見つめていた。
酒を飲む男たちの姿に圧倒されていた恵菜だったが、ギルド内にも女性がいることに少し心が軽くなる。
「あ、えっと、ここで依頼を受けて働けると聞いてきたんですが」
一瞬、女性はきょとんとした顔をするが、すぐに表情を戻す。
「はい、ギルドでは冒険者登録を行うことで依頼を受注できます。冒険者登録志望の方でしょうか?」
ギルドでは様々な依頼があるが、それらは冒険者でないと受けることができないため、依頼を受けたいのならば必然的に冒険者登録をすることになる。
冒険者という言葉に、旅をする自分にはピッタリじゃないかと考えた恵菜は、迷うことなく登録をすることに決める。
「はい、おねが――」
「オイオイオイ、いつからギルドはガキが来る場所になったんだぁ?」
恵菜が言い終える前に、横から馬鹿にするような大声が上がる。
恵菜が声のした方向を見ると、先程恵菜を睨んでいた男の一人が立ち上がってこちらに向かってきていた。
「それとも、ギルドはこんなガキの冒険者が必要なぐらい運営が危ういのかぁ? なぁ、ヒルデさんよぉ」
どうやら男は酔っぱらっているらしい。
その顔は少し赤く、息も酒臭い。ガキと呼ばれたことに少しイラっとした恵菜だったが、ヒルデと呼ばれた女性は尚も落ち着いている。
「オーランさん。確かに、冒険者となるには十歳以上でないといけませんが、この方は見たところそのぐらいの年齢には達していると思われます。冒険者になることは何も問題ありませんよ」
「そうじゃねぇ。問題なのはなぁ、こいつが全然強そうに見えねぇってことだよ」
「冒険者に必要とされるものは強いことだけではありません。街の中だけで行うことができる依頼もあります。たとえ戦えない人であっても、冒険者として登録することは可能です」
「そんな冒険者に何の価値があるってんだぁ? それとも、俺らの働きだけじゃギルド側は不満かよ?」
「ですから、そういうわけでは――」
酔っぱらいが面倒なのはどの世界でも共通らしい。いつの間にかヒルデも困ったような表情をしている。
このままでは何時まで経っても話が前へ進まないと判断した恵菜は、口論を止めようと試みる。
「あの、私、一応戦うこともできますけど」
「あ? 何言ってんだ?」
(あ、あれ?)
止めようとしたにもかかわらず、オーランからは予想外の反応が返ってくる。
戦えないと思っているから怒っているのかと思った恵菜は、自分が戦えることを伝えることで場を収めようとしたらしい。
恵菜の言葉を聞いたオーランという男がヒルデの方から恵菜の方へ視線を移すが、男の態度はむしろ悪化しているように見える。
言葉の選択を誤ったのか、止めるどころか火に油を注いでしまったようだ。
「お前みてぇな奴が戦えるだと? そんなヒョロヒョロの体で何ができるってんだ? あぁ?」
どうやらオーランの標的がヒルデから恵菜に移っただけのようだ。
オーランは喧嘩を売る様な態度で恵菜のことを馬鹿にする。
「ガキが、それも女が戦ったところで高が知れてんだよ!」
――プチッ
オーランの言葉を聞き、恵菜の堪忍袋の緒が切れる。
日本基準で考えれば未成年であることから、ガキと呼ばれるのは不本意ながらもまだ許せる範囲だった。
だが、女性だからと馬鹿にされるのだけは、恵菜は許せなかった。
「――女だから戦えないなんて、誰が決めたの?」
「何?」
「少なくとも、私は自分がか弱いだけの女の子だとは思ってない。それとも、あなたは見かけで人の強さを判断できるの?」
馬鹿にされた怒りからか、相手の方が年上であることも忘れ、恵菜は敬語を使うことすらやめる。
恵菜は自分のことを最強だとは微塵も思っていないが、逆に弱いとも思っていない。
まだ至らないところはあるかもしれないが、恵菜が弱いのならユーリエに何度も模擬戦で勝つことはできなかっただろう。
フォレストウルフを相手にして生きてはいられなかっただろう。
今恵菜がここにいるのは、それらを乗り越えられたからである。
しかし、そんなことを知らないオーランは、恵菜の言葉を聞いてさらに顔が赤くなる。
「てめぇ……そこまで言うんなら、本当に戦えるのか試してやろうじゃねぇか!」
そう言ってオーランは背中に担いでいた両手斧を手に取る。
「オ、オーランさん! ギルド内での戦闘は――」
「うるせぇ! ガキの女に馬鹿にされて黙ってられるか!」
ヒルデが慌てて止めに入ろうとするが、オーランは完全に頭に血が上っているようだ。
両手で持った斧を仕舞う気配はなく、恵菜の方を向きながら数歩後ろに下がる。
「てめぇが倒れる前に、俺に一回でも攻撃を当てられたら認めてやるよ!」
「一回でいいの?」
「は! でけぇ口叩くのは当ててからにしな」
恵菜が強いなどとは微塵も思っていないオーランは、圧倒的に恵菜が有利な条件の勝負を吹っ掛ける。
人目が多いこの場所でそんな有利な条件があって負けたとなれば、恵菜に言い訳などできない。
恵菜に身の程を思い知らせるために、オーランはこのような勝負を仕掛けたのだ。
だが次の瞬間、オーランの頭の上から水が降ってきた。
予想外の方向からの攻撃に、オーランは何の行動も起こせぬまま水を被る。
恵菜がアクアボールをオーランの頭上に出現させ、そのまま下に落としたのだ。
「これで認めてくれる?」
オーランは恵菜がまともに戦うことなどできないと思い込んでいたため、自分が負けることなど考えてすらいなかった。
それなのにいきなり頭上から水を被せられ、当然と言わんばかりに恵菜が勝ちを確認してきたことで、もはやオーランは怒りのあまり我を忘れてしまう。
「ふざけんじゃねぇぞおぉぉぉぉ!」
オーランが叫びながら恵菜に向かって走り出す。
突然、何もなかった頭の上から水が降ってくることなど普通はあり得ない。
先程の頭上からの攻撃は魔法であり、恵菜が魔術師だと推測したオーランは、恵菜との距離を一気に詰めにかかる。
魔術師は遠距離から攻撃するのは得意だが、逆に近距離での戦闘は不得意である。
もし相手が接近戦を得意とする戦士だった場合、懐に潜り込まれれば身体能力で劣る魔術師になす術はなく、再度距離を取ることも難しい。
そのことを知っているオーランは、不意を突くことで一気に距離を詰めて接近戦に持ち込み、恵菜が再び魔法を撃つ前に決着を付けようと考えたようだ。
恵菜との距離がそんなに離れていないこともあり、すぐにオーランは恵菜に攻撃が届く距離まで迫ることに成功。
走る勢いそのままに、オーランは斧を振りかぶった。
「ダメです、オーランさん!」
オーランの斧が恵菜に直撃すれば怪我どころでは済まないと判断したヒルデは、オーランを止めようと声を上げる。
だが、オーランは聞く耳を持たずにそのまま斧を振り下ろし、ヒルデは最悪の結果を想像して目を背ける。
バキャァッと何かが折れる音が辺りに響く。しかし、その音は斧が恵菜に直撃した音ではなかった。
再び恵菜達がいた方向へ目を向けたヒルデが見たのは、オーランの斧がギルドの床に突き刺さっているのと、勢いで宙を舞う木片の中、後ろ側へ大きく飛んで攻撃を躱す恵菜の姿だった。
オーランが振り下ろす斧のスピードは中々のものだったが、恵菜にとっては簡単に目で捉えられる速度にすぎなかった。
恵菜は斧が振り下ろされるのを見て、後ろに大きくバックステップしたのである。
「なっ――」
魔術師は身体能力が高くない。
そう思っていたオーランは、恵菜が一瞬で距離を取ったことに驚きを隠せず、今の恵菜との距離が魔術師にとって最も得意とする間合いであることを忘れてしまう。
その隙を逃すほど恵菜は甘くなく、即座にウィンドボールを発動してオーランの頭に向けて放つ。
「ぐぁ……」
まともに動くことすらできず、ウィンドボールがオーランの頭に直撃する。
頭部へもろに攻撃を受けたオーランは、潰れたガマガエルの様な声を出し、そのまま後ろに仰向けで倒れ込む。どうやら気絶したようだ。
誰も想像していなかった結末に、ヒルデどころか他の冒険者たちも黙り込む。
そんな中、恵菜は先程までの表情から打って変わって――
「これで冒険者になるだけの強さはあるってことですよね?」
明るい笑顔でそう言った。
世の中優しい人ばかりじゃない。
今回は更新遅れて申し訳ありませんでした。
次話は明日投稿予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




