第8話
「もちろん、すべて無料です」
「っえ、タダなんですか?」
「はい」
「アンケート調査にご協力頂いたお礼です」
「そ、そうですか……」
まただ……。また俯いた。
一体なにが不満なの?
無料って言ってんじゃん。
ああ、もうじれったい!
こうなったら……。
「内田様、今回の件なんですが、実はですね、誰にでもご案内しているサービスではないんです」
「っえ、そうなんですか?」
「はい」
ああ、最悪だ。最悪の気分だわ。
こういう形で男の人の手に触れるなんて……。
最悪すぎて眩暈がしてきた。
「基本的には、アンケート調査にご協力頂いた後、こちらの粗品をお渡しして……」
こんなもの、こんなもの、いくらだってくれてやる。
だから、お願いだから、一緒に会社まできて頂戴!
「お帰り頂いてるんです」
「そうなんですか」
「……」
「……」
「じゃあなぜ、僕は無料で診察を受けることができるんですか?」
誰でもここまでは無償なのよ!
そういう料金システムなんだから!
私は荒れ狂う感情を腹の底に沈め、説得を続けた。
「内田様には、他の人にはない何かがある、他の人とはどこか違う、そんな風に思えたからです。直感です、女の勘です」
そう、これは本心よ。本心なの。
あんたには、他の人にはない心の弱さがある。隙間があるのよ。
つまり、騙されやすい男ってこと。
「私は、内田様にもっともっと幸せになってほしいだけなんですッ」
あんたねぇ……。
ここまで私を辱めて、ただで帰れると思ってるわけ?
さあ、首をたてに振りなさい。さあ、さあ早く!
「――わかりました」
「行きます」
「是非、診察を受けさせてください」
「ありがとうございます」
やった、やったわ。これで契約に一歩近づいた。
ちょっと、ねえ、やめてよ!
あんた、一体いつまで人の手を握ってるわけ?
私は笑顔を保ったまま手を引っ込め、両手を膝の上に避難させた。
この男は……。まったく、ずうずうしいにもほどがある。
これはあくまで、サービスという名の手段なのよ。
「内田様、会計を済ませて参りますので、どうぞお先に……」
「わかりました。ごちそうさまです」
ほんっと、のんきな後ろ姿だわ。
自分が今、どういう状況に置かれているのか、わかっているのかしら。あんたは純粋に騙されているのよ、この私に。
領収書とお釣りを財布に入れ、財布をバッグにしまった。
扉を開けると、内田の姿が視界に入る。
内田はなぜか照れたような表情を浮かべ、突っ立っていた。
はあ、まったく、救いようのない男だわ。
なにがそんなに嬉しいのかしら。
どうせ、何のねうちもない変な想像でもしてたんでしょ。
まあ、少しくらいはサービスしてあげないとね。
別に罪滅ぼしってわけじゃないけど、一応大切なお客様なんだし。
「お待たせしましたあ」