第6話
内田かずや、三十歳、会社員。
ほかの情報なんてどうでもいい。
そもそもこのアンケート調査自体、全部でたらめなんだから。
はいが多くても、いいえが少なくても、職業が弁護士だろうと一流企業の役員だろうと、なにひとつ関係ない。
とにかく、会社に連れていかないとなんにも始まらない。
問題は……。
目の前に座っているこの内田って男を、どうやって説得するかってこと。
私はアンケート用紙に目をやりながら、最善の方法を模索した。
研修のときに学んだ方法は、大きく分けて三つある。
ひとつは、不安を煽り判断力を鈍らせたうえで救いの手を差し伸べる方法。
もうひとつは、いんちき宗教指導者が言いそうな甘い言葉をならべて洗脳し、巧みに誘導する方法。
最後の方法は、難しい説明や理論は一切なし。純粋な泣き落とし、もしくは色気を使って強引に落としこむ方法。
――ああ、どうしよう。
パニくって、全然頭がまわらない。
どの方法が一番効果的なの?
やばい、やばい、やばい、やばい、もう時間がない。
これ以上、この男を待たせる訳にはいかない……。
顔をあげ、すっと姿勢を正す。
よし、決めた! 色気でいこう。
「内田様」
「はい」
「ひとつ不躾な質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「っえ、ああ、いいですけど」
「今、内田様は、幸せですか?」
「んんんんんん、まあまあですかね」
「そうですか」
「……」
「……」
「……」
「……」
「実はですね、嘘みたいな話なんですけど、短期間で幸せになれる方法があるんです」
「っえ、ほんとですか?」
「はい、本当です」
「なんていうか……。信じられませんね」
「正確に言うとですね、本当の自分の欲望、願望を知ることによってより幸福になれる、ということなんですけど」
私は身を乗りだし、内田の眼を覗きこむ。
反応は、いまいち……。
だけど疑ってるわりには、ちゃんと聞いてくれてる。
「もっと簡単に言うと、本当の自分を知る、ということです」
「つまり、無意識の世界に抑圧された、様々なエネルギー、感情と直接向き合うことによって、本当の自分の姿を再発見することができるのです」
反応は、なんとも言えない……。
私は滑舌をよくするため、そばにあったコップをつかみ、冷たい水を流し込んだ。
「えっと、野口さん」
「なんとなく話はわかったけど、そのための、なんていうか、具体的な手段っていうのは……」
「はい、もちろんございます」
「弊社の研究施設、といっても普通の会社なんですけど、そこにあります仮眠室で三十分ほど横になって頂くだけで結構です」
「っえ、たったそれだけ?」
「それだけで、本当の自分、だっけ? それがわかるの?」
「はい」
「不明瞭な薬を投与したり、飲んだりする心配は一切ございません。ただ、三十分間、特製ヘッドギアをかぶって横になって頂くだけで診察はほぼ終了いたします」
男は無言のまま俯き、視線をテーブルの上で泳がせている。
迷っている?
この男、迷っているのか?
なにが足りない? 私の説明に不備があったのか。
それとも、ちょっと強引に行き過ぎたか……。
「野口さん」
「はい」
「その診察って、いくらかかるんですか?」