第4話
「申し遅れました」
「わたくし、株式会社ハピネスの野口と申します」
「あ、どうも」
やった、初めて名刺を受け取ってもらった。なんか嬉しい。
私は両足をそろえ背筋を伸ばし立ったまま、男の反応を待った。
――えっと。
なんか、すっごい名刺を見てるんですけど……。
なんだろう、顔写真かな。
そういえば撮影した時かなり緊張してたから、ちょっと目が怖いかも……。
「会社、けっこう近いんですね」
「っえ、あ、はい。すぐそこの川崎ビルです」
なんだ、住所か。びっくりした。
男は名刺をテーブルの隅に置き、
「では、さっそく……」
と、感情のない小さな声で進行を促した。
「はいッ」
私はテーブルの中央に、アンケート用紙を三枚並べた。
落ち着け……。
これじゃあ、要領の悪い新入社員丸出しだわ。
落ち着いて、落ち着いて、自分のペースを取り戻すのよ。
「全部で三枚です」
「設問を順番に読んで頂いて、頭に浮かんだ答えをそのまま、はい、いいえ、どちらでもない、のどれかに置き換えて記入してください」
「わかりました」
「あ、書くもの借りていいですか?」
「失礼しました。どうぞ、お使いください」
ふうう……。
なんとかアンケート調査はクリア。
身体を背もたれに預け、そのまま顔を天井に向けた。
次のステップは、会社に連れていくことだけど……。
この男、ついてきてくれるかしら。
そもそも、そんな誘拐じみた行為が許されるのだろうか。
いや、いや、いやいや……。
是が非でもやるしかない。
できる、できない、の問題じゃない。
もう、やるしかないんだ。
この男にはなんの罪も落度も無いけれど、私の将来のために犠牲になってもらうわ。
この冴えない男を、あのけばけばしい女社長に差し出して、会社を辞めてやる。
そのためにはまず、まず、この男を会社に連れて……。
「あの、書き終わりました」
「ありがとうございます」
落ち着くのよ、私。
練習した通りにやれば、きっとうまくいくはず。
「内田様」
「はい?」
「ご回答頂いたアンケートの内容を、確認させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。かまいませんよ」