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第17話

「――それで」

「私に訊きたいことというのは……」

「ああ、そうそう」

「これなんだけど」

 僕は例の絵を三枚、テーブルに広げてみせた。

 あゆみは姿勢を正し、すっと身体を乗り出した。

「いやあ、診察結果っていうから、てっきり文章でくると思ってたんだけど、封筒をあけたらこれが出てきてさ、ほんとびっくりしちゃったよ」

 あゆみはいつにない真剣な顔つきで、それぞれの絵を見比べてから、

「分かりにくい診察結果で、大変申し訳ございません」

 と、頭をさげた。

「いやいや」

「野口さんは悪くないよ」

「内田さん、実はですね……」

「弊社のシステム上、とゆうより今のコンピューターの技術性能では、こちらの診察結果を文章として変換することができないんです」

「っえ、そうなの?」

「はい」

「それに、理論的にも人間の無意識の世界や夢の世界を文章や言語に翻訳し視覚化するというのは非常に難しく、やはりこのような抽象画になってしまうのです」

「そうなんですか……」

「本当に、申し訳ございません」

 あゆみはうつむき、肩をおとした。

 今にも泣きだしそうな、そんな暗い表情になってしまった。

「ああ、別にいいっていいって」

「全然気にしてないからさ」

「そういえば、大学時代の友達にこういうのにやたら詳しい奴がいたっけ」

「今度、そいつにこの絵を見せて訊いてみるよ」

「もしかしたら、なにか分かるかもしれないし」

「それでしたら……」

「――え」

 あゆみが急に立ち上がる。

 そしてローテーブルを回り、僕のとなりに腰をおろすと、

「それでしたら、是非、私に説明させてくださいッ!」

 と、獣さながらの目遣いで僕を見つめるのだった。

「えっと……」

「野口さん、この三枚の絵、説明できるの?」

「はい、もちろんです」

「会社の研究施設で、しかるべき訓練を受けてますから」

「あ、そうなの」

「はいッ」

 おお、近い、近い、近い。あゆみ、顔が近いよ。

 なんだろう、今日のあゆみは別人みたいに積極的だ。

「それじゃあ、説明してもらえますか?」

「はい、かしこまりました」

「これで、本当の自分がわかるんだよね?」

「ははっ、なんか楽しみだなあ」

「内田さん、実はですね……」

「なに、どうしたの?」

 あゆみがゆっくりと身体を引き、少し距離をとる。

 また、あの暗い落ち込んだ表情へと戻ってしまった。

「ここからは、その、どうしてもお金がかかるんです」

「え、そうなの?」

「はい」

「私としては、親切で優しい内田さんからお金を頂くなんて、まったく本意ではないのですが、やはり会社の規則を無視するわけには……」

「そ、そうだよね。仕事、だもんね」

「――はい」

「それで……、この三枚の絵を解説してもらうのに全部でいくら払えばいいの?」

 僕は優しくあゆみに問いかけた。

 あゆみはバッグからクリアファイルを抜き取り、ぺこりと頭をさげ、それをテーブルの上にのせた。

「ちょっと見せてもらうよ」

「はい、どうぞ」

 ――なになに。

 面談カウンセリング、メンタルケア、出張サービス、事務手数料、その他諸経費、税込……百万円。

 なにいいいいいいぃぃぃぃぃ。

 ひゃ、ひゃ、百万?

 なんだこの金額はッ!

 というか、この金額の根拠は一体なんなんだ?

 車や時計じゃあるまいし、たかが無形のサービスに百万?

 どうなってるんだ、これは……。

 こういう業界の相場は全然知らないけど一般常識的に考えて、この金額が法外であることは明々白々である。

 僕は顔をあげ、視線を前方に向けた。

 あゆみと目が合う。

 エサを待つ子猫みたいに、じっと座っている。

 んん、困ったぞ、これは。

 どうする、どうするか……。

  

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