第16話
「――あれ」
「の、野口さん……」
「こんにちは」
「株式会社ハピネスの野口です」
「ああ、どうも……」
「連絡もせず突然訪問しちゃってすみません」
「実は今日、仕事でたまたま近くに来ておりまして、それで先日のアンケート調査の件で、改めてお礼がしたいと思いまして」
「いえいえ、そんな、わざわざご丁寧に……」
――よかった。
内田が家にいてくれて……。
よし、これで第一条件はクリア!
次のステップは、とりあえず家にはいること。
家の中に入らないと、なんにも始まらない。
「あのお、内田様、診察結果はもう届きましたか?」
「はい、今日、届きました」
「あ、そういうえば、野口さんッ!」
「――はい」
「実はその件で、ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
「今、少し時間あります?」
「はい、あります、大丈夫です」
「いやあ、よかった」
やった、ついてる。
まさか内田の方から言ってくれるなんて……。
「どうぞ、散らかってますけど」
「失礼します」
「その辺てきとうに座ってください。今お茶出しますから」
「はい、ありがとうございます」
へえ、結構広いじゃん。それに綺麗だし。
私は立ったまま、遠慮なく内田家を観察した。
見たところ、誰かと一緒に住んでる感じはしない。
まあ、あの顔とあの服のセンスじゃ変り者か、よっぽどの物好きじゃないと同棲はムリだろうけど。
それにしても、殺風景というか個性がないというか……。
独り暮しの男の部屋って、もっとこう、いろいろ散らかってて、狭くてあちこち汚れてるものだと思ってた。
これじゃ内田がどういうタイプの人間か全然わからないじゃん。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
――え。
なに、あれ……。
冷たいグラスを手に持ったまま、からだを前に傾けた。
嘘でしょ?
もしかして、これ全部ゲーム?
うわああ、引くわああ、なにこの量ッ!
オタクじゃん。完璧にオタクじゃん。
ええっ、マジ?
となりの棚もゲームじゃん!
「ああ、それね……」
「弟のだよ、全部ね」
「あっ、弟さんがいらっしゃるんですね」
「うん」
「四つ下の弟なんだけど、いわゆるゲームマニアでね」
「うちに遊びに来ると、必ず勝手に置いて帰るんだ。絶対おもしろいから兄貴もやってみて! とかいってね。ははははははははっ」
いやいやいやいやいやいや。
絶対お前のだろッ!
目が笑ってないし、バレバレな嘘つくなよ。
ああ、言いたい。
本気でいろいろつっこみたい……。
「内田さん、兄弟仲がいんですね」
「うん、まあねえ」
にやけてる、にやけてる。
わかりやすいなあ。
すぐ、顔にでるんだから、この男は。
様からさんに変えただけなのに。
まあ、あんたを落とすには、この方法が一番手っ取り早いからね。
「あの、座ってもいいですか?」
「ああ、どうぞどうぞ」
私は内田の向かいに腰をおろし、バッグからハンカチを取り出して、身体の汗という汗を丁寧に拭いて見せた。
「今日は暑いですねぇ」
首まわり、胸元、背中、二の腕、脚、人前ではまず絶対にふかないデリケートなところまで、わざと目につくように、ゆっくりと時間をかけて丁寧にふいた。
いいわ、いい、その調子、私だけを見るのよ。
あんたが私に好意を持てば持つほど、勝率が上がるんだから。
さあ、もっと見て頂戴。
こんなチャンス、あんたには滅多にないでしょう?