第11話
――眠れない。
眠ろうとすればするほど、彼女の顔が脳裏に浮かんでくる。艶のある髪、若々しく引き締まった肉体、小さくてかわいらしい胸、それにあの笑顔。笑うと目尻が下がり、それがまた小動物みたいで愛らしいのだ。
少し気が強いというか、落ち着きのないところもあるけれど、それはまあ僕がこれから教えていけばいいだけのこと。
なにより、彼女はまだ若い。
これから少しずつ大人になってゆくんだ。
僕は布団を蹴飛ばし、照明と冷房のスイッチをつけた。
財布から彼女の顔写真付きの名刺を取り出し、ローテーブルの上にそっと置いた。
冷蔵庫から焼酎ハイボールとビール、それに昨日コンビニで買っておいたつまみものを名刺のとなりに並べた。
さあ、乾杯しよう!
彼女との運命的な出会いに。
僕は天井をあおぎ、冷えたアルコールを胃に落とし込んだ。
ふぅぅぅっ。
今宵のハイボールはまた格別にうまい!
魚肉ソーセージをかじり、酒を飲み、柿の種を口に放り込み、酒を飲み、ソーセージをかじり、また酒を飲んだ。
瞬間、ふと僕はあることに気がついた。
気がついたのと同時に、それはすぐ確信へと変わった。
間違いない。
彼女は僕に好意を持っている。
僕は缶ビールに手を伸ばし、頭の中で時間を巻き戻した。
それを裏付ける証拠ならたくさんある……。
証拠その一 大勢の中から、この僕を選び声をかけた。
証拠その二 喫茶店で、彼女の方から僕の両手を握った。
証拠その三 故意に肌を露出し、僕を誘惑している。
証拠その四 連絡先を僕に教え、関係の継続を望んでいる。
これだけ証拠が揃えば、もう十分だろう。
十分というか、もう確定といって差し支えない領域だろう。
なるほど、彼女は僕に気があるんだ。
そうでなきゃ、知り合ったばかりの男の手を触ったり、携帯電話の番号を教えたりするはずがない。
そうだッ!
これからは、下の名前で呼ぼう。
僕にはその資格があるのだ。
両手で名刺をつかみ、あゆみの顔写真をしばらく見つめる。
よし、今すぐあゆみに電話しよう。
いや、いやいや、ちょっと待てよ。
電話して、なんて言えばいいんだ?
んんんん、参ったな。話のネタがない……。
いきなりデートに誘うってのは、なんか気が引けるし……。
それに、こっちから電話するっていうのも、なんとなく釈然としない……。
くるくると空になった缶ビールを弄びながら、思案をめぐらす。
そうだ、いいこと考えた!
診察結果をネタにしよう。
そうだ、それがいい、そうしよう。
ちょっと訊きたいことが、とか、確認したいことが、とか、なんとか理由をつけて僕からの電話に正当性を持たせよう。
おおっ、我ながらすばらしいアイデアだ。
これでまた、あゆみと自然に話ができる。
ともすれば、あゆみにまた会えるかもしれない。
ああ、すばらしい。なんて素敵な夜なんだ。
早く郵送されてこないかなあ。楽しみだなあ。
早くあゆみに会いたいなあ。
視線をはずさず穴のあくほど名刺を見つめ、僕は酔いにまかせて桃色の妄想をこの部屋いっぱいにひろげた。
ああ、最高の気分だ……。
ひとり安酒を飲み続け夜を明かした。