1章『幼少期』五歳のとある夜
ルスターク王国の一隅に巨大な貴族屋敷がある。
そこは貴族街の西側に作られた有所ある貴族の住まう土地。
広大な庭園にや数百人を超す使用人の人々。
まるで公共施設かのようにしてだだっ広い屋敷の中で白く美しい白銀の髪に
薄青色をした瞳を持つ少年が一人、じっと扉を眺めていた。
この世界に転生して5年、俺は一つの目標を持って毎日を送っている。
それは『剣技を極める事』
もともとバーナード家は武門で成功し武勲を上げて成り上がった貴族だったという。
父もまた家紋に恥じぬ武勲を上げる。
後に魔剣グロリィウスを授かり剣聖十三騎士団の二ノ隊を継承した。
剣聖十三騎士団の隊長は古代人が創りだしたとされる魔剣や聖剣を
所持することが許されている。
この国では魔剣や聖剣を所持するためには相応の才能と
精神力がなければならない。
その基準として聖剣十三騎士団がある。
絶対的な武力、あらゆることに耐えぬく強いメンタル。
それらを兼ね備えた人間が隊長となり力をふるうのだ。
俺の父もそんなすごい人達の一員で、国の誰もが尊敬するような大きな人だった。
なぜ、魔剣や聖剣が隊長以下の者に禁止されているのか
それは魔神化や聖神化が発病するリスクが極めて高いためである。
『魔神化』はいわゆる精神を乗っ取られ魔剣に封じられている何かに
体を奪われてしまうこと、体を奪われた者は理性を失い殺戮を繰り返し
自らが滅ぶまで力を駆使し続けるのだ。これはまだ対処が楽な案件らしい。
『聖神化』と呼ばれるものは魔神化よりもはるかに厄介だと言われている。
名前の響きはいいが魔神化よりもたちが悪いのだ。
精神を侵食され、自我を破壊させ意識を完全に奪ってしまう。
奪われた人間はもはや人ではなく別の存在へと変わる。
いわゆる天使と呼ばれる者になるのだ。
この世界の天使は災いをもたらす破壊の神として知られ
疫病や戦争など起こす現況とも言われている。
一度天使と戦闘になれば数万の人間が殺されてしまうほどの邪悪な存在である。
このことから国は聖剣や魔剣の所有者を厳しき選抜し、才能の無い者がそれを持った時、魔神化、あるいは、聖神化した者達が現れた時それらを排除することを聖剣十三騎士団に命じている。そして現れた魔神化した人間や聖神化した天使などから回収した武器を国の保管庫に保存しているのだ。
それ故に剣聖には将軍職よりも高い位が与えられている。
剣聖とは武人であれば誰もが尊敬し憧れる存在なのだ。
そんな父の背を見て、俺は三歳の頃から剣技の訓練をするようになった。
本物の剣はまだ握らせてもらえないが、これからもっと精進して
あの父に追いつけるように頑張りたい。
そんな目標を持った俺はより強くなるために父を欲した。
父が帰宅する時間、俺は決まって屋敷の扉の前に座り込んだ。
それは夕食を終えてすぐのことだ。
扉が開かれると同時に手に握っていた木刀をつきだして
俺は頬をふくらませて言った。
「父上! 今日もおねがいします!」」
父にはこの作戦がいつも効果的だった。
家の外では眉間に皺を寄せ、眼力の強い父だったが
家の中で俺のこの顔を見るといつも険しい顔が崩壊して父親の顔になった。
それはとてもあったかくて心地のいいものだった。
決まって父は頭をなでてくれる。
それからこう言うのだ。「おぉぉ~我が息子は努力家だな~私は嬉しいぞ~」っと
けれど今日の父上は違った。
悩殺必死のポーズを誘惑を跳ね除け、赤い瞳と紅蓮の髪と剣聖十三騎士団の
白色の軍服をなびかせながら俺の隣を無言で抜けていった。
同時に父上の後を補佐官であるローランド・クロノ・アスターク副隊長が追いかける姿が目に入った。
彼はこちらを一瞬振り向くと、小さく手を降ってくれた。
長い黒髪にメガネをかけた20代半ばの美男子。
すでに剣聖並の実力を持つと言われている武人だ。
彼の出生は誰も知らない。
ある日父がどこからか連れてきて、父の部隊に配属されるとまたたく間に
武勲を上げた。それは父が剣聖になる前の話。
彼はいつも笑っていて、父がいない時は父の代わりによく剣の稽古をつけてくれた。
どちらかと言うと教える才能は父より彼のほうがあると思う。
事細やかに彼は俺に剣を持つ姿勢や見る位置、相手の剣をいかに振り払うか
それらのことを教えてくれた。
「父上もローランドさんも今日は忙しいみたいだな~仕方がない。一人で頑張るか~」
一人中庭のある通路に進むことにした。
俺の住んでいた世界とは違う世界。
近代的な建物はなく、どちらかと言うと中世ヨーロッパ時代の建物が多く
今暮らしている建物も昔の貴族が住んでいたような大豪邸で
庭だけでも東京ドーム1個分くらいある。
だから部屋の数も信じられないほど多かった。
軽く迷うこともしばしばあった。
最近ようやく道を把握し、迷わなくなってきてはいるがやはりこの屋敷は子供や
大人関係なくでかすぎる気がする。
メイドさんや執事さんは大変だろう。
掃除なんてどれだけ時間がかかるのか検討もつかない。
埃一つ見当たらない通路に仕事人の技を感じながら
俺は中庭へと続くドアを押し開く。
扉を開くと同時に甘い香りが外気と同時に屋敷内に入り込んできた。
それは庭園の香り。
中庭には稽古場の他に庭園が広がり空間を花の香りでいつも満たしている。
もともとは稽古場しかなかったのだが、母の趣味で庭園が追加され
年々その領域は増加傾向にある。今では庭園は七割で
稽古場は端に追いやられている状態だ。
後数年もすれば稽古場は花達に包まれ母好みの花園に変わることだろう。
その夜、木刀を数度振り汗を流し終えると俺は自室に戻るため通路を歩いていた。
そんな時、父の書斎から声が聞こえた。
父と、その他数名の声。
俺は扉の隙間から部屋の中を覗き見た。
中では父上と副官ローランド、それに見知らぬ二人の男が机を囲っていた。
「レイス・クラウド、リッケル・エデゥリア、アレルヤ・クレイノス、リッド・カイラス、計4名の死亡を確認。表向きは自殺ということになっていますが実際は何者かに口封じとして殺傷された形跡がありました」
腕組みをしながら父はまゆを細める。
「王が禁じた奴隷制度を犯し、人身売買の仲介をしていた連中をようやく法のもとさばける証拠を掴んだ矢先に関係者が皆殺しとは……どう思う? ライカ」
その声に反応したのは紫色のどこか大人しそうな青年だった。
「レイスやリッケルはともかくアレルヤやリッドらはそれなりに武をわきまえている連中ですよ? それが殺されるって事は、プロの殺し屋が関与しているとしか思えません。それも超一流、そんな奴らを雇えるのはかなりの大物でしょうね」
そこで黒髪の男ローランドが書類をテーブルの上へと乗せた。
「彼らを動かしていた大きな存在も気になるところですが、こちらも問題です」
置かれた種類に目を通しながら父は再びまゆを細める。
「これは……」
「売られた奴隷たちの所在と現在確認できていない人々の名簿です。確認できている数は416名、行方不明者1052名、数はこれ以上に膨れ上がると思われます。こちらは時間が経てば経つほど奴隷となった人々を保護することは難しくなるでしょう。ですから早急な対策が必要です」
「確かに今は奴隷たちの救助が最優先か、よかろう。奴隷たちの件はローランドに一任する」
「わかりました。今夜中にも動き出す準備をいたします」
「うむ、頼んだぞ」
「任せて下さい。兵士たちをこき使ってバンバン救助しますから」
そういうローランドに苦笑しながらも、赤髪の二十代半ばの男と紫色の髪をした青年を見据えると、
「アレンス、ライカ。お前たちには四人を殺傷した人間が何者なのか、その背後には誰が存在しているのか、それらを調査してもらう。四人を頃した連中の手際からして証拠は一切みつからんだろう。だからこそ長い調査が必要になるだろう。お前たちには悪いがまた潜ってもらうことになる」
赤髪の男が無表情で答えた。
「もともと俺らは裏の人間。あの場所に戻るのになんの抵抗もない。金さえ貰えれば俺はなんでもやる」
紫色の髪の男が笑いながら言う。
「俺は楽しければそれでいいですよ」
「お前たちならやり遂げるだろう。頼んだぞ」
「……」
「あいよ」
「それでは私はこれから準備がありますのでこれにて失礼いたします」
「うむ」
赤色の髪をした男は無言で頷き、紫色の髪の男は軽い口調でそういった。
同時にローランドがこちらに向かって歩いてきた。
俺は思わずその場から離れ、自室に逃げこむようにして隠れた。
部屋には消えかけたロウソクが僅かに輝きを放ち足元を照らしている。
部屋の中央にある整えられたベッドの上に座り込むと俺は小さく口を開いた。
「なんか勢いで逃げちゃったけど、まずかったかな? いやでも……見つかってたら叱られてただろうし……やっぱ逃げるべきだったよな」
あの父ならそこまで叱らないかもしれないが
それでもあの話は結構危なそうな匂いがプンプンしてた。
子供が聞いちゃいけないような重い話。
(すっかり忘れていたけど、俺が選んだこの出生はベリーハードなんだよな……もうその前兆が現れ始めているとしたらこれからどんな困難が俺を待ち受けているんだ?やばい……少し不安になってきた……あの時奴隷を選んでいたら……いや、でもどれも結構つらそうだぞ……うーん)
「そういえば俺の転生先に奴隷の少女ってやつがあったけど……もしかしたら父上が言っていた奴隷名簿の中にその少女がいるかもしれないな~今頃だけどなんで俺、貴族なんて出生選んだんだろう。もっと楽な道もあっただろうに」
その日、俺はそんなことを考えながら一夜を明かすこととなった。