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プロローグ


平凡で何一つ変わることの無い日常。

その日もいつものように外回りを終えると

取引先の近場にある公園の前に立ち寄った。


 この辺りには複数の飲食店が軒を連ねている。

 それなりに旨い料理屋も数多くあった。

 

 中でも最近ハマっているのがホットドックの屋台だ。

 公園の前にひっそりと佇む屋台。

 

 隠れた名店とはこういう店の事を言うのだろう。

 香ばしいパンの焼ける匂いと、ソーセージの香りが彼の空腹を極限まで高める。

 

 時間はちょうど3時を迎えようとしていた。

 この辺りに仕事があるときは決まって昼食を抜くことにしている。

 仕事を終えてその帰り道にホットドックを腹いっぱいに食べるためだ。

 

「400円になります」

 

 屋台には三人の客が並んでいた。

 最後部に彼、そして子供連れの親子、先頭にサラリーマン風の40代半ばの男。

 

「あ、どうもね」

 

 サラリーマン風の男はそう言って400円を手渡した。

 同時に男に出来たてのホットドックが手渡される。

 それを見た子供が母親の手を引いてぐずりだした。


「あれほしい! 買って買って」

「もう少しだから我慢なさい」

 

 彼はそんな母子の何気ない会話を耳にすると

 ふとあの頃の事を少しだけ思い出した。

 

 ちょうど5歳ぐらいだったような気がする。

 初めて連れて行ってもらった遊園地。


 乗り物やぬいぐるみなど本当に色んなものが輝いて見えて

 母親に何度も頼み込んで乗せてもらったり、買ってもらった。

 

 あの時、もしも自分が両親に甘えなかったら、願わなかったら

 あるいは今もあの家の中で暮らしていたのかもしれない。

 

「お客さん? お客さん?」


 男の声が聞こえた。

 ホットドック屋さんのおじさんの声だ。

 彼はその声に我に戻るかのようにして答えた。


「あ、すみません」

 

 いつの間にか親子はいなくなっていた。

 そのことに気がつくと俺は一歩前に出た。


「えっと、ホットドック3つください」

「あいよ」

 

 出来上がりを待つ間なんとなく公園に目をやった。

 子どもたちが砂場やブランコに乗って遊んでいる。

 それを投目に確認しながらママ友同士で会話に花を咲かせるご婦人方。

 それは平凡で見慣れた光景。


 あの少女が目の前に現れるまでは本当に、本当に静かで穏やかな

 昼下がりの午後の風景。

 

 ほんの僅かな時間の刹那の中にある何の変哲もないいつもと同じ。

 

 そう、あの少女を見るまでは------

 

 それは公園から目を離したその瞬間に起こったんだ。

 目の前を白く長い髪をした少女が横切った。

 

 まだ幼いように見えるその姿はまるで小学生のようで

 瞬きをした次の瞬間には少女は赤信号の道路に飛び出していた。

 

「あ」

 

 彼は絶句する。

 

 目の前で起こった一瞬の出来事に思考が麻痺したからだ。

 

 しかし、それとは関係なく体は反応していた。

 全身の筋肉が一瞬引き締まるのが分かった。

 

 同時に握っていた鞄を投げ捨てると一心不乱に体を走らせる。

 視界の端にトラックが僅かに映り込んだ。

 

 もう間もないだろう。

 けれど体を止める事はしなかった。

 

 ただ、救いたいという気持ちだけが彼の思考を、行動に走らせたのだ。

 そして少女との距離が数歩の位置まで詰め寄った瞬間、再び足を強くけった。

 

 体が空を浮く感覚、同時に少女の背中に触れる感触が指先に伝わってくる。

 俺はめいいっぱい手を伸ばし、その背中を道路の先へと押し出した。


 同時にブレーキ音と何かが砕けるような音が聞こえてくる。

 瞬間、視界は空に向いた。

 

 世界がまるでスローモーションになったかのようにしてゆっくりと

 そして太陽がギラギラと輝いているのが見えた。


 次の瞬間、突如地面が映しだされる。

 不思議と痛みはなかった。

 

 俺は引かれたよな、どうして痛くないんだ?

 死ぬって事はこんなことなのか? 何も感じず息をすることも忘れてしまうような

 こんなことが死ぬということなのか? 俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


 体を動かそうとしても動かない。 


 腕や足がまるで他人の物かのようにして俺の言うことを指示を聞かないのだ。

 ただ許されたのは見ることだけだった。

 

 彼の視線の先には多くの人だかりが映り込む。

 同時にあの少女の姿を確認すると安堵できた。

 

 少女の姿を見た途端に視界が暗闇に蝕まれていった。

 目を開けているのか閉じているのかわからない。

 けれど、言いようのない孤独感と恐怖が襲ってきた。

 

(俺、死ぬのか……怖いな……怖い……父さん……母さん……僕は)







 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。

 時間とはそもそも、視界がクリアな状況で空間の状況を把握して認識するものだ。

 ならば、視界がゼロの空間で時間を確認することなど果たして可能なのだろうか、少なくともそれは自分にはできない。

 

 光も一切差し込まない深い闇。

 時間の認識すらも奪う闇。

 

 闇は続いた。

 けれどあの恐怖はない。

 

 どこか穏やかなしかし代わり映えのしない暗闇。

 だがそこでは、まるで肉体があるかのようにして歩くこともしゃべる事もできた。

 ただ、本当に歩いているのかしゃべっているのかそれは感覚的なもので

 自分がそれを成し得ているのかはわからなかった。

 

 どれくらい経ったのか、もうそれすらも気にならなくなった頃

 暗闇が突如一筋の光に照らされる。

 

 導かれるようにしてその光を便りに彼はただひたすら歩くことにした。

 光の先に何があるかなんて想像もできない。

 地獄があるのかもしれないし天国につながっているのかもしれない。


 ただこの暗闇から抜け出せるのならなんでもいいと思った。

 黙々と歩き、100歩あるいは1000歩もっと歩いたかもしれない。


 その場所は光を抜けると現れた。

 

 穏やかな風と、健やかな水と、暖かな陽気。

 辺り一面、若草色のに染まった草原が広がって、ゆらゆらと風に草木が揺れている。

 地平線上には青く美しい海が映しだされ、澄んだ空には多くの鳥達が羽ばたいていた。

 

「うぁぁ……すげぇー」

 

 思わず口にしてしまった。

 俺は暇な休日は家でゴロゴロして過ごし、友人に旅行に誘われても

 いつも断ってばかりいた。

 

 友人は旅行を終えると楽しげにいつもこういうのだ『すごい綺麗だった』

 『楽しかったよ~絶景を背にして食べる弁当は格別だった』なんて事を言う。

 

 けれど、俺自身にはその楽しさが伝わってこなかった。

 感じようとも思わなかったんだ。だからいままで絶景なんて心のどこかで

 バカにして、なんでそんなものを見に行くんだ? 見たけりゃ~写真や

 動画でいいじゃないか? な~んて思っていた。

 

 だが、いま目の前に広がる世界はどうだ。


 写真や動画では感じることのできない世界を俺に見せてくれている。

 感じさせてくれている。草木の匂いや海の塩の香り、生暖かい風の感触や小鳥たちの囀り、どれもが新鮮で、どれもが感動的だ。

 

 彼は心のそこでわずかな後悔を抱かざるにはおけなかった。

 

 まだ自分は何もしていない。

 何も楽しんでいない。

 世界はこんなにあたたかいのに、その暖かさを俺は知らなかった。


 後悔の念がふつふつと沸き上がってくる。


 胸を何かが押さえつけるのを感じたんだ。

 今までの人生が本当に無駄で、何も残せていないことに

 俺はその時初めて気がついた。



「フフフ~♪後悔、未練、人間は面白いわよね~自ら選んだことに後悔し、過去をやり直したいと願う。あの時あるいはあの頃、もっと頑張っていたら、もっと信じていたら

 そう思わずにはいられない。同種である人間同士で殺しあうのもまた人間だけだ。人間は愚かでしかし愛おしく儚い。だから我は人間が好きだ。見ていて飽きぬからな」



 それは幼い声だった。

 少女のような本当に幼い声。

 

 思わずその声の方向に目をやると、彼は唖然とした。

 同時に言葉に詰まる。


「え……なんで……なんで君が」


 

 白く美しい長い髪、服装は純白のドレスで身を包み青い瞳でこちらを眺めている。

 それは美しい少女だった。

 

 数歩もすれば触れることもできるであろう距離に少女は佇む。

 しかしその顔はあの時助けたはずのあの少女そのものだった。


 困惑する意識の中で再び少女が口を開く。



「驚いておるのぉーそれもしかたがないか~命を犠牲にして助けた美少女が、死後の世界であろうこの空間におるのだからのぉー」


 少女はそういいながら彼の周りをゆっくりと歩きだした。

 

「君も死んだのか? あぁーやっぱり俺の行動は意味なんてなかったぁ……」



 大きな溜息を彼がすると少女は首を左右に降って言った。



「それは違うぞ」

 

 落胆する彼の姿を眺めながら表情一つ変えずに少女は淡々と語りだした。


「まず初めに言っておこう。確かに君は我を救うことに成功した。

 あの現場で引かれたのは君だけだからな」


「俺だけ? じゃーなんで君はここにいるんだ? 死んでないならこんな場所にいるはずが……もしかして君は幽霊?」

  

 適当な事を彼は言ってみせた。

 すると少女はくすくすと笑って答える。


「仮に君が我を助けず放置していた場合、通常の人間ならば死んでいただろう。

 だが、我は引かれた程度では死なぬ。なにより車は我をすり抜け何事もなかったように運行していただろう。そのあたりは幽霊に近い存在なのかもしれぬな。だが、幽霊とは違い我はこの体を通常の人間同様に人に見せる事もできる。隠すことも同様にできる。あの時は君だけに我の姿を見えるようにしていた」


「俺だけに姿を見せる……って事は俺以外の人には見えてなかったって事? それってまるで自殺志願者のように車が走ってる場所に飛び出したことになるんじゃ……これって完全に無駄死じゃ……」


 少女は再び左右に首を振ると、自信満々な表情で話し始めた。

 無論俺の無駄死に発言はガン無視で、


「我は長い間器を探していた。魂を収め同化することのできる器をだ」

「器?」

「そうだ、そして見つけたのが君だ。幼いころに両親を事故でなくし、孤児院で育った君は人には優しく自分には無頓着。そんな君だからこそ彼は惹かれたのかもしれない。彼は優しい存在だった。我の友として良き家臣として遠い昔使えてくれた。今この時、彼の約束を果たそう。君が彼の意思に飲まれるかそれとも同化するか、それは今はわからない。しかし、遠い未来にそれは始まる。同化か、侵食か、君はその時どうなるだろうね」

「えーと、話が見えないのですが……もっとわかりやすく説明を……」

「簡単に言えばこうだ、君の魂にこの白い魂を混ぜてしまうという事」

「えっと……つまりその誰ともしれぬ魂と俺の魂を混ぜて……それからどうするんですか?」

「転生させる。転生させる世界も国もすでに決めておる。国の名前はルスターク。3つの大国の一つだ。安心しろこの世界には魔法も魔物だって存在している。前にいた世界よりは何倍も面白いぞ」

 

 確かしにそれは楽しそうだ。

 でもそれってつまり危険がたくさんあるってことで

 即答して喜べるたぐいの話ではなかった。

 

 新しい人生は魔法もあって魔物もいるのか、確かにあの世界よりは退屈はしなさそうだけど、運動神経の低い俺が生き残れるのだろうか。それに転生先は怪物だったりするかもしれない。トカゲや蛇、カエルだったりするかもしれない。今は体力のなさよりも転生する場合、体はどうなるのか質問すべきだ。


「確かに今よりはスリルがありそうですが、そもそも転生する体って人間なのでしょうか?」

 

 頭を描きながら彼はそういった。

 すると少女は腕組みをして答える。


「もちろんだ。それに普通の転生とは違って、君は転生する赤子を4人の中から選ぶことができる。どうだ、太っ腹であろう?」

 

 どうやら人間のようだ。とりあえず一安心。

 俺は胸をなでおろす気持ちで、一呼吸置くと。


「は、はぁ~とりあえず俺は人として転生できるわけですね?」

「そうだ。というわけで、一人目の説目をするぞ? よいか」

 

 少女は彼の返事を聞くまでもなく、続けた。


「一人目は奴隷じゃ、名はルーシャ・性別は女。幼いころに平民の両親に捨てられ、後に奴隷商人に捕まり奴隷となった少女。コレがまず一人目の候補じゃ」

 

 奴隷、奴隷といえば苦しい、辛い、殺される。そんなイメージだが、実際はどうなんだろう。苦しいのかな、辛いのかな、転生先が奴隷って、でも女性か、女性という部分だけは気になる転生先だな。

 

「え、女の子にもなれるんですか? って奴隷……かなり苦労しそうな出生な気が」

「ふっふん~身分が奴隷だからと言って苦労するかどうかはわからないよ? フフフ」

「そ、そうなんだ……でも奴隷で女の子で、やっぱり苦労するよ……」

「はいはい~次は二人目~次も女の子だよ~平民出身の有能な魔導師の娘。その恵まれた環境下の中で彼女は父にも負けない魔導師へと成長していく? かも」

「かも、ね……それにしても奴隷少女と比べるとなんか差がありすぎるような……」

 

 こっちは優秀な魔法使いになれる枠かな、男なら一度は魔法を使って火や水を操って見たいと想うものだが、こちらも色々と大変そうな身の上だな。

 親に縛られそうな家系だ。

 

「気にしない気にしない~さぁーバンバン紹介するよ~三人目は貴族、ルスターク王国で三本の指に数えられる大貴族、クロイス・バーナード家の長男として生まれる。国王との親交も深く、古くからルスターク王家につかえている名門貴族である。名をアルイス・バーナード」


 貴族か、最初からお金があるというのはなかなか良いな

 金で苦労した俺には結構あっている気がする。

 

「貴族か……何だろう今までで一番魅力的な転生先に思える」


 彼の言葉に僅かに笑みを浮かべて、少女は口を再び開く。


「じゃー最後の一人のことを説明するね~名前はレフィル・ルスターク。男、容姿も抜群、けれども第二王子として生まれてしまい

 愛情をあまり受けずに成長していく、多くの苦難と絶望の先に彼は何を見るのか~ちゃんちゃん、な~んちゃって」

 

 王族か、なんだろうあまり魅力を感じない。


「次は王族ですか……なんかすごいラインナップだね。俺の転生先候補は」

「才能のある子たちばかり選んだもの~すごくなるのは当たりまえなのです」

「何が一番良いんだろう……奴隷はやっぱり苦労しそうだし、魔術師もなんだか大変そう、王族なんて王位争いとかで毒殺とかされそうだし

 やっぱ一番いいのは貴族かな~?」

「ほぉー? 貴族を選ぶのか?」


 お金には困ることなさそうだし、暗殺される心配もなさそうだ。一番苦労しそうにないのはやっぱ貴族だよな。そう心のなかでつぶやくと、まるでそれが聞こたかのようにして

 少女がくるりと回転してつぶやいた。


「貴族に決めたようね。ご愁傷様、貴方はこれから苦労する人生を送ることになるわ」

「え? 苦労?なんでまた……」

「あ、忘れていたけれど、この四人には私なりに分析した難易度があって、奴隷や魔術師はノーマル、王族はハード、貴族はベリーハード」

「え……ベリーハードって」

「そう、君は一番苦労する貴族を選んでしまった。これからの君の人生は悲劇と絶望と奇跡が交差する面白い人生になるわ。まぁーこれは貴方が選ばなかった赤子の未来の結果だけれど貴方が選んだ結果、この未来がどう変わるのか、私は楽しみで仕方が無いわ。後、この四人は同じ年に生まれた子どもたち、だからこの先どこかで出会うかもしれないわね。

 フフフ、貴方はどんなふうに成長し、そして時を迎えた時、どんな風になるのかしらね」

「って、まさか貴方は未来を知っているのですか? いやそれよりも、時を迎えたら俺はどうなるんだよ~!」

「さぁー我にもわからない。けれど君が強く望むのならあるいは……」


 一瞬押し黙ると、少女は再び口を開いた。同時に人差し指を天に向けるのが見えた。


「それでは楽しんでくるが良い。新たな人生と新たな世界を」

 

 

 その瞬間、少女の手のひらから白い玉が天へ昇る。その後を追うようにして体が浮き上がった。それからの事は覚えていない。

 気がついた時、目の前には綺麗な女の人が立っていた。その隣には優しげな男の人が立ち尽くしていた。そしてこう口にしたのだ。


「アルイス。今日から君はアルイスだ。俺の子、そして君の子であるアルイス・バーナードだ」


 無意識に俺はその女の人と男の人の手に指を伸ばしていた。

 その日、俺、アルイス・バーナードはバーナード家の一員となった。

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