2.5.悪夢-????-
これは昔のお話。過ぎ去った、辛い過去の話。
…誰のかって?それは、自分で確かめてみてください。
俺は黒猫。クロと呼ばれている。中にはタマとかにゃんことか、馬鹿っぽく呼ぶ奴もあるが…今はいい。
突然だが、俺には二人のしもべがいる。
一人目は女。まるっとしていて、つるっとしている。
こいつはいつも、俺に食べ物を献上してくれる。毎食、欠かさずだ。
俺はある程度、こいつを好いている。素晴らしい応待、そして俺を溺愛するその心。完璧なしもべであると言える。
もう一人。こいつは厄介な男だ。無精髭にボサボサ頭。それはまあいい。
問題は、俺を服従させようとすること。何日かに一回、喧嘩を仕掛けてくる。しかも、女の不在時を狙って。
殴る、蹴る、叩く…俺だってやられるがままな訳じゃあない。噛みつき、引っ掻き、睨んでいる。
が、圧倒的な体格差。これが大きいのだ。
俺は世界最強の猫と自負しているが、最強の生物とは言い難い。
例えばヒト。これがいい例だ。なんたってデカイのだから。きっと女だって本気を出せば、俺の首の一つや二つ、折れるに違いない。
しかし恐怖はない。こんな知能の低い生物、騙すことだって簡単なのだ。
外で猫撫で声を使えば、あっという間に食べ物が出てくる。
ちょっと舐めてやると、笑顔で撫でてくる。
しつけてやれば、ほら、立派なしもべに大変身。なんてな。
こいつらをしもべにする前は、どこにいたか。分からない。思い出せない。
母親がいたはずだ。父親もいたはずだ。でも記憶がない。
俺は別に、これを気にしているわけではない。分からないなら、記憶がないなら、それでいいのだ。
ところで、俺には仲の良いメス猫がいる。真っ白の猫。名前は…ましゅまろと言ったか。
彼女はいわゆる、女王様。周りのオス猫を家来と称し、弄んでいる。俺を除いて、だが。
俺は彼女の“設定”上では、王子だ。海をいくつも越えて、この大陸にやって来た。そして、彼女の生き別れた兄。あくまで、“設定”だ。
「お兄様、一緒にこの世界を征服しましょ?」
これが彼女の口癖。無論、馬鹿げていると一笑してやった。が、聞く耳を持たないのだ。
俺は王子じゃないし、ましてやお前の兄でもない。何度そう言っても、変わらない。
彼女は俺の苦手な煮干しを美味そうにしゃぶり、にゃあと満足気に鳴くのだった。