2.の-0113-
えーっと…白斗です。俺はひょんなことから不思議の国に来てしまい、脱出を試みています。
猫二匹を連れ、とりあえず歩いていたのですが―
「どうしてこうなった?」
俺の目の前で今、二匹の猫がケンカをしている。一匹は真っ白、もう一匹は真っ黒。
取っ組み合いかと聞かれれば、口げんか。
にゃんにゃんうるさいかと聞かれれば、聞こえるのは日本語。
『っせぇ!!おかしいのはお前だっ!』
『…!!ちがう…!!』
俺はため息を吐く。ずっとこんな具合なのだ。
「で―なんだっけ?」
『こいつがっ!悪いっ!』
『ちがう…ヨルが…!』
「だぁぁぁ!!何だってんだ!」
『ヨルが…にぼし…おいしくないって…』
『そうだっ!あんなまずいの食えるかっ!』
ようやく事件の真相が見えてきたようだ。
つまり…にぼしがうまいか否かってか…。
「心底どうでもいい…」
『『にゃにっ!?』』
こういうときだけ息合うのな。俺はつい感心する。
『にゃに言ってんだっ!』
『どうでも…よくにゃい…』
「はいはい」
噛んでる噛んでる。
そんな時だ。
『ぎゃあぎゃあうるさいじゃないカー!』
ひゅーんと飛んできたそれ。漆黒の翼と鋭い目を持ったそれは。
「あ、カラス」
ただのカラスでした。
『失礼じゃないカー!…って、ヨルさんとアサさんじゃないですカー!』
突然カラスは地面に降り立つと、ぺこぺこと頭を下げ始める。
『失礼しましたっ。ヨルさんたちとは露知らず』
『ああ、黒っ子か』
どうやらヨルたちの知り合いらしい。
「どういう関係だ?」
俺は小声で尋ねる。
『あん?あぁ、前にこいつが調子こいてるのを、少しおどかしてやってな…』
『うるさくて…ごめんね?』
アサが一人謝っている。感心したものだ。
『いえっ。おいらが悪いんですっ!』
アサにも怖い目に合わせられたのか、カラスの物腰の低いこと低いこと。
『でも…』
『おいらが間抜けなだけですから!本当に!本当に…ううっ』
…嗚咽?
『うわぁぁぁぁん!!!』
カラスの突然の泣きに、俺は思わず耳を塞ぐ。
それにしてもうるさいな…雷みたいだ。
『おいらなんて…生きる価値ないんだっ』
咽び泣くカラスに、アサはおろおろ、ヨルは呆れ。
俺?俺は…
「それは違う!」
どーん!という効果音が欲しい。
「生きる価値のない人間、もといカラスなんていないっ!」
熱弁する俺。ぽかんとしたカラスの顔が、印象的でした。
『え…?おいらを、おいらを必要とする人なんているんですカー…?』
「もちろんだ」
『うわぁぁぁぁん!ありがとうございます!!』
カラスが顔をくしゃくしゃに歪ませる。抱きついてきそうな勢いだ。
『なんだこの、安っぽい青春ドラマみたいな…』
ヨルの言葉は敢えて無視した。
『その…ししょーって呼んでもいいっすカー!』
「なんのやねん。まぁいいけど。俺の名前は河内白斗だ」
『はくとししょー!』
「あー…うん。えーっと…お前の名前は」
そう聞くとカラスは突然、俯いた。あれ?もしかして地雷踏んだ?
『な、ないです』
『はぁ?お前も責任者にもらったろ』
と、抗議してきたのはヨル。
カラスは首を振る。
『嫌ですっ!あんなダサいのはっ』
瞬間。目の前をヨルが跳ぶ。カラスに噛み付く。羽がいくらか抜ける。ヨルが隣に戻ってくる。
ここまでで一秒にも満たないと、俺は言い切れる。
『カァーーーっっ!!!』
叫んだのは、言うまでもなくカラス。
『恩を仇で返すような奴は、長生きできねぇぜ?』
ヨルが吐き捨てる…が、その冷たい瞳と言ったら…真冬にTシャツ一枚で、《スケートリンクにて!かき氷大食い対決!!》をやった時よりも背筋がゾクゾクする。ちなみに俺はマゾじゃない。
『や、やだなぁ。あだ名ですよ。ニックネーム』
カラスが慌てて付け加える。
『仲良しの印に…』
『それならいいか…』
あっさりとヨルが言うが…こいつには罪悪感とかないのかね?
『ほっ。で、ししょー。あだ名を一つ、お願いします!』
こちらもこちらで、もういいみたいだ。しかしあだ名…ねぇ。
「ブラ○クサンダー」
『おおっ!かっこいー!』
これはカラス。
『ネーミングセンス、意外とあるな…』
『うらやま…しい…』
「だろだろ?」
菓子だがな。
『はいっ!こう…黒い稲妻ですカー!すごいです』
「お前のイメージだよ」
菓子だがな。
「じゃあブラ○クサンダーよ!俺たちは先を進まねばならんのだ」
俺はとりあえず、明後日の方向を指差す。ちなみにアサは、ここまでずっとおろおろしていた。
『はい、ししょー!頑張ってください!』
キラキラとした尊敬の眼差しに、照れ25%、嬉しさ25%、良心の呵責50%ってとこか。
『あ、ししょー。あだ名のお礼に、おいらの知ってる情報をあげますよ』
と、ブラ○クサンダーからの思わぬ言葉。
「な、なんだ?」
『えーっとですね』
『嘘つきだって、理由があって嘘ついてるんですよ?』
「…え?」
『何となくで、ししょーを騙してる訳じゃないんです』
俺は知らず知らずのうちに、大声をあげていた。
「じゃあなんでなんだっ!」
『保身と言いますカー…ある意味ししょーのためと言いますカー…。それじゃ!』
「あ、おい!」
ブラ○クサンダーが飛び立つ。黒い体が遠くなっていく。
「どういう意味だよ!」
そんな俺の言葉は、届いたようには見えなかった。
「…お前らは何か知ってんの?」
『カラスの本名か?かぁ助だぜ』
「かぁ助…って、そこじゃねぇよ」
『知らねー知らねー』
『ごめん…』
ヨルは軽くあしらう。アサはなぜか謝る。
『それより、はよ進まねぇか?』
俺は些か納得いかないが…ここは進むしかないようだ。
「ん…」
俺たちはまた、足を動かし始めた。
遥か上空にて。
『カー。ししょー、ごめんなさい。ますたぁ、これで良かったんですカー…?』
バサッ…バサッ…