1.不思議の国-0006-
「ったった…」
俺はがんがんと鳴る頭を思わずおさえ、立ち上がる。
「ここは…どこだよ」
俺の名前は河内白斗。ごく普通の男子高校生…のはず。
頭を打ったようで、さきほどから痛む。そして夢の世界にいるような、体がふわふわする感覚。
…そういえばさっき、不思議な夢を見た。責任者とか名乗る女が、訳分かんないことを言っていた。
「ふぅ…」
だんだんと頭の痛みも治まり、辺りを見回す。
例えるならば、不思議の国。派手な色のきのことか、木とか。あと蝶がひらひら舞っていて―
どうやら俺は、不思議の国に来てしまったようだ。
本当にそうならば、俺は浮いている存在といえるだろう。制服だし。学校の帰りだった…と思う。うん。いきなり意識が無くなったのだ。たしか。
俺は慌てて夢の内容を思い出す。手違いでここに来てしまい…脱出をしろと…そう言われた。
にわかには信じ難い。というかありえなーい。誘拐の可能性のほうが高そうである。が、俺はなぜかこれをすんなりと理解し、納得していた。
それはこれが夢だからか…それとも…。
俺は右の掌を見る。いつの間にか握っていたこの懐中時計。兎をモチーフとしたシンプルなもので、しゃれた針は0時06分を指している。
「…6分」
確か責任者―シンによると、制限時間は24時間。スタートが0時で…24時がタイムリミット。
「それまでに帰れなかったら…」
思わず身震いをし、悪い考えを頭から追い出す。ダメだ。脱出のことだけ考えなければ。
懐中時計をズボンのポケットにしまうと、俺は(`・ω・´)顔で、とりあえず歩き出した。
といっても、当てがあるわけでもなく。例のヒントを考えながら、ふらふらと歩き回るだけだ。
「『嘘つきを見つけ、正直にしろ。さすれば扉開かれん』…だったっけか」
嘘つきとは誰なのか?嘘つきを更生させろということなのか?
…待て。シンは信じられるのか?あいつの言葉は全て嘘で…いや、助けたいとか言っていたような……。
俺は頭をかかえ、叫ぶ。
「つーか誰か出てこいよぉぉぉ!!」
出てこいよぉぉ!!こいよぉ!よぉ!よぉ…よぉ…。シーン。
エコーが響き、虚しさが増す。見渡すばかりの不思議な国。登場人物は俺一人。
…これって、何叫んでもバレないのかな。
「たったらたったったぁぁ!!」
たったったぁ!たぁ!たぁ…たぁ…。シーン。
何これ面白い。いたずら心が騒ぎ出す。
「シンのスリーサイズはぁぁ!!上からぁあぐわふっ」
スパコーン、という音と共に、頭に強烈な痛み。うう…。
「何を言ってるんだあんたっ!」
案の定、というか殴ってきたのはシンだった。どっから湧いたんだ。
でもなぜか心が温かくなって、シンをぎゅうっと抱きしめる。その時のシンの真っ赤な顔ときたら、数年に一度のシャッターチャンス。
「うわぁっ、あ、あんた何やってんだばかっ!」
「シーンー、人がいないよぉ…」
「はっ、離れろっ!」
何だかんだでまた殴られ、俺は正座させられた。
「ん、んで…あ?なんだよ」
俺はまじまじとシンの顔を見つめる。そういえば、夢の時は声しか聞けなかったし。…あれ?ならなんですぐ、シンだって分かったんだろ?
ぱっちりおめめにスマートな顔。あどけなさが残る童顔ではあるが、大人になっても美人間違いなしだろう。茶髪のショートヘアに赤いカチューシャがキマってるね。
服装は、といえば…セーラー服。駅で同じ制服を見たような気もする。
「いや、かわいいなって」
素直な感想を口にしたら、三度目のげんこつが飛んできた。…さきほどより強かった。照れてるのか?
「ふ、ふん。んなこといいんだ。で…帰るわ」
よく考えたら呼ばれた訳でもねぇし。そう呟いて、シンは頭をかく。
「ああ、待って」
俺とて二、三、確認したいことがあるのだ。
「ええと…夢の中で出てきた責任者…ってのは、お前でいいんだよな?」
「ん」
「シン…ってのは名前で」
「ん」
「嘘つきを見つけ、正直にしろ。さすれば扉開かれん、がヒント」
「ん」
「…………」
「…それにしてもあんた、よくこの状況をすぐに飲み込めたな」
感心したような、呆れたような声。
「ああ、何度もシミュレーションしてたからな」
「…何の?」
「異世界に飛んだ場合の」
予定ではここで大爆笑!
「…へぇ」
あれ?引いていらっしゃる?何故?
「もういいなら…帰るぜ」
「あああ待って、まだあるからー」
ここに来た時、最初に思い出したこと。聞かねばならないこと。
一番大事な、あのこと。
「なんだよ…」
「最近、俺の町で行方不明者が続出してるんだ」
「ッつ!」
シンが目を見開く。それに気がつかないほど、俺も馬鹿ではない。
「何か知ってるのか」
「さ、さぁな。つかあんたの町って言われてもさ、ほら、知らんし」
あきらかに動揺している。が、シラを切るつもりか。
「ならいい。悪かったな。…俺の妹も、一年前にいなくなってな」
「っ!そ、そうなんだ。はやく見つかればいいな…」
「おう」
シンは目を泳がせ、俺は俯く。そして沈黙。居心地が悪い。
「あ、そうそう。俺さ、あれっぽっちのヒントじゃ分かんねぇから…助っ人とかいない?」
これは沈黙に耐えかねて、咄嗟に出した言葉。別に期待はしていない。
「いいぜ」
「いいの!!?」
なんだ、そんなことか、とシンが呟く。ええー。言ってみるもんだね。
「ほい」
そんな掛け声と共に、シンが片手を空中で振る。と―
「ね、猫…どこから!!?」
二匹の猫…黒と白のやつが現れた。まさに魔法。
「へっへー。すげーだろ」
「いやどうやって…」
「禁則事項です(はぁと)」
うざっ。リアルだとうざっ。
「しかし猫って…三毛猫よろしく推理でもしてくれるのか?」
『俺様じゃ不安だっつーのか?』
あきらかにシンではない声。
「わぁ、ダンディー。どうやって出したんだ?」
『俺だよ!黒い猫だよ!』
恐る恐る下を見ると…まぁ予想通り、黒猫がどんと腰をかまえ、こちらを見上げていた。
「お、しゃべれるんだ。よろしく」
『冷静だなおい』
人間こんなものなのだ。驚くべきことも続けば、耐性がついてしまう。
「黒猫がヨル、白猫がアサだ。これでいいか?」
「ありがとな、シン」
「どういたしましてっと、んじゃ」
もう一度右手を振ると…はい、シンは跡形もなく消えましたー。
改めての自己紹介。
『よろしくな、俺は黒猫のヨルだ。ええっと…』
「白斗だ。よろしく」
金色の瞳を持った黒猫がヨルか…むむ。
『よろしく…です…アサ…です…白斗…様』
引っ込み思案なのかな、このアサちゃんは。傍目には警戒心むき出しであるが。
…………。
「どうなってんだよっっっ!!!!この世界ぃぃぃ!!!」
『今さらかよっっ!!』
「人間こんなもんだろっっっ!!!」