ダンジョンの主が俺で、俺が魔王?
テンプレなダンジョンものです。
暇つぶしに読んでみていただければ幸いです。
気が付いたら魔王になっていた。
……そんな憐みのこもった目で見ないでほしい。
あれだ、今流行りの転生というやつだ。
前世で俺は日本人だった。
普通にサラリーマンとして、とある中小企業のシステム管理をしていた。
俺は通勤代を浮かすため、会社に原付で通っていたのだが、夏は虫がビシバシと当たって痛かった。
俺の最後の記憶は、そんな通勤途中のことで終わっていた。
その日も俺は1日の仕事を終え、愛車であるカブに乗って帰宅の途についていた。
残業もあり、会社を出たのは8時過ぎだったと思う。
いつも通り農道のすいている道を過ぎ、林の脇を通っていたときのことだ。
黒くでかい何かが俺の首に突き刺さった。
突然の衝撃に俺の手はハンドルを放してしまい、後ろに放り出された俺。
数瞬の中、首に当たってきた物体を手で掴んで確認したが、それは大多数の男子が一度は虜になる憧れのアレ。
カブトムシだった。
まさかの死因がカブトムシ。
直接の死因でなくともカブトムシ。
あのカブトムシ。
凹むわー……。
◆◆◆◆◆
さて、俺がなんで自分を魔王だと確認できたのか?
それは至極簡単だ。
なんせよくわからん透明なディスプレイが目の前に浮かんでいたのだから。
ステータスと書かれた画面には俺のものであろう情報が表示されていた。
名前:NULL
性別:男
生年月日:3055年 王月 10日
住所:のダンジョン
まあ、ここまではいい。
名前がNULLってことはただ単に空白ってことだろう。生年月日は聞いたことのない年と月だが、住所も、のダンジョンってなんだとか、突っ込みどころはあるが、別にいい。
その下にあったのがこれだ。
職業:魔王
まさかの魔王である。
しがないサラリーマンだった俺が魔王である。
勇者に倒される魔王。
最近じゃ萌え要素のひとつにしかなっていないような魔王。
気がついたら魔王。
なんだこれ。
その下の項目は能力値が表示されていた。
レベル:1
力:5
素早さ:5
耐性:5
魔力:5
運:1
この数値は果たして高いのか低いのか。
比較対象がないのでよくわからん。
自分の体を確認してみたが、普通に大人な体だった。肌は浅黒く、普通に人っぽい。
側頭部に何やら突起を感じたのが気にはなるが……。
鏡がないので容姿を確認できないのが残念だ。
俺は周りを見渡す。
出口も何もなく、四方を石の壁に囲まれた部屋。
俺が身を起こしているのはその中心にある石棺の中だった。
蓋と思われる石の板は横にずらされており、俺の力では動かせそうもない。
……そういえば、なんで日の光もないのにこんなに明るいんだ?
普通に蛍光灯で照らされているような明るさだ。
そう疑問に思って天井を見上げる。
そこには白い光……。
「おはようございます! 魔王様!」
が、挨拶してきた。
◆◆◆◆◆
「お前はなんなんだ?」
俺は目の前まで降りてきた光に問いかける。
非常に眩しくて直視できないかと思いきや、普通に見ていられる不思議な光だ。
「私はアドバイザーだよ」
「アドバイザー?」
「うん! これから魔王様を補佐して、迷宮を広くして、世界を征服するんだよ!」
「……うん?」
何やら不穏当な言葉が聞こえた。
「今、なんて言った?」
「え? 私はアドバイザーだよって?」
「違う、その後」
「魔王様を補佐するよ」
「その後」
「迷宮を広く」
「その後」
「世界征服」
「そう、それ!」
俺は立ち上がって光を指さす。
光に表情はないが感情はあるようで、戸惑いの感情が俺に伝わってくる。
「私、何か変なこと言った?」
「いやいやいや、おかしいだろ。いきなり世界征服ってなんだよ? 俺を補佐、迷宮を広くってのはまあ、なんとなくわかる。でも、何故に世界世服と話が飛躍するんだ?」
「え? なんでって、それが魔王様の仕事だから」
さも当たり前のように魔王=世界征服と答える光。
「魔王は世界征服をしないといけないのか?」
「ん~。そうでもないけど、そうせざるを得ないんじゃないかな?」
「……なんでよ?」
「だって、魔王様は世界の敵だもの。いろんなものが魔王様を殺そうとしてくると思うよ。世界を征服しない限りはずっとね」
「だったら、隠れていればいいじゃないか」
「無理」
「は?」
「無理だよ、魔王様。もう教会は魔王様の復活を知っているし、そのうちに勇者が来ちゃうよ」
「場所はばれてないだろ? それに話し合いで和解できるんじゃないか?」
「場所はばれてるし、それも無理だと思うな~」
「……何故に?」
「場所がばれてるっていうのは、おおまかにだけどそれを探知できる人がいるんだよ。
話し合いは多分絶対に無理」
「……だからなんでよ?」
「魔王様が復活して、世界各地の魔物が活性化しちゃうから、かな」
「は?」
「魔王様の復活で、魔物たちが凶暴になって、数が増えちゃうんだよ。具体的には魔王様の魔力に充てられてだけど」
「つまりはあれか? 俺が生きているだけ世界は大迷惑ってことか?」
「そうだね」
「まじか」
これは、やるしかない。……のか?
俺は死にたくない。……まあ、もう一度死んでるみたいだが。
だが殺されるなんて、事故で死ぬよりわけが違う。もっと嫌だ。
光の言う通りなら俺が迷宮を作って引きこもっても敵は諦めない。
「なんで魔王様は躊躇しているの?」
「なんでって、それは……」
「だれもいけないなんて言う人はいないんだよ?」
「……!?」
そうか……。そうだったな。
だれもいけないなんて言う人はいない。
光のその言葉に俺は気が軽くなっているのを実感していた。
ここでは自由だ。
「なんか、イイ顔になったね」
「そりゃどうも」
◆◆◆◆◆
「さて、腹はすわったことなんだが、実際問題どうしていけばいいんだ?」
俺は光に問いかける。
「そうだね、まずは魔王様の名前を決めないとね」
そういえば俺の名前はNULLになっていたな。
NULLってのは何もないっていう意味だ。
日本語ではヌルと読むが、英語ではナルと読む。
何もない。今の俺には何もない。
物も金も女も、そしてしがらみや責任、行動を縛る法律なんてものも何もない。
上等だ。いいじゃないか。
「じゃあ、俺はナルと名乗る」
俺はそう宣言した。
「わかった。魔王様の名前はナル様だね」
「ああ」
「じゃあ、次は私の名前を考えてよ」
「お前の?」
「そう、名前を与えられることで私は形を成せる。魔王様の役に立てるようになるんだよ」
「そうか、じゃあ……」
光、ヒカリ、リカヒ、ヒリカ。……ダメだな。
光、ライト、ラィト、リート……。
「うん。お前の名前は、リートだ」
俺が光の名前を言った瞬間、視界が白で埋め尽くされた。
「なんだ!?」
目を手で覆い、俺が言葉を発するときには既に白はなくなっていた。
時間にすれば多分1~2秒くらいのことだったのだろう。
目を覆う手を恐る恐るどかした俺の前には、活発そうな少女が佇んでいた。
その少女は目をキラキラさせて言った。
「リート。私の名前はリート。よろしくね、魔王ナル様!」
「……なんで人の姿になってるんだ?」
「さっきも言ったじゃない。ナル様が名前をつけてくれたからだよ」
「名前があると人の姿になるのか?」
「うん。名は体を表すものだから、名前に合わせた容姿になるんだよ。まあ、ナル様のイメージの結果ということもあるけどね」
「そういうものか」
「そういうものなんだよ」
リートの姿は俺のイメージの結果なのか。
茶色い柔らかそうなショートの髪。猫のようなぱっちりとした目。鼻や口、目のバランスは完璧だ。
胸は控えめだがそれがいい。貧乳はステータスなり。
リートが言うには、リートは所謂魔王の道具という扱いらしい。
魔法の行使、ダンジョンの拡張、設定、管理等はリートを通して行う。
生体ユーザーインターフェースとでも言うのか。
歴代の魔王にもやはりリートのような存在がいたらしい。
だが姿かたちはそれぞれで、ねずみだったり犬だったり、はたまたドラゴンだったり、悪魔のような姿だったりしたらしい。
ちなみに俺の魔力で生きているので、俺が死ねばリートも死ぬ。
一蓮托生というやつだ。
リートは俺の腕に抱き着いて、もう我慢できないというように言った。
「じゃあ早速ダンジョンを作ろうよ!」
◆◆◆◆◆
とりあえずダンジョンを作ってみた。
全長100km、最深部の深さは入り口から1000mの巨大なダンジョンを。
ゴツゴツとした岩肌を露出させた自然な洞窟を模したダンジョン内にはとりあえず何もない。
本当にただ入り組んだ通路というか洞窟が延々と続いているだけの状態だ。
魔物もいなければ罠も宝箱なんてものもない。
ほぼ全ての魔力をつぎ込んだ結果だ。
とにかく侵入者が生半可なことでは俺にたどり着けないようにした。
魔物も何もいないとはいえ、100kmもの洞窟をそう簡単に踏破できるとは思えない。
「すっごいの作ったね」
「そうだな」
「でもどうするの? 魔王様、もう魔力ほとんどからっぽだよ? スライムくらいなら呼べるだろうけど」
「魔力って、回復するんだよな?」
「するよ~」
「じゃあ、大丈夫だろ?」
「う~ん」
「ん?」
「魔王様自身の魔力は回復するんだけど、ダンジョン運営に必要な魔力はまた別モノなんだよ」
「というと?」
「ダンジョン運営に必要な魔力は私に蓄えられるんだけど、私の魔力は原則ダンジョン内で発生した魔力からしか回復できないんだよ」
「自然回復はしないということか?」
「そういうことだね」
「え、まじで?」
「うん、まじで」
「ちなみにリートの魔力の最大量はいくつなんだ?」
「私の魔力に上限はないよ」
「無限ってことか?」
「うん」
「ちなみにダンジョンを作る前の魔力の量はどれくらいだったんだ?」
「ダンジョンを作る前は20万だったよ。ちなみに今は53」
「……ダンジョン内で発生する魔力って、どういうものなんだ?」
「ダンジョン内で生物が傷ついたり、死んだりすると発生するよ」
「今、ダンジョン内の生物は?」
「ゼロだね」
「じゃあ、回復する見込みは?」
「今のところ、ゼロかな」
「リートの魔力がないと、ダンジョンは動かないんだよな?」
「そうなんだけど、今ダンジョンは魔力を消費する罠とか施設はないから、現状の維持なら問題ないよ」
「だが拡張とかはできない、と」
「うん」
俺は考え込む。
ダンジョンの構造自体は一応これでいいだろう。
ただ、設置しようと考えていた罠や魔物を追加できないのは痛い。
「どうしようね?」
「……そうだな」
◆◆◆◆◆
「そういえばさっき、リートの魔力は原則としてダンジョン内で発生した魔力からしか回復できないって言ってたよな?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、例外はあるのか?」
「う、うん、ある……よ?」
リートが言いよどむ。
ここまで俺の質問にはハッキリと答えていただけに、今の質問はそれほどのことなのだろうか?
「それはどんな方法だ?」
「え、とね。それは魔王様に直接魔力をいただく方法があるんだよ」
「俺がリートに直接、というと? リートに触れたりすればいいのか?」
「え、と、魔力っていのはその、血液とかリンパとか神経の中を通って体を巡回しているんだけど……」
「うん、まあなんかイメージ通りだ」
「それでね、魔力っていうのは、生命力そのものなの」
「うん」
「で、魔王様は男だよね?」
「見ての通りだな」
「男の人の、その。……生命が一番つまっているものっていうと……ね?」
「生命が……って」
リートの視線が俺の股間を捉えている。
……そういうこと?
「……うう」
顔を真っ赤にして呻くリート。
可愛いな、オイ。
「……まあ、言いにくい理由もわかったんだが、リート、お前恥ずかしいのか? ついさっきまで性別なんてなかったんじゃないのか?」
「……恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
「そ、そうか」
それっきり俯いてしまったリートだったが、ポツリと彼女は呟いた。
「……じゃ、してみる……?」
上目づかいでこちらをうかがうリートは俺の獣欲を大いに刺激した。
俺は股間に血液が集まるのを感じ、無我夢中でリートに襲い掛かるのだった。
「ナル様、元気を出してください」
「……うっさい」
裸身のリートにみじめに慰められる。
俺は久々に女を抱けるということで、何回も何回も楽しむつもりだった。だった、のだが……。
「一回しかできないなんて……」
そう、一回しかできなかった。
二回目はあれが立たなかったのだ。
これは俺の魔力が低いのが原因だそうだ。
俺の魔力はたかだか5。
低いが故に一回の行為で、0になってしまった。
魔力があれば、魔力の続く限りできるそうなんだが。
「ナル様」
名前を呼ぶリートに目をやる。
「魔力が増えればもっとできるようになります、よ」
モジモジと恥ずかしそうに告げるリートを見て、俺はレベルを上げて魔力を上げることを強く決意した。
◆◆◆◆◆
私と相棒のランスは組合の依頼を受け、この森に足を踏み入れていた。
依頼の内容はゴブリンの駆除。
別段珍しいことはない、定期的に出される依頼の一つだ。
私たちはいつも通りに準備をし、森の中でゴブリンの巣を探していた。
そんな中、いつもとは違うことが起きた。
「た、助けてください!」
そんな声と共に私たちの前に現れたのは1人の男。
外見は醜い。素でゴブリンと間違えてしまったほどだ。
まあ、ゴブリンは言葉を話さないから、これは人間だろう。
醜い男は私たちに助けを求めた。
どうやら、恋人が魔物に攫われて、この森の中に入ったらしい。こんな男に恋人などがいるのかと疑問に思ったが、男の言う魔物とは、ゴブリンのことだろう。
ゴブリンはその奇特な恋人を攫って森の中の洞窟に入っていったとのことだ。
恐らくそこがゴブリンの巣。
私たちは男の案内でその洞窟に向かった。
一時間ほど進んだ場所にその洞窟はあった。
地面を掘り返しただけのようなその洞窟。
多少の違和感は感じたが、ここがゴブリンの巣で間違いないだろう。
中には少なくとも10匹以上のゴブリンがいるはずだ。
「では、アンタはここで待っててくれ」
「はい、よろしくお願いします」
男に見送られ、私たちは洞窟に足を踏み入れた。
「なんだか深そうだな」
「ええ、気を付けていきましょう」
洞窟内は人一人が通れるくらいの広さしかないので、ランスが先行することになった。
松明で奥を照らしてみるが、その先には暗闇があるだけだった。
そのまま警戒を続けながらしばらく進む。
疑問を最初に口にしたのはランスだった。
「……なんか、おかしくないか?」
「どうした?」
「俺たち、もうこの洞窟に入ってしばらく経ったよな? いくらなんでもゴブリンの巣がこんなに深いか?」
「……確かに。でも、もともとあった洞窟をゴブリンが利用しているんじゃない?」
「まあ、確かにそうかもしれないけどよ」
「違和感が取れない?」
「ああ」
違和感。
それは私も感じていたことだった。
「とにかく、あと少し進んでも同じ状況なら、一旦引き返すぞ」
「そうね」
ランスの判断に異論はなかった。
とにかくあと少し進もう。
そう考えた矢先のことだった。
ランスが落ちて行ったのは。
「うわああああああああああ!?」
「ランス!?」
ランスの名を呼ぶが、返事はない。
見ればランスのいた場所にはぽっかりとした穴が広がっていた。
私は慌ててその穴の中を覗きこむが、ランスの姿を見つけることはできなかった。
「ランス!? ランスっ!? 返事をして、ランス!」
私はランスの名を必死で呼び続けた。
そんな私は気付けなかった。
背後に迫る、悪意を持った存在のことを。
私の背を何かが押す。
「え?」
浮遊感とともに私は真っ暗な闇の中に落ちていく。
「ありがとう。ダンジョンの餌になってくれて」
遠く聞こえたその声を最後に、私の意識は終わりを告げた。
◆◆◆◆◆
初の狩りだったが、うまくいって良かった。
嬉しい誤算は3つあった。
一つ目は、獲物である冒険者をすんなり見つけられたこと。
場合によっては周辺の虫なり獣なりを俺がダンジョンに運び入れる算段だったのだが、人間を見つけられたのは大きい。
俺にとっては運が良かったけど、彼らにとっては運が悪かった。
二つ目はあの冒険者達があまり賢くなかったこと。
冷静に考えれば危険な森の中にいる男なんて怪しいことこの上ない。
さらには俺は魔物としか言わなかったが、勝手にゴブリンだと勘違いしてくれた冒険者達。
洞窟もゴブリンの巣穴だと、勝手に思い込んでくれた。
にしてもいるんだな、ゴブリン。
本当に、異世界なんだな。
三つ目の誤算はダンジョンの魔力のたまり具合が思ったよりも良かったこと。
リートのなけなしの魔力でダンジョンの入口に転移したが、ダンジョン内の転移にはダンジョン魔力を25は消費する。
とどのつまり、行き帰りギリギリの魔力しかなかったのだ。
もし今回のことで収穫がなかったら、俺はダンジョンの最深部で延々と侵入者を待ち続けることになっただろう。
この体は食事を必要としないので死ぬことはないだろうが、そうなったら多分暇で死にそうになっていただろうことは想像に難くない。
だが冒険者達が洞窟に入ってからの回復は早かった。
1秒で2くらい回復していったのだ。
怪我でもしたのかと思ったが、どうやら精神疲労なんかでも魔力は発生するらしく、狭い通路と魔物がいるかもしれないという緊張で、彼らのストレスはかなりのものだったと思う。
そしてダンジョン魔力が100たまったところで冒険者の一人にトラップ発動。
落とし穴を作成して100m下に落っことした。
すかさず俺自身も現場に転移。
案の定取り乱している女の冒険者を後ろから突き落とし、ミッションコンプリートだ。
女のほうが可愛かったりしたら捕まえて色々とするのも良かったんだが、如何せん俺の趣味ではなかった。
ランスとかいうの、趣味悪いな。あんなとかげみたいなのが相棒なんて。
二人は落ちて即死したようで、すぐにダンジョン魔力が補充された。
現在値は5869。
二人の持ち物はドロップアイテムとしてリートが回収済みだ。
アイテムの内訳は鉄の剣2本。鉄のナイフ2本。皮の鎧2個。皮の靴2組。薬草10束。目ぼしいものはこれくらい。
他は食料や手ぬぐい等の日常品のようなものだった。
食料のほうは試しで少し食べてみたが、ものすごく硬いパンと干し肉で、決してうまいものではなかった。
結局めぼしいもの以外は死体も含めて全部ダンジョン魔力に還元してしまった。
そして俺はダンジョン魔力で魔物を少々、罠を少々増やすことにした。
◆◆◆◆◆
「ぷるぷる」
「ぷるる」
「ぷるん」
「ふるふるふる」
「ぶるんぶるん」
俺の前には大小5つの青い塊があった。
部下である。
スライムである。
あの国民的RPGに出てくるスライムのように目や口はないが、少しつぶれた球体の体を震わせている姿は愛らしい。
こいつらの利点。
それは行動範囲の広さだ。
スライムなら拳一つくらいの穴があれば移動できるし、壁や天井に張り付くこともできる。
奇襲なんかにはうってつけなのだ。
しかし残念ながら今はまだこいつらに特別なスキルはない。
だが、食ったものの能力の10%を自分のものにできるという固有スキルは非常に魅力的だ。
「ゆけ! 我がしもべたちよ!」
俺が高らかに命令を下すと、もそもそと動き出すスライムたち。
その動きは意外と速い。
すぐに命じた配置場所へと散って行った。
◆◆◆◆◆
「ナル様、新しい獲物が近くに来ているみたいだよ」
「お、本当か?」
「うん」
ダンジョンの入口のあるこの森はどうやらあまり人里に近くなく、先日の冒険者のような奴らがたまに立ち入るくらいの場所らしい。
せっかくスライムたちをダンジョンに配置したってのに、俺は数日待つしかなくなっていたのだった。
そこへ来て久々の獲物だ。
テンションあがるぜい!
「でさ、リート」
「なーに?」
「獲物って、どんな奴らなんだ?」
「多分、勇者かな」
「……は?」
「はっきりとはわからないけど、勇者だと思うよ」
「え、なに? 勇者が向かってきてるの? このダンジョンに?」
「うん」
「あ、あれか? 勇者ってのは実は何人もいるんだろ? で、今来てるのはまだまだひよっこの勇者とか」
「勇者は世界に一人しかいないよ、ナル様。それに、結構強い力を感じるから、弱いってことはないと思うな」
……終わった。
「……今までありがとうな、リート。短い間だったけど世話になった」
リート、本当に短い間の付き合いだったな。
最後にあと一回でもヤリタイんだが、もう今日は魔力もないし、だめなんだよな……。
嗚呼、残念だ。残念だ……。
「ちょっとちょっと、ナル様、何もう死にそうな顔してるのさ」
「……だってお前、勇者だぞ? いくらなんでも勝てないだろ」
「勝てないかもしれないね。……でも、あきらめるのは早すぎるよ!」
ビシッと俺に指を指して慎ましやかな胸を張るリート。
嗚呼、リートはやっぱり可愛いな。
やっぱり最後に一回くらいヤリタイな。
「あ……っ!? んぅ……! ちょっと!? ぁん」
悩ましげな声を鳴らすリート。
俺は無意識のうちにリートの胸に手を伸ばしていた。
この胸ともこれで最後か……。
「ちょっ……ぁん! ……もう! ……いい加減にしなさい!」
ゴスッとリートのチョップが俺の頭に落とされる。
「いてえっ!?」
頭を抱えて涙目の俺を指さすリート。
「なんでもうあきらめてるの!? 今すぐに来るわけじゃないんだから、何か方法があるかも知れないじゃない!」
「いや、でもさあ……」
「でもじゃない! やるの! 考えるの! ナル様はまた私とその……し、したいんでしょう!?」
「うん」
「じゃあ、考えるの! どうすればこれを乗り切れるか、考えるの!」
考える、か。
リートは必死になって俺に生きさせようとしている。
その思いをきちんと受け止めないとだめか……。
「わかった」
俺は顔をあげてリートを見つめた。
「なんとか、やってみるよ」
◆◆◆◆◆
「このっ! 私を早く解放しろ! 醜い化け物どもめ!」
俺の前で縄でぐるぐる巻きに縛られている勇者が喚いている。
ハイ、勇者捕えちゃいました。
罠とかスライム達の頑張りが結果を結んだんだよ。
少なくない犠牲がスライム達には出てしまったけど、この勇者がたくさん魔力をくれたからまた召喚すればいい。
にしても、だ。
「おい! 黙っていないで何か言ったらどうだ! 醜い化け物!」
にしても、俺はともかく、リートみたいな美形を捕まえて醜いとはどういうことだ?
「くっ! 言葉が通じないのか!?」
そういや、こいつの顔をまだ見ていないな。
全身を真っ赤な甲冑で包んでいる上に兜もフルフェイスだ。
声からして男だってのはわかるんだが。
「な、なんだ!? 俺に近づくな!」
俺はぎゃーぎゃーと煩い勇者の声を無視して近づくと、その兜を力任せに脱がせた。
「くっ!?」
「……うわぁ」
金髪に白い肌、その瞳は透き通るような青。
口から僅かに覗くその歯は白く、力強いその相貌はこちらを見据えて放さない。
俺は兜の下の素顔を見て思わず呟く。
「……お前の方が化け物ジャン」
勇者の顔はまるで俺が想像していたゴブリンやらオークやらと似通った、正しく化け物の顔だった。
え? まじで、こんなのが勇者なの?
◆◆◆◆◆
そんなわけで、化け物(勇者)が喚きたてるのが非常に鬱陶しかったので、さくっと殺ってしまった。
スライムで口と鼻をふさいでたら10分くらいで動かなくなった。
勿論ダンジョン魔力として活用させてもらうためにおいしく吸収させてもらった。
これで溜まったダンジョン魔力は1万とちょっと。
勇者を倒すとボーナスが入るらしく、普通の冒険者なんかよりずっと割がいい。ちなみに勇者は10000、この前の冒険者は二人合わせても5000くらしか溜まらなかった。
ちなみに勇者は一人だけだとリートが言っていたが、一人死ねば別のものに勇者という資格が継承されるらしく、世界から決して勇者はいなくならないらしい。
まあでも今俺が気になっていることはそんなことではなく。
「……なあ」
「なに?」
「俺たちって、醜い化け物か?」
そう、あの勇者の言葉が兎に角引っかかっていた。
あの勇者は自分の容姿を大気圏を突破するほど高い棚に上げ、俺はともかく、リートを醜いと言ったのだ。
これは即ち……。
「もしかして、この世界じゃ美しいとか、かっこいいとか、判断基準が違う、のか?」
違ってほしい、そう願いながらリートに尋ねる。
するとリートは顔を俯かせて少しの間思案し、回答を返してきた。
「そうだねー」
考えた割にリートの答えはあっさりとしたものだった。
◆◆◆◆◆
3年後。
俺達のダンジョンは進化を遂げていた。
ダンジョンは拡張され、今では様々な環境を内包し、土のエリア、火のエリア、水のエリア、風のエリア。更には光のエリア、闇のエリア等に分かれている。
具体的には普通の洞窟タイプのエリア。
溶岩や火が噴きだすエリア。
水で満たされたエリア。
崖と強い風が常に吹き付けるエリア。
森と草原が広がる、まるで地上のようなエリア。
一切の光が存在しない、松明の光などでは辺りを照らすことは適わない、広大なエリア。などなどである。
部下も増えた。
まずはゴブリン。
彼らは美しかった。人間なんかよりよっぽど。肌は灰色だが、切れ長の目に小さな口。通った鼻筋。
今では一番数の多い部下で、総数は5万を超えた頃から数えられていない。
次に多いのはスライム。
なんだかんだでうちの防衛力の要の彼らである。
様々なスキルを持ち、音もなく彼ら専用の人の腕程の太さしかない通路から奇襲をしかけるスライムはやはり強い。
特に水のエリアでは水と同化して相手を襲うものだから、その場所ではほぼ敵なしだ。
他にはオーガやオーク。アラウネやハーピー。サイクロプス。
みなそれぞれに美しい外見を持っていた。
ちなみに虐げられていた種族なんかもどんどん保護している。
彼らは奴ら基準で醜いとされたもの。
中には同じ種族の中で虐げられていたものもいたので、問答無用で助け出した。
「ねえねえ、また勇者と軍が来てるみたいだよ」
「また新しい勇者か? あいつらも懲りないな」
「今度はどこまで進めるかな?」
「そうだなー。
ま、せいぜい2つ目のエリアで積むだろ」
「えー、そうかなー」
「じゃあ、賭けるか? あいつらがどこまで進めるか」
「いいよー」
「負けた方は、なんでも言うことをひとつ聞くってことでいいな?」
「うん、いいんじゃな――」
「魔王様! それは私たちも参加しても良いのでしょうか!?」
「僕も僕も! 魔王様!」
「ぷるぷるぷる!」
「はっはっは! 魔王様に願いを聞いてもらえるのか! どれ、じゃあ私も」
「あ! アンタそう言って、一階層で迎え撃つつもりでしょ!? ずるい!」
「一階層の管理者だからって、だめだよ!」
「いやいや、私はただ部下の様子を見に行くだけだ。何もずるしようなどと考えてはいないよ」
「嘘よ!」「嘘だ!」「ぷるる!」
今日も獲物を狙って部下が競い合う。
ここも騒がしくなったものだ。
俺の世界征服の目標はただひとつ。
「こんな、醜い奴らが美しいだなんて狂った世界、俺が征服して変えてやる!」
暇つぶしに書いていたらいつの間にかそこそこの文章量になってしまっていたので投稿してしまいました。
読んでいただいてありがとうございます。
別作品『王人』も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。