第2部 軍議(前半)
大広間に集まった者たちが、お互いの再会を喜び合い一通りの会話を終えた頃、石田家筆頭家老の島勝猛が居並ぶ武将たちに声を掛けた。
「皆様方、誠に恐縮でござるが、そろそろ軍議を始めさせて頂きたく存じ上げますが、よろしいで御座いますか?」
そして勝猛の指し示した広間の中央には、車座に並べられた座布団が用意されていた。
敢えて車座としたのは、集まっている武将たちが皆大名であり、最初の内は上座を設けることで差をつけない方が良いとの、勝猛なりの配慮であった。
「おう、左様じゃな。この話の続きはまた酒でも飲みながらするとして、まずはこれからどうするか決めねばのう」
そう言うと小野木公郷は手近な座布団に、ドカリと座り込んだ。
それを合図に、各々近くの座布団に腰を下ろすと、最後に全員が腰を下ろしたのを確認して、三成が空いている座布団に座った。
「それでは皆様、これより軍議を始めさせて頂きまする。進行は僭越ながら某、島 勝猛が務めさせていただきまするが、よろしいで御座いますでしょうか?」
三成の後ろに控えた勝猛が同意を求めると、誰からも異論は出ず皆が一様に頷いた。
「ありがとうございます。それでは…」
「待て、左近」
勝猛が話を進めようとしたところを三成は遮ると、その場にいる全員を見回すし、そして深く頭を下げた。
「話を始める前に、ここにいる皆に謝らせていただきたい。関ヶ原
の儀、誠に申し訳なかった!」
その様子に、その場にいた者全員が驚いたような表情を浮かべる。
唯一、大谷吉継のみは柔らかい表情を浮かべている。
「紀之介や左近の諫言に耳を貸さず、私の勝手な甘い見通しで戦をし、そして多くの者たちの命を無駄に散らしてしまった。ここにいる方々は、言わばその被害者。何度謝ったとしても許されるものではない」
頭を下げたまま、更に言葉を続ける。
「本来であれば再びお力を御貸し頂くことなど、とても許されるものではない。しかしこの様にして、また私にご助力いただけること、いくら感謝してもし足りませぬ」
これまでのおのれの失態と、今回の事への感謝、これだけは必ず伝えねばならないと、三成はずっと考えていたのだ。
「ふふふ、佐吉よ。もしその態度を昔から取れていたのならば、関ヶ原の戦、結果は変わっていたやもしれぬのう」
吉継が多少皮肉っぽく三成に言う。
冷酷で横柄、そして厚顔。多くの者たちが三成の事をこう評する。
もちろんそれが全て外れている訳ではないし、人の話を聞かず、頑固な事などを吉継を初めとした親しい者たちからは、直すよう指摘され続けてきたことも事実である。
しかし吉継は知っていた。本当の三成は誰よりも人間味に溢れ、そして誰よりも情に厚い人物だと。
ただそれを、元来の生真面目さが邪魔をして表現することが苦手なだけなのと。
それ故に、今回三成が自ら謝罪し感謝の意を自らの言葉で伝えたことが吉継には嬉しかった。
もちろん他の者たちが驚いたのは、普段からの態度から他人に頭を下げることをしない三成が、いきなり自分たちに頭を下げたので面喰ったというのが真相である。
そういう彼らも、三成の生真面目さや豊臣家への厚い忠誠心などは知っており、彼らなりに三成に親近感を抱いてはいたのだが。
「いやはや三成殿、貴殿に頭を下げられるとは。今日は良いものが見れましたぞ、ははは!」
「左様、早う頭を上げられよ。そうでなければ話が進みませぬぞ」
戸田勝成、平塚為広はそういうと、三成に笑顔を向けた。
「そうですぞ治部少輔殿、もはや過ぎたこと。今はこれからの事を考えま
しょうぞ」
長束正家も、三成を恨んではいないことを伝える。
そしてゆっくりと三成が頭を上げると、皆一様に満足そうに頷いた。
---軍議---
「まずは現状の把握から行うべきと存じ上げる」
三成の謝罪で止まっていた軍議が始まると、まず長束正家が声を上げた。
「見たところ…、ここは佐和山城と見受けられるが、それで正しいのであろうか?」
「いえ、確かに佐和山城と酷似してはおりますが、必ずしもそうではないと某は考えまする」
正家の問いに、勝猛が答える。
「殿や皆様方が目覚める前、某一度場内を見回ってまいりましたが、本丸や二の丸・各曲輪の配置などは佐和山城そのものでございました。しかしながら、城そのものが真新しすぎまする。これはごく最近築城された、佐和山城に酷似した別の城と判断した方が宜しいかと存じ上げまする」
「では物資は?兵糧や武器弾薬、あと馬などは?」
公郷が次の質問をぶつける。
「蔵の中身を確認してまいりましたが、刀槍・弓・鉄砲・矢に弾薬などの武具、そして兵糧は各蔵に目一杯詰まっておりました。また馬匹も厩≪うまや≫の中に多数繋がれておりましたのを確認致しております。当面、物資の不足は心配せずとも良いかと」
これも勝猛が問題ない旨を伝える。
(ふむ…、こちらで動くために必要な拠点や物は用意する、という約束は守ってくれたということだな)
天照大御神とのやり取りを三成は思い出す。
「そうすると…、まずはこの城を守るための兵をどうするか、じゃな…」
三成が呟くと、勝猛がニヤリとして答える。
「殿、それでしたらご心配御座いませぬ」
「ん?」
勝猛の言葉に三成が不思議そうな顔をする。
「実は某、殿と共にこちらに参るに当たり、他の家臣たちのなかにも志を同じくする者がいないか確認し、その者達もこちらへ連れて来られるよう、あの天照大御神様に願い出たのでございます」
何と勝猛は、三成が求めた者以外の者たちの招聘を天照大御神に求めていただ。
「流石に関ヶ原で戦った者全てとはいきませなんだが、殿の馬廻衆を中心におよそ700程の兵が集まりましてございます。また某以外の重臣として、蒲生郷舎・舞兵庫渡辺勘兵衛・杉江勘兵衛・大山伯耆・森九兵衛がこちらに来ておりする。皆、二の丸にて殿をお待ち申しておりまする」
「な、なんと…」
三成は思わず言葉を失う。
友としての信頼関係がある勝猛だけでなく、それだけの家臣たちが自分に着いてきてくれたことが信じられなかったのだ。
「殿が気付かれていたか存じ上げませぬが、殿は佐和山では善政を敷き、多くの民から慕われておりました。そしてその恩に報いたいと殿の馬廻となったものも大勢いたのでございます。そして家臣たちも、仕えていた者が滅びるなどして路頭に迷おうとしていた所を殿に拾われた者たちも多く、ずっと殿には感謝してきたのでございます」
言い聞かせるように勝猛は三成に伝える。
「そ、そうか…そうなのだな…」
勝猛の言葉に再び目頭が熱くなりかけた三成に、吉継が声を掛けた。
「佐吉、感激するのはまた後でもよかろう。今はあくまで軍議の時間ぞ。そうじゃな、儂も兵は連れて来ておる。大体300くらいかの、同じく二の丸に控えさせておる」
「うむ、某も同じく200程の兵を連れて来ておる。あと家臣の中から家所帯刀≪いえどころ たてわき≫と松田秀宣の2人が着いて来てくれたわい」
正家も吉継に続いて答える。
「儂の兵は300程かのう…」
「拙者と為広殿は、其々兵を50名ずつくらいかな」
「某も馬廻から500程連れてきた」
小西行長・戸田勝成・小野木公郷も、それぞれの手勢を伝える。
「ふむ、すると兵の数はおよそ2100と言ったところか」
まずまずの人数だ、と三成は考える。
そしてこちらに赴いた者の中で、自分だけが兵を連れてくることを失念していた事を反省するのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
これからの活動方針を決める話になる筈でしたが、
かなり話が脱線してしまい、今一つ進みませんでした。
もっと読みやすい内容にならないか、試行錯誤中です。
誤字脱字・誤文などございましたら、
ぜひご指摘いただきたく思います。
またよろしくお願いいたします。