第5部 異世界へ
天照大御神の話は、あまりにも突飛過ぎる内容であった。
神である己ではどうにもならないことがあるから手助けしてほしいから始まり、
三成がいま生きている日の本が神によって実験的に作られた存在であるというこ
と。
そして本来創造されるべきであった理想郷が神の一方的な都合により創造を途
中で放棄され、そこで暮らす人々に加護を与えるべき神々もほとんどいないまま
異界へと打ち捨てられたということ。
更には、神の加護を受けることが出来なかったが故、その理想郷は本来の住人
ではない者たちの支配を受けることになったということ。
「話を聞くに、おそらくは儂に頼みたいということはその異世界に飛ばされた
理想郷についてのことであろう?」
三成は確認するように問いかける。
(仰る通りです、三成殿、あなたには捨てられし理想郷《悠の国》を
御救いいただく手助けをしていただきたいのです)
ついに三成に本題を切り出してきた。
(《悠の国》とは悠久の安寧と泰平という理想からつけられた名。しかし、今
この国が置かれた状況は今の日の本と比べても安寧と泰平からほど遠い状態…。
神の加護を受けることが出来ない悠の国は、他の神々より加護を受けし者たちよ
り国土を侵され、民はその支配下に置かれ、人として生きていくことそのものを
否定されている状況です)
そして、と続ける
(このようなことになったのは、我が父母が己の勝手な都合によって創造し、
そして捨て去ったことが何よりの原因、悠の国の民の責任ではございません。
しかし、私はあくまでも日の本の神です。悠の国に赴き、直接その地に加護を
施すことは出来ません)
そういう天照大御神の声には、どこか悔しさのようなものが滲み出ている様
に三成は感じた。
「ふむ。その悠の国とやらを救えと申すが、実際儂に何が出来るというのだ?」
天照大御神という最高位の神にどうすることも出来ないことを、一人間である
三成に何かできることがあるのか、そう感じたのだ。
(はい、三成殿、あなたには私の分身≪わけみ≫である神樹の若木を悠の国に
持って行っていただき、そこで成木として十分な力を育むまでの間、その若木を
お守りいただきたいのです。この神樹が成木となれば、私と同等の神力を備える
存在として、悠の国に新たな神を創造し、そしてそこに暮らす民にも大きな加護
を施すことが出来るようになりましょう)
「つまりは苗木を植えて、育てろということか?」
神からの願いと聞き、いくらか身構えていた三成は拍子抜けしたような表情を
浮かべる。
むしろそのような事であれば、自分ではなく天照大御神自らを祀る伊勢神宮の
宮司やら庭師やらに頼んだ方がはるかに良いのではないか、そんなことを考えて
しまう。
(三成殿、悠の国はすでに他の神々の加護を受けし者たちより支配されている
とお話ししたはずです。もしそこに新たな神が降臨しようとしたなら、他の神々
に仕えし者、その加護を受けし者たちは黙ってはいないでしょう。おそらくは、
その神樹を排除しようとするはず。神樹の守護者として、相応の力をお持ちの
方にしか頼むことができません)
三成の気持ちを見透かしたように、天照大御神の言葉が響いた。
「さすればその者達と戦になることもあると?」
(おそらく…、いえ、ほぼ間違いなく)
三成の問いに、はっきりと戦になるであろうと答えが返ってくる。
そして思わず、三成の顔が渋いものとなる。
つい先日、関ヶ原の戦で手痛い敗北を喫したばかりである。そこで三成は自身の
戦下手を身をもって痛感した思いだった。
もちろん、自身が戦が不得手であることは以前から分かっていたことである。
そのために三成は、自身の家臣団には数多くの猛者や戦上手を揃え、その欠点を
補ってきたつもりであった。
しかし、それでも結局は最も大事な戦に負けた。今まで苦労して築き上げてきた
家臣団も軍団も全てを失ってしまった。
「戦になるか…、そうなれば儂一人ではとてもではないが守れるものではない」
実際、三成自身の武勇は大したものではない。精々が自分の身を守れる程度の
武術しか身に着けてはいないし、仮に相手が徒党を組んでいれば、粗末な武装しか
していない落ち武者狩りにすら勝つことは難しい。戦をするなど、そもそも問題外
である。
(三成殿、もちろんあなた一人で悠の国へ行かせることは致しません。あなたが
来て欲しいという方々を仰っていただければ、共に向こうへ行っていただくことは
出来ます)
ただし、と続けて
(まだ命の灯が尽きていない方を連れて行くことは出来ません。今回の戦で命を
落とされてしまった方、若しくは落とされるはずであった方で、三成殿と共に悠の
国へ行かれることに同意された方のみお連れすることが出来ます。そして突然見ず
知らずの地に赴かれる上で、三成殿の必要になるものと、拠点とすべき場所は私が
責任を持ってご用意いたしましょう)
元より一人で行かせるつもりはない、と天照大御神の意図を感じる。
その言葉に三成は頷く。
「なるほど、そこまでして貰えるのか」
そして三成は決意を込めた表情で、姿の見ることのできない天照大御神に告げる。
「あい分かった。そなた…、天照大御神殿のお話、この三成お受け致そう」
ただし、と付け加えて
「そのための条件がある。一つは我が主、豊家の安泰。これだけは天照大御神殿
のお力を持ってお守りいただきたい」
(分かりました、三成殿の願い、お聞きしましょう。ただし、守り方は私にお任
せいただきます)
三成の言葉に、ハッキリと意志が返ってくる。
「そしてもう一つ…、これはあくまで希望だが、儂と儂と共に悠の国へ参る者たち
の一族、そしてまだ生きている家臣たちの命をお守りいただけないだろうか」
これは豊臣家五奉行筆頭としての石田三成の希望ではなく、あくまで一人間として
の三成の願いであった。
関ヶ原の戦で敗れた以上、三成自身は元より親類・縁者に繋がる者、主だった家臣
たちの命は無いであろう。
すでに覚悟はしていたとは言え、やはり助けたいという気持ちは人として抑えられ
るものではない。
(それも承りました。全てご安心ください)
自分だけでなく、共に赴くことになるであろう者たちへの気遣いを好意的に受けた
のか、優しく告げられる。
(それでは時が惜しゅうございます。三成殿、誰と共に赴かれたいか仰ってくださ
い)
そこで三成は何人かの者たちの名を告げる。
そのうち三成と共に悠の国へ赴くことに同意した者とは、向こうで直接合流するこ
ととなった。
「行ったら行ったで誰もいないなどと言うことは、ないだろうな…」
そう呟くと、ふっと静かに苦笑いを浮かべる。
(大丈夫です、三成殿。あなたを快く思わぬ者が大勢いたことは事実ですが、逆に
あなたの為に命を懸けてくれた者も数多くいた筈。その方々を信じていれば、あなた
が一人きりになるということはあり得ないでしょう)
三成の不安を見透かしたように告げられる。
(三成殿、私があなたにこの願いを託した理由をお話ししておきましょう)
そう言うと、天照大御神は言葉を紡ぐ。
(あなたは他人を裏切ることを知りません。そしてそれ故に、物事の進め方が強引
に思えたり、融通が利かなかったりと周囲の者たちより誤解を受けることが多かった
のだと思います。しかし、私には三成殿ほど信を置ける人間を見つけることは出来ま
せんでした。あなたになら、私の分身たる神樹を、そして私の生みの親が造ろうとし
た理想郷をお任せできると信じたのです)
ですから、と告げ
(あなたを信じ、共に歩んでくれる者は必ずおります。どうか自信を持ってお進み
下さい)
最後は静かに、そしてそっと背を押すように告げられる。
「ふふ、そのように頼りにされては断れはしないな、例え決まっていた運命だった
としても、な」
悪戯っぽい笑いを浮かべ、三成が言う。
「決まっておったのであろう?儂が行かねばならぬことは」
(…何故、そのように思われるのですか?)
「儂と共に赴くことが出来る者の条件を聞いたときだな、命の灯が尽きておらぬ者は
連れて行けないということは、必然的に儂の命は尽きているということ。最も、吉政の
兵に囲まれた時に既にそれは分かっていたことではあったが、な」
僅かに皮肉っぽい言い方になってしまったが悪気はない。
(あなたには断ることも出来たのですよ?)
「既に尽きた命、今更長らえようとは思わん。それに尽きた命を条件に、儂が守りた
かった豊家と家族を守れる。考えようによっては、こんな良い話は無いではないか」
その言葉に嘘はない、本心からの言葉であった。
(…………ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いします)
その言葉を告げると同時に、今まで三成が立ち続けていた純白の世界がまるで夜の帳
が下り始めたように徐々に暗くなってくる。
しかし、三成の中に不安や焦りはない。
「礼を言うのは儂の方だ」
そして最後に告げる。
「もう一度、儂にやり直す機会をくれたこと、感謝いたす」
そういうと静かに目を閉じ、最後まで姿を見ることのなかった天照大御神に頭を下げた。
いよいよ異世界≪悠の国≫に入ります。
ここまでがプロローグ扱いなのですが、
プロローグ・第一章・第二章のような、
話の区割りの仕方が分からないので、話を
進めながら少しずつシステムについても
勉強してきたいと思います。
誤字脱字・誤文などございましたら、
ぜひご指摘ください。
よろしくお願いします。